11 鬼ヶ島の大階段
前話のあらすじ
鬼ヶ島の入門試験に合格した。
干潮の時間が近づくと、潮位が下がり、鬼ヶ島に続く1本の道が浮かび上がった。
波間に見えていた細長い岩が大きく露出している。
道はその間を貫いて横たわる石の柱だった。
ちんこみたいな名前の、ああ、そうそう沈下橋っていう奴だ。
職場のある茨城県でも見たことがある。
目の前のものは、それとは異なり、石柱を1本折って横たえたような原始的なものだ。
手すりは無いけど、道は平らで幅は自家用車がすれ違えるよりも広い。
波間から道が浮かぶと、先ほど審査役を勤めていた人達がぞろぞろと渡り始めた。
僕達もその後に続く。
「資格有りとは言え、ここで命を落とすこともある。油断せずに渡るように!」
すっかり復調した蜥蜴の人こと、蜥蜴人の門番、ガニヤルさんが告げた。
彼が橋の向こうまで先導してくれるらしい。
本日の試しの儀では、僕達の後に数人の挑戦者がいたが、合格者が出ないままに時間切れとなった。
そのおかげでガニヤルさんは僕達3人に付きっきりとなっている。
合格したものの、お試しと思っていたせいで心の準備は出来ていない。
事前に言われた物は買い揃えたはずだけれど、往来が不便なので心配だ。
出来るなら、もう少しシヌメラキさんに調子を見ていて貰いたかった。
「今日は島に渡らず、また後日再挑戦してもいいでしょうか?」
「ならん!一度認めた者を未熟なまま放てば我らが恥となる。次に戻れるのは最低でも一月は後と心得よ!」
ガニヤルさんは調子が戻ってきたのか大きなフリを付けてそう言う。
この人は行動がとってもNPCらしく分かりやすい。
このゲームでは珍しいキャラで、僕は結構好きだ。
もう一人の門番であるダルマースさんはあの広場に居残りだ。
待っている間に【冒険者マニュアル】で調べたところ、ゴリラっぽい彼の種族は、賢猿人という舌を噛みそうな名前だった。
ダルマースさんを尻目にガニヤルさんに続いて石橋を渡る。
橋の上は激しい波のせいか、水草や藻のようなものは付着しておらず、意外に歩きやすい。
さっきガニヤルさんはここで命を落とすこともあると言っていたけれど……。
どんな不幸に襲われたら命を落とすんだろうか。
大波が来た?誰かに襲われた?
嬉しすぎて気絶……するほど狭き門って感じでもない。
考えすぎると不安になるのでここまでにしておこう。
「こうして対面すると壁って感じだなぁ」
「実に雄大ですね!」
隣を歩くルニのテンションが高い。
鬼ヶ島に正面から向かうと島というよりは山というのが相応しい威容に圧倒される。
橋を渡った先は岩肌が露出しており、壁に沿って石の階段が続き、開けた場所に出た。
「こちらが一の段。貴様達はしばらくはこちらで過ごすこととなる!手続きをするので暫し待て」
そう口にしてガニヤルさんが近くにある建物に歩いて行った。
少し階段を上っただけだが、視界が開けており海が良える。
広場にはまばらだが結構な人が居た。
修験者がそれぞれ自由に鍛錬をしていて、映画で見た少林寺を思い出す。
そういえば、実際の少林寺は商業施設になっているとかで葛西が愚痴っていたなぁ。
「おっす。ご同郷!」
「あ、マッツさん」
先に島に渡ったマッツさんが声を掛けてきた。
そういえば、プレイヤーの人と一緒するのは久しぶりだ。
「おめでとさん。そして、いらっしゃい!」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「とは言っても俺達は二の段なんで、もうちょっと上なんだけどな」
「その、一の段、二の段って何ですか?」
【冒険者マニュアル】に載ってるかもしれないけれど、聞いた方が早い。
それに身体カテゴリ以外のスキルの使用は最小限にしろってシヌメラキさんから言われている。
さっきもダルマースさんの種族を調べていたらルニの表情が険しくなったしね。
「え?そこから?!マジ卍ェ?!」
「ええ、マジです」
マジ卍が懐かしい。
このゲームは見た目で年齢が分からないけど、マッツさんは何歳なんだろう。
「ユーキ氏はどうやってここまで来たん?」
「船でガルーチまで来ました」
「え?船?っつーと、水の都ランス経由か?」
「ランス?が分からないです。どこからと言うとダッカなのかな?」
「むしろダッカどこよ?」
「え?ヘルムートから魔の領域に渡ってすぐの町ですよ?」
「ヘルムートォ?!マジ卍ィ」
「マジ卍(笑)」
会話が噛み合わない。
逆にちょっと楽しくなってきた。
「すげーな。俺も廃人自称してっけど、いきなり魔界から攻めるとかTASかよ」
「僕も自分で決めたんじゃないんですけど、普通と違います?」
「全然ちゃうわ。普通はタルヤードの王都からバーヤバーラス抜けて東周り一択だろ」
「へー」
森の国バーヤバーラスはヘルムートでも何度か耳にした。
確か森人族住民が多めの国で、薬の生産が盛んだったはず。
あと、地産の緑色の金属があるらしい。
それを使った貨幣もあるらしいけど、ヘルムートでは見かけなかった。
「そもそも、知り合いの廃人連中もまだまだガーラまで来てねえし。道中でプレーヤー見ねえだろ?」
「僕は、昨日この町に来て、今日マッツさんに会ったので」
「おっ、おう」
どうやら、僕は一般的な攻略ルートと異なる攻め方をしてるらしい。
でも、そもそも最初にダッカに向かったのは池田達だ。
ヘルムート式冒険者入門講習は他にも受けてるプレイヤーが居たしなぁ。
ダイキさん元気かな?あの後、何度か会ったけど、会う度にメダル譲ってくれたなぁ。
「ダッカに向かってる人は何人かいましたよ」
「マジか。ハードレベリング派か。オープンワールドは面白えなぁ。ダッカっていうと……」
「オイ。段位の説明するんじゃ無いのか?」
ようやく噛み合い始めた会話を止めたのは、ズフラさんだ。
立ち姿が決まっている。
左手を腰に当てて、右手をまっすぐに前に突きだして、むしろやり過ぎている。
いつか見た宝塚歌劇団の男役スターのようだ。
「あー、悪い悪い。ズフ公にしちゃぁまともな指摘だな」
「感謝するがいい」
「はいはい、ありがとよ。まずここが一の段な」
マッツさんは苦笑いを浮かべながら、両手を広げてくるりと回った。
今いる場所だけでも小学校の運動場ぐらいの広さがあり、山肌沿いに数件の建物が建っている。
足下は踏みしめられた岩肌で覆われている。
「具体的にはあっちの少し高くなったところまでが一の段ね」
「段々畑みたいに数段ありますけど、これ全部で一の段ですか?」
「そうそう、二の段は山を回ったところになるから、ここからは見えないぜ」
「へぇぇ」
山頂を見上げてみたが、ゴツゴツとした岩肌が見えるだけだった。
「それな。上見たくなるわな」
「なりました。見えませんね」
「見てみたいよなぁ。上のことも説明してやるから」
マッツさんは鬼ヶ島の仕組みを解説してくれた。
鬼ヶ島には今いる場所のように開けた場所が幾つかあり、それを階段に見立てて大階段と呼ぶ。
下から一の段、二の段、と名前が付けられていて、それが五の段まである。
段位はそのまま所属する修験者の腕前を表し、一の段で武術道場の中級クラス、二の段で上級クラス相当となり、五の段となると各地で道場を開くレベルらしい。
マッツさんが同じ修験者に聞き込みしたところ、ざっくり【拳術】【蹴術】【体術】辺りのレベルで説明できるらしい。
一の段 …… レベル3~4
二の段 …… レベル5
三の段 …… レベル6
四の段 …… レベル7
五の段 …… レベル8
段位とレベルはそのまま同じでは無いのがややこしい。
ここ鬼ヶ島では無手の聖地なので、やっぱり身体の技能スキルが該当レベル以上あることが最低限の資格となるらしい。
武術の聖地なので、武器持ちの武芸者も拒否はしていないが、評価基準は身体カテゴリのスキルとなる。
【回避】【受け流し】【歩行術】など組み合わせて影響が出るスキルもあるが、一番高いレベルを持つスキルが基準を超えた頃に試験を受けて先に進めるようだ。
単純にレベルだけ高くても通過できないこともあるらしい。
五の段の先もあるようだが詳細は不明だ。
ひたすら殴られる修行とか、何もしないで数日過ごす修行とか、縄で縛られて身動きできなくされる修行とか、そんなのをするらしいが、いろんな噂が集まって結局分からなかったらしい。
「つっても俺も見たこと何だけどな!まぁ、先に進みゃ分かるだろ」
「そうですね」
目安が分かっただけでもありがたい。
僕はワイザーとの戦闘で【拳術】がレベル10だ。
とりあえずレベルだけは足りているけど、姿勢一つ取ってもほとんど理解していない。
それに今は体調が伴っていない。
マッツさん達は先日ようやく【蹴術】がレベル5となり、二の段に上がったらしい。
元々みんな武器持ちだったので、ガーラに入国してから一緒に無手の習得を始めたので段位も同程度らしい。
他にもいろいろ教えて貰った。
・食事はヘルマン様のポケットマネーで無償提供されている
・段位毎に別々の大浴場があり、いつでも入れる
・屋根がある建物は用意されているが大部屋に雑魚寝である
・二の段では個室が与えられるが狭過ぎるので荷物置き程度で、結局大部屋で雑魚寝である
・運が良いと健康神の五高弟に遭遇できる
・鬼人族は性に奔放で目のやり場に困る
ご飯は良いけど、味はイマイチらしく、時々別のものが食べたくて町まで降りてくるのだという。
マッツさん達も今日は食料品の買い出しが目的だったそうだ。
雑魚寝はどうだろう。野宿も慣れたから平気かもしれない。
五高弟と会えるのは間に合っているのでもう良いです。
性に奔放なのはちょっと見たいような、困るような。
「ちなみに、このあたりの情報は【冒険者マニュアル】にもあるんですか?」
「あー、それな!」
マッツさんが【冒険者マニュアル】を開いてペラペラとめくる。
「1章 世界編の……2節 大陸編についての……1項 国家の……と、ここ!」
開いたページに修験国ガーラのページがちゃんとあった。
僕が良く開く「3項 通貨について」のちょっと前。
そのページは文字がカラフルだった。
僕の良く見るページは黒字に白なので、印象がだいぶ違う。
「これな。最初は『健康神ヘルマンにより興された国である。』ぐらいしか書いて無くなくてなー」
「へぇ、レベルアップで解放されたんですか?」
「ちゃうちゃう、ノート機能使って俺が書いたの」
「書いた?書けるんですかこれ」
「あれっ、知らねーの?知らねえことばっかだなユーキは」
「はは、すいません」
「いや、まぁズフ公も知らんかったししょうがねえか。これな、簡単に言うとウィキなんだわ」
「ウィキ?」
「誰でも編集できるってやつよ。知ってるだろ?ウィキペディア」
「ああ、なるほど、誰でも書けるんですね」
「まぁ大体そうだ。細かく言うとちょっと違うんだけどな」
「へぇー」
面白い!けれどスキルを使うのはぐっと我慢して質問してみた。
「どうやって編集するんですか?」
「レベルが4を超えると右上に鉛筆マークが出るからタップしてから指で手書きだ」
「へぇぇ」
むむー。ちょっとやってみたい。
【冒険者マニュアル】はレベル6だったので解放されているはずだ。
橋を渡る前に見ていた時には全然気がつかなかった。
「写真は【スクリーンショット】スキルや【ムービー】スキルで撮ったのが貼れるぜ」
「他のスキルが使えるんですか」
「知り合いは固有スキルの【キーボード】ってのでキーボード出して書いてるって言ってたぞ」
「それ良いですね!」
「マジで?俺は手書きの方が好きだな」
「フリック派とかも居そうですね」
「だな」
僕はサイコカンパニーさんのVRキーボードがいいな。
でもこれ……。
「皆がどんどん編集して大変になっちゃったりしないんですか?」
「それな!ならないんだぜ。無茶な編集は通らないからな」
「通らない?」
「ここ見てみ。文字が赤いだろ?これ却下されたやつ。この青い奴が通った奴。黄色が申請中だ」
それでマッツさんのはカラフルなのか。
「申請式なんですね。面白い」
「面白いよなー。誰が審査してんのか知らねえけどな」
「レベル上がったら審査機能とか増えそうですね」
「マジありそうだわ。やりたくねえ」
「意外と楽しいかもしれないですよ」
「かもな!」
先輩プレイヤーはやっぱり頼りになる。
【異世界】スキルが使えないのは僕だけっぽいというのも教えて貰えたし。
未だに謎の【パーティ】スキルなんかの情報交換もしたい。
この国の通貨事情とかもぜひ教えて貰いたい。
「なんだお前ら、仲良くなったのか?」
「おー。ガニやんじゃん!」
「ガニヤンではない。ガニヤルだと何度言えば分かるのだ」
「いいじゃん、ガニやんの方が親しみが持てるから女受けするかもよ」
「おっ、女には不自由していない!」
門番をやっていたガニヤルさんが戻ってきたのだが、いきなりマッツさんに絡まれている。
二人はずいぶんと親しい感じだ。
「おっと悪い悪い、ガニヤンとは同じ二の段仲間だからな」
「マッツは少し先輩を敬う態度を身につけろ」
「いいじゃん、三の段では俺の方が先輩になるかもよ?」
「ぬかせ!さて、そろそろ邪魔だ。さっさと行け」
「はいはい」
もうちょっと話を聞きたいけど、そろそろ時間切れということのようだ。
「参考になりました。またいろいろ教えてください」
「いいぜ。ここに居りゃまた会うだろうしな」
「マッツ。そろそろ行くわよ」
「あー悪い悪い」
連れ合いのエラさんがそわそわとしているので彼女も待ちくたびれているようだ。
マッツさんはくるりとこちらを向くと手を伸ばしてきたので握り返す。
「んじゃ、またな!」
「はい。また」
さっと手をほどくとそのままと歩いて行った。
「いい人だったね」
「そうですね」
「うんうん。私も勉強になったわ」
連れ立って歩く3人を見送る。
とても自然だ。パーティってそういうものかもしれない。
「両手に花ですね」
「うん?そうですね」
エラさんが?
ズフラさんとエラさんはそれほど絡んでなかったけど、ルニには何か分かったのかな?
僕は相変わらず女性のことはよく分からない。
「新入り共、こちらに来い」
マッツさんが去って調子を取り戻したようだ。
僕たちはガニヤルさんの後を付いていった。
次話「12 見習いと掃除問題(仮)」は来週更新の予定です。