34 剣術道場に集うプレイヤー
前回のあらすじ
ダーズ師匠に【盾術】習った。
僕が【飛剣術】を指導しながら鍛錬を続けていた頃、剣術道場には大きな変化が起きていた。
師匠達がついに【見取り稽古】を教え始めたのだ。
一週間散々悩んで検討したらしい。でも話を聞く限りは単に毎晩酒盛りをしていただけのような気もする。
現に1回呼ばれたが結局何をしたのか分からないままに酒を一緒に飲んで終わった。そのときには既に結論が出ていたらしいが。
【見取り稽古】を自分達で使っていくうちにこれは道場には必要な物だと判断してくれたらしい。
いちいち僕に許可を取りに来たが、スキルはこの世界のものだし勝手に覚える物だ。どうぞどうぞと言っておいた。
但し、教える対象は上級以上としたようだ。
【見取り稽古】を門弟達が覚え始めるとその噂は瞬く間に町に広がり、プレイヤー達の興味をひいた。
元々道場に通うプレイヤーは多く居たが、レベルが3ぐらいになると冒険に出るためにやめていくというのがそれまでの常であったらしい。
ところが、今は上級入りを目指して住み込みの人が出始めて道場も大賑わいとなった。
軽い気持ちで剣術道場の門を叩いて師範達の機嫌を損ねる者達もいたが、大半のプレイヤーは真面目に道場に通っていた。
上級入りは高いハードルのはずだが、きちんと情報が伝わっていないのかプレイヤーはどんどん増えた。
流石に人が増えすぎてきて鍛錬の場所が辛くなってきていた。
派手に剣を飛ばす【飛剣術】は論外だが、リーチの長い【槍術】のチームも十分な練習場所の確保が難しくなっていた。
朝の鍛錬でも十分な広さが取れないため、集合での演舞が出来なくなった。
場所を分けたり町の外に出たりと工夫していたが明らかに道場の空気が悪くなっていた。
「おい!危ないだろ!気をつけろ!」
「なんだと!お前こそ場所を間違えているのでは無いか!」
「くぉら!!くだらねえことで争うんじゃねー!」
叱り飛ばしながらダーズさんも困った顔をしていた。
これは良くないなと思っていたのだが、それがあっさりと解決した。
その日、僕はギルド正面の雑貨屋に注文した武器を取りに行っていた。
自分が使う【飛剣術】用の短剣を百本発注していたがようやく納品されたのだ。
馴染みのあるマクバリー工房製のものを注文したが、数打ち品ではなく、素材に例のアミールなんかの魔道金属を使ったものを百本揃えてもらったのだ。
前に買った数打ち品は約7,000¥だったが、特注品で一本40,000¥ぐらいのものを発注した。
合計で350万¥に負けてもらったが店主のおばちゃんはホクホク顔だった。こんな大口の注文は中々無いらしい。
僕は念のために【鑑定】スキルを使って一本づつ検品したが、間違い無く業物の百本だった。
どんな人がこの剣を百本も揃えられるんだろうか?このゲームは物作りの領域もなかなか奥が深そうだと思った。
短剣の一揃えを入手して気分も新たに剣術道場に帰ってみると鍛錬場の面積が3倍ぐらいになっていた。
門を外からみた広さと門をくぐったあとの広さが違いすぎて酔いそうになった。
なんだこれは!と戸惑っていると門衛をしている門下生が教えてくれた。
「先ほど次元神ゲルハルト様が突然ふらり立ち寄られて、我々があっけに取られている間に鍛錬場を広げて下さったのです。この目で見ましたが未だにこの光景が信じられません」
「そうだったんですか。次元神様はすごいですね」
僕が不在の間に次元神様が来て?拡張した?
凄いと口に出してみたが、これは凄いとかそんな話なんだろうか?
あっけに取られながら広がった鍛錬場を眺めていたら、ルーファスさんも入口で鍛錬場を眺めていた。
ルーファスさんは僕の姿を認めるとこちらにやってきてやや畏まってこう言った。
「これも全てユーキ殿のおかげです」
いやいや、ちょっとおかしい。そこは感謝するところが違うでしょ?
「いや、そこは次元神様のおかげですよね?」
「確かにその通りではありますが、次元神様はユーキ殿の通うこの道場への贈り物だと仰っていたのです」
「そ、そうですか。うーん」
全く意味は分からなかったけどプレイヤー向けの支援サービスとかパッチとかの対応なのかもしれない。
確かに多くのプレイヤーが困っていたのでゲームの運営として何らかの対策が行われてもおかしく無い。
チュートリアル担当の異界神様のお兄さんが支援担当というのは十分ある話だ。
そういえば冒険者ギルドの窓口も2階の講義室も次元神様が広げたという設定だった。
剣術道場は広さ問題が解決し、鍛錬は窮屈な思いをしなくても良くなった。
そうなると口コミがさらに広がり道場にはプレイヤーを多く集めるようになった。
毎日午前中の全体演舞は圧巻だ。
そうなるとまたいろんなことが起きる。
トイレ問題は【AFK】があるので簡単に解決した。
次なる問題は食事だったが、次元神様は食堂と調理場も拡張してくれていたのでスペースについてはあっさり解決していた。
住み込みも増えたが、食材調達と調理はただ人手をかければ解決するという問題でもないので女将さんが頑張って解決しているようだ。
少し仲良くなった賄いチームの悪巧み担当のエルミンさんが教えてくれた。
女将さんと一緒に調達計画や担当シフトの計画を立てて対策しているようだ。
「忙しすぎです!潤いが足りない!潤いキヴォンヌ!」
言葉の端々にプレイヤーの良く無い影響が出ていたが見て見ぬ振りをした。
プレイヤーが増えるということはいろんな影響があるのだ。
少し想像しては居たが、ちょっと考えるのを避けていたことが次々と起きる。
「ユーキ師範代!この振りがわかんねっス」
「しっかり剣を握って左腕の余計な力を抜いて、体のひねりの力に従って押し出すように切りつけるんです」
なんだろうこれは、僕はヒロシに【剣術】を指導していた。
ヒロシは未だにカナミさん達と合流出来ていないらしく、ハルヨシさんと一緒に入門していた。
それはそうと、師範代ではなく師範代(仮)だ。ダーズさんがいつまでたっても師匠と呼ばせてくれないので、未だ居候の身だ。
とは言え上級剣術士は後輩を指導するのも鍛錬の一部であるため避けられない。
「それから!師範代じゃなくて、ただの上級剣術士ですからね!」
「うーん。何て呼べばいいんすかね?先生?」
「普通にユーキでお願いしますよ」
「分かりましたユーキ師範代!」
わざとやってるんだろうか?この際ヒロシは無視することにしよう。
一方ハルヨシさんは道場に来てからは何故か大人しくなっていた。
道場に来てすぐ短剣術師範代のマル姉さんにお仕置きされたと聞いたのでそれが影響しているのかもしれない。
スキルを見せろと言うのもやめたようだ。危険が減って地味に嬉しかった。
「まじ……ユーキ師範代!ちょ、ちょっとこの浮いてる剣を向けるのやめて下さいよ。もう言いませんから」
「はー、コータはまじめにやれよ。ユーキさんが困ってんだろ」
ヒロシ達だけでなく、コータさんとツネさんも入門してきてしまった。
最近人が増えたのでコータさんの得物である【斧術】も教えるようになったらしい。
コータさんはうっかり気を抜くと魔神様とか言い出すので毎回口止めに苦労する。
最近じゃ中央広場で【AFK】を習得した人が増えていて心が安まらない。
折角の【名前隠蔽】も既に通り名を覚えている人物が多いこの町では効果が今ひとつだ。
剣術道場の生活はとても充実していてとても楽しかった。
ただ、この町に居るうちは通り名問題が解決しないだろう。
「ところでまじ……いてっ、ちょっと切っ先を当てるのはやめて下さいよ!」
「ちょっとそれを口に出すのは本当に禁止ですから!!」
「分かりましたよ!それで、ユーキ師範代がお嬢様と結婚して道場を継ぐってマジですか?!」
なんだか酷い噂が流れているようだ。
コータさんは剣術道場の人気女性ランキングとか言う物を訥々と説明してくれたがその界隈で僕への風当たりが厳しいらしい。
なんでだ?!最近じゃバイヤードさんとかダーズ師匠とかとストイックに鍛錬に励んでると思うんですけど。
「ゆ、ユーキ師範代!!お嬢様だけじゃなくてミーアさんをお妾さんに狙ってるって本当ですか!!!」
「え?違うだろ。マルレーヌ姉さんを狙ってるって聞いたぜ。姉さんもまんざらじゃ無さそうだったって聞いたけど」
「いやいやレイチェルさんと二人で模擬戦して良い感じだったって聞いたけど?」
「全然そんな浮いた話はありませんから!!」
行く先々で必死に否定するハメになっていた。
ちょっと無責任な噂が一人歩きしすぎでしょ。
「ちょっとユーキ師範代!そんな否定しなくても良いじゃ無い!ミーアちゃんが可哀想でしょ!」
「そうよそうよ!マル姉さんだって可愛いところあるんですからね!」
「え?え?いや違う。いやそうじゃなくて」
女性陣が逆の方から攻めて来て、何とも言えなくなってしまった。
皆さん人ごとだと思って楽しみ過ぎでしょ!
うん、これはダメだ。早く旅に出よう。
次話「35 旅立ち」