29 大きな買い物と目指す場所
前回のあらすじ
貴金属店でメダルを購入してたら夢中になってルニートさんを放置した。
「ユーキ殿ッ!」
やばい!ルニートさんは怒っているに違いない。
何を言われていたんだろう。全く聞いてなかった。
「は、はいっ!」
僕は慌てて彼女の元に向かう。彼女の目は何かを射落とすように鋭い。
無理矢理笑顔を作るが引きつっているのが分かる。
全身の毛穴が開いているような気がする。
「この腕輪の猫のモチーフが可愛いと思いませぬか?」
「え?はいッ!可愛いと思います!」
こんなのイエスと答えるしか無い。というかあれ?怒ってない?
「やはりそう思われますか、こっちの小鳥の図案も可愛いと思ったのですが、どちらも可愛いですよね」
「そうですね。この咥えている果実の宝石の色が合っていて良いですね」
やっぱり怒ってたわけじゃ無くて話を聞いて欲しかったようだ。
良かった。飛んでた期間はそれほど長く無かったようだ。
彼女も自分の世界に入っていたのだろう。
「こちらは【魔力操作】を備えた魔道具のコーナーになりますので、そちらも魔力の消費を抑える効果があります」
「なんと、こちらは魔道具でしたか、可愛らしいので装飾品として見ていました」
「貴族や大手商人の方がお子様の成人の祝いに買われることが多い品です。贈り物ですから見た目にもこだわる方が多いんですよ」
マリエッタさんが商品の説明にルニートさんがなぜか難しい顔になった。
あーそういえばβテストの時に、ギルド向かいの雑貨屋と武器防具屋を兼ねたお店でそんなことを説明してもらったな。
当時は関係無いと思って聞き流してたけど、確かに高級な品であるため貴族が子供に送るとか言ってたな。
それにしても腕輪か。杖と違って両手が使えて魔力消費が減らせるなんて悪く無いな。
「腕輪の【魔力操作】の効果はどれも同じぐらいなんですか?」
「ええ、こちらの3点が魔石を二つ使いレベル2相当の【魔力操作】が付与されております。こちらからこちらまでがレベル1相当の【魔力操作】を備えている商品になります」
「レベル2!凄いですね。自分で【魔力操作】持っていたらどうなるんですか?」
「その場合はレベルがそのまま2つ追加されるような形になります」
「これは……手持ちで買えるなら欲しいな」
「レベル1の品は百万ヤーンから、レベル2の品は六百万ヤーンからになります。値段は装飾と相談ですね」
あれ、これなら買えるんじゃ無いだろうか?
アンネ様からもらった報酬がほぼ五千万ヤーン残っている。
【ステータス】などを多用したいから魔力消費を抑えられるなら投資をしても良いような気がする。
ちなみにルニートさんが見てた物だと、猫のモチーフはレベル2、鳥のモチーフはレベル1の【魔力操作】が付与された腕輪だった。
「ルニートさんはこの中ではどれが可愛いと思われたんですか?」
「ええ、ええと、最初に見ていたこちらの猫のモチーフのものが、可愛らしいと思ったのですが……」
なるほど、さっきから凝視していたのはこの腕輪だったのか。レベル2の【魔力操作】はいいなぁ。
他の2点を見ると、鷲のモチーフと蔓草模様のデザインだった。うーん消去法で猫か。
猫のバングルをよく見ると目の宝石が少し違う物があった。これは赤色か。悪く無いな。
「じゃあ、この猫の腕輪を2つ下さい。彼女のはこの緑の目のもので僕のはこっちの赤い目のものでお願いします」
「あらあら、まあまぁ!これはとても嬉しいことね!お買い上げありがとうございます。2点で千六百万ヤーンになりますわ。お支払いは魔道マネーでよろしいですか?」
「はい。魔道マネー以外の決済なんてあるんですか?」
「あら、ご存じありませんでしたか。高額品ですから宝石や他の貴金属を支払いに充てる方も結構いらっしゃるんですよ」
「なるほど、そうでしたか、これ、お願いします」
【冒険者カード】を具現化してマリエッタさんに差し出す。
このカードとても良く出来ているけどスキルなんだよな。
タロットカード大のそのカードは重さはそれほど無いがしっかりとした質感で、シンプルなデザインのカードに名前と所持金が書いてある。
あの黒いプレートに翳すと決済されるし、この町の門で翳すと犯罪履歴が調査される。
改めて考えるまでも無くすごい便利な物だ。
冒険者ギルドのギルドマスターが熱弁したくなるのも分かる気がする。
「お預かりします。あら、銅貨をお売りしたときには気付きませんでしたが、ランク4冒険者なんですね。お見逸れしました」
「え?カードに書いてありましたっけ?」
「あら、本当に不思議な人ですね。このカードの色でランクが分かるんですよ。灰色、薄い緑、薄い青、薄い赤、薄い黄色という具合によく見ると色が少しだけ違うんですよ」
そう言いながら腕輪をトレーに載せて黒いプレートにカードを翳して「ピー」っと決済するとカードを返却してきた。
改めて、冒険者カードを見直すと、材質不明なそのカードはうっすらと赤色の混ざった銀色をしていた。
残高を確認すると千六百万¥と先ほどの貨幣代金の分が引かれて残金はそれでも3千万¥以上残っていた。
「一応保証を示す書類を入れた箱をお付けしておりますが、直接付けて行かれますよね?」
「え?ああ、そうですね。はい」
何かとスキルを使う際に【魔力操作】の補助があった方が良いのは間違い無い。
そのまま付けて帰る方が良いだろう。
「はい。こちらが商品になります。お連れ様には付けて差し上げた方が良いと思いますよ」
「あっはい。ルニートさんはこっちの緑の目の方ですね」
ルニートさんを見ると嬉しいというか難しいというか複雑な表情で僕と腕輪を交互に見ていた。
そうだよね。さっき欲しそうに見ていたから。喜んで貰えるとうれしい。
「ちょっと手をお借りできますか?」
「は、はい!」
彼女がおずおずと左手を伸ばして来たので、そこに腕輪を嵌めると魔道具だったので勝手にフィットしていた。
「ありがとうございます」
彼女はそう言うと、とても嬉しそうに猫の頭の辺りを撫でている。気に入って貰えたようだ。
うん。これでさっきの失敗分は挽回できただろう。
「それでは、こちらの方はそちらのお嬢さんから付けてもらってください」
「はぁ、ルニートさんお願いできますか?」
「はい!」
僕は同じように左手を伸ばすと彼女がそっと腕輪を付けてくれた。ピタッと張り付いて嫌な圧迫感は無い。
【魔力視】で見ると魔力が清流されているのが分かる。
「ありがとうございます」
付けてもらったので僕もお礼を言っておいた。お金は僕が出したんですけどね。
「お二人とも凄くお似合いですよ。ふふ。こちらが梱包用の箱になりますがお持ちになられますか?」
「はい。お願いします」
マリエッタさんから専用の箱を二人とも受け取り、僕は森崎さんに、ルニートさんは腰のポシェットに入れていた。
大きさの割にすんなり収まったのを見るとポシェットは収納の魔道具らしい。
これで買い物の用事が全て終わって……ない!そうだ!あれを聞いておこう。
「つかぬ事をお聞きしますが、先ほどの貨幣を集めるためにはどうするのがお勧めですか?」
「あらまぁ。我が家の旦那様と同じようなことをおっしゃるんですね。
メダル収集家の方は3つの場所を目指すと言われております。それは海の町、山の町、大都市の3つです」
へえ、そんな定説があるのか。凄く興味があります!
なんか僕の中でこのゲームのグランドクエストが始まったような気がした。
「海の町を目指す方は交易品からメダルを求めたり、船で沖合いに出て、沈没船を探して過去の財宝を求めるそうです。
山の町を目指す方は大型の魔物が光る財宝を集める習性を持っているため討伐してその財宝を求めるそうです。山には髭人族の方が好んで住む場所もありますのでそちらで代替品を作ってもらう方も多い様です。
大都市を目指す人はオークションに出展されるものや店舗に並ぶメダルを求めるそうです」
なるほど、どれも理にかなっている。僕は3番目ぐらいしか思いついていなかった。
髭人族の人と仲良くなるとオリジナルのメダルなんかが作れるようになるのか。それは良いな。
「この辺りだとその3つはどちらになるんでしょうか?」
「海の町はこの町から南に街道を進んで行った場所にあるピクレオンの町ですね。漁業の盛んな町ですが財宝探索を主とする方も多いと聞きます。
山の町はこの町から北に進むとある厳しい山道を抜けた先にあるというロックバルトの町ですね。魔境が少し近いのでこちらはあまりお勧めできません。
大都市はやはりこのタルヤード王国国の王都タルヤードですね。ご存じの通り太い街道を道なりに進めば着きますし、乗り合い馬車も出ています」
おお、良いことを聞いたな。この中だと……山の町が興味あるな。髭人族にメダルの作り方を習えるかもしれないというのはぐっときた。
魔境か。開拓のクルサード様が開拓していて道場主のルーファスさんも行っていたという。
まぁズバリ魔境じゃなくて、近くの町だから、この腕輪で魔力消費問題も改善したし、いざとなれば【飛剣術】を使えばなんとかなるだろう。
「凄く参考になりました。ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。またご贔屓にお願いします」
再びルニートさんと手を繋いでお店を出た。今度は彼女から手を伸ばしてきてくれたのでマゴマゴせずに済んだ。
お昼は昨日の講習会の時にロベールさんが自分のお店の紹介と一緒に教えてくれた近所のお勧めのお店に行ってみよう。
そのまま食事処に行き、美味しく歓談した。ロベールさんお勧めの店は大人しい店構えで小鳥の止まり木亭というお店だ。
種類は多くは無いがその日のお勧めを2種類だけ用意しているというスタイルのお店だった。
僕たちが選んだのは野菜のスープにパンに煮込み料理が一品ついたものだ。
「なんと、ユーキ殿はメダルも購入されたのですか、[瞬断]のバズルーロ様に[幻視]のソールズ様、[一閃]のカズード様のメダルですか。
ソールズ様の【操糸術】は幻の武術と言われていて最近ではほとんど見かけないと言われていますね」
昼食の話題は当然、先ほどの貴金属店の話だ。最初にオズワルド貨幣を買った話をしたら、彼女は全く気付いてなかったらしい。
むしろ、メダルを見に行こうと言われたのに今の今まで忘れていたことを恥ずかしそうに告白していた。
そして、メダル収集家の目指すという3つの町の話で盛り上がった。
海と山に棲む魔物の話と過去の武人がそれとどう対峙したかという話や大都市にあるという武道施設や武道大会の話だ。
僕もメダルを持っている現役の5高弟の一人である[海割]のボルティーナ様という魚人族の英雄譚が面白かった。
うん。分かってたけど本当にこの子は興味が一本筋が通っている。
「それで……ユーキさんは、別の町に行かれるのですか?」
「はい。【飛剣術】を道場の方にお伝えするという約束が果たせたら山の町ロックバルトを目指したいと思います」
「なるほど、分かりました」
彼女は何か腑に落ちたような顔をしてにっこりと笑った。
その後も、過去の5高弟の話で大いに盛り上がった。ルニートさんはこのジャンルでは雄弁だった。
部屋に何冊もの伝記本があって、さすがに500人近い過去の5高弟の全員は知らなかったが百人以上知っているらしい。
これは女将さんが心配になるのもしょうが無いかなという気がする。
僕たちは楽しい昼食の時間を過ごした。
スープは見た目はシンプルなのに凄く深くてすっきりとした味わいだった。煮込み料理もとても美味しかった。
パンは毎朝お店で準備してお客さんにの動向に合わせて焼いているらしい。
このお店はルニートさんもとても気に入ったようだ。少し料金は高いようだがまた来たいと思う。
僕は無事デートミッションをクリアした。
次話「30 ユーキ師範代の剣術指導」
2019/04/18 報告いただいた誤字を修正しました。(カッコ閉じ修正】⇒」)