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3 断たれた繋がり

前話のあらすじ

 気がついたらルニートさんとゾルラルルさんに看病されていた。

木目が見える板で囲まれた小部屋は少し温度が上がっている。喉を潤すためにワゴンの上のコップを手に取るが中身は空だった。【湧水】で水を足すついでに、すっかり乾いた茶碗を【水洗浄】で洗う。

人心地ついてみれば、自分の趣味に興味は移る。


「ダッカでもメダルは貴金属品店の扱いなのかな?」

「貴金属店ですか?」

「ちょっと落ち着いたしメダルを売っている所にいきたいなと」

「それが、既に移動中でして……」

「え?移動中ってどういうこと?」

「はい、既にダッカを起ち、ここは海の上、船の中です」

「エエッ、海ィ?!宿屋じゃなくてェ?!」


衝撃の事実に大声がでてしまった。ダッカの宿にいると思っていたら既にダッカを出ていたどころか船中だったなんて。

あれだけ酷いシナリオが急に改善されるとは思ってなかったけれど、予想外の展開だ。


「船か、そう来たか」


やけにフラフラするのは体調のせいとばかり考えていたけれど海上にいるせいだった?


落ち着け。落ち着こう。

深呼吸だ。深呼吸。

吸ってー。吐いて。吸ってー。吐いて。


改めて部屋を眺めれば、宿屋にしては手狭だけど、船室として見てみれば立派な部屋だ。

うん。落ち着いた。大丈夫。


「どうしてそうなったの?」

「ユーキ様が意識を戻さずダッカの治療師も匙を投げる次第で、ワイザルド様とシャプリーン殿の伝手で高名な整体師の方に渡りを付けたのです」

「僕の治療のため?お医者さんに来て貰うんじゃなくて移動中なの?」

「一週間ほどで整体師殿より迎えの船が来てガーラに向かっているところです」


一週間と聞こえた。さっき二週間寝込んでいたと聞こえたのは空耳じゃなかったらしい。

高名な整体師さんが忙しすぎて身動きが出来ないので迎えが来たということか。


「体調は万全とは言わないけど、そこまでするほどかな?」

「新たなスキルが生まれた影響が分からないのできちんと見た方がいいとのことで……」


うーん。仕方無いことなのか。

二人が心配してわざわざ手配してくれたのならこれ以上言うのも悪いな。


「なるほど。そっかー、ダッカじゃないのか」

「勝手に決めてしまい申し訳ありません」

「いや、ルニは全然悪く無いし」


しおらしく頭を下げるルニの半袖シャツのV字に開けた胸元が目に毒なのでもうちょっとだけ離れて欲しい。

例のスキルがまた悪さをしているのかやけに落ち着かない。


「……ダッカで流通してるメダルを見たかったな」


悲しいけれど、ルニのせいではなくほとんど全部ワイザーのせいだ。それでも口元から零れる愚痴は止められそうもない。

藤本達の付き添いでダッカを目指したけれど、僕の目的はダッカに着いてからのメダル収集だった。魔の領域の方が長く貨幣が流通していたと聞く。ヘルムートとは違う時代のものがあったかもしれないのに。


「それが全く無かったんです」

「ん?無かった?何が?」

「ダッカには高名なメダル収集家がいらして、全て高値で買い取りされており、お店でのメダルの扱いが無かったんです」

「そうなの?!」

「ええ。そうなのです」


はぁ。それなら尚更残って、その人に交渉してコレクションを見せて貰いたかった。同じメダル好きならば少しは可能性があったはずだ。ちょっとこちらの交渉材料が弱いけれど、痛い腹を探られるのを我慢してロックバルト記念硬貨を出しても良かった。素性はともかくあれは良い物だ。


「……すいません」

「分かった。もう謝らないで。二人は僕の体調を心配してくれたんだし、ありがとう」


そうは言っても申し訳なさそうにルニから経緯が告げられた。僕が何度もメダル購入の計画を口にしていたためルニ達も当初はダッカ滞在を考えていたそうだが、いつまでも目を覚まさない所に迎えが来て移動を開始したらしい。


「ところで、やっぱりワイザーも居るの?」

「ワイザルド様も居られるのですが、その、船室は狭くて甲板のほうに」


ワイザーも様付けなのか、一緒にされるとなんかもやもやする。結局ワイザーがダッカに入れないせいで移動するのではないか。顔を見たら八つ当たりしてしまいそうだから、いなくて良かった。いや、いたほうが直接文句が言えて良かったかな。

そんなことを考えているとドアが勢いよく開いた。


「よーっすお嬢さん方。大将も元気になったみてえだな」

「えーと、どちらさまでしょうか?」


不躾な登場だがワイザーではなく知らない人物だ。

取り込み中なので帰ってくれとは言い出せず。半端な対応になってしまう。


「おーっとそうか。俺は海の男バッツァグ。バッツでいいぜ!」

「あっ、はい。ユーキと言います。バッツさん初めまして」


元気なおじさんはつるっと禿げていて筋肉隆々。特徴的なのは青緑の肌!そして耳たぶが無くて、おでこ付近から後ろ向きに濃い緑色の角が生えてる!


「……えーっと、知り合い?」

「おう!知り合いよ!ほんの数日前に合ったとこだがな!カカカ」

「ええ、こちらのバッツさんは、この船の船長さんで、シャプリーン殿の同門の方です」

「おう船長さんだ。つってもこの狭ァ~い船のだけどな!」

「あっ、すいません」


先ほどの船室が狭いという下りを聞かれていたようだ。あれ?口に出したっけ?


「いいってことよ。うちの師匠が連れてこいって事は大将もチンコ起たなくなっちゃったんだろ?!分かるぜ。災難だったな」

「……えっ?」


大きな口で変なことを口走りながら、力強い腕で肩をバンバン叩いてくる。

たしかに海の男キャラではある。

それにしても、ずいぶん酷いキャラだ。ワイザーの系列はこんなのばっかりなのか?

相変わらず酷い導入のシナリオだが、ルニとラルと再開しゆっくり出来たせいか、苦笑いが出るものの不思議と腹は立たない。


「ちがっ!違います!何を仰ってるんですか?」

「おおっと、違ったか?アレレ?ルニ嬢怒ってんのか?」

「怒って、怒ってますよ。ええ。ユーキ様の容態について何度も説明したじゃないですか!」

「アレ?本当に?大体は表向きはそういうことになってて、本当はチンコが……」

「チンコじゃない!!」

「す~まんすまん、また来るわな~」


ちょっと危ういことを叫ぶルニに圧倒されたのか、バッツさんはバタンと扉を閉めてそそくさと去って行った。振り向く時に彼の横顔が見えたが、頭の上にあったのは角ではなくヒレだった。あまり見たことがないので確信は無いけれど【冒険者マニュアル】で見た【魚人族】の説明に一致していた。

尚、体調のせいか、チンコは寝起きから現在進行系で元気なので心配しないで頂きたい。


「ちがっ、ええとユーキ様!大丈夫です!」

「えっと?」


そこで大丈夫と力強く言われても逆に困る。布団をかけてあるので分からないはず。分からないよね?


「状態は、【ステータス】に表示される状態は一時的に衰弱でした」

「あ、それか」

「ですが、それは今朝方には消えております」

「お、じゃあもう大丈夫……じゃ、ないのか」

「主様が魔力は千々乱れに……」

「ワイザルド様によればスキルを生み出す際には稀にあることなのだそうですが」


困り顔のルニだけじゃなくて、言葉少ないラルも真剣な顔で口を開くので【魔力視】を意識した。


「おお、確かに」


いつもはドライアイスの煙のように漂うだけの魔素の黒い靄だが、メラメラと燃える炎のように不規則に揺らめいている。腕を左右に振ってみると追従して揺らめくエフェクトが派手でちょっと面白い。


「まぁ、いいか」


どうせ船上で身動きできないのだ、諦めてゆっくりしようか。


「となると」


見覚えが無い場所で混乱していたけど、再開したらラルにいろいろ返そうと思ってたんだった。


「ラルに借りた魔道具をいろいろ返さなきゃと思ってたんだ。【森崎さん】!」


ダッカへの移動時に【森崎さん(クローク)】に預けていたものは寝具の代わりのマントから調理用具までいろいろあった。まずは目録を確認したいな。


「あれ?【森崎さん】?」


少し待ったが【森崎さん】から返事が来ない。ゲーム的に暫く放置したから精霊さん(中の人)がどこかに行ってしまったのか。ん?それってまずくない?


「……いなくなっちゃった?」

「主様」


ゆっくりとした口調でラルが口を開く。


「精霊様は気まぐれですが、精霊使いの契約は絶たれることはありません」


ちょっと緊張して損した。

元々【森崎さん(クローク)】に興味を持って僕に付いてきたラルのことだ。いつもの事だけど言葉少なめだったし、精霊の居ない僕なんて不要なんでお別れですって言われるのかと心配してしまった。


「ということは、居るはずだけど見えないってことか?」


少し安心した。それにしてもこの状況はどうだろうか。腰を落ち着けようとすれば邪魔をしてくる。

ゲームではメニューを開けないような操作が制限されたイベントシーンはシナリオ上よくあることだ。

これもそういったイベントシーンかもしれない。

それでも。


「……酷いシナリオですね」


全ての説明を聞いて大きなため息が出た後、口から出たのはそんな言葉だった。


「というより酷いバグですね」


VRMMOであるならばユーザー主導で自由度高く動くことが出来るのが当然だ。プレイヤーに選択肢が無く、一本道のシナリオならばコンソールのゲームで良い。葛西達の情報ではそんな縛りは無いので、僕だけ何か異常(バグ)が起きているのだろう。僕の台詞に頭の上にクエスチョンマークを貼り付けている皆の表情がバグであることを肯定している。


「それじゃ、【GMコール】!」

「ユーキ様?!」

「だってほら、2週間もロストするなんて明らかにバグでしょ」


あれ?ピロリーンとかいうコール音が鳴らない。


「あれ?【GMコール】!」


もう一度言い直してみたが駄目だ。なにそれ!システムコールも効かないの?!


「【GMコォォオオル】!」


諦めきれずに放った叫びが船室内に空しく響き渡る!

そしてやっぱりコール音は無かった。

可哀想な子を見るような慈悲を湛えたルニとラルの視線が痛い。

次話「4 天突く柱が示すもの」は1/21(月)の予定です。

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アクセス研究所
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