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ex8 まだ見ぬ地平を目指して

ユーキに同行する主要人物の心情をようやく書きました。

魔の領域から大地の裂け目(ヴァーデリス)を渡る船の乗客は多くは無い。

手ぶらで軽装の猫人族(ワーキャット)の男性は甲板に打ち付けられた椅子に座り脱力している。

大河の流れは穏やかで、日の光を照り返し輝いている。

秋口の穏やかさは彼を眠りに誘おうとしていた。


目を細めて、だがぎらりと鋭い眼光の男性はサイモン。

ひと仕事を終え、その報告のため帰路についていた。


「お嬢も成長したもんだ」


何時ものように魚介類の乾き物を口の端に加えて呟いた。


右手でつまむように持ち上げられた便せんを眺めている。

今回の仕事の終わりを告げる品で有り、新たに受けた依頼の品でもある。

ある女性が書いたそれを届けることで、ようやく彼の役目は終わる。


それを用意した女性の成長をもう少し噛みしめたかったが、湿気で駄目にしては勿体ない。

彼は再び【インベントリ】に仕舞い混んだ。


―――――――


父上、母上へ


このお手紙が届く頃にはそちらも寒くなっているでしょうか?

今、私は城砦都市ダッカにおります。

魔の領域にあっても、ヘルムートの一族が守る堅牢たる城壁の中はビガンと変わりありません。


私の消息について随分とご心配をおかけしたとサイモン殿より伺いました。

最もサイモン殿が何でも無きことのように言われていたように、息災にしております。


私は父上が道を繋ぎ、母上が背中を押して下さったユーキ殿との旅から多くのものを貰っています。

我が身の無事と多くの気付きと感謝をここに記します。




武門に生まれついて、そのまま武の道を目指した小さい頃、私は天狗になっておりました。

日々の鍛錬を欠きお友達と遊びに出る兄上を横目に毎日鍛錬を続け、

同じ年頃の門下生では相手にならず、中級剣士の輪に入れていただいてそれが自慢でした。

子供の私はそこが長い武の道の通過点であることを自覚しておりませんでした。


やがて兄上が成人に近づき武の門を正しく向き合った時、

「ちゃんと頑張って下さい」などと申した自分が恥ずかしい限りです。

子供な私の本気は兄上から見ればどう見えていたのでしょうね?


男子三日あれば刮目して見よとは武神様のお言葉だったでしょうか、アンネ様の異世界語録だったでしょうか。

兄上はまさにそれでしたね。鬼気迫る練武の様子に大変驚かされました。

ただ単に体を痛めても身につかないことは私も良く知っていましたが、

恐るべき速度で熟達する兄上を通じて、それだけでは無い事が今では良く分かります。


兄上だけで無く、日々一緒に遊び回っていたサハール殿もが大きく腕を上げ届かなくなったとき

我が身の不器用さをほとほと思い知ったものです。

そのサハール殿も遠く南東の戦乱で消息を絶ち、世界の厳しさを思い知り大人になりました。

いえ、大人になったと思っておりました。




兄上を見て、改めて武の門に向き直った私に試練を下さったのは母上でしたね。


「武の道を目指す前に家の道の入り口を修めなさい」


母上は武の道を目指すのを反対しているのだと憤りました。

道着を繕うための【裁縫】、道場を整えるための【清掃】を修めることに抵抗はありませんでした。

しかし、【調理】や【生活魔法】など武の道にとって彩りでこそあるが不要なもの。


講習に通い、ただ回数を重ねても【調理】の力は得られませんでした。




ユーキ殿とお会い出来たのは天恵を得る如き出来事でした。

彼からは未だ多くのことを教えて頂く身ですが、最初の教えは「目の前にただ向き合うこと」でした。

私は包丁という刃物と食材に戯れるばかりでしたが、彼はその空間の全てと向き合うことを教えてくださいました。

場に漂う魔素にスキルの力が満ちているなど考えもしませんでした。

頑なな私に不思議と言葉が入ってきたのも、彼の力だったのだと今では分かります。

そして私は【調理】を得て、やがて【生活魔法】を得ました。

それは家の道だけでは無く、武の道にも通じるものでありました。

母上は武の道を反対しているのではなく、むしろ支援して下さったのだと気付いたのもその頃です。




お二人の支援を受け、ユーキ殿との旅が始まりました。

兄上のような、いえ、兄上よりも一層の才覚で新たな地平を開く彼に畏れもありました。

次々と道を開くユーキ殿のことは敬愛しておりますが、最初の想いは恋では無く憧憬であったように思います。


ロックバルトへの旅は道中に多くの魔物がいました。

長らく祭りが無く商人の交流が減ったためでしょうか?

幾つものゴブリンやスイムベアーの群れを驚く程に討伐しました。

ユーキ殿の才覚に触れるうちに、泳ぎが上達して、何と魔法を得ました。

この不器用な私が魔法の使い手だなんて、ねえ?


ロックバルトでの暮らしは彼の人となりに触れる貴重な機会となりました。

武人として敬愛するユーキ殿ですが、抱えた悩みや子供らしい側面により一層惹かれることになりました。

知ってましたか?新たな硬貨を得た彼は本当に可愛らしいんですよ?

距離はなかなか縮まりませんが、二人で過ごした日々を何時も思い出します。

そして髭人の皆さんと肩を並べ戦い、暮らし、知己を得ました。


ユーキ殿は道場での【見取り稽古】に続き、新たに【指導】というスキルを生み出されました。

自らが持つスキルの力を他の人に分け与えるもので、相手を選ばず接するユーキ殿らしい技です。

未だ習得適わないその技は武門に限らす皆が求めるものでしょう。




続けて訪れた地は我が道場とも縁のあるヘルムートです。

次元を裂く手練れの魔術師の方の力を借りて、一足飛びに現地に入りました。

ヘルムートでは冒険者として仲間と暮らす生活を得ました。

ロックバルトから合流したユーキ殿の知己である無手の戦士ミノリン殿。

ヘルムートの道場から合流されたのは熟練の冒険者であるバスピール殿。

魔術の門を開き、雷と風の魔術を修めたゾルラルル殿。

そしてその門下生で、我々を支える宿の守人コシュギーヌス殿。


ユーキ殿との二人の生活は終わりを告げました。

彼を敬愛するミノリン殿やゾルラルル殿に囲まれ私はそのうちの一人に過ぎないことに気がつきました。

彼の特別になりたいという想いを強くしたのはその頃です。

二人の生活を失ってから気がつくなんて愚かですよね。

同時に、ビガンでは道場の娘であった私が何者でもない剣士として仲間と暮らす日々は輝かしいものでした。

バスピール殿やユーキ殿と毎朝の貴重な稽古の時間を過ごし、

ゾルラルル殿の指導を受け、正しく魔の門を叩き、

コシュギーヌス殿より家の道の指導を受けて調理の腕を磨き、

仲間と共に冒険者として依頼を受け魔物を討伐し、

これまで考えもしなかった地平への足がかりと、多くの関わりを得ました。


憧れから行動を共にするユーキ殿でしたが、可愛らしいところも多く見かけるようになりました。

一緒にコシュギーヌス殿お勧めのカフェなんかも行くようになったんですよ。

クリームを口の端に付けたままの彼を見ているととても暖かい気持ちになります。

ミノリン殿は二人で行く日はデートだと言われると、ユーキ殿にその気は無くとも意識してしまいます。

しかし、私がユーキ殿と同行すると武神様の歴代5高弟様についてのお話で盛り上がってしまいます。

楽しくかけがえのない時間ですが、彼の望む距離は少し物足りなくもありました。




魔の領域に渡ってからは試練の日々でした。

ダッカ行きは元々ユーキ殿の連れ合いのワタル殿とカズヤ殿が言い出したことです。

ユーキ殿の性質から彼らと合流すればダッカに向かうのは必然でした。


ご存じの通りその道中で山賊に襲われました。

その丘を越えればダッカと言うところで襲撃に遭い、ミノリン殿達と別れることとなりました。

来訪者の皆さんは倒れても死ぬことは無いと我々は撤退の指示を受けました。

しかし、彼の危機に我慢すること適わず戻ってしまいました。


ユーキ殿の刃はその山賊を断つ勢いでしたが、私がそれを邪魔してしまいました。

邪魔に入った時に私は左腕を失いました。

それに気を取られたユーキ殿は隙を作り、この世を去りました。


死なないと頭では分かっていても、いえ、その時は忘れていましたね。

目の前で彼を失い、冷静さを失った私は山賊に挑みましたが、

我が刃は頑強な守りの技を抜くことが出来ず無様に打ち倒されました。




喪失感から涙が止まらない私に山賊だと思っていた男が告げました。

我こそは健康神5高弟が一人[剛健]のワイザルドであると。

子供の折に童話で何度も見かけた英雄の一人を知らぬ訳がありません。

そんなまさかという疑いと同時に背けられぬ武がありました。

あれほどの武であれば一角の武人であるはずです。

ダーズ師範に聞く自らを律することが無い賊程度の備える武ではありません。

やがて、彼が共とするシャプリーン殿の説明を受けて得心に至りました。



ワイザルド殿は地球人のみを対象として壁の試練と呼ばれる障害として立ちはだかっていました。

我々は元よりその対象では無かったようです。

ワイザルド殿より、我が左腕を害した詫びとして「四極の至り」の指導の申し出がありましたが、

ユーキ殿が去った後、ユーキ殿の仇でもあるワイザルド殿の教えを得ること耐えられず、

然りとて、ユーキ殿に同行するには足りぬ武を補う必要もあり、

従者であるシャプリーン殿の教えを受けることとなりました。



シャプリーン殿は妖精族でありつつも、健康神様の門弟であり無手の戦士でありました。

ワイザルド殿とは反対に体力と器用に優れた武人でありました。

我が剣にも通じる点も多く、我が剣は少し輝きを得ました。

あれほど求めた新たな力ではありましたが、多くの充足は無く、

やがて私の安否を求めて合流したゾルラルル殿と共に足りぬ力に悶える毎日でした。




1つの年が廻り、次の年が半分を向かえる頃、サイモン殿と共にユーキ殿は現れました。

ワイザルド殿は世界が未来の地平を得るために壁となり山賊の振りをしておられます。

ユーキ殿にお伝えしたくありましたが、ワイザルド殿の使命も分かり苦悩しました。

私の安否を正す姿に何度も飛びだそうとし、止められましたが、

ユーキ殿は私の懸念をあっさりと飛び越えて、ワイザルド殿の壁を砕きました。

私が不意を突いても超えられそうにない壁を何でも無い事のように正面から切り伏せる偉業です。


あまりもの出来事に動揺する私でしたが、

これ以上やればワイザルド殿が死んでしまうという危機に至りようやく動くことが出来ました。

ワイザルド殿は振る舞いに同意はしかねる事も多いですが、この世界に必要なお方です。



ユーキ殿を止めるためにその体に抱きついた時、最初に訪れたのは安堵でした。

しかし、その次に来たのは慈愛ではなく、慕情でした。

ユーキ殿の無事を喜ぶ前に、お会い出来て嬉しい気持ちが先に立ちました。


その戦いの後、ユーキ殿は何か新たなスキルをこの世に下ろしました。

同時に意識を失い、一日経った今も意識が戻りません。




ユーキ殿の安否は不安ではありますが、彼にはこの先もこういったことがあるでしょう。

それよりも彼の横を行くに足りる私となれるかの方が不安です。

私はユーキ殿の横に立つ存在になりたい。後ろを行くのでは無く、出来れば懐の中に入りたい。

父上に似てしまったのかミノリン殿のように可愛く振る舞うことが出来ない私です。

ユーキ殿の開く新たな地平を共に見たいのです。




私が旅立ってから父上の鍛錬に一層熱が入ったと伺いました。

いずれ再び武の道でお会いすることを楽しみにしています。


G6857年10月4日 ルニート


―――――――


やがてそれを受け取った母マーサはこう言ったという。


「可愛いお嫁さんになって欲しかっただけなのに」


それを聞いた父ルーファスは嬉しそうに笑ったらしい。

あまり明確にしたくなくて、手紙という姑息な手段を使いました。


タイムライン資料より抜粋した時間の流れはこんな感じです。

地球時間 2030/08/01 00:00<->ヴァース時間 G6583/01/01 … 正式サービス開始

地球時間 2030/08/01 18:15<->ヴァース時間 G6586/01/16 … ユーキログイン

地球時間 2030/08/01 18:45<->ヴァース時間 G6586/02/16 … ロックバルト訪問

地球時間 2030/08/01 19:15<->ヴァース時間 G6586/03/16 … ヘルムートへの転移

地球時間 2030/08/01 19:53<->ヴァース時間 G6586/04/23 … ユーキが山賊に敗れ強制【ログアウト】

地球時間 2030/08/01 20:00<->ヴァース時間 G6586/05/01 … メンテナンス開始

地球時間 2030/08/02 00:00<->ヴァース時間 G6586/01/01 … メンテナンス終了

地球時間 2030/08/02 18:00<->ヴァース時間 G6587/10/01 … ユーキが【ログイン】


ヴァース時間の先頭にあるGはゲルハルト歴(次元神歴)を示すものです。


次話「ex9 異世界のおもてなし(仮)」は12/25(月)⇒12/26(火)の予定です。

よろしくお願いします。


(追記)すいません。1日延期します。


(追記)2019/04/18 報告いただいた誤字を修正しました(ワイザルドの敬称「殿」漏れ)

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アクセス研究所
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