21 剣術師範ダーズ
前回のあらすじ
【見取り稽古】と【飛剣術】の講習会を開催することになった
翌金曜日、朝食後は道場の鍛錬に出ていた。
朝の全体訓練は初めての参加だ。皆さん思い思いの動きやすい格好で参加している。
模擬戦が無いため、タンクトップのような格好の人も多い。
外の鍛錬場に門下生が等間隔にずらっと並んでいる。こんなに門下生が居たのかと驚いたが、通いの門下生も多いらしい。
仕事を持っている門下生の中には午前だけ参加しているような方もいるそうだ。
みんなそれぞれ武器を持って並んでいる。怪我が簡単に直るからだろうか?模擬剣のようなものを持っている人は居ない。
前には師範達がズラリと立ち並ぶ。
僕は剣の集団の中に並んでいた。朝食の時のやりとりでレベルが明らかになってしまったせいで中級者の先頭の方に混ざっている。
周囲の反応はというとなんか腫れ物に触るようだった。話しかけてくる言葉が格下に向けた言葉だったり、敬語だったりなかったりで安定しない。
ルニートさんやリットさんのような上級者はそれほど人数が居ないようで、僕のすぐ前に位置している。
「朝の鍛錬を始める!!」
「「「「はい!!!」」」」」
この人数だと声だけで空気がビリビリと震える。とても引き締まる思いがした。
全体での型練習は圧巻だった。師範の動きをトレースして一つ一つの動作に取り組む。
【剣術】スキルのサポートが効いていて何となくトレースすることが出来た。
足を踏みしめる動作がピタリと合って震脚の音がドシン・ドシンと響き渡る。
剣を振る動きがそろうと空気を切る音がゴウと響き渡る。
その中の一人として一つ一つの動作に没頭するのはとても気持ちが良い体験だった。
師範の動きを何となくトレースしているが、何か違うその違いを確認しながら体に落とし込む作業が面白い。
体格が違うのだから動きが違って当然だが、芯となる部分で何か違うというのが分かるのだ。
周りのみんなと一緒に汗をかくのも良い感じだ。
ゲームの能力値やスキルに底上げされてではあるが、へばる事無く動けているのも凄く良い。
一定の組み合わせの型の動きを繰り返す。段々動きに慣れて自分で能動的にやり始めるとまた新しい発見がある。
型は相手があることを想定されて組み上げられていた。
そうか、これは相手の右方向からの斬撃を躱す動きか。いやこちら方向への牽制の動きか?
モヤモヤ変なことを考え過ぎていると感じて、頭を空っぽにして改めてダーズさんや上級の皆さんの動きを良く見てみた。
頭を空っぽにして見ていると、ダーズさんの敵が見えるような気がする。
型の練習ではあるが、相手を想定した練習をしているようだ。
改めて他の上級の方の動きを見ていくと確かに相手がいると分かる動きだった。
さっきまで無駄な行程だなと思っていた動きの意味が見えてくる。
全然分からなかった!凄いなこれが上級剣士か。
上級の方は所々の敵の動きがよく分からないがダーズさんを見ていると敵の姿が分かりやすいのに間違い無く型の正確な動きでもある。
そうこうしていると【見取り稽古】が働いている成果が出た。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【剣術】のレベルが5に上がりました』
途中、他のスキルが上がっていないうことは無駄なく【剣術】のスキルの動きをしているということだろうか。
昨日の【騎士剣術】の時にもすごいと思ったが、改めてダーズさんの凄さに感動すら覚える。
とても充実した午前の練習は全員のきれいな震脚でドーンと終わった。
4時間ぶっ通しの鍛錬はなかなかタフでとても心に残った。
「これにて午前の鍛錬を終了とする!!」
「「「「はい!!!」」」」
―――――――
午後は予定通り模擬戦による組み手の訓練だ。
初級チームは隊を2つに割ってそれぞれ師範代による指導を受けていた。レベル1とレベル2で綺麗に2分割らしい。
中級チームはダーズさんの指導を受けていた。上級者はそれぞれ相手を決めて打ち合うようだ。
何ならそちらを見ていたいという心を見破られたのだろうか?
「おい!ユーキ殿。アンタまた腕を上げやがったな。かー!もう上級じゃねえか!」
僕が中級チームに混じって模擬戦をしようと思ったその一戦目で剣を構えた瞬間にそう言われた。
ダーズさんは剣を持つ姿だけで僕のスキルレベルが上がったことに気がついたのだ。
僕もレベル1~3ぐらいの人はなんとな~く分かる気がするけどハッキリと明言出来るほどではない。
剣術師範というのはただレベルが高いということだけじゃないのだ。
教えるのがうまいとかそういうことだけでも無いのだろう。
始まりの町にある単なる道場という当初の印象はどんどん修正されている。
最初に【剣術】を選んで良かったな。この世界の奥深さを感じる。
この人はどうして貴族をやめて山賊に身をやつしたんだろうか?
その後どんな経緯でこの道場に来ることになったのだろうか?
ゲームのNPCと言うにはあまりにも存在感の大きな人々に僕は少し戸惑いつつある。
「しょーがねえな。丁度良い!リット!お前ユーキ殿と相手しろ!お前の勉強になるはずだ。バージはお嬢様んとこに混ぜてもらえ」
「「はい!」」
結局午後の鍛錬はダーズさんの一声でリットさんと模擬戦をさせてもらうことになった。
レベルだけ5になり上級相当になり、スキルの支援があるとはいえ、まだまだ付け焼き刃だ。
リットさんと対峙する。【飛剣術】を使わずに対峙すると打ち合う前から圧力に負けそうになる。
【受け流し】【回避】【瞬発】などのスキルによる支援もあるんだ。気持ちだけは負けないようにしよう。
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
リットさんはさすが上級剣士と言えるだけの技量だった。
一昨日の試合ではパックが丁寧に潰してくれた攻撃を何度も何度も食らう羽目になった。
攻めについてはスカッドが崩してくれないため、こちらの攻撃が中々届かなかった。
「動きが素直すぎる!もっと複数の可能性を練り込め!」
「は、はい!」
「守りばかりに意識を取られるな!隙を見つけたらいつでも打ち込めるように備えろ!」
「はい!」
後で知ったリットさんの【剣術】レベルは同じ5だったが、ほとんど指導者と生徒の様相だった。
森人だけあって目がとても良いらしく、僕の隙をどんどん見つけて追い詰められた。
【見取り稽古】はその情報を元にリットさんの動きを吸収し、僕の無駄はどんどん矯正された。
それはそうとリットさんが手加減してくれているのか、ジャージの効果か切りつけられた勢いに比べて傷が浅い。
浅いとは言え結構痛い。ただ【再生】のおかげで回復していくので恐怖を超えて飛び込んでいける。
この場には【再生】のレベルが高い人だって一杯居るはずで【再生】の力が場に満ちているに違いない。
そうそうルーファスさんだってあの状態から立てていたから凄いレベルで【再生】を持っているかもしれない。
もっと【再生】レベルが高ければさらに密度が濃い練習が出来る気がする。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【切断耐性】を習得しました』
あーそうだ。これだった。ジャージが持っている能力は。これでさらに切られても大丈夫だ!!よしどんどん行こう!
リットさんが言うように攻めにも意識を振り向けよう。ここは【並列思考】の使い時かもしれない。
それでも隙を突かれては突きを、なぎ払いを何度も食らってしまった。必死に【受け流し】【回避】していくが避けきれない。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【刺突耐性】を習得しました』
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【再生】のレベルが2に上がりました』
これで攻撃を受けても大丈夫という安心感が広がり変に入っていた肩の力が抜けたようだ。
段々攻撃がかわせるようになってきた。受け流して、回避して、打ち落として段々と守りの精度が上がっていく。
守りが安定すると攻めへの一歩が早くなるという好循環に入り出した。
さらに守りが安定してきた。段々切り傷を付けられる頻度が減っている。
リットさんが突然リズムを変えた。左右の動きが中心だったのが前後の動きが混ざりだした。
とっさに対応出来ずにまた切り傷を付けられる頻度が上がった。
「また単調になって居るぞ!相手が一定の動きをしないのは当たり前のことだ!もっと想像しろ!」
「は、はい!」
傷が付けられて良い訳が無い。ちょっとスキルを獲得して油断していた様だ。
スキルは補助してくれるけれど、自分から能動的にスキルの力を使って動くのと受動的にスキルのサポートを受けて動くのでは大きく違う。
不要な力は抜くべきだ。でもそれは油断と違う。リットさんをよく見よう!目と耳と鼻で感じ取ろう!
唸るような斬撃が飛んできた!見てから位置取りを変えるのは難しい。体をひねり丁度良い体勢を作って、斬撃の角度に合わせて回避していく。
綺麗に躱して相手の斬撃を避けた流れで剣先を突きつける!ようやく良い形で攻撃が入った。
結局リットさんとは午後の部を目一杯使って4回の模擬戦を実施した。おかげでリットさんの動きにもだいぶ対応できるようになった。
その過程で【切断耐性】【刺突体勢】を取得しただけではなく、【再生】の他に【受け流し】【回避】【体術】といった防御系のスキルがさらに上がった。
「そこまで!
「「ありがとうございました」」
素直な気落ちで感謝を伝えることができた。
「いや~、改めて僕に足りないものに気づいたよ。ありがとう。師匠はこれが分かっててユーキさんに当てたみたいだ」
僕には分からなかったがリットさんにも学ぶことがあったらしい。
そして、それはダーズさんは折り込み済みだったようだ。ダーズさんじゃなくてダーズ師匠だな。
午後の鍛錬の最後にはダーズ師匠に深々と感謝をこめて頭を下げた。
―――――――
夜の部は昨日に引き続き【見取り稽古】の講習会を開催した。
昨日の魔力枯渇の対策としてダーズさんが貴重な魔力消費が抑えられるリングを持って来て貸してくれた。
なんでも貴族だった頃に親に用意してもらった大切なものらしい。
「今日も引き続きダーズさんの【騎士剣術】を題材とさせてもらいます」
ダーズさんには悪いが、全員が【見取り稽古】を習得するまではこれで行かせてもらうことにした。
昨日同様に演舞を20分程度実演してもらう内容を2回繰り返したところ、全員無事に【見取り稽古】を習得することが出来た。
比較的早く【見取り稽古】を習得できた面子は【騎士剣術】のスキルレベルが2になったらしい。
今日は一日の鍛錬の経緯もあってダーズさんを尊敬を持って見ていたらまた新しい発見があった。
静と動の組み合わせはある一定のパターンで組み合わせているのではなく、相手の動きに合わせて組み替えているのだった。
そう、ダーズさんの動きを見ていると一人なのに相手がいるように見え出したのだ。
僕は【騎士剣術】【静止】【瞬発】がそのまま4まで上がった。
そして、ダーズさんの【見取り稽古】だけど、やる前から割と経験値が入っている状態だった。
普段の鍛錬の中でもそのスキルについて集中して意識すれば習得に近づくという事だろう。
「ダーズさんのために誰か題材になるような演舞をして戴けると助かるのですが……」
「しょうがねえな。アレやるか。あんまりレベルが高く無いんでまぁ見世物だがな」
ルーファスさんがそう言いながら【曲剣術】という武術を披露してくれた。大きく反り返った剣や日本刀を扱う剣術で、重さではなく刃で切るタイプのものらしい。
道場主の演舞はレベルが高く無いと謙遜していたが圧巻だった。地力が違うというのはこういうことなんだろう。
そしてダーズさんは観察して30分で【見取り稽古】を習得したのだ。さすが師匠だ!
僕も【スキル習得】【看取り稽古】に【視力強化】【聴力強化】【嗅覚強化】とスキルのアシストがいろいろ増えていることもあり【曲剣術】を習得させて頂きました。
来週からは【飛剣術】の特別講座が始められそうだ。
ちなみに「さすがダーズ師匠!」と呼んでみたのだが、変な顔をされて拒絶されてしまった。
「うぇ?!ユーキ殿はうちの門下生じゃ無えし、柄でもねえからよしてくだせえよ」
仕方が無い、心の中だけでで師匠と呼ばせて頂きます。
「僕の出身地では【見取り稽古】では相手の動きを見るだけでなく、心の動きを読む事が大事とされています。今後も精進していきましょう。」
「「「「はい!」」」」
こんな凄い人達を前に指導者として振る舞うのはキツい。来週早々に終わりにしたい。
「来週は【飛剣術】に取り組みます。本日の稽古を終わります!」
「「「「お疲れ様でした!」」」」
今日は一日ダーズ師匠の凄さを実感した一日だった。ちょっと余計な騒動があったがまぁ良い一日だったな。
次話「22 賄いチームの不審」