ex4 異界神アンネの悩み
前回あらすじ
カナミさんのβプレイヤー体験談
妾は異界神と呼ばれし存在。神であろうとする竜人じゃ。
兄上の助力もあり、このアース世界に渡り世界の伸びしろを探す日々を送っておる。
我らがヴァース世界は強大な魔物と対峙することで世界の輪郭を深めその世界を広げてきた。
世界の礎として魔物とスキルの存在を受け入れているのじゃが、その衝突に陰りが見られる。
新しい煌めきが無くては世界は維持できぬ。
その欠片がこの地球世界にはあると我はそう思っておる。
この地球世界は強力な言霊により成長が約束されておる。
「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」ジュール・ヴェルヌというものが残した言霊じゃ。
この言霊は広く世界に受け入れられ、成長することを疑わない世界が守られておる。
兄上から次元を越える技を得てから多くいろんな世界を見たが、このように成長が確約されておるのは希有なことじゃ。
「我思う故に我あり」デカルトというものが残した言霊じゃ
この地球世界は人も守られておる。
我らがヴァース世界では魔物と対峙するために、魔を取り込んだものが現れた。
しかし、逆に取り込まれ魔物となってしまうものがしばしば産まれる厳しい世界じゃ。
しかし地球世界ではそのままで良いと、強い言霊により守られておる。
一方で世界を縛る言霊もある。
「ペンは剣よりも強し」世界を制約で縛る強力な言霊じゃ。武の力を制限する強力な呪いじゃ。
我らが武の力を鍛えるがごとく、文の力を蓄えておる。
地球世界はそうして進んでいる。
我々の世界に通じるファンタジーなる言霊もこの研鑽の中から産まれてきたという。
地球世界は我々の世界の礎たる魔力に対する抵抗が強い世界じゃ。
そのままであれば妾の力をすべて注ぎ込んだとしてもこの世界に渡ることはかなわなかったじゃろう。
地球世界は電子世界という世界の中にもう一つ世界を構築したのじゃ。
その中にファンタジーに連なるゲームといわれる舞台装置を得て、妾はこの世界に顕現することが叶ったのじゃ。
ファンタジーに連なる思想は我々の世界に通じるものが多く溢れておった。
妾はその思想に魅了された。これこそが世界の成長の欠片と考えた。
まさに世界という種類のスキルとしてヴァース世界に届けようと考えたのじゃ。
やがてそれらは妾のスキルとなったが、ヴァース世界に馴染まなかったのじゃ。
転機はすぐに来たわ。兄上が次元神であることを知るものの力を借りて、これは異世界のスキルと紹介されたのじゃ。
そして世界に定着したのじゃ。ただし、異世界という種類のスキルとして。
妾は地球世界のファンタジーなる思想を多くヴァース世界に持ち帰った。
仲違いすることに日々を過ごしていた芸術ギルドや武門などを横から繋ぐ冒険者ギルドもその一つじゃ。
【冒険者カード】の魔道マネーも地球世界の電子マネーを模倣したものじゃ。
妾がもたらした力、信徒どもはそう言うが地球世界より譲り受けたものばかりじゃ。
妾が本当の意味でもたらしたものは何も無いのじゃ。
ヴァース世界の人々からは地球世界の神と勘違いされ、地球世界では何者でもない。
それが故に神たろうとする日々じゃ。このしゃべり方もいつ始めたかもう忘れたが神となるための取り組みじゃ。
地球世界のファンタジーなる思想はヴァースにとっての福音であったが、同時に呪いでもあるのじゃ。
我々の力でそれを超える世界の成長が望めなくなってきておる。
妾も自身の力についてはあきらめをつけたわ。
この地球世界に済む者達に、ゲームという舞台装置の力を借り世界を広げる力を借りるのじゃ。
地球世界より人を寄せるための現し身を作るのにマーガレット殿の協力が得られたのは僥倖じゃった。
妾達は現し身の準備が整うまでと、試しの期間をおいてこの計画を進めることにした。
―――――――
妾は兄上が生み出した【遠隔視】スキルを使って地球人達の動きを見守っておった。
時折マーガレット殿と一緒に見る際には【プロジェクター】で投影しながらその動向を追った。
地球人は恐ろしい勢いで世界を広げるかに見えた。
妾が興した異世界カテゴリのスキルがたちまち増えた。
「スキルエフェクト」「ファンファーレ」「AFK」「ブライトネス」「ミュート」「クロック」
「スクリーンショット」「プリンター」「ムービー」先ほど述べた「プロジェクター」
しかし、異世界スキルはヴァース世界に生まれたものの地球世界に根ざすスキルじゃった。
ヴァース世界を振るわせるスキルは一つとして生まれてこなかった。
我が兄上は、【AFK】が大層お気に召したらしいが、結局身に付かす本気でうなだれておった。
あれほどに落胆したのを見たのは、大作の物語を500冊以上読んだ後で、著者が亡くなっていたのに気づいた一件以来であったわ。
妾がもうこの取り組みをあきらめようかと思い始めた頃じゃった。
マーガレット殿も現し身を作るのに身が入らぬと言うておった。
ヴァース世界の貴重な道具の作り手たる魔具神を拘束し続けるのも世界の損失じゃ。
もとより移ろいがちな彼女は現し身に年相応の輪郭を付けるのをやめてしまっておった。
試しの期間の最後の一年になろうというときにその男は現れたのじゃ。
その男はユーキと言う名前じゃった。
元来ヴァース世界は己を貫く力が強いものに強力なスキルの恩恵を与えた。
その男は己を貫く力がずば抜けておった。
この世界のに渡ったその日のうちに3つものスキルを身につけると、すぐに固有スキルを発現させおった。
それは、世界に根付く可能性が高いスキルじゃった。
【スキル習得】、聞いたこともないこの強力なスキルは、ヴァース世界に住むものにとっては恐れ多くて考えもせんじゃろう。
世界に根付くまでに長い時間がかかるじゃろうが、しかしやがて定着するじゃろう。これは時間の問題じゃ。
妾は目が離せなくなった。
やがてユーキは妾達が用意した仕組みに載って【冒険者マニュアル】を習得しておった。
習得したが参照する段になり、新たなスキルが世界に根付くように願いを込めた、「発行にあたり」や「謝辞」を読み飛ばしおった。
地球人の多くはそこを読もうとせんかった。ヴァースの者どもは喜んで読んでおったのに。
ユーキはやがて先に訪れた地球人と接点を持った。
その地球人達は固有スキルも発現しておらず発展に寄与するか不安な者達じゃった。
ユーキがその影響を受けて己を貫く力を弱めるのでは?と思ったが全くの杞憂じゃった。
ユーキはそれからまもなく次の固有スキルを発現させおった。
【金玉飛ばし】とはふざけた名前じゃったが、またも世界に定着する可能性のあるスキルじゃった。
まだ本当の意味ではヴァースに降ろしたスキルを持たぬ妾が舌打ちをしてしまったのは仕方あるまい。
この頃より、妾を含む10神がユーキの動向を気にするようになったのじゃ。
ユーキは今度は【スキル習得】をさらにその身に深めて使い始めおった。
その最中じゃった。【ステータス】スキルを新たな領域に導きおった。
そんな使い方するとは!妾が産んだスキルなのに...。
ユーキの産んだスキルはどれも強力なスキルじゃった。
3つ目のスキルは世界に定着するとは全く思えなかったが、なんと精霊を顕現しおった!
妾は驚きに声が震えてしまった。妾が生み出した【インベントリ】が霞むような力をもった強力なスキルじゃった。
己を貫く力が強いユーキは能力値の上昇も常軌を逸しておった。
どうやら、倒した魔物の力が全て自分に導かれると強く信じておるようじゃった。
事実そうやって能力を高めて行く彼はこの世界に愛されている。そう思った。
スキルの習得も独特じゃった。何の補助も無く、自らの力で必要な力を得ていった。
【AFK】を習得したシーンをいつの間にか部屋から出てきていた兄上がじっと見つめておった。
「す、凄い!あんな……あれで習得できるなんて!ユーキさん、いやユーキ様と呼ばせて頂きたい!」
その後、兄上も【AFK】の習得に成功したらしい。
ヘルマン殿がそうであったように、己を貫く力は周りにも多大な影響を与えるのじゃ。
己を貫く力の強いユーキは魔言の力も強力じゃった。
「あんなの【ウィンドカッター】じゃねえ!!」
横で一緒に見ておったエドガー殿がケタケタ大笑いしておったわ。
そのとき使っておった武技もまた、ばかげた力を発揮して、逆に本人を苦しめておった。
我ら10神の中でユーキのことが大いに取りざたされた。
ヘルマン殿は直接見に行く!と言ってビガンの町に向かったそうだが紙一重で出会い損なったそうじゃ。
ある日、ユーキは町の周辺のなんということはない鼠の群れを狩っておったが、突然すごい魔力の奔流を感じた。
何をするかと固唾をのんで見ていると、【金玉飛ばし】を世界に定着し【飛剣術】なる新たなスキルを世界に降ろしたのじゃ
世界に新たなスキルが根ざす所なぞ妾は初めて見たのじゃ。
他の10神の皆もずいぶんと長い間見ていないと言うておったな。
世界が拡張されるその光景に皆が見入っておった。
───────
世界の拡張される瞬間、近くにあったユーキ……いやユーキ殿の現し身は急に脱力すると倒れてしまったのじゃ。
「うわー!やばいヨ~~!ちゃんと現し身を作っとけば良かったヨ」
マーガレット殿によればユーキ殿と現し身の接続が一時的に切れてしまったとのこと。
世界を拡張した張本人がその場にいないという事態に我らは大慌てじゃった。
妾もマーガレット殿も必死で現し身を修復し、謁見の場を用意しユーキ殿を現し身に呼び寄せたのじゃ。
昔に勢いで作ってしばらく使ってなかった神殿の本殿を掃除したり、現し身の点検をしたりで、一晩がかりじゃった。
他の神々は影響を見に行くと現地に行ってしまったのじゃ。薄情なもんじゃ。
兄様はそれより前にさっさと自分の家に帰ってしまったのじゃが。
妾は大きな使命感を持ってユーキ殿と向き合っておった。
ヴァース世界の神見習いとして共に世界を広げる覚悟があるかを問う必要があるからじゃ。
ユーキ殿とヴァース世界の接続が復帰したか、心配だったので以前に用意して何度も練習した言葉を告げた。
「おめでとう!あなたはβテストをクリアしました」
おや?反応が無い。ユーキ殿はまだきこえてなかったのかの?
「おめでとう!あなたはβテストをクリアしました」
「えっと2回言わなくても大丈夫です」
うわ。起きてたようじゃ。ユーキ殿の目が冷たい。
「大切なことなんで2度言ったのじゃ……」
思わず地球世界の言い訳が口から出てしまったのじゃ。
「あー。異界神ちゃん!!」
「気安いわ!」
急なユーキ殿の言葉に、思わず兄上と掛け合いを遊ぶときの応対が出てしもうた!!
「いやだって、その格好」
格好がどうしたというのじゃ。ん、そういえば地球のジャージを着たままじゃった!!!
兄様の勧めで着始めてから、妙に馴染んでしまって今ではこれを着てないと落ち着かないぐらいになってしもうておる。
とはいえ、この場には相応しい服としてヨハンナ殿に準備してもらった服があったのじゃが。
動揺を悟られずに会話を続けなくてはならん。
「ジャージは正装!お主らの世界の言葉では無いのか?」
「体育会系の部活で言われる言葉ですね」
「体育会。部門のようなものであろう。我は武の者にも等しくあるぞ」
勢いで押し込んでみれば、なんとかなったわ。地球世界の知識が役に立ったわ。
ユーキ殿の目に力が無いのが気になるが、うん。よいじゃろう。
「ええと。今、どういう状況なんでしょうか?βテストはもう何年かあると思っていたんですが?」
どういう状況?それは妾が知りたいわ。スキルが世界に根ざすことなどここしばらく無かったのじゃから。
しかしユーキ殿にはその資格がある。真摯に語る必要があるじゃろう。
「ふむ。この世界は新たなスキルを求めておる」
ユーキ殿はスキルのことをよう分かっておった。【冒険者マニュアル】を作った甲斐があるというものじゃ。
さて、そろそろ切り出さねばならんな。神に連なるものになるその覚悟を問わねばならん。
ユーキ殿は地球世界の御仁じゃ、ヴァース世界は別世界。心の準備も必要じゃろう。
「お主は世に力を生み出す才能に長けておるようじゃ。
改めて、我らがヴァーズに渡り、その力存分に発揮するつもりはあるかの?」
「あ、そのつもりですよ。えっと、明後日からでしたっけ?」
な!なんと!見上げた覚悟じゃ!!
「おお!そのように言うてくれるか!やる気があるのは良いことじゃ。我らが世界にとっても福音となろう」
「そうですね、メダル回収したまま確認してないですからね」
ふむ、またメダルか。ユーキ殿はずいぶんそれが気になるらしい。
あれはヨハンナ殿の所のオズワルドが大変好んでおった他の神々の高弟を形に残すべく、メダルに起こしたんじゃったか。
「その程度を待つぐらい造作も無いことじゃ。良い行って参れ。その前にこれを飲むが良い。お主であれば、必ず力は発現するであろう」
無事に話は付いた。ユーキ殿は地球世界の御仁であるため、ヴァース世界と繋がる手段を渡しておかねばなるまい。
妾は地球世界に渡ることで身についた【ログイン】スキルの魔石をユーキ殿に渡した。
スキル魔石は自身の持つスキルを特殊な魔石に封じたものじゃが。
自身にそのスキルへの素養が無ければ魔石は溶け出しても何も起きない。
「覚えましたよ」
「再びこの世界で相まみえることを楽しみにしておるぞ!【ログイン】のスキルによりこの世界に戻って参れ」
そしてユーキ殿はこの世界との接続を切り地球世界へと戻ったのじゃ。
これで一安心じゃ。神見習いとしての新たな仲間を得て妾も嬉しい限りじゃ。
やめようと一時は考えておったが、ゲームという舞台装置の力を借りて地球世界の者達がこの世界に現し身で渡る試みもしばらく続けるとしよう。
ユーキ殿も同郷のもの達が居る方がやりやすいじゃろうしの。
今日と明日は9時と21時に番外編を更新し来週から2章です。
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