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17 白き城砦

前話のあらすじ

 朝食後ゾルラルルに【メール】が届いたが相変わらず2人にウィスパーは通じない。

丘陵地帯には強い風が吹き付けていた。

日差しは暖かかったが風が熱を奪っていく。

【風圧耐性】と【寒冷耐性】のスキルがあって良かった。

手っ取り早く迷い人シリーズのジャージに着替えて【寒冷耐性】の効果をアップした。


サイモンさんの誘導に従って慎重に大胆に砦に近づく。

彼は腕利きの斥候(スカウト)であることはここまでの道のりで実証されていた。

なにせ道中に遭遇した魔物よりも食事中にグリベルガさんに誘い出された魔物の方が多かったのだから。

遭遇する時も罠だったり、待ち伏せだったり、側面を突いたりと必ず相手の先手を取っていた。

今もまた白い城砦に近づくルートは上からの視線を遮るものが多いルートだ。


「こりゃあ、お師匠殿の慎重さが移っちまったかな」

「急にどうした」


遮蔽物の影から遠方の城壁を伺いつつサイモンさんがふと呟いた。

ドラマで見たような相手から身を隠しながら移動するのは普通では無いのだろうか?

この世界では物陰に隠れていても検知出来るスキルがあるから違うのかな?


「いや、魔物の気配が全くねえのに慎重すぎんだろと思い直した所だ。まったく柄じゃねぇ」

「確かに【マップ】上に敵影が全くありませんね」

「魔界なんだからそういうこともあるわな」


サイモンさんは肩をすくませるとさっきより軽い足取りで歩き始めた。

土が見えない岩肌を選んでいるのか歩く音がほとんどしない。

グリベルガさんの方は動作は変わらなかったが、口が軽くなった。


「おいユーキよ。ここはでけえ魔物が起こした丘だって知ってっか?」

「いえ、初めて聞きます」


その話題は、現在歩いている丘陵地帯についてだった。

この丘陵地帯はその昔にエルハライドと呼ばれる巨大な土竜が通ったことで隆起したものだという。

そのままひねり無くエルハライド丘陵と呼ばれるらしい。


「てなわけで、【エルハライドガゼル】の肉を確保しに行きたいんだが」


グリベルガさんの話には大体美味しい物の話が差し込まれる。

魔の領域の魔物は毒の関係で食べられないものも多いそうだが、ここに住む山羊はとても美味なのだそうだ。

葛西から聞いた彼の【裁定(さいてい)の舌】というスキルは生き方まで左右しているように思う。

あるいはそういう生き方だからこそ備わったスキルなのかもしれない。


「グリーよ。趣味に走るのはうちのお嬢の無事を確保してからにしてくれや」

「悪い。そりゃそうだな」

「すいませんね。帰りなら付き合いますので」

「代わりっつうのもアレだが今晩は【スイムベアー】食わせてくれ」

「分かりました」


グリベルガさんは以前同行したときに食べたスイムベアーがいたくお気に召したようだ。

香草と香辛料に漬け込んでからグリルした物がストックにあったはずなので、あれを暖めて出そう。

そんなことを考える間にも砦が近づいてきた。

なんだか複雑な建造物で、大きなトゲが乱雑に飛び出ている。


「にしても、魔物が全然いねえな。俺の山羊(ガゼル)ちゃ~ん!」

「おい、ちっと静かにしろ」

「いいじゃねえか魔物もいねえんだし。ん?なんか居やがるな」

「それもそうだが、変な匂いがしねえか?」


囂々と吹く風に混じり何か獣のような臭いがする。

風が強いので確証は無いが、ゴブリンの集落のような臭いだ。


「なんだぁ、この臭いは獣の巣か?」

「【マップ】では砦の側にぼつんと何か居ますけど……」

「山賊の砦にしちゃあ反応が少ねえな」

「マーカーは青なんで、こっちには気付いて無いですね」

「なぁ、この臭いは強烈すぎねえか?こっちから行くのやめねえか?」


会話がいまいち噛み合ってないけれど大丈夫だろうか?

サイモンさんはいつの間にか襟元から出した布で口元を覆っていた。

猫人(ワーキャット)のサイモンさんは犬人(ワードッグ)程では無いけれど鼻が良いらしい。

かくいう僕も【嗅覚強化】のデメリットを体感していた。


スキルなんだからオフにしたい!あ、出来た。

臭いから解放されれば少し余裕が出る。

何者かが居る白い砦は隙間だらけの建造物だった。

身を守るには向いて無さそうに見える。


「アレは本当に砦なんですかね?」

「あぁん?砦じゃねえのか。じゃ、あれは何だ?」

「なるほど。ありゃ、獣の骨だな。骨の山だ。この臭い、肉が腐ってやがる」


あの山賊の住む砦に違いないと決めつけていたのだが、それは、産業廃棄場のようにうずたかく積まれた骨の山だった。

根城ならばルニが捕らえられている可能性もあったのだが、残念ながら違っていたようだ。

それにしても、あの山を見れば恐るべき魔物が居るかも知れない。


岩陰に隠れたサイモンさんの後ろから骨の山を覗き込む。

その近くには巨大な鍋があり、鍋の脇には【マップ】上の青マーカーが示す何者かが居た。

そいつは毛皮を持ち、二本の足で立って鍋を覗き込んでいた。

身体は小さく横に積まれた骨の山を生み出すような生き物には到底見えない。


「で、あれが例の山賊ってやつか?」

「一味かもしれませんが、山賊は鬼人族(オーガ)の大男だったので違いますね。気配は他にありません」

「あー臭え。気乗りしねえがいっちょ制圧すっか」

「例の山賊の仲間なら凄腕かもしれん。油断すんなよ」

「へいへい」


サイモンさんは、そのまま駆け出し、岩肌に沿って滑るように近づいていった。

毛皮の生き物は気付いた様子もなく、鍋を大きな骨でかき混ぜていた。

スキルの効果を切っても酷い臭いだが、魔物にはごちそうなのだろうか?

その毛皮の生き物は背後からサイモンさんに張り付かれると両手を広げて肩をすくめた。

いつでも行けるようにと浮かべていた飛剣スカドニオンは要らなかったようだ。


「お前ラ、骨の鎮魂を邪魔しようってんなら許さねえゾ!」


制圧した生き物はそう言った。

この人物。毛皮を羽織った黒い肌の人物は女性だった。


「骨の鎮魂?そんなことよりお前さんは山賊か?」

「山賊?バカ言うな、俺は骨の使徒だゾ。お前ラこそ山賊だゾ」

「骨の使徒だと?山賊の名前にしちゃあ変わってんな?」

「骨の使徒は山賊じゃ無いゾ。この宝の……じゃなくて骨の山を鎮魂する使命があるんだゾ」

「おいおい、あんまり動いてくれるな。うっかり首を刎ねちまうだろ」

「お前さんジャ無理だゾ。作業の邪魔だから離れてナ」


やれやれと首を振る女性は、狼のような獣の毛皮を頭から被っている。

ラルのような青みがかった黒ではなく、こんがりを通り越した黒い肌だった。

首元に突き当てられたサイモンさんの短剣を気にすること無く赤黒い汁が入った鍋を掻き回し始めた。


「まあいい。お前さんは山賊じゃねえってことにして話を進めるぞ」

「山賊じゃ無いゾ。お前ラ失礼な奴らだな」


彼女の動きに合わせてサイモンさんの長い尻尾がピクピク動き警戒していることを表していた。

そのままお互いの噛み合わない会話を暫く続けるとそれなりに状況が分かってきた。


「骨の使徒は魔界で骨を加工出来て一人前なんだゾ」

「この骨の山はお前さんが?」

「落ちてた物だが、俺が責任を持って処理するゾ」


この女性は骨細工の職人で、独り立ちする前の修行として魔の領域に来ているという。

本来は自分で魔物を狩ってその骨を加工するのだが、この骨の山は彼女が仕留めたものでは無いという。


「こいつを放置する訳には行かないんだゾ」

「この骨の山か?」

「そうだゾ。骨の使徒として(ほお)っチャおけない」


というのは建前で、チラチラ漏れている本音の方に耳を傾ければ宝の山らしく喜んで加工していたようだ。

骨をそのまま放置すると不死魔物(アンデット)になる可能性があるので処理しているという。

腐食した肉を削ぎ、鎮魂の儀式を経て骨は死体から素材に変わるらしい。

目の前にある鍋の臭い汁は骨の質を向上するための煮汁なのだとか。


「俺は【骨加工】スキルよりもこっちの方が好きなんだゾ」

「条件を揃えねえとスキルがうまく動かんこともあるからな」

「へぇ、そうなんですか」


煮汁を使うのは従来からのやり方で【骨加工】スキルがあれば必要は無いらしい。

スキルは思い込みの産物だから、従来のやり方が好きなら仕方が無いのだろう。


「こんな臭えのは俺には耐えられねーな」

「俺の地元の方じゃ骨の取り合いなんだゾ」

「そんな良いもんかねぇ」


サイモンさんが、くぐもった声でそう言った。

鼻の周りに布をぐるぐると巻き付けて鍋から遠く離れているので少し聞き取り辛い。

そんな声に僕も同意せざるを得ない。

骨周りの肉も一緒に煮込んでいるためかゴブリンの集落のような臭いがするのだ。

骨職人になれば平気になるんだろうか。


「おいおい、よく見りゃあれは【エルハライドガゼル】の骨じゃねーか?あっちは【フォレストピグ】のような?」

「正解だゾ!デケえの、お前見所あるナ」

「それより臭い姉ちゃんよ。このあたりを根城にする山賊に心当たりは無えか?」

「臭い姉ちゃんじゃねえゾ。俺はサラニャヒって名前があるんだゾ」

「ふーん。ここらじゃあんまり聞かねえ名前だな」


彼女の師匠の工房も魔の領域に近い場所にあるそうだが、一人前になるための修行には自分の工房に相応しい場所を探すことも含まれているとのことで、彼女は特に遠くまで遠征してきたようだ。

工房のある地名も説明されたが、ちょっと発音出来ない名前だった。

【インタープリター】が翻訳してくれないということは意味を持たない固有名詞なのだと思う。


「そんなことより山賊だ」

「レディの名前を聞いといて失礼な奴だナ。お前ラも名乗レ」

「こっちから聞いたわけじゃねえが、俺がグリーで、こいつはユーキ。こっちの着ぶくれがサイモンだ」

「フーン」

「ったく。興味ねえなら聞くなよ。で、山賊を知ってるか?」

「知らないゾ。この辺りに居るのは俺と骨捨ててくおっさんだけだゾ」


それを聞いて僕達はお互いの顔を確認した。

グリベルガさんが探りを入れる。


「その骨捨ててくおっさんは鬼人族(オーガ)の大男か?」

「そうだゾ。知ってんのカ?」

「そこのユーキの因縁の相手でな。そいつはどこにいるんだ?」

「毎日昼前ぐらいに骨くれるんだゾ。ああ、ほらアレ」


捨てるって言ってたのに、くれるに変わっているけど、そんなことより山賊だ。

骨職人のサラニャヒさんに警戒しながら、彼女が指す方向を見ると何かこちらに飛んできている。

ガシャーン!

大きな塊が降ってきて骨の山に刺さった。

降ってきたのは魔物の骨だった。


「あれを投げてきたのが骨くれるおっさんだゾ」

「むちゃくちゃだな」

「ああ。だが、見つかったな」

「おっさんは飯食ったらすぐ寝るから今行くと機嫌が悪いゾ」


骨が飛んで来た方向を見ると草むら(ブッシュ)が邪魔で山賊の姿は捉えられなかった。

それでも方向が分かっているのでさっきまでよりずっといい。

出来れば山賊とは出会わずにルニを解放できれば良かったのだが……。


「そのおっさんが寝てる場所は分かるのか?」

「飛んできた方に泉があってナ。いつもその脇で寝てるゾ。機嫌が悪いんだゾ」

「おお?あっさり教えてくれたな?」

「ありがとよ」


どうせそういうシナリオなんでしょうよ!

山賊を討伐するまで先に進めないっていうことですよね?

よし!よぉぉっし!いいでしょう。いいですよ!

やってやりますよ!


「ありがとうございました」

「山賊に間違えて悪かったな。世話になった」

「じゃあな」

「失礼します」

「早くどっかイケ!」


僕たちは口々にそう述べて骨が飛んできた方向に向かう。

彼女は小蠅を追い払うように手を数度振るとすぐに臭い鍋をかき混ぜ始めた。

一見我々への興味は無いようだが、彼女が山賊の一味では無い保証は何処にも無い。

罠である可能性を飲み込んで僕たちは進む。

次話「強襲(仮)」は8/6(日)予定です。


ちょっとプロット見直している関係で予定がずれたらすいません。


(8/7(月)追記)

すいません、ダメでした。一回休みで8/10(木)更新とします。


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