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ex11 魂込めてグーで殴る

彼は普通の廃プレイヤーとして冒険を楽しんでいる様です。

「天知る、地知る、我知る、人知る。不浄の行為は我が砕く!

 お天道様が見逃しても貴様の悪事は我が炎の拳が砕く!」

「あのさぁ」


コイツは良い奴だが、ちょっと中二病こじらせているのが残念な奴だ。


「婦女子が泣くのを見逃せぬ」

「あれ、明らかに嘘泣きっていうか泣き落としじゃん?営業行為じゃん?」

「……え?」


困った顔の男にすがりついて泣いていた猫人族(ワーキャット)の女性が口をゆがめてこちらを睨む。

先ほどまで泣き崩れていたのにその目には涙の跡は無い。

その隙を突いて男性が女性の手を振り切って走り去った。


「ちょっと!待って!まてえええ!!」


俺の指摘が正しいことを女性当人の発言が証明している。


「そもそもお前の得物って槍じゃん。炎の拳ってな」

「魂と言えば炎だろう。お前は馬鹿だな」

「まぁ。ズフ公はそれがいい。そのままでいてくれ」


ズフラは良い奴だが、正義感をこじらせている。そこがまぁ良いところでもあるんだが。

俺こと[泥沼]のマッツはこのゲームで『無職が転生して本気出す』という大ヒット作品のロールプレイをしている。

だって、大ファンなんだから、ロールプレイできるなら挑むのが男子というものだろう。


主人公は膨大な魔力と努力で異世界の人生を謳歌する[泥沼]のルイデウス。

その主人公が仲間と三人で異国を旅するパートがある。


仲間の一人は[デッドピリオド]こと【槍術】の達人ルージェッド。魔族の男性だ。

ズフラはその彼に通じる点が多いことから真っ先にスカウトした。

まず198cmという長身で、丸っとボウズで、槍をメイン武器に選んだのが評価出来る。

繰り返しになるが、正義感をこじらせているのもそのキャラと類似していて良い。

コイツはなかなかの廃人で俺のやりこみに付いてくる辺りも好印象だ。


ただ、魔人族じゃないし、額に宝石も埋まっていない。

肌は黒いし、達人というには少し足りないし、近接職だが少し盾職(タンク)に寄っている。

あとすごい馬鹿だ。


コイツは東南アジア在住で、ズフラは本名らしい。

VRの機材とSCWのソフトはソフトウェア技術者だという父親からの土産なのだそうだ。

日本のアニメに影響を受けて育ったというコイツとはオタク談義も出来る。

ちなみにズフラが好きな主人公のタイプは兜コウジ。

大好きなアニメ作品はちょっと古いが血塊戦線と銀河貴公子だという。

それが影響したのかアホな固有スキルを持っている。


絶叫武技(ソウルアーツ)】というそのスキルは適当な技名を絶叫すると叫ぶ勢いに応じて強くなるというものだ。

ズフラのことはビガンの道場で叫んでいるのを見て知った。

【槍術】の武技(アーツ)で起こりを最小にして突くという【居突き】に【紫電撃滅斬(しでんげきめつざん)】という名前を叫んで放っていた。

ちょっと格好いいじゃねえかと思ったが[泥沼]のキャラじゃないから羨ましくなんて無い。

そもそも紫要素はどこにも無えし、突きなのに斬とか頭がおかしいがその辺りは良いらしい。

ズフラに言わせりゃ魂が燃えることが大事とか謎理論だったが奴の固有スキルだから俺に言えることは無い。

勢いだけが大事なんて、大ざっぱなスキルはズフラらしい。


「で、お客様がコレを買ってくれるのかしら?」

「んなわきゃネーだろ馬鹿か?買わねえよ」

「ちょっと、エラはだまっててくれ。こじれるから。お姉さんすまんね」

「……まぁいいわ。あんまり商売の邪魔しないでよね」


売っていたのは女性向けの帽子で俺達には不要なものだ。

これをあの男性に売りつけようとしていたなんてこのNPCも相当キてる。

銅貨を数枚、その手に握らせると呪い殺しそうな表情はなりを潜め、にっこりと笑った。

笑えば可愛いが、この世界のNPCは見た目で騙されてはいけないことを俺は知っている。

仲間の一人エラ、正しくはエーラルがそのNPCだ。


エーラルはなかなかの剣士だ。

そして、例の大ヒット作品のロールプレイ仲間として同行するに相応しい特徴をいくつも持つので頑張って口説いた。

まずは赤髪で女性だ。それだけでかなり点数が高い。

口より先に手が出る性格で【剣術】の達人なんてのも素晴らしい。

一応名前が"エ"から始まるあたりも類似点としてカウントしておこう。

種族は猫人族(ワーキャット)だが、有りっちゃ有りだろう。


ただこの猫は『にゃん』とか絶対に言わない。

最初にそれをお願いしたときは理由を説明する前にぶっ飛ばされた。

まぁ、それも好ましい。


「思えば遠くまで来たもんだ」

「あんた、その年寄り臭いのやめなよ」

「老練なのは戦士として悪くは無かろう」


この微妙なバランスで会話が成り立つのが俺達のパーティ[デッドピリオド]だ。


―――――――


中ツ海と呼ばれる大海の北に位置するタルヤード王国は魔の領域から人の領域を守る要所だ。

北西の方面をぐるりと囲むロックバルト山脈があることで、魔物の氾濫は防がれているが結構危険な地域だ。

人の住む領域で言えば、中心から西北西の端に位置している。

ここをスタート地点に選んだゲームデザイナーははっきり言って頭がおかしい。

道が閉鎖されていたから大丈夫だと思うが、ゲーム直後に北上してロックバルトを超えたら酷いことになる。


ただし、モノ作りが盛んなタルヤード王国はなかなかバランスが取れた国だった。

周囲の強すぎない魔物は初心者向けと言えたし、生産職を志すプレイヤーにも髭人族(ドワーフ)の国は丁度良かった。

世界を旅すれば分かるが、魔道具ギルドの拠点はかなり少なく、この国にはそれがあった。


タルヤード王国を東に抜けて、さらにエルフの納める森の国バーヤバーラスを抜けると、炎をシンボルとするビコグス王国に入る。

素直に進めば出来る事が増え、周囲の魔物が強くなり、程よく鍛えられていく。

徐々に上がる難易度の階段はレベルデザインが良く考えられていた。

最初は糞だと思ったデザイナーを少し見直したのもようやく炎の国に腰を落ち着けてからだった。

そこから北に向かうと白夜の国ラサスで、めっちゃ強いNPC冒険者のサポートに入って吸血鬼を倒したのはこの国だ。

俺達は今回は北では無く南に向かい、水の都ランスを通って修験国ガーラを目指す。


修験国ガーラ、通称鬼ヶ島には鬼人族の達人が多く、レベルも上がりやすくなるという。

楽しい廃人ライフを楽しむならば目指すしか無い。

吸血鬼をパンチで倒した鬼人族の冒険者もその島の出身だと言っていた。


俺はそこそこの廃人を自認しているが、この世界のNPCは桁が違う。

そもそもメインテーマが魔王を倒すといった討伐系では無いし、MMOの王道通りプレイヤー最強でもない。

ただ、プレイヤーは成長にボーナスがあって、多少ならば俺TUEEEEも可能になっている。

出来るならば目指すしか無い!

空は快晴で旅には丁度良い日差しだ。

武人の多くが目指すというガーラへの旅路に心が弾む。

「ワクワクするな!」

「おう!そうだな!」

「あんた達はそればっかりね」

皮肉を言うエラだってその口元は緩んでいる。

コイツはずいぶん人間らしく振る舞う。

別の国からログインしているプレイヤーの可能性を疑ったこともあるが、道中で彼女の両親に出会ってその可能性は消えた。

一歩一歩大地を踏みしめてその行程を楽しんでいる。

意外と遠い道のりに少し疲れてきたけれど、楽しんでいる。

水の都ランスまでの道のりへの馬車代をケチった訳では無い。

廃人行為のため、ギリギリの討伐を繰り返した結果、素材は超高額ではないが、そこそこの値段で買って貰っている。

俺たちが歩くのには理由がある。


丁度その理由が【マップ】に現れた。


「お客さんはハウンド系で4体。準備は良いか?」

「俺の絶対防壁が滾って輝くぜ!」

「ハウンド系か、脚が速いのは面倒ね」

2人は既に準備は済んでいる。俺?俺だって万全よ。

ちょっとロールプレイと世界観が合わないけれど【イクイップ】は有能過ぎて手放せないな。

「うぉおおおおおおおお!魔物共!貴様らの墓標はここだ!クーベシュタイン・デンドリグリフ!!」


ズフ公が叫んで盾を槍で殴って打ち鳴らすと赤い光が盾から放射された。

技名は何か漢字に名前を当ててあるらしいが、気分で毎回変わるので聞き流している。

その正体は挑発(タウント)効果を持つ武技(アーツ)の一つ【閃光盾】だ。

技名は気にしたら負けだが、その効果は覿面だった。

俺たちの周囲を囲むように散開していた【マップ】上の光点が広がるのをやめ、まっすぐにこちらを目指す。

「【泥沼】!」


目の前に現れた犬共は狙いすました泥沼に嵌まり脚を取られている。


「魂よ燃えろ!亜空灼熱斬!」


ズフ公の槍は恐ろしい勢いで突き込まれ(・・・・・)周囲の空間ごと真っ直ぐに抉った。

灼熱まではまぁ良いけど、斬はどこいったんだお前。

「【旱魃(かんばつ)】!」


泥沼を一気に乾かす真言(スペル)に残っていた魔力がごっそり持って行かれる。

生身の魔物には効果は無いが、自ら生み出した泥沼には効果覿面だ。

エラは既に沼の裏手に回っており、無言で魔物の首を刎ねていた。


「慈愛の拳!百烈猛虎撃拳!ほわたぁ!」


ズフ公がまた拳とか言ってると思ったら、本当に殴ってやがった。

ちょっと物騒な地域で暮らしてた事もあり、リアル腕っ節が凄いと自慢していたが確かに殴っても凄い。

お前のポジションは槍の人だろう。

殴り終わったポーズが無駄に格好良くてイラッとしたがまあいい。

今ので粗方片付いたようだ。

「やっぱこの道であってんな」

「そうみたいね。マッツは凄いわね」

エラの発言に少し気を良くする。

出来れば”凄いわね”ではなく、”流石ね”と言って欲しいが機嫌を損ねないようにまた今度お願いしてみよう。


ちょっとマージンを取って支援を厚めにしてみたが、十分に相手できそうなレベルだ。

一般的に魔物の強さは魔の領域に近い方が強いということになっているが、あくまで一般論。

それにはかなりの頻度で例外があり、人の領域のど真ん中にドラゴンが住まう山があるのがこの世界だ。

町から町へは魔物避けが効いた馬車が有効だが、冒険者には周囲の魔物の強さが重要だ。

実際に進んでみないと突然強い敵に囲まれて、馬車賃と往復の時間を無駄にすることになる。


そう。俺たちが歩いている理由は敵の強さを測るためだ。

プレイヤーの多くは北に遠征しているが、変わったことをしなければ先んじることが出来ない。

我々はプレイヤーがまだ余り探索していない南を目指すため手探り状態なのだ。

NPC共の多くは勘で行動するので、ざっくりした情報しか持って居ない。

エラもタルヤード王国から外に出たのはこの旅が始めてで当てにならない。

唯々道を歩く。

襲いかかる魔物を屠る。

それだけの事がとても誇らしかった。

とても楽しかった。

俺は今、廃人ライフを満喫している!

【AFK】で解消しても再び訪れる尿意の間隔が短くなり、リアルトイレが近いことを示しているけれどそんなのは後回しだ。

漏れる者なら漏れて見やがれ!

装備は万全!我が道を阻む者は無い!

オリエン同好会のみんなに自慢してやろう!

「うはははは!我が前に道は無し」

「え?ずっと道見えてるけど?」

エラさん、そういうツッコミは黙っててください。


「プ、プレイヤー的な話よ。異世界人では無しっていう」

「え?脇の道標に『寄贈:ハナモト マサル』って書いてあったよ」

「ま、マジか!」

「マジだよ」

「マッツはバカね」

ズフ公のせいで、エラからの評価が急落した。

だけどまぁ、悪く無い。

この3人で暫くの冒険(ロールプレイ)を楽しもう!

次話「ex12 5章の主な登場人物」は12/30(土)の予定です。

年内の更新は次回で最後となる予定です。


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