7 徘徊する脅威
前回のあらずじ
ロックガゼルの擬死行動で酷い目に遭った。
食事する場所を探して森の中を進んだが、どうも街道らしきものが見当たらない。
【ロックベアー】の声に誘われ【ロックガゼル】の臭いから逃れて大きく移動した結果、正規のルートから離れてしまったようだ。
但し、行くべき場所が今も見えているので不安はそれほど大きくない。
麓のビガンの町を出た所から既にロックバルトの町は見えていた。
山の峰の横に小さな丘が幾つも見えるうちの一つがロックバルトの町だ。
食事をするために立ち止まったこの場所も、少し開けているので顔を見上げると山の頂が目に入った。
【視力強化】の効果もあってロックバルトの町もなんとか確認できる。
「ユーキさんの収納スキルはすごいものですね。こんなところで我が道場の食事をいただけるとは」
「そうですね、このスキルにはいつも助けられてます」
【森崎さん】に出してもらったご飯は作りたての温度を保っていて美味しかった。
今日のご飯は剣術道場の賄いでも人気のカツ丼だ。カツが何の肉かは知らない。
屋外では調理設備が無いのでこれだけの食事を用意するのは無理だろう。
【生活魔法】スキルのレベルが高くなれば【竈】や【鉄板】を使って作れるようになるかもしれないが、レベル9は遠すぎる。
いつかそんな旅ができるようになるだろうか。
「は~。お腹いっぱい」
「ごちそう様でした」
「ごちそう様でした」
「それでは参りましょう!」
ルニはいつでも元気だ。勢い良く立ち上がる。
慌てて食器を【洗浄】し格納すると後を追った。
―――――――
「ギャギャッ!!」
「ギョギッケキョー!!」
小鬼の群れは口々に何か喋りながらこちらに向かってきている。
一件バラバラな並びだが、それでいて統制が取れているようだ。
【インタープリター】のレベルが上がれば意味が分かるようになるかもしれない。
常時発動するタイプのパッシブ型のスキルでも魔力を使って効果のレベルは上げられるのかな?
っと、目の前の敵に集中しなくては!
小鬼ってこんなだったか?ヴィッセルの森でカナミさん達と遭遇したときは相当恐ろしい敵だった。
何せ人型の魔物が襲ってくるのだ。ヒロシが正面切って対峙するのに感心したものだった。
ここ暫くの剣術道場暮らしで対人戦漬けだったこともあり、小鬼の印象が一変した。
ゲームだけあって、この世界ではスキルの力で怪我は結構あっさり治る。
切られると最初はかなり痛かったけどそれでも体力が残っているうちは一部を肩代わりしてくれるし、【切断耐性】や【再生】のレベルが上がったらそれもどうということは無くなってきた。
そんなわけで練習では模擬剣ではなく、真剣を持って斬り合うのも普通だった。
目の前の小鬼に視線を戻す。
ナイフを持った手を大きく振りかぶったが、振りが大きすぎる。空けてくれた脇腹に狙いを付ける。
慌ててナイフを振り下ろして来たので小さく躱して脳天に刃を落とす。ビクリと動いた後に前につんのめって倒れた。
そこに、右手から棍棒を持った別の個体が迫ってきた。
ちょっと棍棒が重いようでフラフラしていたので胸を蹴ってのけぞらせると後ろの一匹を巻き込んで転がっていった。
おかしい。こんなに弱い敵だったかな?
剣術道場のトレーニングの効果が出すぎているようだ。
刃物を持って斬りかかる技術が拙いので、こちらを本気で倒そうとしているのか不安になってくる。
この一帯は小鬼の集落だった。
山肌が何カ所もくり抜かれていて横穴が並んでいる。
そこから途切れること無く現れる小鬼に襲われていた。
格下の存在ではあるが、相手の攻撃の当たり所が悪ければ死ぬこともあるだろう。
そう思って目の前に集中しようと思うのだが、どうにも手応えが弱い。
これで襲われていると言って良いのだろうか?
いや違う。
襲っている最中だったことを思い出した。
お昼を食べた後、先陣を切って進むルニの後を付いていくと間もなく小鬼の集落に遭遇した。
あまりに大量に見える個体数に一瞬怯んで回れ右しようかと思った時。
「ユーキさん!この規模の群れは集団戦の鍛錬に持ってこいです!」
ルニはそう言い放つと僕が何か言う前に集団に飛び込んでいった。
女性がこんな楽しそうに殺生に向かうのは良いのか?
そんな風に思わなくも無いが、そういえば、狼を大量に討伐したばかりだったので今更だった。
それに魔物は数が増えると大変なので可能なら全て討伐するのが正しい。
集落が襲われたせいか小鬼が逃げようとせずにわらわらと集まってくる。
【ウインドカッター】を使ったら楽そうだなと思ったけれど、ルニの言うとおり鍛錬に付き合ってもらおう。
小鬼は僕の周囲を隙間無く取り囲んでいた。
「我が剣旋に魔の力宿りて敵を切り裂け!【飛旋】!」
道場で最初に習った武技を繰り出すと周囲を囲む小鬼達が真っ二つになった。
やばっ!切れすぎた。魔石は無事だろうか。
あーいかん。戦利品の心配する前に、まずは倒すことに集中しなくてはいけない。
【ダンスベアー】と【ロックガゼル】から予想外の攻撃を食らったのはこんな風に油断していたのが原因だ。
目の前の敵にも気を配りながら視界全体を俯瞰してみる。
見張り台のような場所に弓を持った個体と杖を持った個体が居た。
見える範囲で見張り台の数は8個かな?敵は……30匹はいると思う。
こんな乱戦でも撃ってくるのだろうか?
「ギャギャー!!ギェッギェッギェッ」
ひときわ大きな声が響くと目の前の敵が波が引くように少し後退しはじめる。
これはなんだろう。
ルニの言うように鍛錬の為に距離を詰めずに敵の動きを見ることにした。
彼女もそうしているようだ。
間髪入れずに弓が飛来した。連携のタイミングは悪く無い。
でも精度が悪すぎる。あーあ、自分たちの前線に落ちている矢が何本かあるな。
時々届く矢も遠くから飛来するので十分予測が出来るし、バイヤードさんの【槍術】の突きに比べれば遅すぎた。
矢を躱したり、切り落としたりしていると、見張り台から火の玉が飛来し始めた。
おお!魔法だ。他の人の魔法を見るのはキンブリー亭の【水洗浄】以来かもしれない。
火の玉ということは【冒険者マニュアル】に載っていた【火魔法】の【投火】かな?
火の玉が飛来している。しているんだけど……うーん。ものすごく遅い。
結構遠くからの攻撃であることを考えれば悪く無いのかもしれないのだが……。
遠いから?小鬼だから?出足も遅いし、飛行速度も遅い。
魔法だよ?ファンタジー世界の魔法なのにだよ?
なぜかイラッとした。
「【鎮火】!」
ようやくこちらに届きそうな火の玉に【生活魔法】の【鎮火】をぶつけてみると火の玉は消滅した。
なるほど、練習として見れば悪く無い。
まだまだ火の玉がこちらに飛んできている。
広く開けているとはいえ自分の住む集落で火を使うので威力控えめなんだろうか?
「【ウィンドカッター】」
こちらに到達しそうな矢と火の玉を切り裂いた。
なんとなく試しにやってみたが【風魔法】で火の玉を数発まとめて切り裂くことが出来た。
威力が弱すぎじゃないだろうか?小鬼は魔法使いに向いてないと思う。
魔法で対処できることが分かったので、今度は火の玉を剣で切り裂いてみると芯材があるわけでも無く、一太刀入れると霧散した。
斬った瞬間消えるのはとてもゲームらしい演出だけど、もうちょっと手応えがあった方が良かったな。
余裕が出てきたのでルニが居た方を見ると彼女は敵に接近して囲みを切り崩していた。
やけに飛来する数が多いなと思ったら同士討ちしないこっちに狙いを絞ったみたいだ。
「ギャ!ギャゲゲー!!」
ひときわ大きい声が再び響いた。声の方向から察するにあの一回り背が高い個体が群れのリーダーらしい。
鳴き声と同時に前線が押し上がってこちらに迫ってきた。
遠隔攻撃があまり効果が無いと見切りを付けたようだ。
迎撃訓練は終わりか。あの見張り台の敵はどうするのかな?
この辺りの敵とやっている間も遠隔攻撃は続くのか、乱戦を避けて一旦待機になるのか、どっちだろう?
まあいいか。ごちゃごちゃ考える前に動くルニのことを見習ってみよう。
目の前に迫る棍棒を持った小鬼も飛来する火の玉も順に切り捨てれば良いんだ。
緩慢に振りかぶる敵を一刀の元に切り捨てる。血食いの剣はルーファスさんも褒める魔剣だ。小鬼を骨ごと切り裂いた。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【筋力強化】のレベルが2に上がりました』
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【棒術】を習得しました』
棍棒は【棍術】じゃなくて【棒術】なのか。
敵が漫然と突っ込んで来くるので倒していく。
敵に悲壮感が無いのがゲームらしくて良い。
集団戦とはいっても敵の動きを見ながら位置取りを工夫すれば、まったく同時とはならない。
道場で模擬戦に沢山付き合ってもらったダーズ師匠にバイヤードさん、ルニの方が手数が多いぐらいだった。
僕はどんどん切り裂いていった。小さく避けながら一撃を入れる戦い方はARスポーツに通じるものがある。
自分の姿は俯瞰で見えないから最小で躱すというのが難しいけれど、繰り返すと回避の精度が上がっていくのが面白い。
小鬼をどんどん屠っていくと血の臭いが酷いことになってきた。
ゲーム的にレーティングは大丈夫なんだろうか、Z指定は余裕で行ってると思う。
とは言っても、営業で寄った高校の学園祭でおじさんと呼ばれるようになってしまった年齢の僕には関係ないんですけれど。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【パーティ】のレベルが2に上がりました』
【パーティ】のレベルは腕輪と合わせて3になった。
道場のプレイヤーに聞いてみたが、聞いた範囲で【パーティ】のレベルが高い人はおらず、その効果がよく分からなかった。
今は戦闘中なので、後ほど時間のあるときに効果をちゃんと調べておきたい。
血の臭いを改善するために戦闘中だけど【解体】は使っていこう。
しっかりイメージしないと【解体】がうまく仕事しないのでドロップ品の確認は大事だが、確かドロップ品は身につけた武具意外には魔石だけだったはずだ。
眼下に見える死体に対して次々と【解体】を行う。
『森崎さん、戦利品を集めておいて下さい』
『承りました』
なんとなく思っただけでやってくれそうだけど、【森崎さん】にはちゃんとしておきたい。
次々と【解体】を進めて、死体をどんどんと片付けていく。
目の前の見通しが良くなって、死体に隠れていた敵が慌てている。レーティングもCぐらいまで下がった気がする。
だけど、まだまだ血の臭いが凄かった。
こういうときには、うっかり持っている【嗅覚強化】が悩ましい。
強い臭いの元を辿ると、ルニの周囲が死体の山だった。
うん。あれはあとにしよう。
そうこうしているうちに先ほど号令をかけていたリーダー格の個体の前に到達した。
ルニが牽制して足止めをしてくれている。
そいつは少し大ぶりの斧を持っていて、周りの個体よりも体が二回りぐらい大きい。
こいつもゴブリンなのかな?
■■■
中鬼(魔物・オス)
能力値
体力 102 /102 (85+17)
魔力 64 /64
筋力 107 (89+18)
器用 62
敏捷 78
スキル
・身体
【体力強化】2
【筋力強化】2
・武器
【斧術】2
■■■
おっ、ホブゴブリンだった。【ステータス】から見える能力はそれほど高く無い。種族的に単体ではそれほど強く無いのかもしれない。
僕が威圧するように武器を構え、気合いを入れるとすぐにこちらに意識を向けた。
そこをルニが後ろから首を刎ねて終わりだった。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【斧術】を習得しました』
周囲を取り巻いていた小鬼は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
漫然と向かってきていたのは中鬼の指示だったのか。
すかさず【森崎さん】から短剣をずらりと取り出した。
丁度頸部が丸見えなのでそこをめがけて【飛剣術】で飛ばしたらそれで終わりだった。
魔力的に無茶な運用も2振りの魔剣の力を借りれば苦も無い。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【弓術】を習得しました』
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【火魔法】を習得しました』
きょとんとしている見張り台の上の小鬼達にもお見舞いしておいた。
中鬼を殺った時点で、残りは100匹も居なかったので短剣は十分に足りていた。
それにしてもあんな一目散に逃げ出すとは思ってなかった。
殲滅戦をする場合にはリーダー格をなるべく残しておいた方が良いな。
「倒せましたね」
「うーん。ユーキさんには少し物足りなかったみたいですね」
「そう、そうですね。それでも幾つかスキルを得ることができました」
そういうルニは僕より余裕に見えたし、ずいぶん楽しそうでしたよ。
僕たちは【解体】しながら戦利品を回収して回った。
戦利品となったのは剣が5、短剣が34、弓が15、杖が10、斧が1だった。
棍棒は不揃いな単なる木の枝なので買い取って貰えないらしい。
魔石はまとめて118個と1個だった。
能力値も上がっていたのでとても良い鍛錬となった。
「さて、次はどっちに進みますか?」
「え?ユーキさんが地図をお持ちなのでは?」
「え?!」
「え?」
確かにおおざっぱな地図は持っているが既に現在地点は見失っている。
それにどういうこと?!彼女はあんなに軽快に進んでいたのに?
「さっきルニがどんどん進んで、この小鬼の集落に来たのは?」
「魔物の気配が致しましたので、退治せねばと思った次第です」
自信満々に道を進んでいたルニは獲物を探してただけで経路は気にしていなかったらしい。
遠征の際には、これまで会ったことの無いお兄さんがいつも道案内だったのだと言う。
僕たちはいつの間にか軽く遭難していた。
次話「8 迷い道を越える力」