3 山道と魔獣の群れ
前回のあらすじ
ユーキは女の子好きだが、ちょっと訳あって距離を置いている。あと女神様怒ってた。
「ウォォ───────ン」
「ウォォォ──────ン」
【フォレストウルフ】は群れで生活する魔物だ。それは知っていた。
けれど、小さな群れ同士がこんなに連携してるなんて知らなかった。
5~10匹程度の群れは倒されそうになると近くの仲間に救援を呼んでいるようだ。
遠吠えに答えるように次の群れがどんどん現れた。
倒しても倒しても現れる【フォレストウルフ】を前にしてルニートさんと僕は…………とても充実していた。
ルニートさん……ルニに至っては楽しそうですらある。
「ユーキさん!右前方から追加来ます。正面は残り2匹。任せます!」
「了解!ルニも気をつけて!」
剣術道場で習得した【剣術】は凄い物だった。
道場では上級の皆さんと打ち合ってたので意識してなかったけれど、レベルが上がった効果は凄かった。
襲いかかる【フォレストウルフ】の動きが非常にゆっくりに見えた。
動きの端々の無駄もやけに気になる。動きの無駄は即ち魔物の隙だった。
自分のスキルレベルが大きく変わったせいで、目の前の【フォレストウルフ】の強さがよく分からない。
カナミさん達に連れられて行ったヴィッセルの森の【フォレストウルフ】より弱いのだろうか?
襲いかかる牙を躱して、すれ違い際に血食いの剣を合わせるとあっさり首が撥ね飛んだ。
距離を離すために隙に合わせて喉に放った前蹴りで絶命したのには驚いた。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【体力強化】のレベルが2に上がりました』
久しぶりに能力値の強化スキルのレベルが上がった。
やっぱりスキルを持っている敵を倒すとその経験値を奪っているように感じる。
乱戦では【気配察知】は当然として、【ターゲット】のスキルが役に立っていた。
敵が絶命すると▼の形のマーカーが消えるので打ち漏らしが無かった。
視界の悪い森の中でもこちらに明確な害意をもった敵であれば障害物越しにマーカーが見えた。
ヴィッセルの森で戦った時は気づかなかったが【フォレストウルフ】はとても器用な敵だった。
木に登って木の上を渡りながら近づき、飛び降りながらと地面からで群れを上下に割って立体的に襲いかかってきた。
器用に気配を隠しながら視線が通らない葉の茂った枝振りから落下してくるのは恐ろしい攻撃だと思う。
だけど、マーカーがずっと見えているせいで台無しだった。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【パーティ】を習得しました』
お!これは幸先がいい。腕輪も合わせて【パーティ】スキルのレベルが2になった。
レベルアップで何が良くなる分からないけど、とりあえず経験値的なサポートがあったはずだ。
「【ウィンドカッター】!」
ルニとの同士討ちを避けるために口に出して【魔言】を使うと枝ごとバッサリ切断され、死体が落ちてきた。
そう、同士討ちを避けるためだ。
ルニの戦い方がちょっとおかしい。
彼女は平地よりも森の中の方が向いていると思う。
木の幹を、枝を、倒木を、敵の死体を、巨石を、全ての障害物を地面に変えて縦横無尽に走り回っていた。
走って?いや飛び回っていた。
【歩行術】の効果だろうか?あれを歩行と言い切るのは僕にはかなり抵抗がある。
機動性も凄かったが剣の扱いも凄かった。
目の前の的を切り捨てたと思ったら少し離れた敵に剣を投擲し、一撃で止めを刺す。
剣は弧を描いて走る彼女の手元に戻っていた。
彼女は激しい動きの中に【飛剣術】も取り入れていた。
クルクルと剣をきらめかせながら攻め寄る【フォレストウルフ】を仕留めていく。
踊るように戦うその姿に[旋回姫]という彼女の通り名を思い出す。
少し曰くのある通り名だったが、既にその原因も克服したので、今となっては純粋に彼女の良さを表す通り名だ。
僕もそんな普通の通り名だったら良かったな。
流れるように敵を屠って走る彼女の姿は相手からすれば恐怖の対象でしか無いだろう。
ただ、一緒に肩を並べて戦う僕から見た彼女は美しかった。
飛び散るのが血糊じゃなくて汗ならもっと良かったんだけど。
立体的に戦う彼女の邪魔をしないように声をかけて戦った。
「左前方に8体!右後方に5体追加!後方を受けます!」
「承知!ユーキさんも気をつけて!」
ぐるりと後ろを向くと少し移動して自分とマーカーとの間の障害物を減らす。
敵の姿は木の上を走っている個体も居てなかなか視界には入ってこなかった。
出てこないなら来ないでやりようはある。
目の前の木を迂回する軌道をイメージして敵の進路に向けて魔法を放つ。
「【ウィンドカッター】!」
4体のマーカーを狙ったけど1体撃ち漏らした。想定より少し動きが速かったか。
目の前に現れた2体は少し大きくて色が黒かった。【フォレストウルフ】では無いのか?
さっきの攻撃を警戒しているのか唸り声をあげているが近づいて来なかった。
来ないのであれば丁度良い。【ステータス】を見てみよう。
敵のステータスチェックは魔力消費が5なので、意外と消費が大きい。
こういう風にいざという時に使うようにしたい。
■■■
フォレストウルフメイジ(魔物・オス)
能力値
体力 84 /114 (95+19)
魔力 57 /62
筋力 95 (87+8)
器用 65
敏捷 152 (117+35)
スキル
・身体
【体力強化】2
【筋力強化】1
【敏捷強化】3
【気配隠蔽】1
・魔法
【風魔法】1
【植物魔法】2
・魔物
【牙術】2
■■■
これはゲームらしい魔物だ。敵は狼で且つ魔法使いだった。
少し体力と魔力が減っているので何らかの魔法で【ウィンドカッター】を回避したようだ。
魔法は持ってるのに【魔力強化】が無いなんてアンバランスな敵だな
ふと【気配察知】が右前方からの何かの接近を知らせた。
大きく後ろに飛んで距離を開けると、ビュウと音が鳴り風が僕の居た場所の地面を抉った。
あれは【風魔法】だ。
敵は躊躇して近づかないのでは無くて遠くから攻撃していたのか。
僕は体力が減っている方に狙いを付けて飛び込んだ。
敏捷で軽くなった体を両足が軽やかに運ぶ。
【魔力視】の効果で敵の周りに渦巻く魔力が魔法となって放たれようとしているのが見えた。
まだ魔力の収束が弱い!思い切って走り込むと首を撥ねた。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【植物魔法】を習得しました』
おお!新魔法だ!その前にあともう一匹だ!
視線を向けると離れて魔法を放とうとしている所だった。
ルニの動きに習ってそのまま血食いの剣を【飛剣術】で放った。
無駄なく一直線に【ターゲットライン】が伸びて敵の魔力が収束する前に首を撥ねた。
そのまま巻き戻しのように持ち手に剣を戻した。
彼女のように剣の軌道上に身をさらして受け止めるのはまだ怖かった。
「ユーキさん!こっちは片付きました!」
「こちらも終わりましたよ!」
僕が5匹相手にしている間に彼女は8匹仕留めていた。
そして、どうやら今ので打ち止めのようだ。
そういえば魔物を倒した時の戦利品については確認してなかったな。
「【フォレストウルフ】の肉は食べられるんですかね?」
「残念ですが雑食で臭く、筋が多くてあまり食用には向きませんね。山の上は寒いので毛皮はそこそこの稼ぎになりますよ」
「じゃー解体しちゃいましょうか」
彼女も【解体】は持っているというので一緒に【解体】して回った。
ドロップアイテムは毛皮と魔石だ。【解体】したそばから【森崎さん】に回収して貰った。
【解体】すると何故か血糊も消える。周囲の血の臭いも収まったので魔物が寄ってくる心配も無いだろう。
一回り大きい【フォレストウルフメイジ】を【解体】すると毛皮だけでなく太い牙をドロップした。
「それにしてもユーキさんの方にはメイジも混ざっていたのに流石ですね。あれは見えない攻撃が避けにくいのですが綺麗に避けていましたね」
「そうなんですか、僕は【魔力視】で見えてたのでちょっとズルしちゃいましたね」
「【魔力視】ですか!普通はそのようなスキルは備えてませんから実力だと思いますよ」
武人はズルが嫌いかなと思ったけどこれは許容範囲らしい。
【森崎さん】に確認したら【フォレストウルフ】の魔石が82個、【フォレストウルフメイジ】の魔石が2個だった。
多いのか少ないのか分からないけど、道場で鍛えた成果を確認するには丁度良かった。
【フォレストウルフ】に囲まれたのは炭焼き小屋を出てからずいぶんと歩いた後だった。
すぐに魔物に出会うかと思ったが、中々遭遇せず、そろそろ休憩しようかという頃合いに遠吠えが聞こえたのだ。
間もなく囲まれて、そこからは長い戦闘だったので一旦休憩にしよう。
「少し休憩にしようか」
「そうしましょうか」
少し歩いて休憩に丁度良さそうな岩を見かけたのでそこで休むことにした。
久しぶりの魔物との戦闘に少し気持ちが高ぶっている気がする。
迷い人の水筒を取り出して水を飲むと少し落ち着いた。
「ルニートさんも飲みますか?」
「ほらその呼び方!決めたことですからやり直して下さいね」
「あ、はい。えーと。ルニも飲みますか?」
「はい、いただきます」
彼女はにっこり笑って水筒を受け取った。
照れもあって呼び方を戻したら逆になんか甘い空気になってしまった。不味い。このやり取りは余計に距離が縮んでしまう気がする。
彼女は水筒の蓋を開けるとゴクリゴクリと結構な勢いで水を飲んでいた。
あれだけ動けば喉も渇くはずだ。あ!【洗浄】忘れた。間接……いや、もう考えるのはやめよう。
まだお昼時には少し早い。ビガンの町で仕入れた串焼きが入った袋を取り出すと2人で分けて小腹を満たした。
小休憩を切り上げると、二人で先ほどの戦いの振り返りをしながら山道を進んだ。
ルニの立体的な移動の話を振ると、彼女は木を蹴って実演を交えながら体勢を整えるコツを教えてくれた。
やはり【歩行術】の一部らしい。以前道場を訪れた武術家から指導されたものだそうだ。
明らかに無駄な体力を使いながらも彼女は全然元気だった。
もっと魔物だらけでどんどん襲われるのかと思ったけど、彼女によればそんなに頻繁に襲われたりはしないようだ。
さきほど襲ってきた【フォレストウルフ】の群れもこの辺りではあまり見かけない規模の集団だったらしい。
遠くから鳥の鳴き声が聞こえたり、獣と思わしき遠吠えが聞こえたりするけれど何も無い。
流石に森の中を進むのも慣れてきて、話しながら【ウィンドカッター】で倒木や藪に覆われた道を開いて進んだ。
ロックブレーズの森はまだまだ続いていた。
次話「4 【植物魔法】と山道の歩き方」