21 均衡を破る切り札
前話のあらすじ
山賊の【再生】と【体力】による強力な守りを超える方法を考えた
長く間をあけてしまいました。
久しぶりの方は前話にあらすじの要約がありますので、そちらをご覧下さい。
泉の近く木々に囲まれたこの場所は清涼な空気が溢れていた。
ガギン、ガギンとお得意先の鉄工所やうちの工作部で聞くような場違いな音が響き渡っている。
守りが堅い。
金属のような音と共に肉体に跳ね返される。
鬼人族にとっては普通なのだろうか?
山賊は再び足を止めてグリベルガさんと真っ向から打ち合っている。
グリベルガさんの攻勢が続く。
ガッ!!
振り下ろす右腕をフェイントに丸太のような左脚が山賊の腹に刺さるが相変わらずの音がした。
圧力をかけ続けて相手の意識を集めているグリベルガさんの打突が山賊の守りを抜けないのはまだいい。
トリッキーな動きで相手の意識の外に振るうサイモンさんの短剣が当たり前のように受け流される。
手数を増やして切りつける僕の【飛剣術】も同じような状況だ。
バイヤードさん直伝の【槍術】の武技である【一の閃】は【剣術】でも無理なく適用出来た。
自然な上段の構えからただただ断ち切ることのみを追求する一振りだ。
「こっちか?……だな」
その一振りに沿うように振り下ろされた手刀に柔らかく受け止められ軌道が逸らされる。
僕の振るう最大の力を秘めた魔剣の一撃が回避されることは悲しい事に予想通りだ。
ガガン
スカードスを柔らかく受けて振り下ろした右腕の付け根を飛剣スカドニオンと飛剣ブラドニオンで左右から挟み込むが、もう一方の腕で殴るように払われた。
スカードスへの柔らかい受けとは違い【体力】と腕輪の守りに任せた強引な受けだ。
その払った左腕に残り四本の剣閃を振るうとようやく山賊の肌に傷がついた。
「……シッ!」
「デェェエエイッ!」
たたみ込むように正面からグリベルガさんが正拳を放ち、サイモンさん達が続けて短剣を振るう。
山賊は再び【体力】の守りを張ったのか、刺さった飛剣の囲みを二人に弾き飛ばして反撃しつつ追撃を防いだ。
自分による一人時間差と異なり他人との連携は中々難しい。
お二人は重なるように仕掛けていくが、僕と一拍空いてしまう。
僕が【飛剣術】主体で無言なせいもあると思う。
静かな攻撃は回避されにくいが、連携には向いていない。
『くっそ硬ぇ!!こいつは想像以上だな』
『ちぇいっ!まーた戻りやがった!早さと堅さは覚悟してたが、この粘り強さはやべーぞ』
『確かに相当ですよね。【見取り稽古】で【再生】のレベルがとうとう9になりましたし』
山賊の身体は何度か切り裂いたはずだが、切ったそばから傷口が塞がっているように見える。
今もトリッキーな動きをしたサイモンさんの短剣が左腿を切り裂いたが血がすぐ止まった。
分かることは【体力】は既に満タンで【再生】による補充が【体力】の最大値を上回っているということだ。
『ったっ!こいつぁ吸血鬼かよ。こりゃ間違い無く【再生】レベルが神域越えしてんぞ』
『そうとしか思えねえ』
神域越えというのはスキルレベルが10を超えたことを示す言い方だ。
僕はうっかり手に入れた【飛剣術】【見取り稽古】【指導】が神域越えということだが、全然使いこなせていないのでその領域に片手を引っかけたか?ぐらいだ。
その【飛剣術】に【剣術】や【短剣術】を加えて挑んでいるのに圧倒されるこの回復力は相当に凄い。
『この勢いだとレベル10どころか13と言われても驚かないですよ』
『レベル13なんてそれこそ十神様達の世界だぞ』
サイモンさんによると武神の5高弟である【鍬術】のクルサードさんも肝心の【鍬術】のレベルはぴったり10のままらしい。
僕の【飛剣術】が11になっていたことを告げると面白い顔をしていたのでその壁は相当なものだと思う。
指数関数的に必要経験値が上がる構造は【成長加速】スキルのおかげで良く分かる。
ビガンの道場での例だと、鍛錬の鬼もとい竜人である【槍術】師範のギャトールさんが、200歳を超えた時点で既にレベル6に到達していたらしいが、250歳を超えてようやく【槍術】レベル7だ。
僕のレベルの上昇具合は世界感と合っていないのはプレイヤーボーナスとスキルの補助ということで別ルールなのだろう。
「あーあー!堅えなー!」
「っち。滅多矢鱈と再生しやがって!」
「ダハハハハいいぞ!コイツは面白くなって来やがった!」
あー。出たこの空気を読まない台詞。
相変わらずこの山賊は一人だけ楽しそうだ。
サイモンさんは全く笑って……あれ?笑ってる。
【飛剣術】で円を描き手元に戻る短剣の勢いを殺さずに綺麗に右手を突き出す。
全体重が綺麗に乗ったお手本のような刺突はサイモンさんお得意の【牙突】だ。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【短剣術】のレベルが6に上がりました」
サイモンさんのお手本のような動きを学んで山賊の壁が少し低くなった。
そうか、サイモンさんに学べば、そのうち山賊の底なし体力にも対抗出来るかもしれない。
「神域超え……【再生】による限界知らず……」
グリベルガさんがなにやらブツブツと言い始めた。
手数が落ちている。
「これじゃ、まるで壁の試練だ。鬼人族の里でも無いのによう!」
グリベルガさんの台詞に反応するように山賊が訝しげな視線を送り、そちらに向けて圧が一瞬高まった気がした。
好機とばかりに打ち込んだスカードスは金属音を響かせながら手刀で強引に払われた。
「待てよ!ワイザーだと!かペッ」
グリベルガさんはそこまで言った所で大きく吹っ飛ばされていた。
先ほどまで【体力】の祝福で山賊の打撃を弾き返していたのに!
「あっぶねえな!そいつはNGワードだ。こっちの鬼人族は退場~」
「グリベルガさんっ!」
『なんだ今のは?!グリーは大丈夫か?』
池の周りの岩にめり込むように打ち付けられているグリベルガさんはピクリとも動かなかった。
バクバクと音を立てる心臓から意識を背けて落ち着いて【ステータス】を覗いた。
■■■
グリベルガ(鬼人・男)
能力値
体力 329 /519
魔力 113 /162
状態
気絶
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他人の【ステータス】を覗くのは他人のスマホを漁るようで後ろめたいのでパーティ相手でも最低限の表示だ。
これだけでも、僕より体力が100近く多いなとか、やっぱり魔法は苦手なんだなとか分かってしまう。
『……気絶してるみたいです』
『グリーの守りを割るのかよ~。奴さんの攻撃、今までと何か違ったかぁ?』
『普通以上にゆっくりしたパンチみたいでしたけど、さっきまでとの違いは分かりません』
『俺にもそう見えたなー。あのグリーの意識が飛んじまうかよ。はー。いくら魔界っつってもまだまだ入り口だぞ』
強敵であるというのは【見取り稽古】にとってはメリットとなる。
ゆっくりとスキルレベルを上げながらこいつに付き合っていれば、やがて抜けられると思っていたがそのまま行くのは厳しくなってきた。
積極的に使うのはどうかと思って躊躇していたけれど、切り札を切るしかない!
「ふぅ。つまらんネタばらしは場がシラケるよな」
「ネタばらし?壁の試練っつーと、あーなんだっけ?」
山賊の語りかけにサイモンさんはブツブツと呟きながらふっと姿を隠した。
僕は僕で出来ることをやろう。
少しずつスキルに通じていくのは楽しかった。
レベルが上がる度に出来る事が増えるのは、成長が分かりやすく実感できる。
武芸者のようなロールプレイは楽しかった。
再ログイン後、装備が整っていたこともあり流されるように【飛剣術】を頼った。
『【森崎さん】お願いします』
けれどそれは今どうしてもしたい事じゃない。
優先すべきは山賊の撃破とその先のルニの救出だ。
レベルを超えた相性の良さから使用を躊躇うあのカードを切ろう。
掌の上にしっかりとした重さを感じる。
ピンポン球サイズの黄金の塊が収まっていた。
レベル1ながらヘルムートの道場で力強くマギオン鉱を貫いたその力を頼ろう。
『サイモンさん!行きます!射線に気をつけて』
『あー、例のアレな。ククッ。いいぜ~』
レベル10の【飛剣術】に【短剣術】を乗せて放ったマクバリーの短剣はマギオン鉱を砕いたが、突破力だけならこちらの方が上だった。
固有スキルとは一体なんだろう?今ならレベルが2になって威力も高そうだ。
それだけに、人に放つのは躊躇われていたが、グリベルガさんも倒れた今、判断が遅いぐらいだ。
前回も判断の遅さがみんなを窮地に陥れたのに。
『いきます!【金玉飛ばし】ッ!!』
───ヒュゴォンッツ!!
次話「22 再生する壁を穿つ金の玉」は12/1(金)公開の予定です。
5章終了までは平日に毎日更新の予定です。
(2019/04/02)修正
誤字報告ありがとうございました




