ex2 便所に棲む魔神
前回は1章終了時のステータス紹介
昨日まで長旅だったので今日はゆっくりしたんだが、夕方にはいつものように冒険者ギルドに来ちまった。
明日も休みだから、ちょっと依頼の状況でも見て暇な奴らと飲みに行こうと思ってね。
結局毎日ここに来ちまうんだ。
異界神様の作った冒険者ギルドってえ仕組みはすげえもんだ。
ギルドに付くと受付がごった返しているのを見て妙に落ち着く。
「よう!ギンターク!なんでぇお前、今日は休みだ~!って散々言ってたのに結局きてやがんのか?」
パーティ仲間のゴイズがニヤニヤしながら寄ってきた。
「うるせえ。お前だって今日はデートだ~とか抜かしてたじゃねーかよ」
「アレだ。マールだっていろいろ忙しいんだよ。約束してた訳じゃねーしな」
マールは食事処のカムカム亭って所の人気の給仕だ。コイツのことを相手にしてないのはみんな知ってる。
「はっ。それは残念だったな」
いつもの挨拶だ。こんなのはなんだって良いんだ。この会話も酒のつまみだからな。
「それにしてもマリー姉さんの所はいつも空いてんな。たまには使わせて欲しいぜ」
「ギルド通達が出てるからな、しょうがあんめえよ」
ゴイズが愚痴るのでこれまた定番の回答を口にする。
異界神様が地球ってところの冒険者を呼び寄せたため、特別に窓口を一つそっちに回している。
冒険者ギルドは無法者も多いが、みんな異界神様には感謝してるからみんなでそれを守ってるわけだ。
「【冒険者カード】ありがてえもんな」
本当にそうだ。冒険者にならない町の奴らには【市民カード】とか【貴族カード】なんてのが普及してる。
年寄りどもの話じゃ、あれのおかげで金銭トラブルがぐっと減ったって話だ。
魔道マネーが無いなんてちょっと俺には想像も出来ない。
受付のマリーさんの所に来ていた集団が居なくなり、並んでたひょろい新人がカウンターに行った。
なんで新人か分かるかって言うと、地球人の新人はみんなぴっちりした服を着てるからだ。
あいつらこの世界に着たときからその装備をしていて。1~3年ぐらいずっとそれを着ているのだ。
一緒のパーティになった地球人の奴に聞いたら、地球世界の運動用装備らしい。
とは言え、今カウンターに居るのはド新人だな。
あいつらはちょっと強くなると武器から変え始めるから、武器を見りゃ大体分かる。
導入の剣とかいう魔剣を持っていた。あの魔剣はヴァース人には重すぎて扱えないようになっている。
「あいつは新人だな。いつまで持つかね?」
あいつらは2~3年すると大抵どっかに行っちまう。なんでも自分の世界に一度帰るらしい。
現在は試しの儀とかいう修行期間らしく、一度帰るとなかなか戻ってこれないらしい。
気になって見ていたらそいつは突然どこからとも無く背負い袋を取り出した。
「なんだぁ?!もう【インベントリ】もってんのか?!」
【インベントリ】は異界神様が生み出したスキルの一つで、ものすげー習得が難しいんで、本当は無いんだろ?と存在を疑われていたスキルだ。
なんでだか地球人はバンバン覚えるからまじめに習得しようとする奴が出てきて、最近ようやくモノにした奴が出てきた。
最近じゃ、どいつもこいつも習得を頑張ってるっていう話題のスキルだ。
そいつは背負い袋から魔石を取り出し始めた。あーあの小さい魔石は【ラージラット】だな。
【ラージラット】は新人の登竜門で、あれが一人でやれるようになるとようやく見習いって扱いになれる。
一匹一匹はそれほど強く無いが、大抵群れでいるから普通の冒険者は手を出さない。
但し、地球人の大抵の奴はあれをうまいこと狩ってくるんだよな。
よく見りゃマリー姉さんは特別製の魔石トレイを出していた。
先日までこの辺りで幅をきかせてたマッツっていう地球人が作ったという特別製の大型トレイだ。
『泥沼のマッツって呼べ』
変なこと言う奴だったな。泥沼の?確かに【泥魔法】のスゲー使い手だったらしいが、意味の分からん奴だったな。
[泥沼]は奴の基準ではかっこいい通り名だったらしい。
『よう泥沼の!』
『よう泥沼。儲かってるか?』
そんな風に声を掛けるとご機嫌で晩飯をおごってくれる良い奴だったな。
この辺りには沼とか無いんだが、そいつはわざわざ遠方のヨードルン湿地まで出かけて【泥魔法】を習得してきたらしい。
水場ってことは【水魔法】も習得できたのか?って聞いたら、愛用のマントでポーズを取りながら
『【泥魔法】に不可能は無い!泥汚れだってすぐにこの通り』
そんなこと抜かしてたな、実際には【土魔法】で洗浄魔法使ったりする不思議な奴だった。
そのマッツ謹製の巨大な魔石トレイに新人の奴がどんどんどんどん魔石を出していく。
なんだあいつは!!!周りが段々静かになり、みんな新人のことをチラっチラ見てておかしいことになってる。
まぁ俺も人のことは言えないんだが。
あり得ないぐらいに積まれた魔石にみんなが気持ち悪いぐらい静かだった。
精算が終わるかなと思ったらマリー姉さんが魔石をいくつか取り出して調べ始めた。
あーこの感じは【ヒュージラット】が出たのか。最近じゃ西の丘は溢れそうって話だったからな。
思わず憂鬱な気分になる。
こないだ【冒険者スキル】がようやくレベル3になって一人前とされるようになったが、冒険者ギルドから強制の依頼が出ると断れないんだよな。
【ヒュージラット】が出るようになると強制敵にに狩りに行かされるはめになる。
新人は背負い袋を片付けた。ようやっと精算がすんだか、すげえ量だった。
「ありゃーすげえ量だったな」
「すげえもんを見たな。ちょっと便所にでも行って切り換えてくるわ」
ゴイズの奴は並ぶのをやめて便所に行くことにしたらしい。
「おー!またな」
しかし、新人の持ち物はそれだけじゃ無かった。今度は茶色のでっかい毛皮を取り出しやがった!
「あ、アレは【フォレストベアー】じゃねえか?!」
「ありえねえ!!こないだガイアッカ兄弟が挑んで殺されそうになって逃げてきた奴じゃねえか!」
は?ガイアッカ兄弟といやあこの町でも中々の冒険者で、そろそろ魔境に挑戦すると言われてる奴らだ。
最近見ないから魔境に挑戦しに言ったんだと思ってたら、全然違う理由だったわ。
【フォレストベアー】はこの町の周辺では最も危ないと言われている魔物で、狩りに出るときは6人以上が基本だ。
あの新人は完全に一人でどう見ても仲間がいるように見えない。あんな身なりでベテランなのか?
熊の毛皮をマリーさんが広げると、畳んであったから気がつかなかったが、かなりの大物だった。
【インベントリ】ってあんなに入るもんだったか?
山でに遠出するときに使う背負い庫っていう大型のバックパック一杯。
こないだ【インベントリ】習得した奴が魔力を切らして青い顔になりながら調べた大きさだ。
そいつは【フォレストベアー】の魔石も売るつもりらしい。
外の魔道具屋辺りに持ってきゃ、もっと高く買ってくれんのに。やっぱ新人なのか?
全く分からねえ。ただ、すげえ奴だ。
新人は精算を終えると、くるりと外に…は行かずにこっちに向かってきやがった。
すげえ顔でなんかにらんでやがる。おっ。俺がなんかやらかしたか?見てただけだろ。
「通して下さい!」
そいつは鬼気迫る顔でそう言った。そりゃあもう笑えるぐらいにみんなが左右に避けて道が出来た。
なんだよ。みんなチラッチラ見てると思ってたが、ほとんど見てたんじゃねえか。
反対向いて築いてないやつがいやがる。早くどけ!とばっちりが来たらたまらんぞ。
「すいません!通して下さい!」
声がでけえ!目がなんか血走ってるしマジで怖えよ。
俺だって、冒険者6年目で一人前の冒険者って言われるようになった身だが、あんな新人は見たことがねえ。
地球人のやつは破天荒な奴も多いがいきなり熊狩ってくるような奴は居ない。
[泥沼]だって、最初は泣きながら冒険者ギルドに帰ってくるのをよく見たもんだ。
あっという間に置いてかれたがな。
新人はズンズン進んで便所に入っていった。
みんなあっけにとられていたが、急に喧噪が戻ってきた。
あいつは恐ろしい。余計なことしないでおこう。
明日ちょっと小遣い稼ぎに行く予定の依頼を選んだので最後に便所に寄っていくことにした。
便所に入るとゴイズの奴がさっきの怖え新人と話し込んでいた。
あいつ戻ってこねえと思ったら話に花咲かせてたのか。奴はゴツい身なりのくせに話が長いからな。
新人もあいつと話をしてたんじゃ身動き取れないで大変だな。
丁度便座の方が一つ開いている!こりゃー丁度よかったな。
そちらに向かうと後ろから声がかかった。
「オイ!!横入りすんな!さっきから待ってたんだ!」
こええええええ!こいつこんな奴だったのか。誤り倒すしかねえ。
「す、すいやせん」
見習いだった頃以来だろうか、こんな風に謝るのは。腹の底から恐ろしい。
ゴイズの奴も事態を理解したのか、一緒に謝ってくれた。
奴は個室に入っていった。
俺は恐ろしくて便意がどっかいっちまった。
後で聞いたら便所の中で腕組みしてにらみを聞かせてたらしい。
小便に行った奴らがあまりの雰囲気に引っ込んじまったって言っていた。
あれは開くのを待ってたんだな。
ゴイズの奴に後で八つ当たりしたら、なぜか素直に謝ってくれた。
その日はちょっと便所に寄るのが怖くて飲まずに解散になった。
あの新人の通り名がいつの間にか便所の魔神になったらしい。
そして最近じゃ便所に行くのが恐ろしいってんで【インベントリ】よりも【AFK】が大人気らしい。
俺も必死で習得中だ。なんか広場の木に水を掛けると覚えやすくなるらしいという噂を耳にした。
なんでもその木は魔神の木と言うらしい。
ちょっと行ってみようじゃねーか。
今週末は土日の9時と21時に番外編を更新し来週から2章です。
次話「ex3 後輩プレイヤーの不思議」