13 剣術道場の宴会はひと味違う
前回のあらすじ
ルニートさんに連れられて剣術道場にやってきた
大の大人が業物の剣を構えて本気で打ち合っている!
その周囲をみんなで取り囲んでやんやと声援を送っている!
これは訓練風景じゃない。宴会風景なんだ―――――。
―――――――
ルニートさんの【調理】スキル取得の報にみんなでワイワイやっていたら、道場主が帰ってきた。
「お前ら何やってんだ?ダーズ!サイモン!ギャトール!なんのためにおまえらに任せたんだ!!言ってみろ!!」
一瞬でその場が凍り付いた。
ダーズさんが折れずに代表して説明をしてくれた。
「へ、へえお嬢が、今日の講習会で【調理】スキルを習得されたんでさ!それでこんな塩梅なんでさ」
「なんだって?冗談も休み休み言え!あいつが習得できる訳が無いだろ!武術の才能があるんだから、お嫁さんになる!なんて夢みたいなこと言ってないでさっさと武術の道を選べっつってんのに」
「ちょ、ちょっとお頭!それは言い過ぎです!」
ルニートさんのお父さんはいい年をした男性で良く締まった体をしたとても強そうな人物だった。
それにしても全く話が噛み合ってないな。
「そんなこた無いだろう。ずっと通り名が百回姫だったのに、とうとう講習会の受講回数が1000回超えて変わった通り名が旋回姫だぞ!
回転系の武技を得意とするあいつの特性を踏まえてウマいこと付けるよな」
へ~通り名ってそういう感じで変わっていくのか。いい話を聞いたな。
「父上っ!!」
「ん、なんだ、えっ?!ルニじゃーねーか。あれ?お前!お前がいるのになんでみんな【調理】の話してんだ?あれ?本当に【調理】スキル覚えたのか?!!」
「だから、そう言ったじゃありやせんか。俺ぁ知りませんぜ」
これまではルニートさんが居る場所では【調理】スキルの話は禁句だったらしい。
そしたら、急に道場主は泣き崩れてしまった。
「本当か!」「良くやったな!」「良かった!」
急にルニートさんを抱きしめて、泣きながらそんなことをぽつぽつ繰り返していた。
凄い良いお父さんじゃないですか。周りもなんだかもらい泣きしている。僕もこういう雰囲気には弱い。
「お前らーー!!宴会だ!!準備は出来てるんだろうな!」
「「「おおーー!!」」」
道場主の掛け声に割れるような返事がとどろいた。
そこからはあれよあれよと料理が運ばれて宴会が用意された。さっきスープ食べすぎなきゃ良かったな。
仕方が無いので時折、料理だけを森崎さんに収納してもらった。
お皿ごとが楽そうだったけど、それはちょっとね。後で皿を買いに行きたいと思います。
ルニートさんが近くに席を用意してくれたけど、みんながどんどん集まってくるのでそっと部屋の隅に移動した。
多くの人はルニートさんの周りで盛り上がっていてなかなか帰ってこなかったので、開いた席に座らせてもらった。
遠くでルニートさんが申し訳無さそうにこちらを見ていたが、これはしょうが無いですよ。
そんな僕の所にいつの間にか道着に着替えたレイチェルさんが来て相手をしてくれた。
彼女は目つきは鋭いけどとても面倒見が良い子だった。
ご飯をつつきながら道場の話をいろいろしてくれた。
サイモンさんは【短剣術】の師範で、ギャトールさんは【槍術】の師範らしい。二人ともものすごい使い手なんだとか。
道場主はルーファスさんという名前だった。5高弟のクルサードさんに連れられて魔境開拓で鍛えた叩き上げの武人らしい。
―――――――
宴会が始まって2時間ぐらい経った頃に急に全員がすっと立ち上がり始めた。
え、なにが始まったの?と思ったらレイチェルさんも立ち上がっていた。
「よし!今日も初級からいくぞ!!」
「「「はい!!」」」
みんなは急に道場から出て外の演習場に向かった。
慌ててレイチェルさんに追いついて何が起きているか教えてもらった。
宴会の度に【剣術】【短剣術】【槍術】といった違う武器入り乱れての交流戦が行われるそうだ。
通りでさっきまで大してお酒が振る舞われないと思っていたがみんな調子を整えていたのか。
普段教えていない武術でも、この場で活躍すると練習場所を広く確保することができるようになるらしい。
例のクルサードさんが来たときは【鍬術】が3強の一角扱いになってたんだとか。
レイチェルさんは先日【剣術】レベルが3に上がって中級になったらしく今回は見学なんだとか。
僕だったらレベル2だから初級ってことか。
「おい!客人!アンタも出ろよ!」
「慣れない相手とやるのも勉強になるぜ」
「お嬢に声かけしてもらってお前生意気だからちょっと殴られてこい」
最後の人はどうかと思うがせっかくの勉強の機会だからやってみよう。
それにしてもシナリオライターの人は僕に対してやたらと巻き込まれ系のイベントを仕込んでくるな。これ【GMコール】案件じゃないかな。
「参加する奴は前に出ろ!」
僕が前に出ると周りからもぽつぽつ前に出てきた。全員参加というわけでは無いようだ。
みんな真剣な表情をしている。
「エルベル~!またやっちゃってくれよ!!」
「リーピン!お前こないだ優勝するって言ってたんだからちゃんと勝てよ」
「ロックモック!お前なら出来る!【剣術】のことは任せたぞ!」
声援が多く集まってるのはその部隊の生え抜きのようだ。
「試合はいつも通り勝ち抜き戦で行う。勝ち抜いた回数が多い奴が優勝だ!」
そう言って始まった。最初は師範から使命された2人が出てきて槍を持った人が残った。
次は短剣持った人が出てきてギリギリ槍の人が2連勝したが結構フラフラしてた。
これはすごい!初級とは言え、僕よりも明らかに上級者で凄く為になる。
細部がよく見えるので【視力強化】が凄くありがたい。
なんとなくの動きが【気配察知】で感じとれるので、勉強になる。
それよりも【並列思考】がすごい。対戦している2人を同時に観察することが出来てものすごい勉強になった。
なるほど、ああやって相手を釣り込んで体勢を崩すのかとか、あの勢いで迷い無く行くのが良いのかとか、地面は固く踏みしめられてるが結構滑るんだなとか、リーチをああやって無効にするんだなとか参考になる部分が際限無い。
こうして見ている間もパワースポットの恩恵を受けている気がする。
見ている間にも経験値が貯まってきている気がする。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【体術】のレベルが2に上がりました』
ほら!やっぱり。これは良いイベントだな。【GMコール】は無しだな。
「ほれ、お客人次はあんたが行きな!」
「分かりました」
前の試合が終わって一人が場を退き、一人が息を整えている。相手の人は短剣使いだった。
再び導入の剣を出してもらって構える。
「始め!」
開始と共に相手が突っ込んできた。おっと、それはフェイントですよね。さっき見ました。
見学が生きている。なんとか本命の攻撃を躱して剣を後ろに構える。
みんなのヤジに混じって【剣術】スキルの力が渦巻いているような気がする。
頭を空っぽにして相手を見つめると何気ない動きの隙がいくつも見える。
そのうちいくつかは囮だと分かるが、分からないものも多い。
短剣を剣で受け止め、いなし、躱していると、相手のギアが一段階上がった。
短剣を避けるとその後で肘が飛んでくる、蹴りが飛び出してくる。
剣を持たないもう一方の手で服を掴んでくる。
さっきもほぼすべての人がそうやって戦っていたので実践の形なんだろう。
僕もこの場の流儀に従うように体を動かす。
無理な体勢で避けると次の動きが重たいので最小限の動きで躱し、剣圧で相手の体を崩しにいく。
おっと、目先に思考が捕らわれていた。こういうのは視野が大事だ。頭をもう少し空っぽにしよう。
相手がなにかやってくるという気配があった。これは武技か。
丁度相手に対して剣の構えが丁度良いな!よし
『【剛斬】!』
スパーンと技を繰り出すと相手は技の出をキャンセルして短剣で受け止めたが、そのまま後ろにすっ飛んでいった。
あれ、この人もう少し重たかったような?
「そこまで!」
「「ありがとうございました!」」
次の試合は槍使いの人だった。間合いが遠いのはどうだろう。やったこと無いから分からないけどちょっと苦手かもしれない。
「始め!」
槍をこちらに構えられるとやはり近づきにくい。さっきやってた人は簡単に近づいていたように見えたけど対峙すると分かるものもある。そういえばあの人は相手の呼吸に合わせて飛び込んでいたな。
剣先でお互いに牽制すると、こちらを突いてきた、躱して前に行こうと思ったが素早く2回目の突きが飛んできた。
だめだ。
躱す。そこに剣をぶつけて槍を大きくそらすと、槍をぐるりと回して反対の石突きをカチあげてきた。
そうは簡単には行かないよね。丁寧に躱す。
でも、思い切って飛び込めば届く距離だな。
打ち合うリズムに少し慣れてきた。【槍術】ってこんな感じか。
相手の突きに合わせて、真っ向から受け止めずにうまくいなして懐に飛び込む!
お、ちょっと今のは良い感じだった。
相手の剣先を受け流してよし【撃突】だ!
っと目の前がぐるっと回ったと思ったら体に凄い衝撃があった。
「そこまで!」
「「ありがとうございました!」」
先の試合で気を良くした僕は武技を出そうとして足下をさらわれて負けた。
やっぱり道場で鍛えている人達は初級といっても鍛錬を積んだ人の動きだった。
ゲームだからといって少し鍛えたぐらいの僕では相手にならなかった。
僕に勝った槍の人もジャージを着た斧使いの人にあっさり負けていた。
斧使いの人も2連勝したけど、短剣使いの人に負けていた。
結局初級の部は下馬評通りにエルベルさんという槍使いの人の優勝で終わった。
先日までは初級だったレイチェルさんがいつも優勝していたらしい。
そっとレイチェルさんの評価を上方修正した。
他の人の戦うシーンはものすごく勉強になった。
こうやってみんなレベルに現れない経験値を稼いでいるのかもしれない。
次話「14 中級交流戦と見取り稽古」