6 ファンタジー世界は進んでいる
前回のあらすじ
変わったスキル覚えた。覚えそうなスキルの名前がアレ
チュートリアル先生は次の指示をくれた
『次は町に行ってみましょう』
【ラージラット】を倒している時に、遠くに壁や屋根がある場所が見えていた。
きっとあれが町なんだろうと思っていた、あそこに行けるのか。
βテストなので遠巻きに見るだけのケースや、近づいても入れないケースも想定していたので、嬉しい展開だ。
『周囲に気をつけて町までたどり着いて下さい』
これまた、ざっくりした指示を出してきたな。
『周囲に気をつけて』というのがクエストのフラグなのか、ただの枕詞なのか分からない。
素直に動くものが無いかを気にしながらも、特に何も無く30分程度で町に着いた。
どうやら心配しすぎだったようだ。
町はレンガのような塊を積み上げた塀に囲まれていた。
想像していたよりも均等に積み上げられているし、門扉の造りがなんとも美しい。
門扉は片側が解放されていて、その前には、皮鎧を着込んだのいかにもな門番のおじさんが日焼けした顔で立っていた。
「ようこそ異界の旅人さん!この町は初めてかい?」
どうやら異界の旅人という設定らしい。装備が【迷い人の服】だもんな。
最近身についた付け焼き刃の営業スキルで切り抜けよう。
「はい!ゲームはじめたばかりなんで、初めての訪問になります。」
すると門番のおじさんが困った顔になったあと、元の良い笑顔に戻って会話を続けてきた。
「ゲーム?はなんだか分からんが歓迎するぞ。ビガンの町へようこそ」
あー失敗した。NPCにゲームとか言ってもスルーされるのは当たり前だ。
門番のおじさんがリアル過ぎて、普通に人と思って話しかけてました。
愛想笑いでごまかす。
「あはは、よろしくお願いします」
おじさんはこう続けた。
「【犯罪履歴】…よし問題無いな。
毎回これをやるのも大変だから冒険者ギルドに行って冒険者カード使えるようにしてくれ」
なんかスキルらしきもので犯罪履歴をチェックされた。スキル社会は便利だな。
そしてゲームらしく冒険者ギルドがあるようだ。
「分かりました。場所を教えて貰えますか?」
「正面をまっすぐ行ったらお店が出ている広場があるから、そこを右手に曲がってまっすぐ行ったら右手にあるぞ」
「ありがとうございました。行ってきます」
唐突にチュートリアル先生が次の指示をくれた。
『次は冒険者ギルドに行ってみましょう』
───────
すぐ冒険者ギルドに向かう。
人通りはそれほど多くなかったが、そこそこ人が住んでいるようだ。
広場には数件の食べ物を売っている屋台があった。串焼き、お好み焼き、サンドイッチにスープか。
おしゃれなカフェ風の屋台の前にはテーブルと椅子が並べられている。
そこを通り抜けて、右手に曲がってまっすぐ進む。
右手の通りに入ると通行人の雰囲気が変わって、荒事が得意そうな雰囲気の人が増えてきた。
お、あれかな?おそらく冒険者ギルドと思われる建物を発見した。
入口に扉が無い建物から体格の良いおじさんの集団が出てくる所だった。
建物の中に入る時点で気がついたことがある。
奥にあるカウンターの前の立て札の文字が読めなかった。
そして、周囲の冒険者らしき人たちが話している言葉がアクセント的にはドイツ語っぽい雰囲気だけど全く分からない。
このアウェー感はキツい。この足がかりがつかめない感じは、学生の時に海外のARデバイスの学会に初めて参加した時のようだ。
またこのゲームがトラウマを抉りに来たのかと思わず不安になる。これ、本当にゲームなんだよね?
入口の脇で固まっていると、不意に頭がクラッとした。
ん?これは魔力使ってる感じか?
『ユーキはスキル【インタープリター】を習得しました』
その瞬間ノイズのようだった周囲の会話が意味を持って聞こえるようになった。
【インタープリター】は通訳者のことを表す単語だ。そういうスキルなのだと分かる。
カウンターに目を向けると、立て札の文字も読めるようになっている。
このゲームはなかなか演出が凝っているよね。
『初心者はこちら』そう書かれた立て札の受付に向かう。
あれ?この立て札は日本語で書かれてる!
受付の女性は自分よりも年上に見える。30台中盤かな?
「すいません、冒険者カードを発行してもらいたいのですが?」
「ようこそ冒険者ギルドへ。異界の旅人は久しぶりだね。
あなたはこっちの言葉で話せるのかい?助かるよ」
どうやら【インタープリター】は獲得出来なくても先に進めるように設計されているようだ。
受付はの女性はこう切り出した。
「まずはこれを口から飲み込んでくれるかい?」
大玉の飴を渡されて躊躇したが、ゲームなんだからさっさと進めたい。
素直に口に含むと味わう前にドロッと溶けて無くなった。
『ユーキはスキル【冒険者カード】を習得しました』
「えっ?!」
冒険者カードは発行するものじゃなくて、スキルだった。
なんだか、このゲームを始めてから独り言が増えている。
「【冒険者カード】はあんたを証明するための大切なスキルだから使い方を良く覚えるんだよ」
スキル名を念じることで、何も無いところにカードを出したり消したりすることが出来た。
大きさも質感もスマートフォンのような感じだった。これで門の通過が出来るらしい。
ようやくこのゲームの住人になれたということか。
受付嬢さんは続けた。
「異界の旅人ってことは、魔石は持っているかい?魔物が落とす光る石なんだけど」
ここに来るまでに討伐した【ラージラット】落とした石をナップサックから取り出してカウンターに出してみる。
「これこれ、ここで買い取りをしているんだけど、いくつか売ってくれるかい?」
『魔石を売ってみましょう』
チュートリアル先生が受付嬢さんの説明に食い気味に被せてアナウンスしてきた。
受付嬢さんの説明してくれた内容を要約すると魔石は電池のようにいろんな動力に使えるらしい。
エネルギー問題は魔物が解決するクリーンなエネルギー社会だった。
冒険者が普通に生活する分には持って無くても平気とのことだったので全部売ることにした。
25個の魔石をカウンターに並べていくとだんだん受付嬢さんが険しい顔になっていくので少し心配になったが、喜んで買い取りをしてくれた。
彼女は複雑な模様が描かれたトレイを取り出すと魔石をその上に並べた。
「全部で2535ヤーンだね。カード出してちょうだい」
「あれ?貨幣では無いのですか?」
確認しながらカードを出現させると受付嬢さんに渡した。
「昔のことだけど、1ヤーンに使っていたくず銅貨が【製錬】スキルが産まれた結果、値上がりして使えない状態になったのさ。
【製錬】スキルは金属の中のゴミを抜いて、品質をぐっと良くするスキルだよ。
いろんな商売が行き詰まって、国同士の小競り合いなんかも始まってね。すごい混乱だったって話だよ。
それを見かねた異界神様が魔道マネー決済を作ってくれたのさ。
遠い世界のプリカとかいう魔法を参考に作ってくれたらしいけど、すごいもんだよねえ」
受付嬢さんは、黒い四角いプレートを取り出すとその上にカードを載せた。
冒険者カードが光り、「ピロン」と音が鳴った。
受付嬢さんはカードを見て何か確認すると返却してくれた。
「2535ヤーンを入れたから確認してみてよ」
カードを見ると所持金2535¥と書かれていた。ヤーンというか円ですよねこれ。
末尾に記号を書かれていて違和感が凄い。
「ちょっと金額の所を触ってみてくれるかい?」
受付嬢さんに言われるままに触ってみると、履歴が出てきた。
日付らしい数字の羅列の右側に+2535¥と書かれていた。
「その表示は持ち主と取引相手しか見られないようになってんのさ。
冒険者カードも本人に渡す意思がないと触れないんだよ」
受付嬢さんが突然伸ばした手がカードをすり抜けた。
昔の3D表示がカクカクしていた時代と違って、本物の質感のある手がすり抜けるのは不思議な気持ちになる。
すごい。決済があっという間だ。このファンタジー世界は進んでいる。
しかも、セキュリティまでばっちりじゃないか。ゲーム世界はファンタジーのくせに近未来かよ!
昔からこれが使える状態のような口ぶりだった。どんな時代設定なんだ。
そして、僕は思わず悲しい事実に気づいてしまった。
というか、カード決済の流れが出た瞬間から悲しい予感がしていた。
「貨幣は流通してないんですかっ?!」
「使ってないねえ。昔は鍛冶職の職人が作ってたけと言うけど作る技術が残ってないって言う人もいるね」
ゲーム世界でのメダル収集生活は、さっそく暗礁に乗り上げた。
次話「7 初めてのクエストはネズミ退治」