32 【短剣術】チームは空気が違う
前回のあらすじ
師範達が【飛剣術】覚えた。サイモンさんが特にご機嫌だった。
「えっとー。短剣は両手に持つことが多いわね。といっても双剣術とは違うのよ」
「はい。分かりました」
僕は最近【短剣術】を習っている。
サイモンさんが【飛剣術】で【短剣術】の武技を使えることを発見してくれたからだ。
僕の持つ2振りの飛剣も短剣サイズなので【短剣術】とは親和性が良いと思う。
【短剣術】チームは女性が多かった。
護身用として短剣を持つ人が多いのと、料理に使う包丁が短剣のカテゴリーになるらしく、いざというときに使いやすいとのことだった。
あとは魔術を志す人にも最低限の身の守りとして【短剣術】を選ぶ人が多い様だ。
「【短剣術】は守りが大事なのよ。相手の動きを丁寧に躱して、大きな動きの隙に素早く攻撃できるようになりましょう。
そのためにまずはコンパクトな腕の振りを身につけて下さい」
今日は午後から師範代のマルレーヌさんが初級・中級のメンバーの正面に立って指導をしてくれている。
午前中の演舞の振り返りをしながら各人の弱いところを周りで見ている上級者から指導を受ける形だ。
【短剣術】のチームに混ざって鍛錬するようになって分かったのだが、あの賄いチームのミーアさんはかなりの熟練冒険者だった。
いつも道着ではなく少しお洒落着を混ぜた自前の服を着ているので分からなかったが上級短剣術士らしい。
「もうちょっと情熱を込めた目で私のことを見てくれてもいいんじゃないかしら?」
「ええと、【短剣術】の動きは十分参考にさせていただいてますよ?」
「んも~そうじゃなくってぇ。お嬢様のことに夢中なのかしら?」
「なんの話ですか!」
すごいやりにくい。
躱そうとしてもぐいぐい来るし、僕は困っているのに周りの男性陣の目が厳しい。
ミーアさんはこのあざとさが受け入れられて、男子プレイヤーから絶大な支持を得ていた。
それと、通いの奥様方の興味の視線も辛い。
一刻も早く上達して指導対象から抜けなくては!!
マルレーヌさんの模範演技に目を向ける。
あの技を吸収して行こう!ここぞとばかりに【見取り稽古】を意識しながら演舞を行う。
師範代の演舞は躱して、払ってなど、何を狙った動きなのかがとても分かりやすかった。
これは勉強になるな。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【短剣術】のレベルが3に上がりました』
「ユーキさんたらマル姉様のことをそんなに熱っぽく見て!私のことはそんなでもないのに!ぷんぷん」
「ええと、普通に【短剣術】の参考にさせてもらってるだけですよ。おかげで今レベルが3になりました」
「マル姉様からの愛の力をそんなに受け止めたのね!」
この人は何を言ってるんだろうか。というかルニートさんをどうこうする話も一段落したと思ったら何をしたいんだろうか。なんとなく恋多き女性だということだけは分かる。
「ちょっとミアちゃん!邪魔しないの!」
「あらあら?!マル姉様もユーキさんのこと熱い視線で見ちゃってるのかしら?きゃ~」
「こらー!!真面目にやりなさい!」
「きゃー!ごめんなさい!」
見ていたマルレーヌ師範代についに怒られた。そりゃそうですよね。
この【短剣術】チームはとてもほのぼのしている。
サイモンさんも気にせず横になって見ているだけで口出しをしていない。
あれ?見ている……寝ているように見えるんですけど。
サイモンさんの代わりにホルドーさんが鋭い目でみんなを見守っている。
ちょっと甘やかし過ぎじゃないか?と思って見ていたらちらっと目を開けてジロリと視線が飛んできた。
とと、寝てないようだ。気配だけで分かるのか!恐ろしい。
―――――――
「受ける力を刃に蓄え鋭き牙で五指をかみ切れ!【指絡】!」
【指絡】は剣を持つ指を狙って落とす恐ろしい武技だ。
練習の時には練習用の人形に武器を持たしてその指を狙っていく。
武技は詠唱を入れると動作の補正と魔力消費にボーナスがあるようだ。
練習する問いにはなるべく口に出した方が習得が早いのでみんな口に出している。
ただ、模擬戦の際には次の動きが読まれてしまうので、そこでは詠唱しない人が多い。
「ユーキさんは武技を使うと中級の動きは超えてるわね。魔力と親和性が高いのかしら?」
「あの【リープバイト】を見たときには大変驚きましたな」
マル姉さんとホルドーさんがそんな風に言っているのが聞こえる。
そう、初級の鍛錬で武技を練習した時に【リープバイト】を見せたら非常に驚かれたのだ。
5メートルぐらいの距離を一気に飛び込める技だと思っていたのだが、通常の射程距離は1メートル半ぐらいらしい。
発動から終了までの継続時間は同じぐらいなので、僕の方が速度が速く威力も大きかった。
そういう物だと思っていたので逆に動きが小さくて僕の方も大いに驚いたんだけど。
【バイトアウェイ】についても同様だった。
逆に小さく離れるみんなの技の方が使いやすそうだったのでみんなを参考に技を練り直して今では使いやすくなった。
そんなわけで僕が【指絡】を使うと綺麗に5指がポトッと落ちるのだけど、普通は親指を傷つけるだけの技らしい。
その辺りの仕組みはよく分からないけれど、これは困らないのでそのままにしておこう。
武技は【飛剣術】で再現できるので二度美味しい。
今日は中級短剣術士の中に混ざってレベル4の武技の練習をしていた。
そう、僕は【短剣術】レベルが4まで上がっていた。
中級相当の腕になるとクエストで遠出する人も多く、プレイヤーの人は多くは無かった。
「レベル4の武技はちょっとおっかない技が多いわよね。
美しい私達が身を守るためには必要な技なんだけどね。
次は相手とすれ違い様にのど笛を切りつける【喉掻】を身につけていきましょう」
マル姉さんも大概だった。自分で美しいとか言っちゃうタイプの人だった。
営業で女子大学に行った時のARスポーツ部の女子部員達がこんな感じだったかもしれない。
業者でも男子が入るのは大変だから、柴田に行かせようとしたら田波部長があっという間に入館手続きを済ませて放り込まれたのだ。
『男子が行った方が営業成績が良いから行ってきなさい』と言われて確かに売りは立ったけど大変だったな。
こういうのは絶対斉藤が得意だと言ったのだが、それはそれで大変なことになると言われて思わず納得してしまった。
マル姉さんが……いつの間にかミーアさんの言い方が移ってしまった。
師範代が木人の数メートル手前に自然体で立つとゆっくり歩きながら木人の前を通り過ぎる。
「秘めたる力をその身に隠し喉を掻き切れ!【喉掻】!」
ごくごく自然に歩いているようだったが今の僕には暗殺者のような体移動が逆に際だって見えた。
通り過ぎる際に「カッ」っと刃が当たる音がして木人の首には切り傷が付いている。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【短剣術】のレベルが5に上がりました』
むむむ!レベルが5に上がってしまった!!
これまた周りがよく見ててレベルが上がるとすぐに気がつかれるんだよな。
レベル5になると上級短剣術士ということでミーアさんと同じクラスになってしまう。
嫌いじゃないけれど、なんというか女の子女の子していて苦手なのだ。
「この簡易的の木の棒に喉の位置を示す印を付けておきました。みなさん【喉掻】を試してみましょう」
すぐに試技の番が回ってきた。護身術目的の女性の中には中級まで上げる人はそれほど多く無い。
中級剣術士以上の門弟の多くは冒険者で斥候職を志す人で男女比も半分ぐらいだ。
先ほどのマル姉さんの動きを思い出しながら的に向かって歩いて行く。
練習なので詠唱を口に出してやってみよう。
「秘めたる力をその身に隠し喉を掻き切れ!【喉掻】!」
的に近づく時にどちらの足を前に出すのか、タイミングをどうしたら良いのかと考えて居たが、詠唱をしながら近づくとすっと腕を振ることが出来た。
そのまま通り過ぎると的が印の高さで的が切断されてカラリと落ちた。
「またやったか!ユーキ殿!ちょっと力を抑えてくださいよ!」
「いや、コイツぁレベルが上がったんだな。カカ!流石だな!」
あっという間にレベルが上がったことをサイモンさんに見抜かれてしまった。
ミーアさんがニッっとこちらに笑顔を向けている。
「たはは。分かっちゃいましたか。これでレベル5になりました」
「やったね!これで上級で一緒だね!」
そんなミーアさんの声を聞きながら、僕はどうやって脱出しようかとそればっかり考えて居た。
次話「33 ダーズ師匠と守りの力」