6 騎獣と奥の手
前回のあらすじ
ルニが【ダンスベアー】にやられてちょっと大変だった。
【ダンスベアー】らしき鳴き声に向かってルニが疾走する。
「待って!ちょっと待って!」
彼女は森の中を泳ぐように駆け抜けていった。
僕は【グラスレペル】の効果も借りて、なんとかルニに離されずに追走していた。
「―――――――ヴォッヴォッヴォッヴォッ」
いた!【ダンスベアー】だ!先ほど倒した個体と同じく大きな魔物が何か別の魔獣と対峙している。
相手の魔獣はカモシカのようなシルエットで反り返った大きな角を2本備えていた。
元々僕たちを狙ってたわけじゃないことは鳴き声が遠くから聞こえたことで分かっていた。
それなのに突っ込んでいくなんてルニは先ほど魅了されたのがよっぽど腹に据えかねているらしい。
【ダンスベアー】が威嚇しながらカモシカにジリジリと迫っている。
こちらを狙っていない2匹には敵性を表す赤色の【エネミーサイン】が出ていない。
まだこちらが視界に入っていないようだ。
「ヴォ―――!ヴォ―――!」
一段と大きな声で【ダンスベアー】が雄叫びを上げると空気がビリビリと震えた。
と、カモシカのような敵が口から泡を吹いてバタリと倒れた。
今のはよく見えなかったけど、見えない攻撃方法を持っているのか?
僕がそこまで迫った時、飛び込んだルニがくるりと回りと勢いを付けて剣を横一文字に振り抜き、鈍い音と共に熊の首を刎ねた。
【ダンスベアー】が少しだけ同情した。最後まで【エネミーサイン】は見えていなかった。
こちらに気付く前に意識を刈り取られたと思う。
「ちょっと!ルニさん?!」
「ふ―――!ふ―――!」
剣を振りきった姿で肩を大きく上下させている。
その目の前には2体の魔中が倒れている。
「【沈静】!」
「ふぁ!?ぁぁあ!」
やっぱり軽い状態異常だったようだ。
こんなにこの魔言を多用する事態になるとは思って居なかったな。
ルニは真面目で実直なキャラかと思ったら、実直ではあるけど鉄砲玉みたいな性格だった。
「す、すいません。恥ずかしくなり、敵の声を再び聞いたら悪は懲らしめねばと体が先に動いてしまいました」
「ちょっと気をつけてくださいね。こんなことでルニが怪我したら悲しいですからね」
「え、あの、ありがとうございます」
彼女は赤い顔をこちらに向けて謝ってきた。
反省しているようだし追求はこのあたりまでにしておこう。
「この話はここまでにしましょう。それから、そっちの魔物は何だったんですかね?」
「これは【ロックガゼル】ですね。調教して山道での騎獣に使っている人を知っています」
なんと、このカモシカのような魔物がビガンの町で捕獲をお願いされた騎獣だった。
ルニは本当にいろいろ詳しかった。【ロックガゼル】は登坂能力が高いので山岳地帯の騎獣にとても向いているらしい。
魔物は一時的に捕縛しておくための首輪があるのでそれを付けて町に連れて帰ると専属の職人が調教するんだそうだ。
その首輪は知っている。ビガンの町の調教師の人に渡されて僕も持っている。
【ロックガゼル】は目を開いてぎょろりと変な方向を向いているし、口から泡を吹いている。
爪で切り裂かれたような跡も無いし、周囲には血が出ていないのでショック死のような物だろうか?
触るとまだ暖かいが、死体特有の腐ったような臭いがしている。
「殴られた様子は無いですね。【ダンスベアー】は即死するような精神攻撃をするのでしょうか?」
「そのような話は聞いたことがありません。私は死ぬ思いでしたが」
掌に持つ武器をギリリと音がする程に握りしめながらそんな返事が返ってきた。
緊張感が半端ないので、血の滴るその曲刀はそろそろ納刀して欲しい。
「えーと、ち、【洗浄】」
「これはかたじけない」
【解体】すれば消える気もしたけど、血糊を綺麗にしたらようやく納刀していただけた。
うっかり【沈静】を使いそうになったのは秘密だ。
「死体を【解体】したら、そろそろお昼ご飯にしましょうか」
「そうですね。日が高さから見ても、もうお昼時を過ぎていますね」
この世界にもちゃんと恒星は一つだったけど、時間を確認するのに使う文化も一緒だった。
そういえば月があるのかについては、確認したことが無いな。
僕は近くに倒れていた【ダンスベアー】に近寄ると【解体】を行った。
今度は大きく綺麗な魔石がちゃんと取れた。
【ロックガゼル】はルニの担当だ。あちらのドロップアイテムは何だろう。
あの立派な角はきっと何かに使えるだろう。
彼女の方を見ると何故か【解体】せずに思案しているようだった。
「どうしました?」
「うーむ。おかしいのです。そういえば何か忘れているような?」
改めて【ロックガゼル】を見ると騎獣になるだけあってそれなりの大きさの魔物だった。
結構肉付きも良いので、これはひょっとしたら【ダンスベアー】と違って食肉に向いているかもしれない。
「【ロックガゼル】って食べられるんですかね?それともロックって名前にあるから岩のように固いんですかね?」
「ロックバルト周辺に生息するから【ロックガゼル】と言う名ですが、お肉は柔らかくてなかなか美味しいですよ」
そう言われてみるとだんだん美味しそうに見えてきた。
美味しい肉がすぐに得られる【解体】スキルがあって良かった。
「どんな料理に向いてるんですか?」
「塩もみして串に刺して焼くだけでも結構美味しいですよ」
【調理】スキルが上がったのに簡単な料理を提案してくるのは野外だからだろうか?
美味しいお肉はどんな料理に使っても外れなく美味しいけどね。
じーっとお肉……じゃなくて【ロックガゼル】の死体を見ているとちょっと動いたような気がする。
死後硬直という奴だろうか。
相変わらず目が明後日の方を向いていて酷い顔をしている。
あれ?さっきは舌がだらりと出ていたような気がするけど引っ込んでいる。
「これ【解体】しないんですか?」
「それが、さっきから【解体】スキルがうまく働かないのです。それと、何か忘れているような気がするのですが何だったか……」
「ちょっと僕がやってみても良いですか?」
「ええ、お願いします」
うーん。念のために導入の剣を出して補助しようかな?
【解体】レベルが低いと十分なお肉が得られないかもしれない。
『承りました』
『森崎さんありがとう』
左腰に導入の剣が剣帯に収まって現れていた。
スキルに補助が欲しかったので、念のため【解体】に右手で柄を握ると剣をすらりと抜いた。
【剣術】スキルが良い仕事をしている。
ん?!また【ロックガゼル】がピクっとした気がする。
こいつショックで気絶しただけでまだ死んでないのか?【ステータス】を開いた。
■■■
ロックガゼル(魔物・オス)
能力値
体力 84 /86
魔力 11 /42
筋力 82
器用 69
敏捷 167 (128+41)
スキル
・身体
【敏捷強化】3
【気配隠蔽】1
【擬死】1
・魔物
【角術】3
【毒線】2
■■■
その時ぎょろりと明後日を見ていた目が僕を見た。目が合ってしまった。
そういえば、【ステータス】を掛けられるとちょっと生暖かいような気持ち悪い感じがするのを思い出した。
「あ"ー!コイツ生きてる!!」
「ああっ!!」
あわてて右手に持った剣を構えたその時、そいつは突然動き出す。
足をバタバタさせると起きあがった。
「ヴェエエエ―――――!」
「きゃーっ!」
鳴き声と同時にぶーっと音をさせておしりから土煙のような色をした霧をまき散らすと一目散に駆け出した。
丁度そちらに居たルニは霧を真っ正面から被ってしまっていた。
「ぐっ!!臭い!」
「目っ!目がぁ――――!!」
臭い!強烈な刺激臭だ。僕は正面に居たのだが言われてみるとに確かに目にしみる。
ルニを確認すると、尻餅をつきながら両手を前に翳して目をつぶり、鼻にしわを寄せて酷い顔をしていた。
【ロックガゼル】は既に姿が無い。
動き出すとすぐに崖の下に向かって飛ぶように駆け下り、取り逃がしてしまった。
さっきの霧は、臭いし目にしみるから毒の類いかもしれない。
さっきから喉が痛いし頭がクラクラする。
「げほっ。【洗浄】っ!【解毒】っ!」
「……かたじけない」
自分を周囲ごと【洗浄】と【解毒】をかけたが、臭いがまだ消えない。
僕自身に臭いが残っている気がする。
ルニの方を向くと更に臭いが強い。
彼女はとても渋い顔をしていて目が真っ赤だった。
「これはっ!げほっ!ゴホゴホ!強力すぎるっ。……【洗浄】!!」
怒りと共に魔力を何レベル分か込めるイメージでもう一度【洗浄】するとようやく臭いが消えた。
魔法のある世界で本当に良かった。
毒液で汚れた衣服のにおいなんて洗濯じゃ絶対に落ちそうにない。
「すっかり忘れておりました!悔しいっ!!さっきから何か忘れてる気がしていたのは、この卑怯な振る舞いのことでした。すいません」
「いえ、僕もすっかり騙されてましたから同罪です」
結局【ロックガゼル】は死んでなかったのだ。あの魔物は擬死行動をするらしい。
しかも隙を見てスカンクのように毒液を放出して逃げ出した。
ルニは騎獣の【ロックガゼル】しか見たことが無かったので、知識としては知ってはいたものの、すっかり忘れていたらしい。
騎獣の【ロックガゼル】は手術して毒腺を処理するものらしい。
「本当に災難でしたね」
「あー!悔しいです!次に見かけたら迷わず討伐します!!」
「いやいや、折角なんで騎獣にしましょうよ」
「ユーキさんがそう言われるのなら我慢致しますが……」
実力的にはルニの方が圧倒的に強者だろう。
【ロックガゼル】も【ダンスベアー】も次に彼女の視界に入ったら迷わず無力化されそうだ。
その時には【ロックガゼル】には何とか生き残って欲しい。
敵の攻撃が思ったより多彩で予想できなかった。少し油断していたかもしれない。
今回は毒で苦しくなったのと臭くなっただけで済んだが、そこを別の魔物に襲われていたら大変だった。
気を引き締めたほうが良さそうだ。
昼ご飯を前に本当に酷い目にあった。主にルニが。
一帯に臭いが残っているような気がするので、距離を取ってご飯を食べる場所を探すことにしよう。
涙目の彼女のためにお昼は少し豪勢にしよう。
【ロックガゼル】乗ってみたかったな。
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