10 修験の門が開く時
前話のあらすじ
体調不良の原因が明らかに。その助言に従って飛剣を従えようとしたが思うようには行かなかった。
ガルーチは修練国ガーラの港であると同時に鬼ヶ島への門でもある。
一晩明けて、僕達はその門にやってきた。
結局、僕は剣を従え切れず、剣と盾は【インベントリ】には収まっていない。
どこにあるかって?未だに背中に張り付いてます。
寝る時は寝所の脇に浮いてます。
落ち着かない?ええ、もう慣れました。
僕はシヌメラキさんから教えられたことを思い出していた。
抜本的な対策として内面を鍛えればそれも解消すると言う。
背中の剣については一旦後回しだ。
同時に外部干渉となる武器スキルや魔法スキルはなるべく自重するように言われている。
具体的には【剣術】や【風魔法】なんかは一端封印です。
風呂代わりの【生活魔法】とトイレ代わりの【AFK】もなるべく我慢だ。
「あれが修練の門か~。どう見ても門っぽく無いけど?」
「修験国の修験門ですから、あれ以外にありません」
隣に座るルニが瞳を輝かせながら力強い返事をくれた。
その隣のラルも同意するように小さく首肯する。
門の前の広場は野球場ぐらいの広さがあり、周囲をすり鉢状に土手が囲っている。
僕たちはその土手の中ほどに腰を下ろしている形だ。
肝心の門は、僕たちが見下ろす先、鬼ヶ島の方向にある。
「あれ、海からじゃ行けないのかな?」
「毎年それで幾人か命を落とす愚か者が後を絶たないようです」
「うへぇ」
門とされているのは土手の一角が割れている部分で、その先は岩浜である。
海から突き出た岩が点々と鬼ヶ島へと続いていた。
その岩には覆い隠すような大波が次々と被っていて、とても進めそうにない。
「門の先が通れそうに無けど、本当にここで合ってるんだよね?」
「試しの儀が終わる頃には通れると聞いています」
僕たちがいる広場の中央に二人。どっしりと構えて立っている。
一人は両腕がやけに立派に発達していて、ゴリラ……の系統の種族かもしれない。
もう一人はひょろりとした体格の男性が隙なく周りを睥睨している。
その立ち姿はちょっと格好いい。
何度も顎に手を当てたり腕を組み替えたりと、格好いいポーズ作りに余念がないように見える。
「やっぱり門番いるから門なのか……」
「ええ、試しの儀があってこその修練の門ですから!楽しみですね!」
「私も楽しみです!」
鬼ヶ島は修験国ガーラにおける巡礼修行の地の中間地点であるらしい。
本来は陸地続きに各町を通り、それぞれの町で一定の力を蓄えてから鬼ヶ島に渡るのだそうだ。
鬼ヶ島は重要なチェックポイントであり、そこで認められると最終巡礼に出ると言う。
この道を行くには、試しの儀に合格する必要がある。
つまりこの二人のどちらかに肉弾戦で制圧する要があるらしいが、彼女達は越える気でいるようだ。
いつの間にかルニだけじゃなくて、ラルまで筋肉に侵されてるぅー。
「はぁ」
シヌメラキさんによれば、僕の体調は内なる気が外部からの祝いに負けている状態だと言う。
多くに愛された結果、過剰な祝いは呪いとなり体を蝕んでいるのだという。
「やるしかないのかねぇ」
同じように体調を崩した人の多くはやがてその力を取り戻すようだが、希にそうはならないケースがあるという。
当該のスキルは取り戻すに至ったものの、他のスキルが犠牲となるケースもあり、最悪のケースでは、全く元に戻らず急逝することもあったという。
深刻じゃないですか。
す~ごい深刻じゃないですか。
死んじゃったらどうなるの?
肝心の【リスポーン】がその呪い状態なんだけど大丈夫なのかな?
【ログイン】や【ログアウト】も呪われてるんだけど。
楽しくなってきた所なのに、バグで継続できなくなったら嫌だなぁ。
『外なる祝いを己が力に変える強さを得なされ』
『肉体の力は己の力。それを鍛えるのじゃ』
鬼ヶ島での修行を推薦したシヌメラキさんの言葉を思い出す。
つまり、肉体修行を通して回復する可能性が高いことが分かっているのだ。
そして、『今のあなたでも門は開くかもしれんよ』と言われて今日は門に来ている。
ルニート嬢は聞く前から同行する気満々だったし、ゾルラルルさんもそれに当てられたのか迷い無く同行している。
若い女性がそんなことに時間を無駄遣いして大丈夫なのか?
まぁこの世界ではスキルを鍛えれば老いにくいことだし、若干一名は既に80代であるけれど。
バッツさんは当日にさっさと解放されて夜の町に消えていった。
シャプリーンさんは、ワイザーがいつまでも戻ってこないので、今日は詰め所に確認に出かけている。
今度はこの3人で修行イベント開始か。
ビガン以来の修行生活の第二段ということになる。
あれは、あれで楽しかったからまぁ、悪く無い。
ガラーン!ガラーン!
思考を巡らせているうちに大きな鐘が2つ鳴った。
1日に1時間あるという干潮の時間に門が開くらしいが、あと2時間。
あと1時間で試しの儀と言う試験が開始され、さらに1時間後には橋が掛かるらしい。
「まぁ、ダメならまた出直そう」
「主様に置いてはダメなどということはありません!」
「ユーキ様を阻むようであれば私が押し通ります!」
「ははは。まぁまぁ。急がないから」
苦笑いをしながら、目の前に広げていた生活用品を一つずつ格納していく。
鬼ヶ島には店が少ないため衣料品は持ち込みが基本らしいので昨日1日かけて準備したものだ。
【森崎さん】であれば、足りない物品の管理までお任せだったが【インベントリ】ではそうは行かない。
うん。多分大丈夫。食料は大丈夫だと言うし。
「よぉ!ご同輩!あんたプレイヤーだろ?」
背後から急に掛けられた声に驚き、振り向くと、しゃがんで視線を合わせた若い男性が片手を上げている。
突然話しかけるパターンは2度目だ!
1度目はワイザーのっ!
体勢を整えるより早くルニが動いた。
僕の頭上を飛び越えて、体を右に倒しながら繰り出された一刀は茶色い壁に阻まれた。
「っぶね!ちょっと待って!ぶべっ!」
声を掛けた人物はさらに茶色い壁ごと後ろに飛ばされ一回転して尻餅をついた。
同時にルニは巻き戻るように跳ね返り、大地に立つ。
男を吹っ飛ばしたのはラルの【風魔法】のようだ。
「あ、怪しいもんじゃねえから!」
顔に泥を付けた男性が慌てた様子で両手を振った。
やり過ぎのように思えるが、ルニの剣は鞘に収まったままだったし、ラルの【風魔法】の一撃も距離を取るためのものだった。
まだ【犯罪履歴】が付くほどじゃない。多分。
「えーと、あなたは?」
「待って、お嬢さん方、本当に待って。俺も地球人だから」
「ほう。【ステータス】を勝手に見たと?」
ルニの殺気が一段と濃くなる。
うーん。あの気配が正しい気の使い方って奴かな?僕はアレを学ぶのか。
「違っ、違うって。そこの兄ちゃん【インベントリ】使ってただろ。あれ使えるのは、ほとんど地球人だから」
「へぇ、そうなんですか?」
彼の言葉に僕も興味が沸いた。
彼が地球人なら【異世界】カテゴリのスキルを多く持っているはずだ。
「ちょっと話を伺いましょう」
同時に右手を挙げてルニ達に待ったをかけた。
「おっ、おう、俺はマッツ。そんでこっちの長身がズフラで、こっちの猫耳がエラだ」
「マッツ。何遊んでんのよ。土を被って……バカね」
「先輩風を吹かそうとして失敗か。愚行だな」
彼もひとりでは無く、同行者が2人居たようだ。
そんなことも気付かないぐらいに慌てていたのか。つまり前例を作ったワイザーが悪い。
「僕はユーキで、確かに地球人です」
「従者のルニートです」
「私も彼の従者のゾルラルルです」
前に同じような状況で襲われたことがあると話したら、マッツさんは一連の無礼は許してくれた。
ルニの殺気の前に主張を曲げているような気配もあったけど気にしない。
【犯罪履歴】を確認したらセーフだった。
「マッツさんは、【異世界】のスキルを何か持ってますか?」
「あーあれか?【冒険者】スキルになり損ねた奴な。【コンソール】に【ファンファーレ】【スキルエフェクト】あたりならあるぜ。それが何か?」
「使えてますかね?」
「おう、さっきから【コンソール】に街中での戦闘警告が出てるぜ。なぁズフ公?」
「我が【コンソール】にはそのような軟弱な警告など無い」
マッツさんは少し胸を張りながらそう言った。
少し噛み合ってないけれど、僕と違って【異世界】カテゴリのスキルも使えているようだ。
「戦闘警告?そんなのあるんですか?」
「あー、あれかスキル上げ方法を知りたいんだな?まぁ良いが」
「マッツ!もう集合の時間よ!審査員しないと飯抜きって言われたでしょ!」
「ああ、そうだったな。悪い悪い」
猫耳の女性にはそれほど怒っている様子は無い。仲は良さそうだ。
「ここに来て初めてプレイヤーに会って嬉しかったぜ。それじゃ、先行くけど、またよろしくな」
「え?試練受けるんですか?」
「チッチッチ」
口に出して指を左右に振っている。この人は間違い無く地球人です。
「俺たちは既に試練を通過しててな。昨日から買い出しに降りてきてたんだわ」
「あっ、そうなんですね」
「じゃあな!後輩君!そっちの変わった喋りのお姉ちゃんも頑張れよ」
まさにドヤ顔という満面の笑みを浮かべると颯爽と広場に降りて行った。
良く見れば、彼らが向かった広場の一角に立派な体格の集団がいる。
あれは、既に島に渡る資格を持った人達なのか。
「ユーキ様。絶っっ対に渡りましょうね!」
「あのような男。叩きのめしちゃいましょうね!」
僕が居ない間、シャプリーンさんはどんな稽古を付けたんだろう。
これ絶対ヤバいやつだ。
ガラーン!
「これより試しの儀を始める!我こそと思う者は名乗り、前に出よ!」
試験官の怒声が響き、試しの儀の開始が告げられた。
「深き蒼の船団より来たり。我が名はバスタオーン。いざ!いざ!」
「良し!かかってこい!」
少し青緑の肌の男が広場の中央に進み出た。
この町では鬼人族に次いで良く見かけるバッツさんと同じ魚人族の若者だった。
サハギンじゃなくてシャハグン。割と拘りがあるらしい。
魚人族には小さなエラがあるせいで、サ行が発音しにくいんだとか。
「ウォオオオ!!」
掛け声先行で蹴りや腕の振りが一拍遅れて繰り出される。
振りに無駄が多いか。
対するゴリラ風の門番の人の腕に全て阻まれていく。
右ストレートを真っ向から食らって吹っ飛んだ。
「そこまで!資格無し!」
失格が告げられ魚人族の彼はトボトボと囲みに戻っていった。
続く二番手はまさに力自慢といった筋肉隆々の男性が挑む。
「ザームの里が戦士、ゴルヤーヌ。参る!」
「良し!かかってこい!」
向かっていったのは痩身の門番の方だ。
ゴリラの人の方が力ありそうだもんな。力押し出来そうな方を選んだようだ。
「ガアアー!」
さっきの人より体のキレは悪いが太い腕や足が繰り出す一撃は重そうだ。
けれど、痩身の門番の動きはそれを受けない。
拳は空を切り、打ち落とされ、まともに届かないうちに疲れが見えてきた。
「そこまで!資格無し!」
肩で息をする男に失格が言い渡された。
良く見ると、マッツさん達が揃って左手を上げている。
先ほど審査員がどうとか言ってたので、彼らの目に敵う必要があるようだ。
2人が続けて失敗したせいか、続く人が出てこない。
バッツさんの事前情報によれば、多くの人は観光で訪れている観客らしい。
試験に挑む人は少ない日もあるとか。
合格する人は週に数人で、合格が出ない週があることも珍しく無いという。
しかし、どうだろうか?そんな厳しい試練なのかなこれ。
ワイザーの信頼に足る打たれ強さは別格だけど、あのゴリラの人にそこまでの安心感は無い。
痩身の人……良く見ると蜥蜴人っぽい彼もシャプリーンさんほどの切れはない。
あの二人は相当な高位の存在だから差があるのは分かるけど。
「それでは私達が先に参ります!」
「行ってらっしゃい。お手柔らかにね」
土手を一緒に下りながら、思わずそう口にしてしまうのも仕方が無い。
身内の贔屓目なのかもしれないけれど、どうみても彼女達の方が、いや気のせいかもしれない。
「ユーキ様の一の従者!ルニート!参る!」
「良し!かかってこい!」
え?名乗りはそれなの?出身のダッカの道場じゃなくて?
ルニは剣を【インベントリ】に格納して無手で構える。
船上ではシャプリーンさんと稽古していたので、見慣れた姿だ。
胸を借りるように真っ直ぐに付きだした拳が蜥蜴の人を捕らえると、そのまま吹っ飛ばした。
マジで?
「そ、そこまで!合格!」
一瞬静まりかえり、そして歓声が溢れた。
「うおおお!いいぞー!」
「ガニヤルの奴が吹っ飛ばされた!こいつぁいい!」
避ける動きが中途半端だったから手加減してくれていたのかもしれない。
あくまでこれは試験で試合では無いのだ。
続けてラルが中央に向かう。
「ユーキ様が二の従者!ゾルラルル!行きます!」
「……良し!かかってこい」
名乗りはそれなんですね。うん。
試験官の間が少し気になったが、無事に始まった。
今度の相手はゴリラの人だ。
華奢なラルに打たれ強そうだしさっきとは違う展開になりそうだ。
ゴリラの人も油断は無さそうに見える。
ラルは斜め前方に飛び出し、踏み込みで向きを変え、勢いを増して、胸の内に入り込む。
ドン!という音がした。
最初の一発は貰ってくれるのかも知れない。
さて、この先はどうなるか。
と思ったら、ゴリラの人の腕がだらりと垂れ、ぐらりと横倒しになった。
「そ、そこまで!合格!」
今度は歓声は上がらず、聴衆は混乱していた。
ラルの見た目は中学生ぐらいの女の子だからな。
「ダルマースの奴が一撃だと……」
「誰だよ、ダルマースが居ればあと一ヶ月は誰も渡れないって言ったのは」
「あの娘とんでもねえ……」
良く耳を澄ませば好意的の範囲に入っている反応だ。
しかし、試験管の二人の顔色はまだ悪そうだ。
時間制限のある中で試験続行できるのかな?
「しょうがねえな!俺が胸を貸してやるぜ!ガニヤル、ダルマース、下がってろ」
さっきマッツさん達が合流した集団の中から赤い髪の毛と髭が立派な偉丈夫がやってきた。
ゴリラの人と蜥蜴の人は一礼して脇に下がっていく。
耳の感じからすると、見たこと無いけど、多分獅子系の種族のようだ。
やりとりを見ながら中央に進み出る。
「じゃ、良いでしょうか?」
「なんだ貴様ァ。堂々と名乗らんか!」
苦手だけど、仕方無い。
なんか所属的なものを言う必要あるんですかね?
ハァ。仕方無い。唯一隠してない通り名を使おう。
「[飛竜堕とし]ユーキ!行きます」
「クハハ!デカくでたな。良いぜ。来いッ!」
内なる力、内なる力ねえ。
最初の一発は貰ってくれるみたいなので、慌てずしっかりと構える。
左前足、良し。
右後ろ足。良し。
体の芯は地面に繋がっている。
左腕、良し。
右腕、良し。
体の芯からしっかり伸びている。
内なる力。
何となくスキルは周囲の魔素をかき集めて放つ物だと思って居たけど、確かにそれだけじゃない。
既に体の中を巡るものもあるし、細胞に蓄えられているものもある。
「なにやってんだぁ?お稽古じゃねえんだぞ?」
「ええ」
何と言われても、僕としては真面目にやってる方である。
一歩、後ろ足を詰め、歩を進めるといつものように力が抜けそうになる。
二歩、内なる力っぽい何かを再充填する気持ちで、進みながら手足を構え直す。
おっ、今朝の稽古よりも悪く無い。
「神聖なる試練でダンスの真似事たぁ、ふざけてんのか?」
しっかり声も聞こえているし、彼の動きも見えている。
獅子の人は声の調子ほど油断していない。
「真剣ですよ」
重ねて言うけど、全くふざけていない。
シヌメラキさんに診断して貰い、今では少し納得しているけど、内なる力を気にしてなかったかもしれない。
いつでもゲームシステムのサポートがあると思って居たのは確かだ。
内なる力を気にしてみれば、先日からのスカスカと力が抜ける感じを堪えられている。
ただ、闇雲に飛び出ると忽ち力が抜けそうだ。
「はん。妙な構えのくせにやけに怖えな」
「真剣ですから」
獅子の人は軽い調子に見せかけて、恐ろしい勢いで右腕を振り下ろしてきた。
多分最初の一発は受ける側のルールは継続しているはず。
これははったりで、こっちが動くように仕掛けていると思う。
体調から、躱して、胸元に飛び込むような早い動きはダメそうだ。
届く所に届く動きをするしかない。
振り下ろされた右拳に合わせて、左腕を突き上げるように外側から払う。
寸止めだろう腕にもある程度の効果が……あれ?
打ち下ろされた腕は止まらずにメリメリと僕の拳が刺さっていく。
彼の腕が一瞬酷い角度に曲がって、獅子の人は腕の流される方向に回った。
内なる力とやらに充填された僕の腕は何ともない。
あれ?ちゃんと動いた?!
続けて構えていた右拳を腹に打ち込もうと思っていたけれど、驚いたら力が流れてしまった。
大回転する獅子の人の腹を擦って、よろけた。
「そ、そこまでぇ!合格!合格ぅ」
蜥蜴の人が両手を交差させながらこっちに走り込んできた。
声は高く、何故かちょっと泣き出しそうな表情だ。
最初の直感通り、試しの儀はイージーモードだったようだ。
ちょっとやり過ぎてしまったらしい。
ごめんなさい。
だって、思ったより体が動いたんですよ。
内なる力って凄すぎるね。
さっきの集団の中のマッツさんが青い顔をしているように見えたのは多分気のせいだ。
「ユーキ様!流石です!綺麗に入りましたね」
「容赦の無い一撃!良いですね!」
君たち。それは褒め言葉なんだよね?!
こうして僕たちは鬼ヶ島に渡る資格を得た。
次話「11 鬼ヶ島の大階段」は3/25(月)予定です。




