8 愛と呪いと
前話のあらすじ
港町に着いた。入門の際に【犯罪履歴】でワイザルドが捕まってしまった。
庭先から降り注ぐ日の光はゆっくりと体を温めた。
湯飲みから立ち上る湯気は茶葉の良い匂いが緊張を解きほぐす。
「シヌメラキ様、ワイザルド様のお客様をお連れしました」
「ほう、こちらさんがねぇ。話は聞いとったが……ふむ」
シャプリーンさんの紹介で噂の治療師さんに面会している。
ここに来るまで、シャプリーンさんはとても荒れていたけど、一見落ち着いて見える。
『小役人共め!一目でワイザルド様のことが分からぬとは!後ですり潰してくれる!』
とか叫んでたけど、もう大丈夫だよね?
シャプリーンさんは出会ってから接点が少なくてキャラがよく分かっていない。
丁寧な物腰で話しやすい印象だったのだが、その出来事で距離を測りかねている。
途中でバッツさんが追いかけてきてくれなかったら、今日はここに居なかったかもしれないその足で役所に突入する羽目になっていたかもしれない。
「ユーキです。よろしくお願いします」
「はい、はい、私はシヌメラキだよ。よろしくお願いされようかね」
目の前の人物は穏やかな表情の優しそうなおばあさんだ。
「まずはよう来なさった。お茶でも飲んで一息いれなさい」
「はい」
勧められるままに大きな湯飲みを手に取る。
恐る恐る飲み込むと、体の芯から熱が広がった。
「私は整体師でね、皆さんの体が元気になるのをお手伝いしておる」
「はい、シャプリーンさんから伺っています」
シャプリーンさんの拳術の何世代前かの師匠にあたる人物で、同時に凄い治療師らしい。
額から角が生えているように彼女は鬼人族だと聞いている。
「シヌメラキ様、あっしはこの辺で……」
「まぁまぁ、バッツァグさん。そう言わないで、もう少し付き合っていただけるかしら?」
「承知しやした」
同行してくれたバッツさんが僕達を迎えに来てくれたのは、そもそも彼女の依頼だ。
バッツさんにとっても彼女は逆らい難い人物であるらしい。
「時に、ユーキさん。【整体術】の事はご存じ?」
「体を回復させるスキルとは聞いてますが、詳しくは……」
「だろうねぇ、この子達じゃねぇ。最近は【回復魔法】が使える子も増えてるから仕方無いがね」
「体をほぐすことで体調を整えるスキルと伺ってます」
「まぁ、そんなところだねぇ。ちょーっと痛いかもしれないけど覚悟してね。ふふふ」
笑いながらシヌメラキさんがお茶に手を付ける。
僕も引きつりながら湯飲みを掴み、もう一口すすった。
ワイザーに遭遇してからずっと張り詰めていたものが解けていく。
ワイザーを打倒して一息つくはずが、妙な横槍が入ってこんな所まで来てしまった。
「急かしちゃうけど、本題といきましょうか」
「はい」
「皆も道中に気付いたことあれば教えとくれよ」
「「「はい」」」
早速治療してもらえるなら、大歓迎です。
シナリオに振り回された事には少し言いたいこともあるけれど、この状態を解消できるなら是非そうしたい。
【カード収集】や【森崎さん】、あとは【ログアウト】も取り戻したい。
ラルは問題無いというけど、いろいろ借りっぱなしなのは気が滅入る。
「体はどんな具合だね?」
「怠くて、えーっと、体に力が入らない感じで……こんな説明で分かりますかね」
「うん。うん。分かるよ。続けてごらん」
「朝少しだけ体を動かすんですが、とても疲れやすくて……」
「そうかい」
少しずつ、思い返すように自身の体調を告げていく。
あとはやっぱりスキルのことも言っておいた方がいいだろう。
「他にはいくつかスキルが使えなくなっちゃって。使おうとすると端から力が抜けてしまうような感じなんです」
「ほうほう。そりゃ大変だねぇ。どんなスキルだい?」
「【固有】のスキルは全部だめですね」
「ほうほう、そりゃ大事だねぇ」
シヌメラキさんは大きくゆっくりとうなずいた。
そうなんです。とても大変なんです。
「【異世界】のスキルも全部だめです」
「【異世界】というと【インベントリ】って奴みたいなのかい?」
「えっと、【インベントリ】は【冒険者】って分類に変わって、そっちの分類は大丈夫ですね」
「ほぉ。そう言えば若い子が騒いでたねぇ」
ゲーム側のイベント内容をNPCに説明するのはどうなんだ?
もうちょっと勝手に察してくれてもいいよね?
「スキルは大分苦労なさってそうだけど。どのぐらい駄目になったんかね?」
「えっと……【ステータス】」
メニューを開いてスキルの数を数える。
無事なのが、隠してるのも含めて……
【身体】カテゴリが37個。
【魔法】カテゴリが24個。
【芸術】カテゴリが3個。
【加工】カテゴリが11個。
まずは75個無事……と。
ダメなのがあるやつは……
【武器】カテゴリが16個無事で、【飛剣術】だけがダメ。
【成長】カテゴリが2個全滅。
【冒険者】カテゴリが12個無事で、【リスポーン】だけがダメ。
【異世界】カテゴリが12個全滅。
【固有】カテゴリが8個全滅。
合わせると……
「無事なのが103個、ダメなのが24個、2割近く使えなくなっています」
「なんとまぁ。ずいぶんと」
本当に沢山駄目になってしまったものだ。
スキルが増えていくのが楽しみの一つでもあった。
そう言われて、割とショックを受けている自分に気がついた。
「バッツァグさん、ユーキさんの様子は横から見てどうだったい?」
「へえ。大人しくしてましたね」
僕がため息をついたせいか、質問の矛先は同行してくれたバッツさんに向いた。
「ワイザルド様が気になさってると言うから荒々しい方だと思ったんだがねぇ」
「全然違いますね。あ!」
「なんだい?」
「チンコ立たないから元気無いんじゃないですかね?」
「ぶぁ!」
口に含んだお茶を吹いてしまった。
「す、すいません」
「気にしなさんな。性の悩みは深刻だからねぇ」
「いえ!性の悩みは無いんですけど」
バッツさんはまだ誤解したままだったらしい。
本当に止めていただきたい。
「どれ、体に聞いてみるとしようか。さて、服を脱いで、こっちに寝とくれ」
言われるがままに服を脱いで、脇にあったベッドに横になった。
そのまま、腕を掴んでぐりぐりと曲げたり、足の先から指の先まで揉んだり引っ張られたり弄り回された。
あまり痛い動きは無くて、むしろ少しくすぐったいぐらいだった。
「ふぅむ。体はまぁ、健康だね」
「えっ」
症状を告げているうちに、シヌメラキさんが不思議なことを言い出した。
健康なの?こんなに体調が悪いのに?
「ユーキさん。あんたは随分とまた。愛されとるねぇ」
またまた不思議な話をし始めた。そんな話したかな?
あっ、ルニやラルの表情を見てそう思ったということかな。
「こんな仕事をずうっとしておるとねぇ。分かる事が少ぉしずつ増えてくるもんなんよ」
「そうなんですか。会話や雰囲気でということですか?」
営業をやっていると、言外の様子から伝わることもある。
興味が無いから早く帰れとか、説明よりも動くところを見せろとか、分かりたく無いことも分かってくる。
「んー、ちっと違うわなぁ。気の様子から分かるのよ」
「気ですか?」
「若いもんは魔力って言うのかね。体の中を流れたり、周りに溢れたりしてるでしょ?」
「あー。魔力ですか」
それなら分かる。
【魔力視】で見れば今も燃える炎のように黒い靄が不規則に揺らめいている。
「【整体術】ってスキルは体の中を流れる気を整えることで体を治すスキルでねぇ」
「はぁ」
「触れるとまぁ、体の中で起きとることが分かるようになるって話さ」
触診することで、魔力じゃなくて、気?の様子を理解できるようになるのか。
それで何か分かるようになったらしい。
「体の中のバランスってとっても大事なんじゃよ」
「はい」
「体の内より積み上がる力と世界より与えられた力、どちらも大事でな……」
言っていることが、よく分からない。
シヌメラキさんは診察する手を止めて腕を組み難しい顔をした。
「何か?分かったのですか?」
「うむ……」
整体師には分かる言葉なのかと思ったが、同じく整体師の資質を持つというシャプリーンさんから質問が出た。
「下が元気じゃないのもそのせいじゃろ」
「ん?」
「2人も従者を侍らせておるのに使えなくて、ユーキさんも苦労しておるじゃろう?」
「それな!大将も元気だせよ」
「え?使ったこと無いですし!くっ苦労してませんけど」
「そんな恥ずかしがることも無かろう」
何言ってるの?これはバッツさんのせいか?!
何故、ルニ達の前で魔法使いを自白する羽目に……。
バッツさんを強く睨むと哀れみの目を向けられた。
「それはなぁ些事じゃ、つまり」
「つまり……?」
自分の喉が動く音が聞こえる。
「ユーキさん。あんた呪われとるわな」
「え?」
「下がアレでも元気出しなさいな」
「ん?」
下は診察中に元気になるようじゃ逆に困るけど。
そうじゃなくて――。
「呪いってどういうことですか!?」
解呪スキルを探すシナリオに入ったということだろうか?
ゆっくりとメダルを愛でる生活はまだ始まりそうに無い。
次話「内なる声に耳をすませば」
一週間空けてしまってすいませんでした。
状況説明が多すぎたのでプロット見直してました。




