ex4 道場主は先を目指す
前回のあらすじ
マリーさんはギンタークと結婚して2児の母
俺は若い頃、クルサードの叔父貴に付いて魔境開拓に行っていた事がある。
当時は怖い物知らずで自分は何にでもなれる。俺はそう信じていた。
魔境は恐ろしい場所だ。クルサードの叔父貴は当たり前のようにそこに自分の居場所を見いだしているが常人の思考では無い。
まぁ常人には武神の5高弟は務まらないから当然なんだけどな。
魔物は意味も無く周囲の生命を襲う。魔物同士であっても例外は無い。魔境はお互いを食い合い、強さに昇華した魔物で溢れている。
世界がどれだけ広いか知らないが、魔境の奥を見てこれるのは10神ぐらいだろう。
―――――――
俺は若い頃、平気な顔をして悪さをする貴族の糞ガキにむかついてとっちめた事がある。
その後親の私兵が押し寄せてきてまとめて半殺しにしてやったら、今度は違うやり方で攻めてきた。
俺は元々戦争孤児だから身よりが無いのが強みだ。そんなことにゃ負けねえ。そう思っていた。だがそうじゃなかった。
俺が昔に厄介になった孤児院に嫌がらせをしてきやがった。
張り込んでチンピラを絞めても、後から後から出てきやがって切りが無かった。
ただ、俺も怖い物知らずだったから貴族の屋敷に直接乗り込んでやった。
10人ぶっ倒して、20人ぶっ倒して、100人半殺しにしてそこらで俺もさすがに気を失いそうになっていた。
突然周りの兵士共が吹っ飛んだ。
たまたまクルサードの叔父貴が農業指導とやらで、その貴族の土地に来ていたのだがその試験用地が屋敷内にあったのに私兵共が踏みつぶしたのが許せなかったらしい。
俺は本当の理不尽を目の前にして思わず笑っちまった。ケタケタ笑う俺も叔父貴は平気な顔でぶっ飛ばした。
そんでその件はチャラだ。当時既に武神の5高弟入りを果たしていた叔父貴には流石の貴族も手が出せなかったらしい。
おれはクルサードの叔父貴に勝手に付いていくことにした。この人と一緒に居れば理不尽を覆せるとそう思った。
叔父貴はそのまま魔境に向かった。俺は迷うこと無く付いていった。
ぶっ飛ばされても付いてくる俺のことを叔父貴はかわいがってくれた。よくボコボコにされたがとても優しかった。
だが、そんな怖い物知らずの俺でも魔境はヤバいところだった。
昨日まで平和そのものだった場所に小山ほどの魔物が突然現れては暴虐の限りを尽くした。
俺はこれまでに身につけた全てを使って暴力に立ち向かったが全く刃が立つ気がしなかった。
それを見ながらクルサードの叔父貴は魔物の首を一刀で刎ねた。
俺は必死で叔父貴の剣筋を盗んだ。差がありすぎて何から手を付けて良いか全く分からなかったが必死に真似をした。
やがて俺にも【剣術】スキルが身につきどんどんレベルが上がった。ようやくレベル7に届いた頃、事件は起こった。
相手は全身が金属の塊みたいなカチカチの魔物で剣技以前に俺の剣では刃が通らなかった。
叔父貴はそれでも【剣術】の力を尽くして立ち向かったがやがて愛用の剣がへし折れてしまった。
もうダメだと思った時、叔父貴は傍らの鍬を手に取った。やけになったのかと思ったが、妙に様になる構えだった。
その時叔父貴は俺とは全く逆のことを思っていたそうだ。すなわちこれなら行けそうだと。
叔父貴は開拓に明け暮れていたから、剣よりも鍬を振る時間が多いぐらいだ。
敵が向かってくる姿がゆっくりに見えた。叔父貴が動いたか動かなかったか分からないぐらいの速度で鍬を振るった。
全身が鎧の塊みてえなその魔物はその瞬間パックリ割れて絶命した。
なんだこれはと思っていると変な音がした。
ゴーン!ゴーン!
鐘の音だ。どこからともなく地滑りするような音が聞こえてきたと思ったら目の前の空間が砕けた。
ガシャ――――――ン!
目の前が真っ白になって、こりゃいよいよやべえなと思ったが、すぐに元に戻った。
何事もなかったかのような静けさだった。
叔父貴はその時【鍬術】を世界に生み出したらしい。
なんだそりゃ、ふざけてんのかと思ったが、鍬を持った叔父貴は剣を持ったその時よりも明らかに強かった。
俺と同じレールの上を歩いていると思っていたが、突然全く理解出来ない強さの次元に行っちまった。
俺はそれ以来強さの方向が分からなくなっちまった。
迷う俺を見て叔父貴が提案したのは俺と同じ真人族が中心の町で剣術道場でも開いてみたらどうかという事だった。
俺は教えてもらう一方だったが、叔父貴は『お前に教えることで強くなることもあった』とそう言った。
当時一緒に行動していたカミールのやつが付いてくるってんで、二人で剣術道場を立ち上げた。
弟子が一人増え、二人増え、近所で悪さをしてる奴を半殺しにして暮らした。
ダーズの奴は半殺しにしたら俺に付いてくるなんて言い出して、俺は昔の自分を思い出しちまったのでしょうがねえ、弟子に加えた。
そのうちカミールにすっかり丸め込まれて子供が出来ていっぱしの父親みてえになった。
弱くなったなと思ったが、なぜか【剣術】スキルのレベルは上がって8になった。
―――――――
俺が道場を構えるよりも少し前の話だ。
異界神様がビガンの町に異世界の戦士を呼び寄せると言い出した。戦士っつってもひよっこの集まりらしい。
良く分からねえがこの世界のために必要なことだとあの人に言われちゃみんな従うしかねえ。
やがてアース世界って所からきた血を見ると青い顔するようなひょろい連中がわらわらとやってきた。
人様がせっかく真面目にやり始めた道場にけちを付けてくるようなチンピラは真っ先に潰した。
突然、そのひょろい奴らは顔を見せなくなった。なんでも一旦受け入れを止めて次を準備中らしい。
そんなことやっても無駄だろう。そう思っていた頃、なんと武神様がクルサードの兄貴を伴ってうちの道場を訪れた。
武神様は来るなりこう言った。
「先日、この町の近くで新しい武術が生まれた。お前らの中で知ってる奴は居るか?」
誰も答えられなかった。さっさと興味を無くした武神様はその現場に向かわれた。誰かつけようかと思ったが叔父貴に止められた。
「ユーキ殿という地球人が新たな武術をこの世に産み落としたらしい。この世にきて僅か数日のことだ」
「なっ、あいつらみんなひょろっこい奴らばっかりですぜ?」
「スキルは力の強さじゃねーんだ。ハートの強さなんだ。お前だってよく分からねーが強くなる。そんな経験の一つや二つしたことがあるだろう」
否定したい気持ちもあったが、確かに子供が生まれてからなぜか強くなった。
鍛錬の時間は取れなくなったが、こいつらを守りたいそう思ったのは確かだ。あれがハートの強さだっていうなら確かにそうだろう。
クルサードの叔父貴はそれからユーキって奴の由来の大木がどうのとか行って町に出かけていった。
二人はぱっと来て、ぱっと帰って行った。
思うような収穫が無かったらしい。町の西側が真っ平らにえぐり取られていた。
町では八つ当たりだなんて言われていたが馬鹿言うな。武神様がそんな下らねえことに時間を使うわけがねえ。
新しく生まれたという武術を習得出来ないか試行錯誤した結果大地がえぐり取られたのだ。
6年ぐらいするとアース世界のひょろっこい奴らが再びやってくるようになった。
あるときルニの奴がそのひょろい連中の中でもまぁひょろそうな奴を道場に連れてきた。
ルニの奴は俺のアキレス腱だ。武道の筋は良いしそんなに弱くもねえが俺はあいつに甘い。
アレがいるうちは何となく無理が出来ない。そう思うようになっていた。
そのひょろい奴は全くどうでもいいが、ルニの奴が【調理】スキルを身につけたらしい。
ルニが欲しかったスキルを習得できたってのが無性に嬉しかった。
「お前らーー!!宴会だ!!準備は出来てるんだろうな!」
「「「おおーー!!」」」
宴会では恒例の交流戦だ。中級共の試合が始まって暫く見ているとそれが起こった。
ゴーン!ゴーン!
大きな鐘の音がどこからともなく聞こえた。地滑りするような音が聞こえてきたと思ったら目の前の真っ白に砕けた。
ガシャ――――――ン!
こいつは!
こいつを!
おれはコイツを知っている!
「俺はあれを見たことがあるぞ!!」
思わず口をついて言葉が出ていた。そうだ【鍬術】を叔父貴が生み出した時と一緒だ。
光が割れたその先にはルニの奴が連れてきたひょろいのが四つん這いで倒れていた。なんつう線の細い奴だ。
だが、クルサードの叔父貴の言葉が蘇った『ハートの強さなんだ』そう言っていた。
「おいお客人!あんた一体誰なんだ?」
「ユーキです、道場を見学させて頂いています」
なんでもルニの奴に【調理】スキルを一発で身につけさせたらしい。
「まてよ、ユーキっつったか?!その装い!地球人でユーキか」
間違いねえ。スキルをこの世に生み出すなんてことがそこらの奴にヒョイヒョイ出来るわけがねえ。コイツだ。
「あんたがあのユーキさんだな。武神様が会いたがってたぜ」
「あー。スキル魔石の件ですね。アンネ様から依頼がありましたよ」
「やっぱりな!なんか新しい武術を生み出したらしいじゃねーか!俺はその話を聞いたときに年甲斐も無くわくわくしちまってよ。」
間違いねえ! それからユーキ殿が生み出したという【飛剣術】を相手に力試しをさせてもらうことになった。
正直五分五分だと思っていた。こんなひょろいのにハートが強い?意味が分からねえ。
そいつは短剣を50本貸せと言い出したんで道場住み込み鍛冶のグラットじいさんに用意させた。
50本?煙に巻いてんじゃねえだろうな?そう思ったが全然違っていた。
気がつくと、どこからともなく恐ろしい力を感じる魔剣が2本そいつの左右にふわりと浮いていた。
見ていると出してきた短剣が次々に空に浮かんでいく。50本はあっという間に空中に並んだ。
「おいおいおい!そりゃ何だ?それがあれか?【飛剣術】なのか?【念動魔法】の曲芸みたいだな。そんなんで戦えんのか?」
「どうでしょうね?こんだけ浮かべてみたのは初めてなので、もう倍は行けるみたいなんですけど、ちょっとやったことないので」
なめたこと言ってるが全く読めねえ。数が多けりゃいいなんて子供みてえなこと考えてるわけじゃねえよな?
「よし!準備良いですよ!」
「お、おお!楽しみだ!腕が鳴るぜ!おい!ダーズ!合図を頼む!」
合図と共に短剣が矢のように降ってきた。いや違う、明らかにこれは剣術の動きだ。
明確に急所を狙ってきた。矢と違って背後からも攻めてくる。
「ガハハ!面白え!!ただ剣が軽いな!軽すぎるぜ!!」
こんな軽い剣じゃ、まぁやっぱり曲芸だったな。そんな風に判断したのは早計だった。
飛んでくる剣はどんどんどんどん早く、重く、鋭くなってきた。待て、コイツはさっき何つった?
初めてやってみる?この倍は浮かべられる?冗談じゃねえぞ。
恐ろしい勢いで短剣が連なって切り込んできた。ただ飛んでくるだけじゃねえ。明確に切り込んで来やがる。
「ハハハ!いいぞ!楽しくなってきたァーーー!!!」
半分本気で半分は気合いの入れ直しだ。俺は持てる全力で突っ込んでいった。
だが、どんどん突っ込んでくる短剣に、剣先が逸らされ狙った軌道が維持できねえ。
うちの師範共がどうにも出来ない必殺の一撃があっさり躱されちまった。
それだけじゃねえ。恐ろしい勢いで次の攻撃が突っ込んで来やがった。いちいち一つ一つがやたらと良い狙いでどうにもできなかった。
「まてまてまて!!!勝負ありいいい!!!!!」
ダーズの奴がそこで試合を止めたが異論は無ぇ。
こんなにはっきりと負けを認めさせられたのはこの前クルサードの叔父貴が来たとき以来だ。
「ガハハハ!いやーすげえ!!これが始祖たる者の力か!!愉快愉快!!」
こんなにひょろっこいのにとんでもなく恐ろしい奴だった。ユーキ殿は既に5高弟にも通じる力を持っていた。
「あーそうだ!初めの約束だが、俺は本気だからな!ルニのこともらってやってくれ!」
俺はどさくさに紛れてルニのやつをこいつにくれてやることにした。
―――――――
俺はまだまだ人を見る目が足りないらしい。
ユーキ殿の生み出したという【見取り稽古】と【飛剣術】を習得する機会を得たが、俺は【飛剣術】に期待していたが、【見取り稽古】の方はついでだった。
ただ、こいつが恐ろしいもんだった。自分で習得してみれば分かるがこれまでの鍛錬が何だったのかと思うような成長を俺たちにもたらした。
ユーキ殿の本質は【飛剣術】ではなくこの馬鹿げた成長にあることは明らかだった。
開いてもらった特別講習会で突然変なことを言い出した。魔素にスキルの力が含まれているだと?!そんなこと考えたことも無かった。
俺が必死に自分だけで練り上げようとしていた力を、ユーキ殿は周りの、俺たちの、道場の力を借りて練り上げているのだ。
現にうちの道場にいた、たったひと月に満たない間に、師範代どもじゃ相手に出来ないような剣の冴えを見せていた。
最も【飛剣術】もおっそろしい武術だった。まだユーキ殿のようには行かないが一対一の戦いのはずが多対一になるなんて俺たちの常識が通用しなかった。
俺は今、稽古が楽しくてたまらねえ。こんなのはガキの頃以来だ。
下手なことは口に出来ねえが、俺はユーキ殿は神の器だと思っている。
俺がクルサードの叔父貴に引き上げてもらったようにルニの奴もユーキ殿について学んで欲しい。
俺たちはユーキ殿とルニのことを盛大に送り出した。
最近道場に増えたひょろっこいの中の一人がちょっと気になることを口にした。
「そういえばユーキ師範代、例のほら、モリサキさんは浮気を許してくれるんですか?」
ルニは妾でも良いとは言ったが、ちょっと詳しく教えてもらうかね?
次話「ex5 続・異界神アンネの悩み」
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