24 この世の興りと神々
前回のあらすじ
メダルを【ステータス】で調べた
身の回り品について一通りの確認を終えて、ちょっと出かけることにした。
ジャージ上下を着てふらふらしていると、休み期間中であることを思い出す。
部屋を出て、下の階に降りるとなんだか美味しそうな臭いがしている。
「あら、お出かけかい?」
「ええ、ちょっと落ち着いて本が読める場所が無いかな~と思いまして」
カナミさん達が【冒険者マニュアル】を読むと世界のことが分かるようになるから読んだ方が良いと言っていたことを思い出したのだ。
メダルの【ステータス】をチェックして武神とか美術神とか、オズワルドとか知らないキーワードが一杯出てきたのでその辺りも解消したい。
「そうだ、丁度良かったよ。あんた今日から303号室に移っとくれ」
急に部屋を移れと言い出した。なんか悪いことしたのかな?
「どういうことですか?」
「ヒロシさん達が今朝方あんたらの国に行っちゃっただろ?行く前にあんたが使うようにって部屋代をおいてったのさ。上の階の部屋はソファや明かりの魔道具も十分おいてあって、本を読むにもオススメだよ!」
「うわーなんか悪いことしちゃったな」
「あんたら同郷なんだし、先輩の厚意はありがたくもらっとくもんだよ。ほら、ちょっと部屋変えるからカード出しとくれ」
もう居ない人にあれこれ言ってもしょうが無い。冒険者カードを出した。
「ところで部屋代って今晩の分ですか?」
「なにしみったれたこと言ってんだい。バーンと2年分ぐらいおいてったよ。
あんたが好きなときにご飯も食べられるようにってオマケもつけてくれて、うちは大助かりだよ!
そうそう、あんたから預かってた分は一旦返しとくね」
黒い板にかざすと「ピロン」お金が戻ってきた。5泊分で2000¥だ。
当面の宿ががっちり決まってしまった。そしてお金が増えた。
「あんたが遠出したくなったら遠慮無く行っていいからね。部屋は2年はいつでも空けとくよ」
「ありがとうございます。」
【冒険者カード】で入退室も管理できるから急に遠出することになった時は声を掛けなくても良いらしい。
「で、もう昼時だから、これをもっていきな」
「え?あ、はい」
女将さんに食事が載ったトレーを渡された。
「303でゆっくり本を読みながらこれを食べな。食べ終わった皿は降りてくるときに持っておいで。
部屋に置いてある荷物が出せるように今日は203にも入れるようにしといたから」
使用人の誰かが部屋まで持ってきてくれたりはしないようだ。
女将さんは言いたいことを言ったら、入口に来ていたお客さんの所に行ってしまった。
出かけるつもりが引きこもることになってしまった。休日を堪能しろと言われた我が身にはふさわしいのかもしれないな。
階段まで引き返し、初めて3階に向かう。知らない場所って言うのはちょっと楽しい 。
3階は部屋数が少ないようだ。303号室は廊下の突き当たり右側の部屋だった。
部屋に入ってすぐにソファーがあって応接セットになっていた。
その奥に食卓みたいなのがあったので、早速渡されたトレーを下ろす。
大きな窓がついていて、近づくと通りがよく見えた。
お昼時なので結構な人通りがあった。
部屋を見回すと、魔道具の明かりがあり、鏡があり、そして時計がかかっていた。
なんとなく時計あるといいなぁと思ってたんだよな。早いこと【クロック】を習得したい。
おっ、鏡!ゲームでは初めて見たな。
ジャージ姿どうなってるんだろうか?ちょっと近づいて…んん?
なんか若いんですけど!!!顔は確かに僕だ。でもこれは大学生ぐらいに見える。
ゲームだからなのか?魔法が活性化した結果この世界ではみんな長寿なのか?
まぁ別に分からなくても困らないな。うん。これはゲームの恩恵と思うことにしよう。
そういえば、能力値が上がったせいだと思ってたけど、体のキレも良い。
時計がかかっている壁の下にはドアが付いていて、開けるとそこは寝室だった。
寝室の中には大きな収納がついていた。僕はこれ使わないけどね。多分。
―――――――
昼ご飯セットにはコーヒーまでついてた。おそらく保温効果のある魔道具に入っていて凄く暖かくて美味しい。
コーヒーをすすりながらソファーにゆったりと座り【冒険者マニュアル】をめくっていた。
中空に浮いていて手に持つ必要が無く、ひっくり返してもページが保持されているのでとても読みやすい。
出している間、魔力がじわじわ減ってるのでそれだけがちょっと辛い。
魔力消費を抑えるために左手に小鬼の杖を持って、
右手にコーヒーカップを持っているのでちょっと落ち着かないんだけど。
ページは念じるだけでめくることが出来たので本当にハンズフリーだ。
【冒険者マニュアル】は大きく『世界編』『身体能力編』『冒険者編』に分かれているが、その中身は目次で見るとこんな感じだった。
『世界編』には世界の成り立ち、種族、大陸についての節があった。
『身体能力編』には能力値、スキル、状態異常についての節があった。
『冒険者編』には冒険者ギルド、冒険者レベル、クエスト、冒険者の支援についての節があった。
神々ついてに知りたい僕は最初の『世界編』を読むことにした。
【冒険者マニュアル】には『世界について』として、こう書かれていた。
―――――――
世界は暴力に溢れていた。世界は理不尽に溢れていた。世界は魔物が溢れていた。
最初に人が興った。ただただ世界は理不尽だった。人は集まりおびえて暮らした。
やがて魔物の力を取り込み別の種に進化する者達が現れた。種族の興りだ。
新たな力を得ても尚、世界の暴力に抗うことが出来ず。人は理不尽を嘆いた。
ある男が言った「理不尽を跳ね返す力が必要だ!」
別の男は言った「そんなの夢物語だ」
それでも男は信じていた、己を、そして世界を。
男はやがて不思議な力を得た。スキルの興りだ。
男の周りではやがて皆が不思議な力を得た。この世に元からあったようにその力は広がった。
多くの人が男の庇護下へ集まった。
男は豪快な性質だった。面倒見が良い男だった。
やがて人はそれぞれに力を得て別れていった。国の興りだ。
道具興す者、芸術を興す者、武術を興す者が生まれ、やがて魔法を興す者が現れた。
魔法の力はやがて世界の壁を越えて他の世界へと通じた。
他の世界からの力はこの世界をどう変えていくのだろうか?
―――――――
これはゲーム設定ってことかな?
続けて「神々ついて」とあった。
―――――――
健康神ヘルマン。この世界で最初にスキルを得たのは鬼人の男だった。
ヘルマンは理不尽なこの世界に抗う身体を欲した。そして身体能力を向上させるスキルの数々をこの世に生み出した。
彼の口癖は『飯を食え!』『体を鍛えろ!』『良く寝ろ!』豪快な人柄でよく知られた。
彼の周りには人が集まり、特に堅強な者が5高弟を名乗り世にスキルを広めた。
生み出したスキルが世に浸透すると、彼はやがて無限の寿命を得て現人神となった。
しばらく後、人々は道具を生み出すようになった。道具を作るものの中から道具作りのスキルが生まれはじめた。
鍛冶神ヨハンナ。髭人の彼女もまた面倒見が良かった。周りには物作りに才能を持った人々が集まった。
彼女の元で物作りは分野が整理され、分野ごとの生産職組合が産まれた。
まもなく産まれた道具を使いこなすことに情熱を生み出す者達が現れた。
武神ヘンリック。蜥蜴人の彼はあらゆる道具に精通することを自らに課した。
彼は自らにも他者にも厳格な男だった。そんな彼の周りにも志を同じくする者達が集まった。
健康神の高弟に習い、5高弟を選ぶ段になり武神は厳格に5人を選定することを望んだ。
その風習が今日にまで武術大会として続いている。
やがて武が世界を支配するのを良しとしない者達が現れた。
芸術神フィリーレース。森人の彼女は無粋な男達の世を嘆きこう言った。
『世界に抗うなんて無粋だね。あたしは世界を美しく彩る力が欲しいね』
彼女と彼女の考えに賛同する者達は、やがてあらゆる芸術を生み出した。
その中でも特に希有な芸術を生み出した者は美の使徒として称えられた。
世に産まれたスキルの数々に世界の不思議を問う者達が現れた。
魔神セルマ。魔人の彼女はスキルがこの世に生み出す力はどこから来るのかそれが気になって仕方が無かった。
一流の武人でもあった彼女は日々の武術の研鑽と共に体を巡る力について心を砕いた。
やがて彼女は魔力を発見した。
曰く『無理を通す力』『理不尽を覆す力』『方向を持たない力の奔流』人々が理解するのは難しかった。
ただし、魔力とそれを生み出す魔素という名前は瞬く間に広がった。
魔神には2人の息子が居た。
息子達は厳格な母親とは真逆の性格だった。性格は違ったが母のことは敬愛しており話を良く聞いた。
天災神アーネスト。魔力についての理解を深めた彼は気象の生み出す事象に心を砕いた。
何のことは無い、彼は草原や森あらゆる場所での自然浴を愛していた。
魔人という屈強な体に産まれたことに感謝しながら、嵐の中でも寝転んでいた。
あちこちに出かけては自然を眺めているうちに自ら事象を起こすスキルを身につけていた。
事象魔法の興りである。
彼は奔放な性格ではあったが面倒見が良かった。出かける先々でその技を伝え、やがて魔法が世に溢れた。
創造神エドガー。彼は自由な男だった。本当に自由な男だった。
魔力が辺りに溢れていて、『無理を通す力』だって言うなら突然火がでるのではないか。
創造魔法の興りである。
彼は多くの女性を愛し、それを許す女性達によって、新たな魔法が世に溢れた。
世界にはスキルが溢れたが世界は膠着していた。
魔具神マーガレット。妖精人の彼女は人と物の関わりに興味を見いだした。
鍛冶神高弟の一人でもあった彼女は人が物に物が人に及ぼす影響から一歩踏み込めないかと考えた。
やがて彼女はスキルを備えた道具を生み出した。魔具の興りである。
魔道具は瞬く間に世に受け入れられたが、魔道具を作り出す力はなかなか世になじまなかった。
元来自由な性分の彼女は人に教えることを苦手としていた。
鍛冶神が間に入り2人だけ常に弟子を取ることを強要することで世の魔道具は維持されている。
あるところに人を避け、一人になることに腐心する男がいた。
次元神ゲルハルト。竜人に産まれた彼は屈強な体をもてあまし読書をこよなく愛した。
あらゆる周囲からの干渉を避けるために世界の壁に干渉するスキルを得た。
彼のスキルは人には伝わらなかった。なにせ次元を隔てる引きこもりである。
彼は次元を超える力によって別次元の世界の存在に気がついた。
この世と全く違う力が支配する世界の数々があった。
その中に自分の世界に大きく影響を与える世界があることに気がついた。
その世界は魔物に溢れていなかった。魔法の力に溢れていなかった。
魔物に溢れ、剣と魔法の力に溢れる自分の世界と全く違う文化圏がそこにはあった。
やがて異世界の地球を覗くことが彼の日課となった。
彼には妹が居た。妹は人を避けようとする兄に適度な距離で干渉した。
彼もまた口うるさい母は避けたが、妹だけは避けなかった。
読書の感想を一方的に聞かされる日々だったが、妹は敬愛する兄の凄さに気がついていた。
兄から次元を超えるスキルについて聞くうちにやがてその力の初めての伝承者となった。
彼のスキルは世界を広げた。健康神、武神、芸術神、魔神、天災神、創造神はその広がりを喜んだ。
人や物に浸透し見通す力・支える力・癒やす力・害する力が生まれた。
引きこもりの彼とは違い、妹は異世界を覗くだけでは物足りなくなった。
異界神アンネ。兄の影響を大きく受けた彼女は次元を超える力を深めて異世界に渡る力を得た。
竜人である彼女は途方も無い寿命を持って異世界を大いに堪能した。
やがて彼女は兄が心配になり元の世界に舞い戻った。
元の世界は彼女が体感した時間よりも大きく時が進んでいた。
長寿種で且つ神格を得た兄は相変わらず読書をむさぼっていたため気がつかなかったが、世界は大きく時が進んでいた。
だが、世界は大きく停滞していた。
異世界の文化に深く影響されていた彼女はその知識を元に多くのスキルを世に生み出した。
【冒険者】は彼女がこの世にもたらしたものの一つである。
彼女の貢献を通じて、兄にはあまり歓迎されなかったが、次元神の存在も世に広まった。
彼女を持って10の神々は彼らの愛するこの世界の、スキルで成り立つこの世界の成長を欲している。
あって当たり前だと思う考えやあり方がこれまで世界を広げてきた。
今この時もスキルは生まれ、世界は成長している。
―――――――
思わず読み込んでしまった。ちょっと頭がくらくらするのでそろそろ魔力が枯渇しそうだ。
なんか神様は10人居るらしい。神の使徒とか高弟とかの意味も分かったな。
そういえば、カナミさん達が言ってた異界神ってこの最後の人物のようだ。
引きこもりの兄弟とか、ちょっと人間臭い。
それにしても、世界編の中にはオズワルド硬貨のオズワルドって名前は出て来なかったな。
『ユーキはスキル【冒険者マニュアル】のレベルが2に上がりました』
おお!レベルが上がった。これが3になると【ログアウト】を覚えるんだよね。
改めて【冒険者マニュアル】のページをめくると、『世界編』に『種族について』が増えていた。
うーんここにはオズワルドが出て来そうにないな。
鍛冶神の配下に分野ごとのギルドがあると書いてあったのが収穫かもしれない。
鍛冶ギルドとか、木工ギルドとかあるに違いない。
マニュアルの目次を眺めていると、『冒険者編』にも章が増えていた。
『生産系ギルドについて』と書いてある。これだ!!!
生産性ギルドには、そのものズバリ『造幣ギルド」のようなものは無かった。
装飾品を作る『彫金ギルド』というのがあるらしい。
これから行ってみようかな?と思ったら窓の外は薄暗くなっていた。
明日はここに行ってみよう!
次話「25 【風魔法】の魔言は切れ味鋭い」
(2018/10/04)
蜥蜴人の読みを改めましたリザードマン⇒ウェアリザード