25 【風魔法】の魔言《スペル》は切れ味鋭い
前回のあらすじ
【冒険者マニュアル】で神様について読んだ
翌日はネズミ狩りに精を出していた。
ビガンの町には鍛冶ギルドはあったが、彫金ギルドは無かった。
彫金ギルドは貴金属類の取引が多い大都市や資材が取れる山麓の町にしか無いらしい。
そういえば、小鬼の杖を加工する事の出来る場所もこの町には無かった。
大きな町に行く手段を冒険者ギルドで尋ねたところ、乗り合い馬車を勧められた。
乗り合い馬車が週に1回あるらしいのだが、次は明後日になるらしく今日明日はこの町で出来ることをすることにした。
ヤマトさん達に聞いた武技というのを試すことにした。
昨晩は切れそうになった魔力をご飯を食べながら充填して、もう少し【冒険者マニュアル】を読み進めたのだが、改めて見たらスキルについての章に武技と魔言についての記述が増えていた。
低レベルの武技と魔言についてしか記述されていなかったが、僕にとっては十分だった。
武術と魔法についてスキルをさらに極めた結果、一定の方向性を持たせることで
特殊な能力を発揮する武技と魔言が生まれたという。
スキルと違い世界に定着した力では無く、都度魔力を使って発揮する力であるという。
武技は武術に魔力による理不尽を通す力を掛け合わせた技で、様々な技が存在するらしい。
剣の威力を上げるもの、動きが速くなるもの、魔法を纏うものなど系統もいろんな種類があるようだ。
人によって得意不得意があり、他の人が使える武技が他の人に必ず使える訳では無いらしい。
武神ヘンリックはすべての武技に通じているらしい。
ほとんど変態の領域だ。そこまでやられたら神と認めるしか無いだろう。
【冒険者マニュアル】には万人に使いやすい武技について紹介されていた。
【剣術】【短剣術】【爪術】にそれぞれ2つづつ紹介されていた。
魔言は魔法に一定の方向性を持たせ力を具現化しやすくする技で、同様に様々なものが存在するらしい。
人によって得意不得意が出るのも同様だ。種族による得意不得意もあるらしい。
【冒険者マニュアル】には万人に使いやすい魔言について紹介されていた。
【風魔法】には2つ紹介されていた。【念動魔法】の魔言は紹介が無かった。
今日はこの武技と魔言を討伐クエストで検証してみたい。
いきなり強敵だと困るので、沢山狩ったことのある【ラージラット】を狩ることにした。
ギルドで【ラージラット】の狩猟クエストを受けた後、向かいの店で鋼の短剣を2本買ってきた。
両手に持ったら使いやすそうだと感じたので【双剣術】もちょっと試してみたい。
爪術用の爪が付いた手甲も売られていたがやけに高価だったので今回は購入を見送った。
少しなじみ感の出てきたビガン西側の丘陵地帯に行くと相変わらず【ラージラット】が大量に居た。
改めて見ると背筋がざわざわする。この状態は不味くないんだろうか?
そうだ、体力と魔力が分かるように、能力値表示を出しておこう。
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体力 69 /69
魔力 66 /66
筋力 53
器用 66
敏捷 64
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まずは遠距離で戦って様子を見たいので【風魔法】で戦ってみることにした。
『森崎さん、小鬼の杖をお願いします』『承りました』
左手に杖が現れた。杖はしばらく小鬼の杖で行くつもりだ。
ボス戦で大金を得て、店売りで購入範囲では、持ちやすそうなものが何点かあったが、大きく性能が変わらず購入を見送った。
いきなり魔言を使って出なかったら心配なので、ちょっと空撃ちしてから挑みたい。
風魔法の魔言は鎌鼬で切りつける【ウィンドカッター】と風の防壁を貼って敵の攻撃を弱める【ウィンドガード】があるらしい。
スキルと同じ感覚で使えるということなのでかけ声は不要なはずだ。
『【ウィンドガード】!』
脳内で魔言を唱えると、自分の周りに風が一瞬渦巻いて収まった。
体に対する衝撃に対して一定期間緩和する障壁が付与されると書いてあった。
魔力を確認すると1だけ減っていた。すごいリーズナブルじゃないかと思うがこれが罠だ。
これは継続消費型のため、掛けている間に1分に1づつ魔力を消費するのだ。
うーん。とっさの時に使えるように練習が必要だな。
攻撃魔法も狙いがはずれると悲惨なので、練習しておく。
ARデバイスの調整をせずに戦闘エリアの外に飛んでいくシーンを何度も見たのでこういうのは大切だと思う。
丘陵地帯に立っている木立に10メートルぐらい離れて位置を決めると、何となく右手をかざす。
『【ウィンドカッター】!』
風が渦巻いて飛んでいくのを感じると直後に木立の枝がばっさり落ちた。
すごい!イメージ通りだ。狙った場所が綺麗に切れた。消費魔力は2だった。
カナミさんも【グリフォン】の羽根をバッサリ切り落としていたし、魔法ってなんか不思議な力で凄そうな感じがするよね。
【ラージラット】ぐらいだと一撃で首が飛びそうだ。
丘陵地帯に近づくと、先日倒したはずの巣穴の周辺にも【ラージラット】が徘徊していた。
だけど、一つの巣穴の周辺で徘徊している個体数が少ない。2~3匹ぐらいしか居ないのでやりやすそうだった。
よし!やってみよう。とその前に。
『森崎さん、導入の剣を腰につけたいです』『承りました』
剣帯が腰に現れた。これを持って戦えば自動で【解体】が行われて便利だからね。
あわよくば【解体】スキルも習得したい。
【ラージラット】2匹がよく見える場所で且つ絡んで来ない距離として7メートルぐらいまで近づいた。
揺れるだけの木と違って、動き回るから良く狙いを付けよう。
よく見える。あそこが首か。回り込んで横から切断されるイメージを固める。
『【ウィンドカッター】!』
ぽとんと首が落ちた。シュールだ。首が落ちたので鳴き声も出なかった。
即座にもう一匹に狙いを定める。なんかこっちもあっさりいけそうだ。
『【ウィンドカッター】』
ぽとっと首が落ちた。ちょっと動いたのだが風が勝手に追尾してくれたようだ。
魔法だしそんな動きになりそうな気がしてたんだよね。
鳴き声をあげないせいか、しばらく巣穴を観察したが、追加は出て来なかった。
魔石とメダルを回収する。メダルは銀貨で…これはリューヌラーベさんだ!彫刻の人が最初なんて幸先が良い。
こうなると戦闘といえる状態ではなく、鉄球で倒すのと同じぐらい簡単な作業だった。
鉄球の回収する手間が無い分、【ラージラット】相手なら【風魔法】に軍配が上がるね。
調子が出てきたので、難しい角度から【ウィンドカッター】を当ててみたり、敵を2匹まとめて切り裂いてみたりしたが魔法は狙い通りだった。
戦利品の回収中に追加戦力が出てくると困るので、地上の一匹はわざと体を切り裂くようにした。
体の真ん中も一発で切り裂く威力を当たり前だと思っている自分がいる。
カナミさんってレベル的にもっと凄い魔法使えるんだよな。そう考えると結構恐ろしいな。
断末魔に鳴き声を上げるようになり、ちょっと良心の呵責を感じたが、すぐに追加戦力が出てくるようになった。
追加戦力は競うように集団で出てくるので、ちょっと待ってまとめて切り裂いた。
一回の戦闘が【ウィンドカッター】2回で済むようになると、移動中に回復する魔力の方が多いぐらいだった。
戦利品の回収では森崎さんが恐ろしく活躍した。
敵影が無い事を確認しつつ巣穴に警戒しながら近づくと既に回収を終えていた。
『戦利品を回収しました。魔石を6つと銅貨を1枚回収しました』
こんな風に回収の終了と戦利品の数が報告された。
新しいメダルを回収した時は、抜かりなくメダル表面の記述について教えてくれた。
『新しい銅貨を獲得しました。流れる刃と書いて流刃サットーバの意匠の硬貨です』
森崎さんに『魔石の数が100越えたら教えて貰えますか?』と言ってみたら、即答で『承りました』と回答があった。
回収と魔力運用だけじゃなくて報告も完璧だった。
森崎さんはだいたい5メートル範囲なら簡単に出し入れ出来るらしい。
それ以上だと魔力消費が多くなるらしく、ちょっと近づいて欲しいと1回だけ言われた。
とにかく順調だ。どんどん倒したので僕の能力値もじわりじわり増えている。
『魔石が100を越えました。現在までの成果は魔石102個、銀貨1枚、銅貨13枚、新たな銅貨が1種類です」
森崎さんから報告があった。
ここまでで思いついたことを試してみようかな?
【ウィンドカッター】で軌道を操作して複数の敵を切り裂いているが、【鉄球飛ばし】でも軌道操作が出来そうな気がしていた。
うまくやれば敵を打ち抜いた後手元に戻すところまで出来るかもしれない。
うん。なんかうまく行きそうだな。実践してみよう。
『森崎さん小径の弾丸をお願いします』『承りました』
ノータイムで右手の上に弾丸が現れた。先日はピンポン球サイズの中径の弾丸で過剰威力だったので、今日はパチンコ玉をサイズで試してみる。
握りしめながら次の獲物に向かう。次の巣穴の周りにはよく見るとちょっと大きい個体が居た。
あれが【ヒュージラット】か。この前は全然気がつかなかったな。
敵は3体居たので、3匹の眉間を連続で打ち抜くようなジグザグの線をイメージした。
そこからつなげて手元までまっすぐ戻って手の上にポトンと落ちる軌道をイメージした。
一連の軌道のイメージを固めてスキルを使う。
『金玉飛ばし!』
ヒュヒュヒュン…パシ。速攻で手元に戻ってきた。イメージ通りだ!
ねずみ達は脳天打ち抜かれたことに気づかなかったようで断末魔をあげずにパタリと倒れた。
イメージ通りだけど凄すぎる。これはやっぱり恐ろしいスキルだ。
魔力消費は【ウィンドカッター】と同じく2だった。
そういえば鉄球は超高速機動だったけど、手元に戻ってきても全然熱くなかった。
そういえば、熱のことすっかり忘れてたな。
血糊も全然付いていない。魔力で覆われているからなんだろうか?
これが理不尽を通す力か。
せっかく剣と魔法の世界なのに鉄球を飛ばすのは無粋かもしれない。
店で銃を見かけたとき、ちょっと残念な気持ちになったことを思い出した。
森崎さんに弾丸を収納してもらうと、再び【ウィンドカッター】で討伐を続けた。
『ユーキはスキル【器用強化】を習得しました』
途中で【器用強化】を得た。唯一取得してなかった能力値強化系のスキルだ。
さらに討伐を続けて、戦利品の回収を森崎さんに頼もうとして、ふと巣穴から周囲に視線を回すとそこには森崎さんが立っていた。
「うぉっ」
『すいません、ずいぶん集中されているようでしたので』
「ど、どうしたんですか?」
『そろそろお昼時になるので休憩されては如何ですか?』
「あ!ありがとうございます」
宿屋を出るときに、お昼時になったらご飯を出して下さいとお願いしていたのを忘れていた。
「えーと、今、魔石の数はいくつですか?」
『現在丁度150になります。硬貨は銀貨3枚、銅貨23枚、新たな銀貨は2種類、新たな銅貨は3種類です』
戦利品一式を教えてくれた。森崎さんはいつでも完璧です。
戦利品も把握して丁度良いタイミングで話しかけてくれたようだ。
休みに入る前に今の能力値を【ステータス】の表示で確認してみる。
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体力 74 /74
魔力 69 /73
筋力 57
器用 76
敏捷 74
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体力が5、魔力が7、筋力が4、器用が10、敏捷が10、それぞれ増えている。器用強化が1になった器用と、敏捷の伸びが凄い。
これなら近づいて戦っても【ラージラット】の突進をうまいこと避けられそうだ。
午後からは接近戦闘だ。ちょっと苦手ではあるけど武技を試したい。
次話「26 【剣術】の武技は強打が過ぎる」