1 修験国ガーラ
年内に新規部分を掲載しておきます。
サブタイはまだ悩んでますので、コメント貰えると喜びます。
とても大きな山だ。岩で覆われた山だ。標高は高く、空気は薄く、乾燥している。
海の中に突き出たこの山に吹きつける湿った潮風もここまでは届かない。
「よろしくおねがいしまーすっ!」
僕が挨拶を言い終わる前に相手の一手が届く。僕のそれはARスポーツで身についた単なる習慣だ。ARスポーツではオリンピック種目になるぐらいなのでスポーツマンシップに則って挨拶するのは当然だった。
対して相手は無言で打ち込んで来るが慌てない。ここには礼に始まり礼に終わるといった武道の精神はない。事の起こりを捉える力も鍛えるべき力の一つらしい。そもそもが武道とは違う理なのかもしれない。
「ヒャッハ!」
対するはラミガさん、輝く褐色の肌を持つ実に良い笑顔の拳闘士女性だ。
僕よりも若干背が高く少し見上げるぐらいだが動きに淀みは無い。
彼女の恐るべき打突を体を引いて躱すと、拳を追いかけて圧縮された空気が体を押した。
何度も見たまっすぐな右正拳。予備動作は無いそれも単なる牽制だ。今となっては分かりやすい挨拶みたいなものだった。
肩をひねりと戻す拳と交差するように二の打突が打たれる。今度は腕を払い跳ね上げて力を逃がす。すると今度は逃した腕の勢いを活かす回し蹴りが迫った。
ラミガさんはここでは有数のスピード特化型の闘士だ。
手数で攻めるタイプの闘士で攻めがなかなか途切れない。僕の【敏捷】では彼女の2動作に1つ合わせるのが関の山だった。
ただ、まぁ、彼女の動きはとても素直でまっすぐだ。どこかの健康馬鹿のようにいやらしい動きが無い。よく言えば潔い攻撃を2つセットで丁寧に捌くことが出来る。目は慣れていても【敏捷】に劣る僕は最小の動きで対応するしかないのだが。【受け流し】や【回避】その他のスキルに助けられてイメージ通りにそれに応じることができた。
「なろっ、ちょこまかと!」
ちょこまかと避けないと危ないじゃ無いですか。
二の段ではそろそろ敵無しになりつつある彼女の一撃は、小さく避けると服が巻き込まれるし、当たり所が悪ければそのまま意識が持って行かれる。
彼女の所作が軽やかな音を鳴らす。
♪タタン、♪タタタン、♪タタタタタ。
幸いにも怒りに任せて単調になった攻撃はパターンで対応できる。
鬼人族らしく薄着でショートパンツにタンクトップの姿の彼女の動きが良く見える。
連撃を繰り出すと形の良い胸が揺れた。
胸は割と大きい方だが、筋肉比率が高いせいか、ぷるんぷるんじゃなくて、ブルッ!だ。
あれ?そんな事聞きたい訳じゃ無い?そう?そうかな?
「あたっ」
意識を取られた一瞬に脇腹に良いのをもらってしまった。圧されて大きく一歩下がる。自分の馬鹿さにため息をつく暇は無い。畳み込まれる拳を横合いから殴りつけて力任せに弾いた。
「だよなっ!」
弾かれた彼女が勢いをそのままにぐるりと繰り出した回し蹴りを飛んで縦に躱す。
彼女はそれでは終わらない。空中の僕を追いかけて、横の回転を縦に変えて踵が落とされた。
「もらっ、くそ!」
ラミガさんそれはちょっと甘いですよ。
飛んだ先で右前方の空間を蹴ると足の甲が空を捉えて左後ろに急着陸する。明らか蹴りの動作なのだけど、それでいいのか【歩行術】。この動きは当然僕が考えたものでは無く、ルニがやっているのを見て真似たものだ。ルニによれば【歩行術】は足が世界を掴むスキルなので、向きはどうでもいいらしい。そういえばルニが天地逆転しているのはいつものことだった。
そしてそれが出来るようになった僕も【歩行術】スキルの理解が進み、レベルは上がっていないが調子が良いときには二歩ぐらいなら空を掴むことができる。
ようやく訪れた分かりやすい隙。
「しっ!」
先に地面に戻った僕は回転する彼女の側面に拳を叩き込むと、大地と一体になったような感覚の後に綺麗に力が抜けた。
よしっ!会心の一撃!
ラミガさんはくるくると回転しながら驚く程遠くに飛び、左足を伸ばしてアクションスターのような着地を決めた。手足の長い彼女がやるととても格好良くて様になっている。
「あれっ?決まったと思いましたけど」
「うるっせ。ゲホッ」
彼女はそこから動かず膝をつき血を吐いた。
「ふー」
やっぱり決まっていたようで一安心だ。
「そこまで!」
始まりは無いが終わりはきちんとある。ここ修験国ガーラにおいては普及したルールだ。終わりが無いと大けがを負っても戦いを止めない修験者が後を絶たないからだ。
ルールは傷を治す整体師の皆さんからの強い希望で出来ているため、守らない人間はほとんど居ない。
「おい!止めるのが早えぞバザフ!」
「黙れラミー!ユーキ殿に綺麗なのを貰っといて何を抜かす」
「ちっ」
止めたのは二の段のまとめ役の一人であるバザフードさんだ。
二の段というのはここ修験国ガーラにおける修験者の等級制度で最高位の五の段までが存在する。ここはその二番目のクラスの修験場で、当然僕も二の段に属している。
「ありがとうございましたー」
睨むラミガさんとお互いに目礼を交わして足早に回れ右すると囲みの修験者達に紛れた。
「ユーキは女にも容赦無いね」
囲みに入った所で背中を叩かれた。
「ちょっとマッツさん!人聞きが悪い。僕も余裕無いんですから」
「ほっほ~。そうですか」
マッツさんはそう言うが本当に余裕は無かった。
「ほらこれ見て下さいよ」
シャツをめくると先ほどから痛む脇腹が紫色に腫れていた。
【回復魔法】の【快方】一発で回復できる程度の内出血だけど、とある理由から魔法の使用を制限されている。【再生】スキルの頑張りに期待するしかない。
ラミガさんは僕が二の段に上がった頃から既に上位陣だった。素早い動きに翻弄されて何度も土を舐めさせられた。動きが単調であることに気がつき少し対応できるようになったが、最近ではリズムに変化が現れて隙を突かれる。そのまま一発貰って一気に畳み込まれることも多い。
彼女自身が三の段にあがるための課題もその単調さにあるらしい。
「そんなのはご褒美みてえなもんだろ。もうちょっと長引けばラミガちゃんの揺れる山脈を堪能できたのに」
「結局それですか!」
「そりゃそうだろ。なんだよ、お前も嫌いじゃないってこないだ言ってただろ?」
「それはまぁ、嫌いじゃないですけど」
下ネタを躊躇わない彼は僕と同じプレイヤーだ。彼とはガーラで過ごすうちに仲良くなった。本人曰く廃プレイヤーらしい。
さっさと二の段に上がった彼が停滞しているのは三の段が男臭いせいだという。
ラミガさんと一緒にさっさと三の段に行けば良いと思う。
「へぇ、マッツ。その話詳しく聞きたいわ」
「あ、え?エラぁ?そこにいたの?」
マッツさんは赤髪の女性に耳を捕まれて引きずられて行った。引っ張る彼女はマッツさんのパーティの剣士でその関係性は友達以上に見える。
笑いながら手を振っていると横合いから声がかかった。
「ユーキ様っ。その話、私も聞きたいです!」
「うぇっ、ルニ。なんでここに?」
「そろそろお昼ですからね。さぁ食堂に行きましょう」
「ありがとね。わざわざ二の段の広場まで来てくれて」
「いえ。ユーキ様なら五の段も皆伝もすぐですよ!」
僕は理由があり一の段から修行を付けて貰っているが、同行していたラルは実力が認められて初めから四の段だった。
ルニは既に一つ上がって五の段だ。彼女の修験場は結構離れているのに時々こうして来てくれる。嬉しいけど今のはタイミングが悪かったな。
先ほどのマッツさんの姿を幻視しトボトボと近づくとルニがにっこりと笑う。
「そうかなぁ。ラルは?」
「ラルちゃんはもう少しかかるかと」
ここガーラは拳闘士の総本山だ。どちらかというとインドア派の魔法研究職だったラルだが、ルニと同じく四の段からの始まりだった。
彼女の体術は僕と別れている間にこの地で通用するまでになっていたらしい。
それを見て僕は時間の経過をしみじみと感じた。
「それで、何が嫌いじゃ無いんでしたっけ?」
「えっとね……」
「冗談ですよ。ふふ」
腕を組むように引きずられながら一番近い食堂に向かう。
岩を切り崩した階段を降りていくと眼下に広がる海の向こうに緑の大地が見えた。綺麗な緑の先の赤い大地に竜巻のような白い柱が見えている。
それを見て一瞬止まった僕をルニの弾む声が呼び戻す。
「食堂に新しい料理人さんが来たらしいですよ」
「へぇ」
「とっても美味しいらしいです」
「ホント?!前の料理人も鬼人族の人達には受けてたけど、味が濃すぎだったからなぁ」
「大丈夫ですよ。ラルちゃんも美味しいって言ってましたから」
「それは楽しみだ!」
現在進行系で大きな問題を抱えてはいるけど、急いでやるべきことは無い。仲間と共に体をいじめる生活はとても楽しかった。
田波部長からの指令である長い休みを使ったリフレッシュは既に果たされつつあるかもしれない。
次話は新年に投稿予定です。もうちょっと直したい。




