18 魔剣と装具店
前回のあらすじ
ルーファスさんの発言で絡まれたけど良い訓練になった
「お待たせしました。それでは行きましょうか」
バイヤードさんはそう言って門の前に現れた。これから剣の鞘を作っている工房を紹介してもらいに行くのだ。
――――――
昨晩の嫁取り話は結局宴会でうやむやになったが、どうにも逃げ出せず、居心地も良かったのでそのまま剣術道場に寝泊まりすることになった。
多くの門弟が集団部屋の中、豪華では無いものの掃除が行き届いた一人部屋が与えられ、客人扱いである。
なぜかバイヤードさんに気に入られて、宴会の席で武器のことやスキルのことなどあれこれ聞かれていた。
座席には、ルニートさんの親衛隊の方々が代わる代わる顔を出したが、バイヤードさんの存在を認めるとすぐに帰って行った。
彼らの表情を見れば、まだ認めないからな、とそういう事だろう。
僕は一言も喋って無いうちに誤解が拡大している気がする。
バイヤードさんが居てくれるおかげでゆったりとした時間を過ごせてありがたいが、直接話した方が誤解が溶けて良いかもしれない。
当のルニートさんは女性陣に捕まってなんか楽しそうにしていたので、親衛隊の人も近づけなかったようだ。
バイヤードさんとの話の流れで短剣の鞘が無いと伝えるとじゃあ明日行こうという話になった。
そう、短剣はあれから改めて見たらまた違う剣になっていた。こんな感じだ。
短剣というか飛剣というカテゴリーなのかもしれない。
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飛剣スカッド
【飛剣術】の原初の力を備える魔剣。銘付けにより攻撃の権能を備えた。
浮遊の力と空気を切り裂く力を持つ。配下の短剣にも効果を及ぼす。
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飛剣パック
【飛剣術】の原初の力を備える魔剣。銘付けにより守備の権能を備えた。
浮遊の力と空気を切り裂く力を持つ。配下の短剣にも効果を及ぼす。
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前は2本共に説明が同じものだったが、適当に付けた名前がそのままアイテム名に反映されていた。
何となく薄緑だなと思っていた両刃の剣が中心から刃先まで綺麗なグラデーションになっている。
一回り大きくなったかもしれない。持ち手の革も何となく魔力が宿っている気配がある。
「これほどの剣だったとは!私の渾身の一撃が小さな剣に弾かれて、ずいぶん悔しいと思いましたが、これなら納得するしかないですな」
「これも最初はマクバリー工房の数打ち品だったんですよ。丁度【飛剣術】を習得するときに使ってたら魔剣になったようです」
「なんと!そういうこともあるんですな。クルサード殿の鍬も魔剣の気配がしますが、そういうことかもしれませんな」
バイヤードさんが短剣を軽く振って確かめながらそんな風に褒めてくれた。
彼は【槍術】と【蹴術】の名手でなんとレベル6の実力者だったが、【短剣術】にも通じていてこちらもレベル5あるらしい。
ルニートさんに勝利を収めるならこの人しかいないと言われていたと他の人から聞いたが、それがよく分かる。
飛剣は普通に持っても良い感じの短剣だった。
手にしっかり収まる割に剣を振るときには軽くなり、インパクトの瞬間に重たくなる。自分の手先のように扱うことが出来た。
試しに左右の短剣を入れ替えると違和感が凄いのでもう役割がバッチリ決まってしまったようだ。
切れ味という意味ではそれはもうすっぱりいろんな物を切り落とすので両者の斬れ味では僕には違いが分からない。
バイヤードさんも刃に振れたら危ないと思ったら体が硬くなっていつもの実力が出せなかったらしい。
『まぁ敗者の言い訳ですが。ハハハ』そんな風に笑いながら教えてくれた。
飛剣はバイヤードさんが使うとうまく浮かべることが出来なかった。
なんとなくふわふわと浮かぶことは浮かぶのだが、軌道がイメージできないらしく安定しなかった。
「【飛剣術】がバイヤードさんに必要かは分かりませんが、空のスキル魔石があればさしあげられるんですけどね」
「空のスキル魔石はなかなかに貴重なものですから滅多に手に入りませんからなぁ」
ギルドで【冒険者カード】や【冒険者マニュアル】を配ってるのに?と思って聞いてみたら、あれは専用の魔道具があって、魔石の質は少し低くても大丈夫なものらしい。
いろんなスキルを埋め込むことが出来る空のスキル魔石を用意するにはそれなりの専門家の手が必要になるんだそうだ。
そうだったのか。それを【AFK】なんかに使って良かったんだろうか、あのスキル魔石。
女神様からの依頼だったからな。貴重といってもまぁ庶民とは価値観が違うのだろう。
「ユーキ殿は【インベントリ】をお持ちのようですが、これほどの魔剣に専用の鞘が無いというのも、なんとも勿体ない話。ぜひ相応の鞘を作りにいきましょう」
「それは助かります。今日も背中に短剣を納めている人達を見て、あれは良さそうだなと思っていたんですよ」
こうして鞘を造りに行くことになったのだ。
――――――
鞘を作るのを生業にしているという工房は例のギルド正面の雑貨屋の裏手にあった。
その裏通りには鍛冶屋もあり、新しく出来たという様々な工房が軒を連ねていた。
先日町をぐるりと回ったときには主要道路と町を囲む道路しか通らなかったのでこんなところがあったのは知らなかった。
鍛冶屋があるというのに見かけないなと思っていたらこんなところにあったのか。
βテスト時代に聞いたときには無かったが、小鬼の杖を加工出来る店もあるかもしれないな。
鞘を扱っているという装具店をバイヤードさんが訪れると店員が愛想良く受け答えをしていた。
やはり剣術道場でそれなりの地位がある人というのは町の人からの見られ方も違うらしい。
装具屋の店員は小人族の男性だった。あの雑貨屋も小人族が店主だったし商売に向いているんだろうか?
「アンタが鞘を作りたいっていう獲物を出しとくれ」
そう言われたので素直に作業台の上に剣を出してもらった。森崎さんありがとう。
突然現れた短剣に一瞬だけビクリとしたが、割と見たことがあるシーンなのか特に何も言われなかった。
「こいつは、確かに業物の魔剣だね。2本も揃ってるのに本当に鞘が無えのかい?」
「元々はマクバリー工房の数打ち品で向こうの通りの店で購入した物だったんですよ」
「へぇ。マクバリー工房ねぇ。あの山は良い鉄が取れるからねえ。確かにその気配があるけど、言われ無きゃ分かんねぇな。まぁ任せて貰えるってんなら職人冥利に尽きるね」
そんな風に言って貰えた。店員さんじゃなくて職人さんだったらしい。
「よろしくお願いします。遅くなりましたがユーキと申します」
「あちゃー!すまんすまん。俺も獲物見るとすぐ夢中になっちまってな。俺は装具職人でコペルスってもんだ。ちょっと獲物の型をとらしてもらうぜ」
お互いに似たような部分があったらしい。挨拶については営業で結構鍛えられたのに、とっさに出来ないって事は良い感じに気分転換出来ているってことなのかな。
コペルスさんは挨拶をすると再び検分に戻って一生懸命に寸法や堅さ材質なんかを見ていた。それから粘土のようなもので短剣の型をそれぞれ一本づつ取っていた。
そこにバイヤードさんも一緒になって何か話をしていた。
「こりゃ~そこらの革じゃすぐに負けちゃうねぇ。逆に魔力にあてられて魔道具になるかもしれねえけどよ。
ちっと材料代が嵩むが珍しい皮の出物があったからそれで拵えてみてえところだな。ときにアンタ予算はいかほどだい?」
「予算ですか?あまり考えてませんでした。相場が分からないのですが、5百万ぐらいなら大丈夫です」
「だっはは!あんた世間知らずだねぇ!鞘にそんな金をかけるのは武神様んところの高弟ぐらいのもんだよ。
100万もあればと言いたいところだが、バイヤードの旦那の紹介だ。50万もあればこの魔剣に負けない立派なものを作ってやるよ」
やっぱり相場観が分からないというのは不便だ。この店に売っている装具類がいくらぐらいなのか分かれば想像も付くんだけど。
こういう作って売るような店には流石に値札は無いか。品物の価値が分かればいいのになぁ。
「こういう物の価値が分かるようなスキルがあればいいんですけどねぇ。相場観が無いので困っちゃいますね。ハハハ」
「スキルならあるぜ。【鑑定】つーので道具類の材質や大体の値段なんかが分かって商人には便利らしいな。俺は作る方だからあんまり必要ねえがな」
「私も聞いたことがありますね。業物の武具を見るときにあると良いなと思ったことはあります」
ちゃんとスキルがあるのか。話を聞くととりあえず習得中のリストには入るんだよな。
どれくらいで習得出来るのか見てみよう。
『【スキル習得】【鑑定】!』
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習得中スキル
・加工
【鑑定】 1 /600 (-150)
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あ、これランク3のスキルだ。600なら使ってる人が居れば獲得出来そうな気がする。
そういえば、冒険者ギルドの上級者向けの講習会に【鑑定】の講座があったかもしれない。
【ステータス】と同じものだと思って気にしてなかったけど違うものだったのか。帰りにでも申し込んで帰ることにしよう。
「よし、型を取り終えたぜ。それじゃ、どう言うタイプの鞘が良いかこのへんにサンプルがあるから教えてくれねえか?」
どうやら型を取り終えたらしい。洗浄魔法のようなものですっかり綺麗になった短剣を手渡しながらコペルスさんがそう言った。
展示には肩から斜めにかけるものや足に装着するものなどいろいろあったが、基本ジャージなので似合うものが難しい。
「うーん。このジャージには合わないかもしれませんが、このタイプの腰の後ろに納める物がいいと思っています」
「なるほど、コイツか。まぁいいだろう。この剣自体が軽いからあまりしっかり留めなくても大丈夫そうだしな。
こいつは定番の形で作り慣れてるから明日中には出来ると思うぜ。最後の調整もあるから明後日の土曜日以降にまた来てくれ。
代金はそのときもらうからよ。じゃ俺は作業に入るから……またな!」
そういうと型を持って店の奥の方にさっさと引っ込んでしまった。
バイヤードさんはと見ると、鞘をいろいろ見ていた。根っからの武具好きのようだ。
「いろいろありますねえ。バイヤードさんの鞘もいつもここで拵えるんですか?」
「ええ、ここの親父さんには結構良くしてもらってて、今付けている短剣の鞘もここのですよ」
バイヤードさんは腰に履くタイプの鞘を付けていた。
体格の良いバイヤードさんには良く似合っていて、こんなところもかっこいいなと思ってしまう。
僕もちょっとそういう装備が似合うようになりたいと思った。
カナミさんたちもこうやってジャージを卒業したんだろうか。
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