35 旅立ち
前回のあらすじ
剣術道場にプレイヤーが増えて大変だった。
【見取り稽古】と【飛剣術】を伝えるミッションが完了したので、僕はビガンの町を離れる。
いよいよ山の町ロックバルトに向かうのだ。
実は旅に出る理由が増えていた。消極的な方の理由だ。
僕はここ暫くの間に通り名が増えていた。
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ユーキ(地球人・男)
通り名 便所の魔神 <隠蔽 4>
邪眼 <隠蔽 4>
影の道場主 <隠蔽 4>
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ああああ!黒歴史再び。
【視力強化】で遠くまで見通せるようになったので遠くから【見取り稽古】を試していたのがバレていたのだろうか?
[影の道場主]の方は何となく心当たりがある。
ずっと特別講座でルーファスさんを初めとした面々を指導していたせいで、師範代の中で僕に敬語を使う人が出てきたのと、道場主のルーファスさんが僕に対してやけに低姿勢の時があるのだ。
これはなんか言われそうだな~と思っていたが、既に影でささやかれていたらしい。
この通り名のラインナップ酷く無いですか?全体的に中二病の気配もあるし。
これらは多分ビガンの町由来の通り名なのでこの町を早急に去らなければいけないと思う。
別れは悲しいけれど僕も割と必死だ。
そんな訳で3週間の指導期間は僕にとっては準備期間でもあった。
50万¥ほどかけて雑貨屋で旅の支度となる服やテントなどを揃え、お皿や鍋を大量に買い込んで来た。
山岳地帯に向かうので寒さ対策は必須だ。厚手のマントや毛布なども確保した。
こうやって普通の物を購入すると魔道具がいかに高価かよく分かる。
どんどんと【森崎さん】に納めてもらっていったが、どのぐらい入るのか皆目見当が付かない。
森崎さんは『まだまだ十分余裕がありますよ』と答えてくれるので多分まだ行けるとは思う。
それでもあまり不要な物は増やしすぎないように心がけたが、食料は多めに買い込んだ。
道場の賄いチームにも協力してもらって、毎食ごとに少し多めに準備してもらい。買い込んだお皿や鍋に納めてしまっておいた。
さすがに余計な出費となるので女将さん……カミールさんに寸志をお渡ししようとしたが、のらりくらりと躱されて受け取って貰えなかった。
出発は前々から伝えていたため、道場の皆が企画して土曜日に送別会を開いてもらった。これで飲み潰れたら日曜日には出られ無いな。
ゲームを始めてそろそろひと月が経つが、現実世界換算では30分だ。まぁ急ぐ旅では無いし、ゆっくり行こうと思う。
「皆も知っていると思うがユーキ殿はこの町を離れることになった。今日は我々の出会いに感謝し大いに別れを惜しもう。そして笑って送り出すぞ!」
「「「「はい!」」」」
ルーファスさんはそんな風に切り出した。ルーファスさんが言うといつも恐ろしく纏まる。さすがだ。
「あとは、ルニートの奴がユーキ殿に付いていくことになった。ユーキ殿よろしく頼む」
「え?ええ!」
全く聞いてない。そんな話なら流石に教えて欲しかった。周りもなんかざわざわしている。
するとルニートさんがすっと立ち上がりこう続けた。
「先日ユーキ殿から繋ぎの腕輪を頂きました。父上から結婚を許すと言われ、大変に戸惑っておりましたが、私は腕輪を得た時にこの人に着いていこうと心に決めました」
えええ?繋ぎの腕輪って何?猫モチーフの腕輪ならデートの際にプレゼントしたけど。
頭の中が疑問符で一杯になる中、ルニートさんは言葉を続けた。
「繋ぎの腕輪は揃いの魔道具の腕輪を用意して、嫁に迎え入れたい相手に結婚の意思を伝えるもので、我々にとってはよく知る風習です。
地球人の門弟の方から伺ったのですが、地球世界には似た風習として婚約指輪という指輪をお互いに交換するというものがあるそうですが、繋ぎの腕輪は無いそうです。
ユーキ殿もおそらくこの風習はご存じ無いだろうと聞いたときはショックでしたが、それも含めて着いていくことにしました」
そんな風に言いながら左手の腕輪を皆に見せていた。主に女性陣から拍手がわき起こる。
腕輪はもちろん僕の腕にも付いている。3週間ずっと付けていた。言い逃れが出来る状況じゃない。
ちょっと待って、ちょっと待て!こんな所に罠を貼るなんて。最近穏やかだったからシナリオライターの攻勢は止んだのかと思っていたのに!!
おあああああ!【GMコール】をよこせ!!
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【GMコール】を習得しました』
え?今?後で苦情を山ほど述べてやる!!!だけど、今はこの場を乗り切るしかない。
というか、えっと、ルーファスさんもカミールさんもこれまで何も言ってこなかったのは何で?どうなってんの?
思わず立ち上がってしまった僕は、周囲を見回して女将さんの姿を見つけた!!なんかウィンクしてサムズアップしてる!
旅のために用意した食事代を受け取って貰えなかったのはこういう仕込みだったようだ。
だめだ、これは女将さんの引いたレールということなんだろう。なんて強力な強制イベントなんだ。
あの時ルニートさんの落としたリンゴを拾ったのがフラグだったんだろうか。
は~。もう腹をくくって行くしか無い。このゲームでは暫くルニートさんとご一緒させていただこう。
別に彼女のことは嫌いでは無い。正直に言えば武人然とした彼女とはすごく付き合いやすかったし一緒にいると楽しかった。
婚約指輪的な意味で渡したのでは無いと知っているのであれば、結婚ということでは無いんだろう。
「分かりました。よろしくお願いします」
そういうと、パラパラと拍手が起きたが、同時にブーイングの嵐だった。主にプレイヤーの方々がなんか言っている気がする。
「おい!ふざけんな!ヒロインちゃんを連れてくなんて!」
「おおおい!そんなのありかよ!!」
「なんだそのイベントは!やっと親衛隊に入ったのに!」
まだ親衛隊は健在だったのか。最近ではバイヤードさんとも、リットさんとも仲良くしてたから解散したのかもと思ってたんだけど。
やっぱりルニートさんは人気があった。道場主の娘さんだし、美人だし誠実だしね。
だから付いて来るなんて僕だって思ってもみなかった。
確かに主要キャラクターが町から離れるなんて相当なイベントだ。
彼らも明日には【GMコール】を取得してるかもしれないな。
「ワハハハ!!おめえらの言い分もまー分からんでもないわい!あとは酒を飲みながらな?おら乾杯だーーー!!」
ダーズ師匠が空気を変えてくれた。あれ?変わってないじゃないですか。
むしろ火に油を注いだだけじゃ無いですか!
皆で乾杯をするとそのままダーズさんを中心とした【剣術】組のみんながやってきて、代わる代わるに杯を交わした。
「私もユーキ殿のように強くなって魔境に行くのが夢です。これまでは夢でしたがどんどん強くなるユーキ殿を見ていたら思いさえあれば強くなれる!そう思いました。ありがとうございます」
「おめえさんがピャーっと抜いてっちまうから俺は悔しくてな。そう思ってたらこの前レベルが上がったんだわ。ありがとな」
「ユーキ殿の実力を認めない訳にはいかんが……お嬢様のことは俺は納得行ってないぞ!!」
みんなから代わる代わる言葉を交わしていって、そしてリットさんに盛大に絡まれた。
すでにかなり酔ってるようだ。誰だよ始まる前にこんなに飲ませたのは。
周囲を見回すと師範代達が目を背けている。
「お、俺はなぁ。お嬢様がこぉんな小さい頃から一緒に研鑽してきたんだ!小さい頃のお嬢様がどれだけ愛らしかったか!
俺の方が小さい頃のお嬢様のことを良く知ってるんだぞ!!
武技が出来ないと泣きながら剣を振るお嬢様も可愛らしかったなぁ。
今ではだいぶ大きくなってしまったが、そ、それでも!俺の方がなぁ!」
おまわりさん!この人です!!
だめだ。この町では統治機構は剣術道場が一旦を担っているのでこの人がおまわりさんだった。
リットさんは幼女好きな人だった。知りたくなかった。
この世界なら幼いまま大人に……うん無理じゃ無いかな?
この世界ではスキルの力で若いまま居られるけどそれでも程度はあるし、幼いままの人を見たことが無い。
小人族の彼女が見つけられるといいですね。
それからサイモンさん達【短剣術】組がやってきた。
短剣術師範のサイモンさんとはかなり仲良くなった。
サイモンさんはけっこうなものぐさなので必要なこと以外をどんどん後回しにする性質なんだそうだ。
彼は猫人族なので縁側でゴロゴロする猫のイメージにぴったりだなと思いながらその話を聞いたものだ。
彼は【見取り稽古】も【飛剣術】もとても気に入ってくれたらしく例の講習会以降はいろいろと声を掛けてくれるようになった。
「大好きな魚の干物を囓りながら武器を持つこと無く鍛錬できるっつーのが最高だよな!」
とは彼本人の弁である。いや、わざわざそんな遠回りするのはサイモンさんだけですから。
彼も師範に選ばれるだけあってかなりの才能の人だった。むしろそんな真似は他の人は誰も出来なかった。
やがて、バイヤードさん、ギャトールさん達【槍術】組がやってきた。鬼人族と竜人族の体格が大きい2人が揃うとかなりの迫力だった。
バイヤードさんとはあれからもだいぶ懇意にしてもらった。
彼と何度もトレーニングした結果、僕は【槍術】もレベル4になった。
彼からは以前に使っていたという「鬼の串刺し」という物騒な名前の一線級の魔槍を送別の品として頂いた。
何でも力に頼っていた頃に使っていたようだが、さらなる上を目指すため獲物を変えたらしい。
【飛剣術】と【見取り稽古】のお礼だと言って、お返しの一切を受け取ろうとしなかった。
「まさかお嬢様が付いていくと言い出すとは。某がついて行きたいぐらいですが師範代の役割をしっかり果たしたいと思います」
「バイヤードもユーキ殿と鍛錬するようになってからずいぶんと腕を上げましたからな。私も負けないようにがんばりますぞ」
二人はそんな風に見送りの言葉をかけてくれた。
いつぞやの賄いチームもミーアさんが引き連れてやってきた。
「私達を差し置いてお嬢様を連れて行くなんて酷いですぅ~。ぷんぷん
折角同じ上級になったのに、ダーズさんとバイヤードさんと遊んでて【短剣術】チームに顔を出してくれないし!」
「お嬢様を泣かせたら我々が許しませんからね!」
彼女は女性の門下生にも慕われているようだ。なんだかミーアさんにも、いつものキレがない。
ルニートさんが泣く所か……あまり想像出来なかった。
「私だってユーキさんのこと気に入っちゃったから、お嬢様との関係が冷え込んだら私を攫いに来て下さいね。な~んて本気にしました?本気にしてくださいね。」
「はいはい。その前にいい人が現れますよ」
「もー!本気にしてないでしょ!」
上目遣いでミーアさんはそんなことを言っていたが、周りも慣れた物でいつものことだという顔をしていたので、さらっと流しておいた。
飲み会の席でこういうことを言う人はあっさり忘れていたりするので真面目に相手にすると大変だ。
彼女達は結局僕を置き去りにしてルニートさんの何処が可愛いかについて盛り上がっていて相変わらずだった。
ルーファスさんとカミールさんのご夫妻もやってきた。
思わず身を固くするとこんな風に言われた。
「ユーキ殿、いやユーキ様、あなたは5高弟様に届く、いや、もしかしたらそれ以上の才をお持ちだ。
ルニの奴はそこらの武人には負けないように育ったが、あんた一人の方が何かと生きやすいかもしれん。だがアレを連れて行ってやってくれ。
俺は地球人の風習は良く知らんが別に結婚しろなんて言わん。従者でも妾でも良い。アレが自分で決断したんだ。学ぶことの方が多いだろう」
「あらまぁ、あなたそんな風に背負わせるもんじゃ無いですよ。あの子が行きたいって言いだしたんだから笑って見送ればいいのよ。
ユーキ様、あの子を女の子として扱ってあげてくれればそれで私は満足ですよ。子供が出来たら連れてきてね。ふふふ」
「え、えっと」
「おい!お前の方が背負わせてるじゃねーか!はっは!まあ良い。ルニのことよろしく頼む!」
「よろしくお願いしますわ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
二人の真摯な姿勢にこれはゲームと思わずに真剣に同行者のことを考えなければいけないな、と改めて肝に銘じた。
この世界がゲームだと分かっていなかったらちょっと耐えられないプレッシャーだ。
しばらくは【ログアウト】が習得出来たとしても使えなそうだ。
僕は皆から浴びるような酒を注がれては飲んで注がれては飲んでを繰り返しすぐにへろへろになった。
残念ながら能力値で補強されたこの体はその程度では潰れてくれなかった。そして残念ながら尿意への対処も【AFK】で完璧だった。
アルコールは溜まっていき、やがて僕はいつものようにスキルを習得した。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【毒耐性】を習得しました』
ははは。お酒は毒でしたか。しかし、これは【回復魔法】の出番だな。早速【解毒】をかけたら凄いすっきりした。
わははは。無限の酒豪、ここに爆誕!!【克毒】もかけて準備もばっちりだ。
しかし、ちょっとお酒に申し訳ないような気がする。
やがて人の波も一巡してそろそろ解散かと思った頃、またヒロシがやらかした。
「あ~飲んでますか?!そういえばユーキ師範代、例のほら、モリサキさんは浮気を許してくれるんですか?」
周りの視線が厳しい。僕の敵はシナリオライターの人だけじゃ無かった。
最近大人しかったがヒロシもマークしておく必要がある一人だった。
僕は今日は寝られないようだ。出発は明後日になるかもしれない。
次話「ex1 2章終了時点の主人公のステータス」
2章終了です。週末は下記の時間に閑話を4話とデータを2話アップします。
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