31 怠惰を愛する男
前回のあらすじ
【飛剣術】の指導に難儀してサイモンさんの【操糸術】を見せてもらった。
【飛剣術】を教えるのは正直難航していた。
連日いろいろな形式での鍛錬を考えては実践したがなかなか習得する人が現れなかった。
100本の剣舞を見せてみたり、師匠達の剣舞を【飛剣術】で再現してみたり、模擬戦をしてみたりといろいろやってみた。
そう、100本の短剣も問題なく扱うことが出来た。ARスポーツで鍛えたのが生きていると思う。
なんとなく【飛剣術】の方が多くの対象を同時に操作できるような気がする。
その過程で【飛剣術】への理解が進んだ。
対象の剣は大剣でも曲剣でも大丈夫であることが分かった。
剣術道場だけあって驚くような大きさの大剣もあったが、なんなく浮かべることが出来た。
ただ、自分がスキルを持っている短剣や片手剣よりも動かしにくいようだった。
曲芸的なものでは、魔力をかなり使うが飛ばした剣に載って空を移動することも出来た。航行距離が悲惨なのでちょっと使う場所が限られると思う。
幅広の剣を移動用に買うのもありかなと思ったが、普通に走った方がいいので無駄な出費はやめておこう。
また、飛剣スカッドと飛剣パックと同時に操ると魔力消費を大きく減らせられることなどが分かった。
今はずっと2本の飛剣を腰に差している。
難航はしたものの、我々には【見取り稽古】があった。レベル1でも最大効率をたたき出せばレベル2相当分の10%の経験値を稼げるので1時間を待たずにレベル1になるはずだ。
まあ最大効率には遠く及ばなかったが、日々続けることで師範達は確実に経験値を獲得している。
「おお、おおっし!こうか!おお!飛んだ!飛んでいるぞ!!こいつあ良い!腕が1本増えたようだ!!」
【短剣術】の師範のサイモンさんが最初に習得した。得物が短剣なのが幸いしたのかもしれない。
サイモンさんは【投擲術】についても結構な使い手らしいので覚えるべくして覚えたという事だ。
これまでの付き合いで分かってきたがサイモンさんは結構なサボり体質なので動かずに戦えるというのがとても気に入ったらしい。
習得のための鍛錬も人一倍真剣だったように思う。
「やっぱり!思った通りだぜ!こいつは【操糸術】よりずっと良い!」
「おお!やったな。どんな具合だ?」
「自分の手で短剣を持つような感じですぜ。ただちょっとそこまでは出来ない感じだな」
サイモンさんはニコニコしながら短剣を振り回していた。
その動きは習得直後にして既に洗練されているように見える。
「えっとこうか?【牙突】!っとこりゃいけねえ」
「あの、使っている間は大きくは無いですが魔力が消費されますので気をつけて下さいね」
「そいつを忘れてたんだよな。自分の腕のようだったから軽い気持ちで【牙突】を放ったらいつもより魔力を吸われて酷いことになったぜ」
サイモンさんは【短剣術】の武技を試してみたところ技は出たようだが魔力消費が酷かったらしい。
レベル1の【飛剣術】でレベル4の【短剣術】の武技を使ったら魔力が枯渇しそうになったそうだ。
これは新しい発見だ。飛ばしている武器の武技が使えるのだ。
改めて【短剣術】について鍛錬したほうが良いだろう。
習得してすぐにそこまで到達するサイモンさんはやっぱり凄かった。
「俺は【飛剣術】気に入ったわ。座ったままでも【短剣術】の指導が出来そうじゃねえか。」
「おめぇはいっつもそうだよな」
サイモンさんはブレなかった。ルーファスさんも諦めているようだ。
サイモンさんは今度はごろりと横に寝そべると、その姿勢のまま【飛剣術】を繰り出して的に飛ばした。
「おお!すげーすげー!コイツはいいぜ!」
とてもお気に召したようだ。というかさっき座って指導って言ってませんでしたっけ?
明らかに横になってますから。猫人族だと普通なんだろうか。
「サイモンさん、おめでとうございます!まずは一人目ですね。
飛ばす得物は皆さんが得意とする武器で良いかもしれません」
「おお!そうですか、しかし我々が得意とする槍でも良いのでしょうか?」
ギャトールさんがそう言った。
そうか、あまり気にしてなかったけど、槍だけは別系統のような気もする。
ただ刃が付いてるから大きな分類で剣だと言い張ることも……出来そうかもしれない。
「ちょっと試してみましょうか」
道場の壁に立てかけられた練習用の槍を操ってみることにした。
バイヤードさんのおかげで【槍術】も持っているから多分出来るはずだ。
槍はあっさりと宙に浮いた。
「おお!行けそうですな!」
「重たい分少しだけ魔力消費が多そうですから短槍の方がいいかもしれません」
言いながら槍を振り回してみる。槍と言えば突きとしなりと回転だ。くるっと回してピタッと止める。
普通に自分が操るように槍を扱うことが出来た。
―――――――
得物をそれぞれが得意とする武器に変えてからさらに数日。
ルーファスさんやダーズさん、ギャトールさんの師範達は数日で【飛剣術】を覚えていた。
ルニートさんもルーファスさんに続いて3番目に習得していた。
「おお!コイツは凄い!確かに腕が増えたようだ!【操糸術】もすげえと思ったがこっちの方が断然俺好みだな!」
通常サイズの剣を飛ばしながらルーファスさんはそう言った。
僕にはその違いがあまり分からなかったが普段の得物の方が圧倒的に親和性が良いらしい。
みんなレベル1なので1本の剣を操るのが精一杯のようだ。サイモンさんは2本操ろうとしていたが魔力がすぐに尽きて青い顔をしていた。
あと武技はレベル1以上のものを使うと魔言同様に大量に魔力を消費してしまうらしく高位の技はあまり使えないとのことだった。
「こうしてもう1本武器が持てるが、こいつは中々忙しいな」
「ユーキ殿のように何本も繰り出すのは想像できませんな」
僕の戦い方を参考にサブの武器として牽制に使うことを考えて居たようだが、思ったような動きが出来なかったり、同時に操作するというのに難航していた。
あれこれと試行錯誤している師範達の顔は新しいおもちゃを手に入れた子供のようだった。
ただ、師範達が【飛剣術】を使えるようになったので、指導を手伝ってくれるようになったのがありがたい。
「おら!こうだぞ。アプス!!力んでんじゃねーぞ。もちっとリラックスして肩の力抜けや」
「はい!!」
というかサイモンさんはリラックスしすぎだと思う。
クッションを持ち込んで横になりながら指導している。
それを見てもルーファスさんもダーズさんもバイヤードさんも誰一人として何も言わない。大丈夫かこれ?
「サイモン殿はいつも横になれる時を狙っているのです。【飛剣術】で歯止めが無くなってしまったようですね」
「まー師範殿はいつも通りですよ」
【短剣術】の師範代チームの反応は落ち着いた物だった。
サイモンさんはサイモンさんでダーズさんとは違うタイプの天才だった。
講習会の最後、サイモンさんが短剣で自分を運べないか試してるのを見てしまったのはまだ誰にも言っていない。
次話「32 【短剣術】チームは空気が違う」