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2 暖かな視線に包まれて

少し時間は遡る……

朝日が差し込む玄関口がキラキラと眩しい。痩身の男性が慌てて穿いた靴のつま先をトントンと鳴らす。くるりとこちらを向いたスーツ姿はワイシャツの襟が跳ねている。

その視線を向けられた女性は困った顔で、しかし嬉しそうに襟元を直すと柔らかい笑顔を向けた。


「それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい。早く帰ってきてね」

「ハハ、うん。頑張りまーす」

「もう」


緩んだ口元のしかし整った顔の男性は、視線を下げてこちらを向くと表情を硬くした。


「勇輝。お外に出る時には気をつけるんだよ」

「うん」

「お外でトイレに行くときは一人じゃ駄目だよ。はお母さんと一緒に行くんだよ」

「うん」

「知らない人に――」


お父さんはそこからが長かった。最後はお母さんに背中を押されて出かけていった。

お母さんは僕に十分の愛情を注いでくれたが、それ以上にお父さんから向けられる愛情が大きかった。

そんな暖かい朝の一幕。


―――――――


全身がポカポカと暖かい。

あんな光景を思い出したのはそのせいだろうか。

実家に飾られた若いまま、変わらないお父さんの顔を久しぶりに見たような気がする。

あれ?そういえば何だっけ、大切なことを達成したような?

襲い掛かる山賊にルニの腕が失われて――


「ぬあっ!」


思い出した!

体を覆う何かを押し退けて飛び起きた。

視界に入ってきたのはどこかの部屋の中だ。見覚えの無い風景に動きが止まり周囲を見回す。木造の壁と柱、備え付けの机と収納らしき木の箱、こぢんまりとした質素な部屋だ。僕はどこか知らない部屋でベットの上に立っていた。少し頭がフラフラするが家具の輪郭ははっきり見えるから夢では無いと思う。

ダッカに向かう丘陵地帯に居たはずだが、ここはダッカの宿屋だろうか。


「よかった」


脇から不意に聞こえた声に体を硬くしてゆっくりと右側を振り返れば、満開の向日葵のような輝く笑顔の女性と目が合った。輝いて見えたのはうっすらと目元から零れる涙のせいだろうか。立ち上がり腰を落として今にも飛びかかって来るような姿勢だが、目が合ったせいか固まっている。


「ルニ!」

「ユーキ様!……ううっ。よかった」


ルニは僕を見上げながら目元をぬぐうと伸びた髪が小さく揺れた。


「よいしょっ。とと」

「ユーキ様。御体に障りますよ」


ベットから下りようとしたところで足下がふらつき、倒れそうなところをルニにキャッチされた。

しっかりと抱き留められ背中に柔らかいものが当たり、良い匂いがした。

高まる鼓動に慌てて足をついて体制を立て直し、支えを解いてベットの縁に腰を掛ける。

それにしても何故僕のことを様付け?ルニはちょっとキャラがブレ過ぎじゃないですかね?


「おっ、おはよう?」

「おはようございます。体調はいかがですか?」

「体調?体調ね。どうかな」


両腕を大きく伸ばし、首を回して体に調子を訪ねてみれば少し体が重い。徹夜明けに椅子で3時間ぐらい寝た時と似ている。全身に力が入らず少し気怠く節々が軋んで、掌を握り込むとミシリと音がした。


「うーん。ちょっと怠いけどまぁ普通かな?」

「本当ですか?顔色はあまりよろしくないようですが……」

「それよりもルニの腕は大丈夫?」

「腕?……はい!もうこの通り大丈夫です!」


今の間がちょっと気になったけど彼女の表情には陰りは無い。

ベットに腰掛ける僕の正面、スツールに腰掛けた彼女は左掌を開きくるくると返しながら見せてくれた。目の粗い麻のような生地の半袖シャツから伸びる彼女の腕は全体的に少し日に焼けていて、その手首には腕輪が二つ並んでいる。


「ほら、良く見て下さい。もう右手ともう違いありません」


まじまじと見ているうちにうっかり手を伸ばして掴んでしまったが、彼女はニコニコと右手も差し出してきたので左右の手を取り見比べるが傷も無くすっかり同じようだ。柔らかくて綺麗な女性の手だ。

【回復魔法】は優秀だな。ワイザーの【再生】より優秀だな。指導してくれたゲオリックさんありがとう!


「うん。大丈夫だね」

「ええ!おかげさまですっかり!」


しっかり答える彼女は力強く手を握ってきたので同じくぎゅっと握り返す。

求めた彼女はそこにいて元気に笑顔を見せてくれている。良かった。本当に良かった。

彼女は左手を失ったまま修行に明け暮れたという。僕がワイザーに胸を打ち抜かれたのは体感では数日のことだが、バスにヘルムートで聞いた話ではゲーム内時間は1年以上が経過している。その間はきっと大変だっただろう。僕ならきっと泣いちゃう。


トントンと、ノックの音がした。


ルニと見つめ合っていることに気がついて慌てて手を離すとガチャリとドアが開く。顔を向ければ綺麗な黒い肌にふわりと伸びた髪。シンプルな麻のチュニックの似合う小柄な女性が入ってくるところだった。


「主様!」

「えっと……ラル?」


少し大人びて見える服装のせいか?あれ?ローブじゃない!彼女は細い目を閉じたまま近くに来て僕の右手を握るとにっこりと口元を緩めた。


「はい。あなたの僕にございます」

「ははは。ラルは相変わらずだね」

「改めまして、おはようございます」

「おはようございます」


彼女がペコリと下げた頭に揺れる髪が鼻先を掠めると花のような香りが漂った。

ドクドクと自分の心音が五月蠅く聞こえるのは体調が悪いせいなのか。

慌てて体を逸らすと彼女の全身が目に入った。麻のチュニックにカーゴパンツとブーツを合わせている。見慣れたローブ姿とのギャップに少し戸惑うが良く似合っている。

一緒に居た数ヶ月の間、変わる事無かった装いを変えたのは、ラルにも何か心境の変化があったのかな?


「体は大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。ちょっと怠いけどね」


心拍が上がっているのは体調不良じゃないはずだ。それにしても――。


僕は女の子が大好きだ。若い女性も年上のお姉さんも大好きだ。小さい頃から女性コーチに釣られてそれほど好きでもないサッカーに没頭するほど単純に女性が好きだ。

同時に僕はちょっと枯れている。いやアレが元気にならないとかそういう病じゃないよ?葛西の遠慮の無いボディタッチも、田波部長が遠慮無く頭や頬を撫でてくるのも嬉しいけれど焦ることは無かった。ずっと距離を置いてやってきたせいか、女性との関係性で心は浮き沈みしなくなり、ドキドキすることは無くなり、枯れた心に少しだけ凹んだりもした。


しかし心音が聞こえるほどに大きくて、耳まで熱いのはゲームの感情プログラムのせいなのか、僕が環境に流されているのか。


「サイモンさん達は?」

「サイモン殿は既に帰途にあり、グリベルガ殿も早々にヘルムートに戻られました」


照れ隠しに他のメンバーについて訪ねるとすぐに回答があった。サイモンさんは無事の知らせを持ち帰る為に泊まらずにすぐに旅立ち、グリベルガさんも冒険者ギルドから呼び出しを受けてヘルムートに戻ったらしい。

それにしてもサイモンさんが殿で僕には様付けなの?ちょっと離れた間にまた余所余所しくなったな……。

ルニの様子を伺うとキラキラした目でこちらを伺う彼女と目が合った。余所余所しくは無いかも知れない。


「サイモンさん達に感謝を伝えそびれちゃったな」

「お二人は貴重なものを見たと大層喜んでおられたましたから、大丈夫だと思いますよ」


ルニがそう告げるとラルも大きく縦に首を振った。彼女達から見た二人は満足した表情で、特にグリベルガさんはご機嫌だったらしい。二人には後で【メール】しておこう。


「ユーキ様。もう少し体を休めた方が良いのでは?」


有無を言わせぬ様付けがちょっと悲しい。

これは突っ込んで良いものだろうか?


ぐっと伸びをすると新しい空気が肺を廻りもう一段覚醒した気がする。この気怠さは寝過ぎた時の感じにも似ているな。


「大丈夫。割と寝過ぎた感じもあるし」

「ユーキ様に大事があってはとみんな心配していたんですよ」

「ルニは本当に混乱してたよね」

「ちょっとラルちゃん!」


ラルに突っ込まれて慌てるルニが珍しい。二人は一緒に居る間に仲良くなったみたいだ。当てられて僕も少し口元が緩んだ。

なんだか不思議だ。ラルがなんか若々しく感じる。こうして話すのが久しぶりなせいもあるのかな?


二人によれば、あの後僕はグリベルガさんに担がれて城砦都市ダッカに運び込まれたという。体温はあるものの身じろぎもしない僕を交代で看病してくれていたそうだ。

二人のやり取りで柔らかくなった空間を僕のお腹がぐうと揺らした。


「ははは……恥ずかしい」

「2週間も何も食べてないのですから仕方ありません」

「本当よね」

「えっ?」


真面目な二人の表情に僕は言葉を失った。2週間と聞こえたような。


「ちょっと食べ物持ってきます!待ってて下さいね。きゃ」


固まる僕を置いて、ルニが慌ただしく出ていった。座っていた椅子を倒しそうになるそれを見て、ルニには悪いけれど少し心の落ち着きを取り戻した。少し笑うとラルも笑っている。彼女達に変わらない日常を見て僕はとても安心した。


「主様、服装が乱れてますわ」

「えっ、ああ」


衣服の乱れを笑顔のラルに指摘されて、自分に目を向けると服装は見覚えの無い茶色のシャツに茶色の短パン姿で、前が少しはだけている。

裾を伸ばして前合わせを正し【水洗浄】で寝汗を飛ばす。そして居住まいを正すと、湯気が見える鍋が乗ったカートを押してルニが帰ってきた。


「二人とも本当にありがとう。ゴクン」

「胃が驚きますからゆっくりと食べて下さい」


茶碗の粥を掻き込むと人肌に温められた水分が胃袋に染み渡る。ずいぶん寝込んでいたらしいが食事も普通に喉を通った。ゲームで良かったと言うべきか、ゲームなら当然と言うべきか。


「僕の装備ってどこにあるのかな?」

「ああ、それでしたらこちらに」


服装を確認してから気になっていた装備類について問いかけるとルニが壁際の木箱の蓋を開く。中から丁寧に取り出したのは見慣れた剣だ。他には鎧一式も木箱に入っていた。

鎧下と一体型のワイバーン製鱗鎧は脱がせるのに苦労したそうだ。パンツをどうしたかは聞けていない。


「そっか、ありがとう。それじゃ、二人がどんな風にしていたかも教えてよ」

「我々のことですか?ええ。もちろん」

「もちろんですわ」

「じゃ、前に僕と別れたあの時からのことを教えてもらえるかな」

「あの時、今でも夢に見てしまいますが――」


最初は沈んだ様子で、シャプリーンさんの話が出てから少し楽しそうに話すのを聞いている。宿泊小屋を建てて過ごしたという3人での共同生活の話だ。食事の用意は主にルニが、食材の調達はシャプリーンさんが、魔道具を中心とした宿泊小屋の環境の整備はラルがそれぞれ請け負って暮らしたという。


「シャプリーン殿は攻めに秀でた手練れの拳闘士で四極(しきょく)の極みについても指導いただいておりました」

「へぇ、シャプリーンさんは拳闘士なんだ」

「シャプリーン殿は解脱(げだつ)の極みを得意とされておりまして捉えるのが大変なんです!」


ルニが大きく手を伸ばして捕まえられない様を表現している。解脱の極みは原初の祝福式に言うと【敏捷】の祝福のことだったはず。


「へぇ、そうなんだ。ラルも教えて貰ってたの?」

「はい。驚いたのは、体術を鍛えたら魔法が上達したんです」


ラルは座っていたスツールからすっと立ち上がり、一歩ずれると、両拳を腰だめに構えて、素早く右手正拳を突いた。

ボッと空気を叩くいい音が鳴り、自然素材のチュニックが体に巻き付いて体のラインがくっきりと浮かび上がった。意外とある胸に気をとられつつそっと目を逸らす。


「……それでローブじゃないのか」

「ラルちゃんの服、似合ってますよね?」

「うん。結構驚いたけど、チュニックも良く似合ってて可愛いね」

「……」


女性の服装の話題はとにかく褒めろというのは田波部長からの業務指導だ。僕は今、全力で誤魔化し……褒めポイントを探すモードに入った。


「私もチュニックが良かったでしょうか?」

「ルニは麻のシャツが少し焼けた肌に合ってて元気で可愛らしいね」

「……」


他にも幾つかストックがあったのに試す前に沈黙が訪れた。僕の女性向け営業スキルはこの世界では通用しないみたいです。

非常に気まずい。別の話題を投下して沈黙を回収しよう。


「ワイザーとは連絡取ってたの?」

「……ワイザー殿が訪れるのは一月に一度でした」

「何かされたりは?」

「いえ、訪れるのはシャプリーン殿の試練のためで、それが終わるとご飯も食べずに帰って行かれました」

「それじゃ、本当にほとんど3人で」

「はい」


ワイザーの居ないところでこれを聞けて、僕はようやく安心を得ることが出来た。

その後も二人の話を聞いた。主にルニがずっと喋っている。こんなに喋る女の子だったかな?ルニが盛り上がりすぎてベットに上がってきたので少し下がって胡座をかいた。ラルも楽しそうに突っ込みを入れている。

主にダッカ周辺での修行生活の話で、周辺で食べられる魔物の話も盛り上がった。


「エルハライドガゼルは美味しいの?」

「ええ。とっても!」

「とても味が深いのよ」


味については二人の説明はイマイチだったが、端的に言うと肉の分解が進みやすくて味わい深いらしい。そんな遠回りな会話もとても楽しい。

話題がころころと変わる。ラルの家で卓を囲んでいた風景を思い出す。数日前の光景なのに久しぶりに感じるのが不思議だった。

ちなみに流れで様付けをやめて欲しいと言ってみたけど、回答はNOだった。

早速、誤字報告をありがとうございました。

さっそく適用をしてみたのですが、適用ボタン一発で修正されるのが凄いのですが、

良く見ずに適用したので誰が報告してくれたのか見逃してしまいました。


次話「3 断たれた繋がり」は1/14(月)予定です。


(追記)2019/04/18 報告いただいた誤字を修正(内⇒無い、かった⇒無かった)

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アクセス研究所
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