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1 山道は優しく行く手を阻む

本日より3章に入ります。1章から2章とは違って2章の直後からの展開となります。

週末に2章の閑話を投稿していますので、見てない方はそちらもどうそ。


僕は趣味はメダル収集で、大学の専攻は電子制御だった。

最近でこそ営業としていろんな大学に行くようになり、こんな所に!と思うようなキャンパスまで向かうことも増えたが、荷物が高額品なので社有車やタクシーを使うことも多い。

つまり、山歩きは慣れてないのだ。


能力値で底上げされた体力を持ってすればまぁなんとかなるだろうと高をくくっていた。

もちろん装備類はそれなりに準備はしたけれど、山と聞いて想像していたようなトレッキングコースとは訳が違った。


ロックバルトの町はビガンの町の北側、ロックバルト山脈の山頂付近にある町だ。ビガンの町から北を見ればいつもそこに山脈が横たわっていた。

山肌は深い緑に覆われていたが、山頂付近は禿げ上がっていた。ロックバルト山は休火山でその付近に火口があるそうだ。

ロックバルト山脈のすぐそこまで魔の領域は広がっていて、山脈は人の住む領域を守る壁としての役割も果たしている。

もともとビガンの町のあたりも魔の領域だったらしい。

魔物の進行を食い止めているだけあって、山を行く道はなかなか険しかった。


「これは、普段鍛えていないところが分かって良い鍛錬になりますね!」

「そう言われてみれば、そうですね」


ルニートさんはとても元気だ。

彼女がニコニコしながら道を行くので、それに救われている。

本当に体を動かすのが好きなようだ。


開けた丘のような部分を行くイメージだったので、馬での行程を考えていたのだが、そうは行かなかった。

事前の準備でロックバルトに向かうため騎獣(きじゅう)が借りられるか確認したところ、ビガンには山に向いた騎獣は居ないと言われた。

途中の山間に騎獣に向いた動物がいるので捕獲して欲しいと逆にお願いされてしまったぐらいだ。

そんな訳で徒歩での山歩きの最中である。


───────


急遽ルニートさんが同行することが決まったため、準備に2日を要した。

彼女自身の準備はほとんど整っていたが、1日はどんちゃん騒ぎが長引いた結果で、1日はチームとしての準備だ。

具体的に言うと僕とルニートさんとの情報交換と装備品の準備だ。

その結果【パーティ】の腕輪や食料品を追加で用意した。


【パーティ】になると【ウィスパー】の届く距離が伸びたり、経験値が増えたりといった恩恵があるらしい。

あとは【ステータス】を見ても犯罪履歴が付かなくなるというのが貴金属店のロベールさんの解説である。

腕輪の代金はルニートさんが持ちたいと譲らないので好意に甘えたがまた何か由来がありそうで怖い。


彼女の腕前は模擬戦で何度も打ちのめされて良く知っている。

だけど、冒険に同行するとなればそれ以上に連携が必要だ。

そんなわけでお互いに【ステータス】情報を交換した。

あまり深く探るのは失礼かなと、そのままレベル2の【ステータス】を見せて貰った。


■■■

 ルニート(真人間(ニューマン)・女)

 通り名:旋回姫(せんかいき)

 能力値

  体力 106 /106 (82+24)

  魔力 68 /68 (68)

  筋力 114  (81+33)

  器用 93   (72+21)

  敏捷 196   (151+45)

 スキル

  ・身体

   【体力強化】3

   【筋力強化】4

   【器用強化】3

   【敏捷強化】5

   【打撃耐性】2

   【切断耐性】2

   【刺突耐性】2

   【回避】4

   【受け流し】4

   【瞬発】3

   【体術】5

   【歩行術】5

   【再生】3

   【騎乗】2

   【気配察知】3

   【気配隠蔽】1

  ・武器

   【剣術】6

   【騎士剣術】2

   【曲剣術】3

   【短剣術】4

   【大剣術】2

   【双剣術】4

   【飛剣術】2

   【斧術】3

   【槍術】3

  ・加工

   【採集】2

   【刀剣整備】4

   【調理】2

   【解体】3

  ・成長

   【見取り稽古】2

  ・異世界

   【AFK】1

   【ウィスパー】1

   【冒険者カード】3

   【冒険者マニュアル】2

■■■


ルニートさんの戦闘スタイルは高い敏捷を活かした回避寄りの剣士だ。

能力値では敏捷が非常に高く、スキルも【回避】や【受け流し】が高く、それを裏付けするものだった。

プレイヤー以外は【ステータス】スキルの習得が困難なせいで、確認した結果を教えると、えらく感謝された。

彼女は【歩行術】という見たことのないスキルを持っていた。

模擬戦の最中に独特のリズムで攻撃を回避するのだが、このスキルがその肝かもしれない。


自分の【ステータス】には標準で表示されるようになった【成長加速】の必要経験値表示だが、他人の場合はレベル5の特別な要素になるため標準では表示されない。

これには【見取り稽古】と【飛剣術】の講習会を開催しているうちに気がついた。

レベル5まで行くと固有カテゴリのスキルまで見えてしまうので他人に使うのは勇気が要る。


───────


「荷物を持って頂いているのでとても快適ですね。道を切り開くのもとてもやりやすいです!」

「確かに手荷物は格納してますし、スキルの支援もあるので割と快適ですね」


ルニートさんの荷物についても手回り品以外は【森崎さん(クローク)】が預かっている。

彼女も以前【インベントリ】の習得を試みたことがあるというので【スキル習得】で確認してみたが、まだまだ先は長かった。

僕も【インベントリ】はクエストの報酬で貰ったからあまりうまく教えられる気がしない。


町を出る時には、北門の前で剣術道場のみんなと、どこからともなく聞きつけてきた歌唱道場の皆さんの見送りを受けた。

道着に獲物だけという身軽な装備で行こうとする僕たちをみんなが心配していた。

安心してもらうために【森崎さん(クローク)】から毛布やテントなどの装備品をどんどん出していったら納得して貰えた。

その時、彼らは呆れたような顔になっていた。

【インベントリ】だとそこまでは入らないから普通は重たい荷物を格納して、軽い物を荷台に載せたり、背負ったりするそうだ。

今日の行程も決めてあったので挨拶もそこそこに出発した。


そんな訳で彼女は武器の曲剣を左腰に差して、枝を払うための鉈を右腰の辺りに納めている。

鉈も【剣術】スキルで基本の取り回しは行けるらしい。

剣術道場では『何時いかなる時でも戦場に挑む心得で挑め』という教えがあるらしく、剣帯は外そうとしなかった。

今は道を切り開くために、ずっと鉈を握りしめてニコニコしながら道を切り開いている。

向こうから歩いて来る人が居たら恐怖で逃げちゃうかもしれない。


「それにしても結構な獣道ですね」

「ロックバルトに向かうのは行商人か鍛冶師を目指す者ぐらいですから」


この道は道というのも憚られるような獣道だ。

この世界は魔道具の収納や【インベントリ】があるので、行商人もこのぐらいの道で足りてしまうのだろう。

ロックバルト山の麓に広がるこの森はロックブレーズの森と言う。

この森はグリフォンを狩りにヴィッセル湖に行く途中で通ったヴィッセルの森よりも人の手が入っていない。


現在は多分ここが登坂道だろうと思われる場所を進んでいる。

ここが順路だという印に時折頑丈そうな石づくりの標識が立っている。

道は全然舗装されておらず、踏み固められていないので足下が柔らかく深く沈んで足を取られた。

倒木もあるし、根が獣道に張り出しているし、元気に伸びた枝や蔓草が道をふさいでいた。

そこを行くのはなかなかのハードワークだった。


そんな道を(さえぎ)る蔓草や倒木はルニートさんが鉈を振り回してどんどん蹴散らしていった。

ありがたいが、女性にそんなことを任せて良いのだろうか?

でもどんどん行っちゃうし、なんだかとても楽しそうだった。


「実際の体重は変わらないようですが敏捷で体が軽いのは助かりますね」

「私は昔から敏捷が高かったのでそのあたりはよく分からないですが、スキルの恩恵はよく分かります」


ハードワークとは言ったものの、それは現実基準で、このゲームではスキルのおかげで快適な旅だ。

βテストの時に上がった敏捷の値に助けられて体が軽いし、【体術】のおかげで体幹が安定している。

なによりもルニートさんの踏破力が半端無い。


日の高さから見てもそろそろお昼頃だと思う。

急ぐ旅では無いので、休憩は時間で入れた方が良いだろう。

旅に出るに当たっていろんな準備をしたけれど、時計を準備をすることを失念していた。

町の中に居ると時計がいろんな所に設置されていたので便利に慣れすぎていたのだ。

【クロック】なんてスキルもあったけどそれも含めて準備をすっかり忘れていた。


「そろそろお昼休憩にしましょうか」

「お昼時ですか。言われれば確かに。まだまだ元気ですが休憩と致しましょう」


少し開けた場所に出たので、腰を下ろして休憩をすることにした。

ルニートさんはあんなに働いていたのに元気過ぎる。

森に入ってからますます活性化している。

彼女は剣術道場のチームで時々他の町を巡って守備隊に剣術指導をするらしく旅慣れていた。

周囲の見通しが良い場所を確保するとさっと敷物を広げて座る場所を整えてくれた。


まだまだ移動したいのでお昼は簡単に準備しよう。

開けた場所で見るとルニートさんは頭の上に葉っぱが一杯乗っていたので丁寧に払ってあげた。

ご飯の前に【生活魔法】の【洗浄】で身体と装備を綺麗にして、【回復魔法】の【快方】で節々の痛みを取った。

そして【森崎さん(クローク)】に簡易テーブルとお皿に入った道場の賄い飯を出して貰って準備が整う。


「いつも頂いていたご飯も外で食べると不思議な感じですね」

「道場のご飯をこんなに暖かい状態で頂けるなんてとても驚きました。

外で食べるとなんだかいつもより美味しいように感じます。

いつも旅先では燻製したチーズやお肉なんかが多いですから」


ルニートさんが少しびっくりした顔をしていた。

道場で賄いを多めに作って貰った時に賄いチームにそれとなく【森崎さん(クローク)】の説明をしておいたんだけどな。

彼女はちょっと大きい【インベントリ】だと思っていたのかもしれない。


「【インベントリ】とは違うスキルなので時を止めて保持しておけるんですよ」

「聞いてはいましたが……【生活魔法】に【回復魔法】に【インベントリ】の上位スキルですか、ユーキ殿は本当に多芸ですね」


ここまでたいして活躍してないけれど、スキルのおかげでちょっと好感度が上がったような気がする。

道がややハードコースではあるもののウォーキングラリーのような感じで楽しい。

この世界は町でも空気が綺麗ではあるけれど、森林の中はさらに空気が美味しかった。

最後にコーヒーを入れてゆっくりするとお昼ご飯を終えた。


───────


山道は例に漏れず蛇行しており、一定間隔で石づくりの標識があるのだが中々進んだ実感が持てない。

手元にあるざっくりとした地図でも目安になるだけありがたいというものだ。

こういう場所で【マップ】というスキルがあれば尚良いのだけれど。


βテストの時にヤマトさんは【マップ】と【エネミーサイン】を合わせると索敵にとても便利と言っていた。

ここまでまだ魔物の類は襲ってきていないが、ルニートさんによればもう少し進むと好戦的な魔物が住む領域になるようだ。

途中【マップ】が獲得出来ない場合は【気配察知】で索敵を頑張ることにしよう。


そんな風に余計なことを考えていたのは最初の頃だけで、ずっと歩き続けると、段々余計なことを考えなくなってきた。

ルニートさんの言う良い鍛錬になるという考えも分かる。

いつも使わない体の部位に負荷がかかっていて満遍なく鍛えられているのが分かる。


「この木の実はちょっと酸っぱいですがいざという時の食料に出来るものです」

「ここからビガンの町が良く見えるんですよ」

「この広場は涼しい季節になると山菜を採る人が一杯来るんですよ」


ルニートさんはこの道を何度か通ったことがあるようでとても心強かった。

道についても詳しかったし、獣道の見つけ方や枝の払い方なども詳しかった。

僕はただただうなずくばかりだ。


「もう少し行くと炭焼き小屋がありますので、そこで宿泊できると思います」

「もうそこまで来ていましたか」


地図に書かれている小屋までもう少しだった。

そろそろ日も落ちそうなので少し早歩きで向かった。

炭焼きは想像よりも立派な小屋で、周囲が開けた場所に建っていた。

小屋は二つあり、炭を焼くための小屋と宿泊出来そうな小屋の二棟建っていた。


「ここは小屋の主が誰でも使えるようにしてくれているんですよ」

「そうなんですか?ありがたいですね」


建物の入り口は引き戸だったが、なんとそこには見慣れた黒いプレートがついていて、ルニートさんは当たり前のようにカードを(かざ)して扉を開け入っていった。

僕もおっかなびっくり【冒険者カード】を取り出すと(かざ)して中に入っていった。

すごいな。こんな山奥にまでこの仕組みは普及してるのか。


───────


小屋は入る時に「ピー」と鳴っていて少額だけどちゃんとお金を取っていた。

一泊で300(ヤーン)だった。

その代わりと言う訳では無いが小屋の(かまど)が使えたので、晩ご飯をルニートさんと二人で作った。


「【調理】スキルのおかげで最近では料理するのが楽しくて、楽しくて!」

「そうでしたか、それは良いですね」


手早く用意できるので、暖かい鍋料理を用意することにした。

彼女の包丁捌きはそれはもう見事なものだった。

これまではちょっと歯車がずれてたようだけど【調理】スキルによってカチリとあったらしく、最近では料理の達人のようだった。


「本当に腕を上げましたね。女将さんみたいでしたよ」

「前は砂糖と塩を良く間違えていたのですが、【調理】スキルを得てからは、間違えた容器を持つとすごい違和感があって間違えなくなったんです」

「そ、そうなんですか」


そんなちょくちょく間違えるものでは無いと思うけれど、美人にニコニコしながら言われたら素直に聞くしか無い。

ご飯を食べながらの会話は段々とロックバルトの町の話に移って行った。

ロックバルトは髭人族(ドワーフ)の町で武術指導や武器を拵えに何度か行ったことがあるそうだ。

彼女は武術関連の話となると本当に楽しそうに話すのでこっちも嬉しくなってくる。


やがて、暖かいご飯を食べて、程良い体の疲れに少し眠くなってきたので遅くなる前に寝ることにした。

ルニートさんも話しながら少しあくびが混ざっていたのでもう寝た方が良いだろう。


ベットがいくつか用意してあったので、【生活魔法】で【解毒】と【洗浄】をさっとかけて準備万端だ。

僕たちも風呂代わりの【洗浄】をかけて少し寝やすい服に着替えると隣のベットで横になった。


「ユ、ユーキ殿!おにゃが、お願いがあるのですが……」

「はい」


ついに来てしまったか。

男女2人で旅を続けるのであれば、そうですよね。

ずっと先送りしていたが、僕は自分と向き合わなければいけないようだ。

次話「2 二人の悩みと男女の距離」


(2016/11/04)修正

ルニートさんのスキルに大事な【見取り稽古】が抜けてました。

(2019/02/27)修正

誤字報告ありがとうございました

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