11 お料理教室は真剣勝負
前回のあらすじ
女神様の依頼でスキル魔石にスキルを詰めたら報酬が大金だった
階段に向かうと2階へ上っていく人が沢山居た。皆さんはどのクラスを受けるのかな。
人の流れの大半はルームAだったので【生活魔法】狙いのようだ。
全体の半分ぐらいの人を残り3つの講習会の会場に分かれて向かっていた。
僕も【調理】スキルの講習会が行われるルームBに8000¥を払って突入した。
ルームBは調理実習室のような造りの部屋だった。
部屋に入ると、入口に立っていたギルド職員の人が座る席を指示してきたのでその席に向かう。
既にその席には人が2人座っていた。
人の良さそうなジャージを着たおじさんと、目つきの鋭い狐のような耳を備えたワンピースを着た女性だった。
「よろしくお願いします。ユーキです」
そう挨拶すると、二人からも挨拶が帰ってきた。
「タツヤです。よろしくお願いします」
「レイチェルです。よろしくお願いします」
ちゃんと挨拶を返してくれる人達で良かった。
暫くするともう一人女性が現れた。挨拶がいきなりこうだった。
「本日はよろしくお頼み申し上げる!」
うわー元気な人というか武士っぽい人だな。と思ってそっちを見ると知った顔だった。
剣術道場のお嬢さんのルニートさんだった。
「よ、よろしくお願いします。ルニートさん奇遇ですね」
僕は精一杯そう返したが、2人は固まっていた。レイチェルさんが再起動した。
「ルニート様……よろしくお願いします」
ルニート様?なんだろう顔見知りかな?
「た、タツヤです。よろしくお願いします」
あ、タツヤさんも復帰した。
結局各テーブルは大体4~5名で、僕たちは4人のチームだった。
テーブルを挟んで向かいが女性陣で正面がルニートさん、左横がタツヤさんの配置となった。
――――――――
この教室は9つのテーブルが均等に配置されていて、講師席は真ん中のテーブルだった。
周囲を我々参加者が付いた8つのテーブルが囲む形になっている。
「はい!みなさんこんにちは!講師のルーチェです!よろしくお願いします」
講師はちょっと若い女性で腕にちょっと鱗が見える。竜人だろうか?でもアンネ様にあった角が無いな。
ルーチェさんは元気よく周囲を見回しながら開始を告げる。
「今日の目的は【調理】スキルを獲得することで、美味しい昼ご飯を食べることじゃないからそこは間違えないようにお願いします。
それじゃ、【調理】スキルの講習会を始めまーす。」
「「「「よろしくお願いします」」」」
「今日は本当に簡単なスープ料理を作ります。凄く簡単だけど、凄く奥が深い料理なのでこれを通じてスキルを習得していきましょう」
「「「「はい」」」」
受講者の中には体格の良い男性もちらほらいたけど、素直に答えていた。
「まずは材料を整えていきます。痛みにくいものから着手しましょう。
最初は野菜の形を整えていきましょうか。包丁とまな板も人数分席に用意してあるのでそちらをお使い下さい」
目の前にさっきからまな板と包丁が置いてある。良く切れそうだ。
「最初は根菜類から手を付けます。ギャブリーから行きましょうか。
【調理】スキルはどこを切り落としたらいいのか教えてくれるので、なんとなく直感に従って皮を剥いてみましょう。
包丁の当て方も【調理】スキルが教えてくれますが、まずは私の手元を見て下さい」
先生がするすると皮を向いていく。凄い早いし仕事が丁寧だ。
ギャブリーと言っていたが、どう見てもジャガイモだ。なんだろうジャガイモは種類が多いから【インタープリター】の対訳が追いつかないのかな?
あ、男爵とかメイクイーンに相当する品種の名前かもしれない。
「皆さんの番です。左手にギャブリーを持って、右手に包丁を持って下さい。
リラックスして、この場に漂う【調理】スキルの声に耳を傾けるつもりで包丁を当てて剥いていきます。
それじゃゆっくり待って、声が聞こえたな~と思ったら始めて下さい」
ちょっと目をつぶって周囲に漂うという【調理】スキルの力を感じてみる。
ここも練習する人がいつも通うということはパワースポットなんだよな。
さっきの【魔力吸収】を得たときの感じで【調理】スキルを吸い寄せるイメージをしてみる。
それがジャガイモと包丁を持つ手とそれを見る目に流れ込む感じでどうだろう。
そして目を開いた!お!なんか分かる気がする。
ジャガイモに包丁を当てるとなんとなく適切な角度が分かる気がする。
そのまま刃をあてて皮を剥き始めた。
この部分は取り除いた方がいいなーとか痛み具合に対する対処も分かる気がする。
よし!剥けたぞ。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【調理】を習得しました』
講習会って好きだな~。ぐんぐんスキル習得出来るし。
ふと目を上げると鬼気迫る表情をしたルニートさんが居た。
ジャガイモを持った左手を前に突き出し、包丁を右手で縦に構えて剣筋を見極めるような格好だ。
若干殺気を放っているような気がする。隣のレイチェルさんは少し青い顔をしていた。
タツヤさんはマイペースでジャガイモと格闘していた。
「る、ルニートさんっ!」
「はっ、はひ!」
声がうわずってしまったが、ルニートさんも似たようなものだった。
「リラックスしたほうが良いと思いますよ。僕も今リラックスして周囲から【調理】スキルの力を借りるような気持ちでやったら、今さっきスキル習得出来たところです」
「「「え!」」」
周りのテーブルから変な声が上がっている。
みんなルニートさんから溢れる殺気に当てられていたのかも知れない。
「なんと!ユーキ殿はもう習得されたのですか!」
「ええ、講師の方が言われた通り、リラックスしてこの場に漂う【調理】スキルの声に耳を傾けるつもりで、包丁をジャガ、えっとギャブリーに当てたらすっとやり方が入ってきました」
「そうですか、私は脱力が足りなかったということですか、普段門弟に同じようなことを指導しているのにお恥ずかしい」
ルニートさんはどうやら道場では指導者らしい。
道場主の娘さんだし、そういえば先日少し見かけた体捌きはなかなかのものだった。
「それじゃ、その門弟の方々の気持ちになってやってみたら良いんじゃ無いでしょうか」
「なるほど。やってみます」
ここはパワースポットだから、結構簡単なんだと思うんだけど
するとルニートさんが半眼になってぶつぶつ言い出した。
「まずは脱力────。しかる後に心の水面を鎮め────。ゆるりと剣筋の行く先を見つめ────。剣と行く先を心の刃で繋ぎ────。円を画き」
「ルニート様!!!だ、駄目です!!」
急にレイチェルさんが声を上げたのでビックリした。
「それは【短剣術】の話です!机が真っ二つになっちゃいますよ!」
「い、いや、剣気はギャブリーにのみ当ててあるし、私はそれほど未熟では無いと思うのだが……」
あれ、短剣術の奥義っぽいやつが出てしまう寸前だったらしい。レイチェルさんは門弟かなんかだろうか?
正面だったしこっちまで斬られる所だったのかもしれない。
「ルニート様!一旦【剣術】や【短剣術】はどこかに置いておいて下さい。頭首様が仰るように貰い手が無くなってしまいますよ」
「うー、うむ。気をつけよう」
昨日は気がつかなかったけど、彼女は残念な子らしい。
「ユーキさんがいち早く習得されたようなので、そのやり方を模倣されてはどうですか?」
「なるほど。ユーキ殿、どのように習得されたか、披露してはもらえませぬか?」
「お安いご用です。ちょっと実演してみますね」
えーと何だっけ、ルニートさんから目が離せなくて、ちょっと忘れそうになってた。
「まずは、ギャブリーと包丁を持って、軽く目を閉じます」
新しいジャガイモを持って、目を閉じた。
「ここは【調理】スキルの講習会場ですし、講師の方は高レベルの【調理】スキルをお持ちですから、この教室には空気中に溢れる魔素に【調理】スキルの欠片が混ざり込んで溢れている。そんな風に想像してみてください」
パワースポットってこんな感じだろう。たぶん。
「力を抜いて、体を空っぽにします。空っぽになると周囲の魔素が【調理】スキルと一緒にぐんぐん入ってきますよ」
さっき習得した【魔力吸収】の要領は多分こんな感じだな。
魔素と一緒に【調理】スキルの力を取り込むイメージだ。
「そうそう、体に剣気なんかを纏っちゃうと魔素に嫌われちゃうので注意して下さいね」
「なんと!」
ルニートさん、これは例えですから、そんな風に真っ正面から反応されると困ります。
「ぐんぐん【調理】スキルが混ざった魔素が入ってきます。この部屋にはそんな魔素がいっぱい溢れていますからね」
そうそう、ぐんぐん経験値が流れ込んでくるのがパワースポットだ。
冒険者ギルドで毎日講習会を開いている会場だから間違いない。
「流れてきた【調理】スキルの力が包丁を持つ手と、ギャブリーを支える手と、それを見届ける目に流れてきます」
さっきもこんな感じのイメージ構築だったよな。
「さあ、目を開けます。体に流れ込む【調理】スキルの力が包丁とギャブリーを最高の接点に導いて行きます」
【調理】スキルの力で何処にどのぐらいの角度で刃を当てたら良いかさっきよりも分かる気がする。
正面を見るとルニートさんとレイチェルさんが僕の動きを真似していた。
「【調理】スキルが導くままにギャブリーの皮と中身の間に包丁を走らせましょう」
なんかするする剥けて面白いな~。
「そうしているうちに段々と【調理】スキルの力が体に染みこんでいきます」
くるくる回しながらどんどん皮を剥いていく。
さっきよりも少し正確に刃が通る気がする。
「ここは取った方が良いな、残した方が良いなというのを【調理】スキルが教えてくれます。対話しているとスキルがどんどん染みこんでいきます」
よし、剥けた。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【調理】のレベルが2に上がりました』
パワースポットは凄いね。
「うわ!!これは【調理】スキル!!魔素にスキルの力が混ざっているなんて……」
あ、レイチェルさんは覚えた様だ。
「どうでしょうか?こんな感じだったんですけど」
「お!覚えました!ユーキ様!!こんな簡単に……凄い!!」
「私もなぜか覚えられそうな気がしてまいりました」
二人とも良い感じになってきたみたいだ。
「そうですか、ルニートさんがあとどれぐらいで覚えられるか見てみましょうか?じゃ、ちょっと調べますよ~【スキル習得】【調理】!」
「ひゃ!」
■■■
ルニート(真人・女)
習得中スキル
・加工
【調理】 231 /500
■■■
しまった!知らない人の【ステータス】を勝手に見たらお縄になるって言われてたのに。
あー。しまったなぁ。犯罪履歴付いちゃうのか。この町の出入りはどうなるんだろうか。
「あ!ごめんなさい。勝手に調べてしまって。必要な経験値500のうち231まで来ていましたからもう少しで半分地点ですね」
「え?ええ?だ、大丈夫ですが、500のうち231?それが分かるのですか?!」
「はい、スキルの力で。ちょっと変わった固有スキルなんですけど」
ルニートさんは怒ってないらしい。よかったー。犯罪履歴はどうなんだろうか?
えーと『【ステータス】レベル5!【犯罪履歴】!』
■■■
ユーキ(地球人・男)
犯罪履歴
なし
■■■
やった!履歴に付いてない!僕は許されました!!!
これを確認するためだけに無駄な魔力を使ってしまった。
3レベル分追加だから30か。結構な負担だ。直接調べる門番さんが持ってた【犯罪履歴】スキルが欲しいかも。
「ゆ、ユーキさん!僕のも調べて貰えますか?!」
おっとと、今度はタツヤさんが話しかけてきた。
「ええ、良いですよ。【スキル習得】【調理】っと。タツヤさんは185ですね。三分の一は超えているようです」
「おお、ありがとう。もうちょっと頑張ろう」
ルニートさん達を見ると、ジャガイモを両手に持って目をつぶっていた。もう一度やるつもりらしい。
タツヤさんも真似することにしたようだ。目を閉じている。
結局それから3回ぐらいやったら、スキルを習得出来たらしい。これジャガイモ剥きすぎじゃないか?
そんなことを考えながら剥いたジャガイモを見ていたら、先生が回ってきて次のステップを教えてくれた。
「ずいぶん綺麗にギャブリーが剥けましたね。次はまな板に置いて、半分に切って、続けて一口で食べられる大きさに切り分けていきます」
ほうほう、と見ているうちに【調理】スキルの力が丁度良い感じに切り分けるサポートをしてくれた。
「ちょ、ちょっと皆さん上手ですね?ひょっとしてもう【調理】スキルを覚えてたり?なんてね。はははは」
「ええ、先ほどみんな覚えたところです。講習会って凄いですね」
素直な感想を告げると、先生がこっちを口をぽかんとあけている。周りの3人もなぜか僕をじっと見ている。
「ええと、ユーキ様が指導してくれたらすぐに覚えられたんです」
「現在の経験値も教えて貰えるから結構がんばれました」
レイチェルさんとタツヤさんがそんな風に持ち上げてくれたが、そんな大したことしてないです。
どうせすぐに覚えられる会場なんだしね。
「経験値!どういうことですか?!」
ゆったりとしていた講師のルーチェさんの口調が急にピリピリしている。どうしたんだろう。
「えーと。僕の持っている【スキル習得】って固有スキルで習得までに必要となる経験を数値値で見られるんですよ」
「なんですかそれ!凄い欲しいです!我々講師にとっては羨ましすぎます!」
「うーんと、説明するとなんですかね、習得途中のスキルのリストを表示する機能と、習得途中のスキルについて習得に必要な経験値と現在の経験値を知る機能と、習得までに必要な経験値を減らす効果がありますね。冷静に考えると3つの機能が混ざったスキルです」
「そんなに色々……2番目の経験値を知る機能だけでも欲しい~~~」
先生も経験値を見たかったらしい。確かに講師が持ってたらすごい便利かもしれない。
それはそうとこの話をしていると料理が進まない。
「落ち着いて下さい。続きの料理手順を教えて下さいよ」
周囲のメンバーの取りなしもあって先生も落ち着いたらしく、先生は巡回に戻っていった。
先生が巡ってくる度にどんどん次のステップに進んで、最後には美味しそうなコンソメスープが出来た。
コンソメといっても煮詰めて作るような料理をこんな入門講座で作るわけが無い。
固形ブイヨンが既に用意されていた。この世界はいろいろ進んでるしね。
周りのメンバーも【調理】スキルを獲得したせいか美味しそうなスープが出来ていた。
僕の目の前のスープもとても美味しそうに出来ている。においが凄い良い。
このゲームは本当にどうやってにおいを出しているだろうか。
ちなみに僕の【調理】スキルは結局レベル3まで上がった。
【生活魔法】スキルの時のみんなの反応で僕は分かってきている。レベルが上がったって言わない方が良いってことを。
講習会の最後にはコンソメスープをみんなのお昼として頂いた。
他の班では時間いっぱいまでスキル習得を頑張っている人も居た。
僕たちは材料を調える段階でスキル習得できたため優雅にご飯だ。
せっかくなので【生活魔法】レベル5の【供物】でパンを出して一緒に頂いた。
魔力を20も使ったが、可も無く不可も無くな普通のパンだった。
自分だけ食べるのはなんなので、4つも出したら流石に魔力がヤバかった。
ルーチェ先生が来て一緒に食べると言い出したときには焦ったけど、【魔力吸収】のおかげで意外と大丈夫だった。
先生は竜人じゃなくて、蜥蜴人らしい。
武神ヘンリック様も同じ蜥蜴人だという話をルニートさんが熱弁していた。
先生はどうしてもスキル習得の持つ必要経験値を知る能力が欲しいらしい。
教えてあげられればいいんだけどね。
なんでも、先生もそんなスキルは聞いたことが無いのだそうだ。
【スキル習得】が分割出来ればなんかあげられそうではあるな。
分割か、機能ごとに別々の3つのスキルを創造する展開はあるかもしれないな。
と、ここで【飛剣術】を習得したときのシーンを思い出した。
【金玉飛ばし】から【飛剣術】が派生した時のように、習得するとあのゴーンゴーンゴゴゴゴガシャーンが来る可能性が高い。
あのあと気を失ってしまったのでその結果がどうなるのか知らないけど、こんな所でやったら酷いことになりそうだ。
周りの調理器具が割れてしまうかもしれないし、人体に被害が出るかもしれない。
次元神様が拡張したというこの演習室の次元の壁が壊れたら恐ろしいことになりそうだ。
あぶないあぶない。
とりあえず先生には教え方が分からないと伝えた。
分かるようになったら連絡をくれと言われたけど、いつになることだろうか。
次話「12 剣術道場の午後の風景」
(2018/10/04)
蜥蜴人の読みを改めましたリザードマン⇒ウェアリザード