12 見習いと掃除問題
前話のあらすじ
先輩プレイヤーであるマッツさんより鬼ヶ島の仕組みについて説明を受けた
山沿いには建造物がいくつか並んでいるが、向かったのは建物では無かった。
くり抜かれた岩肌の洞穴に庇が取り付けられ、中には机が並んでいた。
そこには厳つい体格の鬼人族の男性が座っていた。
ぴっちりしたスーツとメガネがインテリヤクザの様相を醸している。
「よう、新入り共。さっさとカード出せや」
「え?」
そのヤクザから自然と出てきた『金出せや』というノリに素の反応が出てしまった。
なにこれ、新人からのカツアゲってこと?
いちいち変なキャラ付けされたNPCを用意する所、僕は結構好きかも。
「班長、ちょっと言葉を選んで下さいよ」
「ああん?選ぶ?カードの種類のことか?ここ来る奴は大体【冒険者カード】だ。さぁ出せ」
「違う。そうじゃない!!」
後ろに控えていた秘書っぽい人がバインダーで勢い良くインテリヤクザの頭を叩いた。
角の様子からラルと同じ魔人族らしき細身の女性だ。
躊躇いなく行われた動作が、バーンと凄い音を出した。
叩かれたヤクザの人は身じろぎもせず真顔である。
驚いて身が萎縮したのは仕方が無いよね?
こんな直接的な暴力表現は許されていいのかな?
そういえば、もっと暴力的なのと一緒に行動してました……。
「面倒くせえ。お前が説明しろ」
「もう。せっかくガニヤル君に先触れで来て貰ったのに」
「それを言っちまったらこんな服着た意味ねえだろうが」
班長さんは振り返りながら秘書っぽい女性の立派な胸をむんずと掴んだ。
こんなバイオレンスなセクハラシーンで大丈夫なのか。
と思っのも束の間、その手が激しい音を立ててバインダーで弾かれた。
……頑丈なバインダーですね。
「ちょっと!私まで班長の同類だと思われるじゃないですか」
「うるせえ。向いてねえんだ俺は」
「はいはい。ごめんねー。班長がこんなので」
そうは言うけど、二人が振りまく恐怖は大して差が無い。
むしろこの女性の方が笑顔のまま殴ってくるので怖い。
この人は左目の上を通る大きな傷があって隻眼である。
笑顔なんだけど、傷があるほうの頬が引きつっていて迫力が倍増しだった。
「ええと、こちらは何の窓口なんですか?」
「ガニヤル君はちゃんと説明したの?」
「いえ、カード通すだけですから」
「たく。なんでこんなのしか居ないのよ!!」
この女性もなかなかのキャラである。
修験国ガーラの鬼ヶ島らしい雰囲気作りのための小イベントという所か。
ビガンやヘルムートの道場でも体育会系ノリだったけど、さすがにここまででは無かった。
「こちらでの作法は伺っております」
「ユーキ様、ここは私達にお任せ下さい」
ルニとラルが左右から前に一歩出た。
あれ?そうなの?そんな説明あったかな?
このゲーム、ちょいちょい説明を削るよなぁ。僕はどちらかというと説明して欲しい派なんだけど。
「あら?知ってるなら助かるわ。ようこそ新人のみなさん。ここは入山事務所で、私は窓口班の副班長サリットよ。よろしくね」
「よろしくお願いします。こちらのユーキ様の従者、ルニートです」
「よろしくお願いします。同じく従者のゾルラルルです」
流石の二人である。
さっきまでのやり取りが無かったかのようにスムーズな返しだ。
それにしても、この二人は僕の気絶を契機に従者ロールするルートに入ってしまったみたいだ。
「あっ、ユーキです。よろしくお願いします」
ぼーっと考えて居たせいで、僕は挨拶が一瞬遅れてしまった。
自称従者の方が立派な挨拶でちょっと恥ずかしい。
「ここでは入山の記録すると同時に入山資格をカードに付与します。と言ってもガニヤル君が言うとおりカード通すだけなんだけどね。貴族……じゃなさそうだから、【冒険者カード】か【市民カード】を出して貰えるかしら?」
あっ、そういうことか。
入山の記録をここで一括管理するのに【冒険者カード】の機能が使われているのか。
ここでスキル使用しないで済む方法は無さそうだ。
【冒険者カード】を取り出す。
ルニ達も既に薄黄色のカードを取り出していた。
僕もヘルムートに居た頃から長らく、薄黄色のカードだったので、現在の薄緑色への違和感が凄い。
「じゃ、ここにカードを翳して貰えるかな?」
二人に続いて黒い板の上にカードを翳すと「ピッ」と音が鳴った。
あれ?「ピッ」は支払い音だったはず。
確か港町ガルーチの入門税は500ヤーンだった。
カードの金額欄をタップするとその下に新たな項目がある。
事前に用意した雑貨類の購買費は先回りしてラルが支払ってしまったのでカードすら出していない。
ラルは指導者をしていたせいか、意外と資産家だけど、借りが増える一方だ。
シヌメラキさんにスキル使用を控えるように言われたのだから当たり前なのだそうだが……。
久しぶりの履歴には2000ヤーンの支払い記録があった。
結局カツアゲされてる?
「どう?早速見てみた?」
「ええ、2000ヤーン引かれてますね」
「ああ、そうそう!言い忘れていたけど初回登録料は2000ヤーンね」
言い忘れていて後から徴収されることは割とあることだ。
でも、徴収してから説明するなんて聞いたこと無いんですけど!
「そこじゃなくて、ちょっと貸して」
サリットさんは僕のカードを上から摘まんできた。
詐欺っぽい人にカードを渡すのは嫌だったので、手放さないようにぐっと力を込める。
あれ、でも手渡したカードって決裁できるんだっけ?
いつも自分の手に持って決裁していたような……。
確信を持てないので、変な動きをしたらカードを消そう。
上辺を指で挟まれただけなのにカードはピクリとも動かない。
変な動きが無いか見張っていると彼女は反対の手でカードの右上を指した。
「ここよ、ここ」
例の★型のマークが付いている辺りだ。
緑、灰色じゃなくて銀色、金色の3つの★印がある。
緑がヘルムートで貰った印、銀色がワイザー倒した印、金色がスキルを創った印だ。
その金色の★印の下、2行目に花みたいなマークが増えている。
良く見るとちょっとエンボスになってて格好いい。
★印も飛び出しているけど、前からエンボス加工だったかな?
「なんですかこの花のマーク」
「花じゃなくて、拳よ」
拳?言われてみれば確かにグーに握った拳のようにも見える。
「これは健康神ヘルマン様に認められた証ね」
「このくすんだ灰色がですか?」
拳マークは灰色だった。
薄緑の地に灰色はかなり地味である。エンボスは必須と言える。
このくすんだ灰色と見比べればワイザーを倒して付いた★印は確かに光沢があり銀色に見える。
「それはあなたがまだ見習いだからよ。腕を認められると他の色に変わるわ」
「他の色ですか?」
「二の段に上がれば緑色ね」
薄緑の地に緑色のマークとか絶対に見にくそうだ。
せめて縁取りして欲しいなぁ。
「少しよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
ルニの声かけに、カードから手を離してもらえたのでさっとカードを仕舞った。
ルニは懐から白い紙束を出した。
「紹介状をこちらで渡すように言われております」
「ふーん。適当な貴族じゃないでしょうね」
ルニは招待状をサリットさんに渡す。
紹介状?聞いてない。また説明イベントを省略してきたか。
「げ!シヌメラキ師。本物でしょうね?」
「間違い無く」
この反応は厄介事の気配がする。
偽物がいるってシナリオじゃないことを祈るしかない。
ワイザーからして偽物だったりしたら嫌だなぁ。
「班長、これ……ってなんで寝てるのよ!」
サリットさんがバインダーでインテリヤクザの頭を叩いた。
彼は僕達がカードを通すあたりから寝ていて、叩かれて尚、船を漕いでいた。
この類いの示威行為はちょっと苦手なのでやめて欲しい。
鬼ヶ島のスタンダードだったら嫌だなぁ。
「まぁ、いいわ。これは後で確認しておきます」
いや、良く無いでしょ?!
「新入りはここの生活に慣れるまで見習いとして入山事務所の小間使いをしてもらうわ」
「シヌメラキ師より伺っています」
「話が早くて助かるわ」
早すぎというより省略しすぎだよ!全然わかりません!
後で、ルニに教えて貰おう。
「アラルキ参上しました!」
「ツヨシャキ参上しました!」
急に後ろからかかった大声にびくっとしたのは僕だけだった。
同じく後ろから声がかかったはずのルニもラルも平然としている。
人混みで使うと煩わしいけど【気配察知】をオンにしといた方がいいのかな。
「丁度良いところに来たわね。この3名が新入りよ。こっちからルニート、ゾルラルル、ユーキよ」
「「はいっ!」」
直立不動で立つ二人は鬼人族で、班長さんよりも二回り以上は華奢だった。
若い男女のペアだ。僕も少しは外見で判断できるようになってきた。
声の雰囲気から女性がアラルキさんで、男性がツヨシャキさんで合っていると思う。
「「よろしくお願いします」」
「よろしくお願いします」
ルニ達から一拍遅れて挨拶をした。
ツヨシャキさんが僕をじろりと睨んだ。
「二人は新入りに施設を案内してきなさい。私はその間にこの紹介状を読んでおくわ」
「「はいっ」」
サリットさんは小さく頷いた後、区切りとばかりにインテリヤクザの頭を一発叩いた。
この空気、僕達はどうすればいいんだろうか。
「いつまで見てんの?!さっさと行ってらっしゃい!」
「は、はいっ」
慌てる二人は小声で「新入りども、さっさと行くぞ」と声を掛けて動き出す。
ルニとラルはサリットさんに優雅に一礼してその後を追った。
僕も慌ててそのあとを追う。
アラルキさん達はすぐ近くの小屋の前で止まった。
山小屋のような丸太を組み合わせたシンプルな造りの小さなものだ。
「ここが、俺たち見習いの寝床だ。付いてこい」
先行するのはアラルキさんだ。
鬼人族では一人称が俺の女性は珍しくない。
見た目は僕たちよりも年下っぽいので、子供が背伸びするようで微笑ましい。
木製扉をがらりと横に引いて入る彼女の後に続く。
僕の前をルニが、後ろをラルが挟んでいる。
街中を歩くときもこのフォーメーションにしたいみたいで、ちょっと慣れてきた。
「こちらを我等が使うので、貴様らはそちらを使え」
中央にまっすぐ伸びる土間を挟んで左右に板張りの間があり、左側を使うように指示された。
小さな小屋だけど、寝るだけならスペースは十分ある。
部屋の隅には布団らしき薄汚れた布が畳まれている。
「貴様らはずいぶんと仲が良さそうだが、盛るならば必ず綺麗に掃除をしろ!」
「はい?しませんけど。いや、掃除はしますけど」
いや、盛らないですし、そうじゃなくて、なんで急にそれ?
ねえ?
ルニの方を見たら、顔を赤くしてうつむいた。
いや、そんなことしたこと無いでしょ?知ってるでしょ?
違うって説明しとくとこだよ。
「我等の仕事には一の段全体の掃除も含まれている。ユ……そこの男!これがどういうことか分かるか?」
「掃除ですか、建物あまり無さそうなので……」
急にアラルキさんが投げかけをしてきたが、どういうことか?
建物が多く無い、つまり余裕があるってことだから?
「余った時間で修行しろってことですか?」
「馬鹿か!貴様!」
急に来ましたね。
いるいる。いますよ。こういうお客様。
お客様訪問では、呼んでくれた人とセットで出てきた面識の無い上司の人に多いパターンだ。
情報量が足りていないのだ。補うしかない。
「掃除が大変ってことですか?」
「そうだ。山では綺麗な水は貴重だからな」
なんで急に水?
このゲームで水に困ったことは無い。
【水魔法】もあるし、【生活魔法】だってある。
そもそも掃除するのに洗浄系魔法を使えばいいので、【水魔法】限定でも無いし。
あれ?つまり?
「【洗浄】の魔法を使っちゃダメってことですか?」
「馬鹿か!貴様!」
なんかアラルキさんが本気で怒ってらっしゃる。
なにが不味かったのか?
「この修練の地で、そんな魔法を使えるものがどこにある!」
「え?えーと」
「私めが」
ラルがずいと前に出る。
あれはドヤ顔だ。彼女は目を閉じているけど表情がとても豊かになった。
彼女が得意なのは【雷魔法】だけど、創造魔法の【火魔法】や【水魔法】だってレベルが高い。
「私も使えます!」
ルニも負けじと前に出る。
ロックバルトの山登りで【水魔法】を覚えて、ヘルムートではラルの指導も受けていたみたいだ。
彼女は部屋掃除などで【水魔法】を良く使っていた。
「僕も使え――」
「「ユーキ様はご自愛ください」」
二人の声が綺麗にハモった。
はい。スキルの使用を自重しろってことですね。わかります。
先輩方はとても微妙な表情をしていた。
ん、あれ?二人はそういう関係で、掃除の都合で自粛していた?
切れてたのはそのせいで……。
やめよう!ゲスな仮定はやめよう!
たしかに、これは困る!困るよ。
マッツさん助けて!
次話「13 鬼ヶ島の洗礼(仮)」は来週更新の予定です。
目標は月曜日更新なのですが、今回はいろいろ詰めすぎて整理するのに時間が掛かってしまいました。
あと、誤字報告いただいた方、本当にありがとうございます。
凄くありがたく、うれしいです。
システムで適用すると記録がきえちゃうので、残すために手作業で直して残してたりします。




