8 迷い道を越える力
前回のあらすじ
ゴブリンの集落を襲撃した。軽く遭難中だった。
僕たちはいつの間にか軽く遭難していた。
ルニの遠征談話が凄くためになったし、戦闘では格好いいしで、戦闘以外からっきしだというのを忘れていた。
遭難か。僕は山登りと相性が悪いのかも知れない。
「ロックバルトの町はあそこに見えているんですけどね。ハハハ」
「山はそんなものですよね」
あれ?彼女は遭難の可能性を微塵も感じていないようだ……。
これなら道場を出るときに同行を申し出たレイチェルさんやリットさんに来てもらえば良かったかな。
ルニが『身の回りを整えるのも修行ゆえ!』ときっぱりと断られて僕が口出しする間も与えられなかったけど。
「ユーキさんは山登りの経験は?」
ルニは軽い調子で僕にそう尋ねてきた。
「山登りはこれで人生3度目ですね。だから初心者なんですよ」
1度目は小学校の林間学校で近所の山に登ったが、良くある遠足の延長だった。
2度目は社会人になってから田波部長に無理矢理連れ出されて外国の顧客の接待で高尾山に登ったのだった。
高尾山は山道が綺麗に整備されているけれど、酷い目にあったな。
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マークとジョージはアメリカの販売チャネルパートナーとして契約したビヨンドスポーツ社の販売マネージャーだ。
eスポーツはアメリカでは東海岸で活発に大会が行われているらしくそのエリアを二分割して二人で販売をまとめるらしい。
西海岸とか東海岸とか、いっつも呼び出されるままにつれられて行くので僕は違いがあまり分かってない。
eスポーツは振興ビジネス領域なので全体的に人材が若いが、この2人もやっぱり若い管理職だ。
僕は年代が近いし業界で割と有名ということでブッキングされたのだけど適役は他にいると思う。
『僕よりも柴田のほうが折衝に向いてるんじゃ無いですか?』
『あの子は同年代には意外と厳しいのよ。年上の受けは良いんだけどね~。気分転換だと思って付き合いなさい』
そんな訳で今年もOB会は欠席して夏に高尾山に登っていた。
山登りとはいっても、有名観光スポットなので山道の電波も整備されていて、スマートフォンの案内アプリも使える。
結構カジュアルな山登りスポットだ。
そんなカジュアルなスポットなのにマークとジョージの装備が本格的すぎるのがちょっと気になる。
ミラー加工されたゴーグルを首に掛けて、がっちりしたトレッキングポールを両手に持ち、バックパックが頭より一つ上に出ている。
僕も山登りの専門店で進められるままに購入した登山セットなので簡単なトレッキングポールもあるし、一応防寒着もばっちりだ。
田波部長が経費にしてあげるからちゃんと揃えなさいというのでまるっと領収書を出しておいた。
彼らはそんな僕の格好が子供だましに思えるようなフル装備でやってきた。
「リフト楽しかったですね!ここからの登山も楽しみです!」
「高尾山はミシュランガイドでミマシター!調査もパーフェクトデース!」
マークは見た目以外日本人じゃないかと思うほどの日本フリークで日本語も完璧だ。
ジョージは日本語がちょっと怪しいけれど積極的に日本語で喋ってくれるので楽が出来て良かった。
行きは表参道を通る一般的なコースでの登山を選択した。
営業になってから結構歩くことが増えたけれど、一般的なコースとは言え結構な運動量だった。
しかし、一緒に登っている田波部長もマークもジョージも平気な顔をしていた。
田波部長は忙しいのにスポーツジムに通って普段から体を鍛えているらしい。
なんとか山頂に到達すると素晴らしい景色だった。空気もうまい気がする。
下調べ通り休憩するスペースも用意されているのでそこで弁当を取り出して食事を取った。
そして、さあ帰ろうと思ったらお客様の二人がこう切り出した。
「帰りは我が社のお勧めするARナビを使って帰ります!」
「フィーチャートレック社の新製品デース!超お勧めデース!」
「ビヨンドスポーツ社は商売も手広いんですね。うちのARデバイスもちゃんと売って下さいよ~!」
まぁそれぐらいなら許容範囲の行動だろうと思って特に止めなかった。
田波部長を見ると少し微妙な表情ではあったけれど特に口出しは無かった。
フィーチャートレック社は新興の登山用品メーカーで新規デバイスに強いのが特徴だ。
最近では街中でお洒落着としてロゴが入ったシャツを着ている人も見かけるので割と大手企業だ。
この登山の途中にもロゴ入り装備を身につけている若者と何度かすれ違った。
その会社の新製品ならまぁ大丈夫かな?
二人は首に掛けていたゴーグルを装備すると先頭を切って歩きだした。
大柄な二人がどんどん行くのを田波部長と顔を見合わせながら追いかけた。
標識の案内を見ると吊り橋のあるコースみたいだ。
「吊りバーシ!トリイ!そしてウォータフォール!!全部入りデース!」
「ARナビは希望のスポット設定すると丁度良いコースを案内をしてくれるんですよ!」
なんかちょっと嫌な予感がする。滝と吊り橋は違う登山コースだったような気がする。
ARナビは町中での利用は割と普及している技術だけど、登山道の位置情報はジャイロセンサー付けていても怪しいと思う。
日本は準天頂衛星が整備されてからGPSの精度がぐっと上がったらしいけれど、山の電波受信には不安がある。
二人は少しテンションが上がっているようでどんどん進んで行くが、体力に劣る僕は着いて行くのに必死だ。
あれ?その細い道入って良いのかな?なんか標識に書いてあったけど見ている余裕が無い。
田波部長もさっきから必死に地図を見ていて黙っている。
こういう場面では案内が早いARナビは良いのかもしれないな。
「ちょっとマーク!!少し休憩しましょう!」
「もうちょっと!もうちょっとで滝ですから!!」
僕は少しづつ離されつつあった。
田波部長は僕に気を使ってペースを合わせてくれている。
「Wow!」
突然前を行くジョージを見失った。続いてマークが消えた。
恐る恐る進むとそこで道が途切れて、急な斜面になっていた。
先頭を歩く二人は少し下がった場所にある沢に向かって滑落していた。
落ちた高さは大人4人分ぐらいあった。
「大丈夫ですか?」
「なんとか大丈夫です!」
「こちらの道に戻れますか?!」
「ダメです!ジョージが足を痛めた様です」
今日は簡単なトレッキング装備なのでザイルの類いは持っていない。
田波部長も首を横に振っている。
救助を呼ぼうかと携帯を取り出したが電波を拾っていなかった。
僕たちは諦めて沢まで降りられる場所を探して合流した。
マークは僕らが降りられる場所を一緒に探していたけれど、その間もジョージはうずくまっていた。
合流してすぐに田波さんがジョージの足を押したりねじったりしながら怪我の確認を始めた。
そして、ジョージに何事か確認すると彼の装備からタオルとロープを取り出して、痛めた足をタオルでぐるぐる巻きにすると、上から添え木を縛り付けた。
やたらと手際がいいなと思ったら、その昔……じゃなくてちょっと昔にガールズスカウトで相当慣らしたらしい。
「ここがどこかナビに出ていますか?」
「ARナビはダメです。モニターが使えません」
体の無事を確認できたので、装備類を確認すると、二人のARナビは滑落のショックでケーブルがやられていた。
GPSユニットやCPUユニットは水没しても大丈夫なゴムでコーティングされたジャケットに納められていたけれど
ゴーグルまでのケーブルが断線してしまったようで機能していなかった。
田波さんはずっと眺めていた地図を懐から取り出すと、僕たちに向かってこう言った。
「あんた達!山を甘く見てるからこうなるのよ!!反省したら私に着いてきなさい!」
「は、はい」
いつの間にか僕まで一緒に怒られている。なぜだ!
逆らったら不味そうな雰囲気だったし、田波部長が凜々しくて格好良かったから黙って見ていた。
それから部長の誘導で普通の山道まで戻るのに2時間を要した。
「足が痛いデース!もう歩けまセン!」
「念のために固めて置いたけど骨は折れてないし筋は大丈夫!単なる打撲だから我慢しなさい!」
ジョージは痛みに弱いタイプだったようだ。
打撲に単なるとか致命的なものとかあるんだろうか?
ジョージの様子を見ると不安になるけど、田波部長の反応を見れば大丈夫そうなので安心した。
結局僕らは部長の持つガールズスカウトの伝統的な技術に助けられた。
そのままその日は病院にジョージを連れて行き解散となった。
我が社はその事件をきっかけに相当有利な契約を結んだらしい。
後日、部長がニヤっとしながら教えてくれた。
あれ以来ジョージが無理に用事を作っては来日するようになった。
田波部長に熱烈アプローチをしているらしい。
部長はのらりくらりと躱しては有利な契約をもぎ取っていた。
ジョージはあの軽さでビヨンドスポーツ社の後継者らしい。あの会社大丈夫だろうか。
僕は柴田が部長にジョージについて聞いている場面に出くわしたことがある。
「ジョージさんから相当アプローチされてますけど受ける気はあるんですか?」
「彼はお子様過ぎて無いわね」
そう言った翌日にはニコニコとジョージと打ち合わせをしているのを見かけて、会議室の外から合掌した。
哀れジョージ。
―――――――
あー。ジョージはどうでも良かった。
僕が今欲しいのは田波部長が披露してくれた地図を見る技術だ。このゲームで言うならば【マップ】スキルだ。
……あれ?
いつもならここでファンファーレが鳴るところじゃないですか?
■■■
ユーキ(地球人・男)
習得中スキル
・異世界
【マップ】515 /600 (-150)
■■■
渋い!もう一声じゃないですか!
思い返してみるに活躍してたのは田波部長だったから仕方が無い。
改めて残りは自分で経験値を稼ぐことにしよう。
ゲームのスタート地点であるビガンの町周辺なんだから、この山道を登る冒険者は結構居るはずだ。
カナミさんもヤマトさんも持ってたんだから【マップ】を持ってる人が通る事もあるかもしれない。
そう考えれば、この登山道は【マップ】を覚えるための登竜門の一つとも思える。
今も時々取り出しては見ているあまり参考にならない地図を見る作業もその過程の一つだと思えなくもない。
よし、もうちょっと頑張ってみよう。
「分かりました!こちらに違いありません!」
「え?分かったんですか?」
「ええ!この岩に見覚えがあります!」
突然ルニが自信に溢れた声でそう言うので着いていくこと30分。
再び小鬼の集落が見えた。
おおおおい!この道、絶対に間違ってますよね?
敵を観察していたルニは僕の顔を見て、深くうなずく。
うん。そうだよね。
先ほどの小鬼との戦いで少し時間もかかっているし、予定していたキャンプ地に今日中に到達できるか分からない。
今回は回避して宿泊場所を目指すほうが良いだろう。
僕がきびすを返そうと思ったその時、
彼女はその美しい顔ににこりと笑みを浮かべると敵の群れに特攻して行った。
……うん。
アイコンタクトは失敗していた。
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