16 夜が明けて
前話のあらすじ
ご飯大好きグリベルガさんが合流し、彼の助けもあって弛緩の極みに一歩近づいた。
強い緑の臭いに目を覚ます。
このゲーム世界では慣れた匂いだが現実で嗅いだのはどのぐらい前だろうか?
ぽっかりと木が生えていない場所にキャンプを張ったが足下には青々と草が生えている。
周囲の草木の1本1本から確かな存在感を感じる。
風に揺れて葉が触れ合うのも凄く自然だ。
いったいどれだけの頂点が用意されてるのかポリゴンを感じさせない。
そう言えば足下の草も領域が重なる事が無く衝突判定が完璧だ。
物理エンジンで計算するとしたら、どれだけの演算能力のサーバーを用意すればいいのか想像も付かない。
ゲーム業界も予算は厳しいと聞いたことがあるから強力なスポンサーがいるのかもしれない。
ぼんやりとそんなことを考えながら寝袋代わりのマントを剥がした。
魔物の襲撃にいつでも備えられるように武器を側に置いてマントを羽織って寝るのにも慣れた。
このマントもラルが用意してくれた魔道具なので普通の野宿より相当に快適だ。
「おはようございます」
「おう!おはようさん!」
「はよ~す」
グリベルガさんは地面に突き立てた剣を掴みながらあぐらをかいて座っていた。
僕が起きたので、首だけこちらに回して挨拶をするとまた後ろを向いた。
食事中に聞いた話だが、魔道具『結界』の効果は魔の領域では限定的らしく警戒を買って出てくれている。
一方でサイモンさんは安定の寝起きだ。
「夜の番ありがとうございます」
「なぁに。どうせ強そうなのが来りゃ、サイの字が飛び起きるから、俺も休み休みだ」
「お師匠殿はちゃんと寝られたかい?」
「ええ、良く寝られて、すっきりしました」
昨日は装備を確認して、グリベルガさんと合流し、大河を渡りと盛り沢山だったせいかぐっすりと寝てしまった。
いよいよ今日は山賊と遭遇した丘陵地帯に挑む。
体も軽いので昨日教えて貰った弛緩の極みが生かせそうだ。
これなら山賊とも渡り合えるに違いない!
今日は丘陵地帯を通って山賊の手がかりを探し、手がかりが得られなければ、そのまま城砦都市ダッカを目指す。
その場合、仕切り直してダッカの冒険者ギルドで情報収集をする予定だ。
ひょっとしたらルニとラルはダッカに常駐している可能性も……それは無いか。
ダッカにいるならヘルムートに待つバスの所に何らかの便りを出すのは簡単なはずだ。
【土魔法】の【盛土】で簡単な机と椅子を生み出す。
ロックバルトで得た【意匠】スキルがこんな所でも生きている。
【森崎さん】に朝食を並べて貰うと二人も当然の顔をして椅子に座った。
朝ご飯は大事だ。
今日は危険なミッションになるかも知れないのだから。
その朝食はコスギさんが朝昼晩コーディネートしてくれた朝食のサンドイッチだ。
各人の前に出したコップに魔道ポットからコーヒーを注ぐ。
熱い一口を飲み込むと意識が一段階覚醒した。
「おい、ユーキ。そいつは随分と立派なコップだな」
「ああこれですか、ロックバルトで得たものなんですけど、保温製が良いんですよ」
「お師匠殿、そいつは相当な魔道具と見えるがそんな風に使ってもいいですかい?」
「どうなんでしょうね?」
二人に出したのは腐食に強いアミール銅で作った真空断熱のコップだけど僕のはちょっと違う。
このコップ……指導の杯は【指導】スキルが生まれたときに酒杯が魔道具化したものだ。
言い方を変えるとこれも神器ということになると思う。
【ステータス】の注釈文を見ると人にスキルを与えられる能力が備わっている。
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指導の杯
【指導】の原初の力を備える杯。飲料に快適な温度を維持する。
己の経験を託し人に与えることが出来る。
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ただ、使い方がいまいちピンときていない。
そもそも類似のスキル魔石や【指導】スキルそのもので足りているので単なるコップとして扱っている。
正直僕も普通のコップで良いと思うんだけど、毎回これが出てくる。
【森崎さん】によると出したコップと入れ替わってしまうらしい。
「なんか使われたいみたいで、勝手に出て来ちゃうんですよね」
「ハハハ。それじゃしょうがねえな」
前回のダッカへの旅程用に7人分として用意された大皿のサンドイッチはあっさりと片付いた。
大半は鬼人族だけあって大きな体格のグリベルガさんの腹に収まったが、サイモンさんも2人前近く食べていた。
グリベルガさんは少し物足りなそうな顔をしているがここまでにしておこう。
【生活魔法】で食器を【洗浄】にして、【森崎さん】に格納してもらうと空になったみんなのコップに追加のコーヒーを注ぐ。
コーヒーが収まっている魔道ポットもラルの持ち物で、透明な魔道樹脂製で保温効果が高い優れものだ。
いろいろとラルの持ち物を預かりっぱなしになっている。
ラルとルニの二人とも【ウィスパー】が通じていない。
ダッカに近づけば二人と繋がるかもしれないという希望があったのだが、広い魔の領域で探すのが難しい。
ラルにも【メール】して生存を確認しておくことにした。
「【メール】!」
スキルの使用を告げると、いつものように便せんとペンが机の上に現れた。
宛先欄にゾルラルルと書き込み、伝えたいことを簡潔に書いていく。
始めに、山賊にプレイヤー組4人が倒され、僕と池田だけ復活して再びログインしたこと。
続けて、ルニが一人残されてしまったが、【メール】は届いたこと。
それから、バスからラルが一人救出に向かったと聞かされたこと。
最後に、現在僕と知り合い2人でルニを救出に向かっており、森林地帯で一泊し、今日は丘陵地帯に入ること。
署名欄にユーキと記入すると、便せんとペンが光を放ちながら消えた。
「よし」
「お師匠殿、それは【メール】ってやつですかい?」
「ええ」
「どなた充て出したんで?」
「ルニを探しに先行している仲間の一人でゾルラルルさんです」
「あー魔法使いだっていうお嬢さんか」
お嬢さんかな?
見た目はお嬢さんだから、サイモンさんにはそんなニュアンスで伝えてあったけれど、僕だけじゃ無くてサイモンさんよりラルの方が年上だ。
『ゾルラルルが【メール】を開封しました』
はやっ!ラルは健在のようだ。
彼女が開封出来る状態であることが分かりぐっとやる気が出た。
こんな時すぐに返事が貰えればいいのだが、【ウィスパー】も【パーティチャット】も片道通行のスキルだった。
全体的にレベルが足りていないのかもしれない。
彼女達と再会出来たらレベル上げを頑張ってみようと思う。
「さて!行きましょうか!」
「だな、そろそろ山賊とやらに遭遇する可能性があるぞ」
「あいよー」
「おめえは本当に気合いが入ってんだか入ってねえんだか」
「へいへい。お師匠殿もそう硬くならずに行きましょうや」
「あ、はい」
ふー。ラルの生存が確認できたせいで力が入りすぎていたようだ。
心強い二人と一緒にいよいよ丘陵地帯に入る。
カップを【洗浄】し、【森崎さん】に仕舞って貰うといざ出発だ。
「あの、ユーキよ」
「はい?」
「えっと、サイの字。なぁ?」
「だな。お師匠殿、その格好はさすがにどうかと」
「ああ~~!!」
胸部をつまむと半眼の狸がにやりとしているイラストがついていた。
寝不足を解消するにはいつも通りが大事だぜとサイモンさんに言われて着た物だ。
それは葛西達がデザインしてコスギさんが拵えてくれたパジャマだ。
「ははは。着替えますね」
僕はまだまだ肩に力が入っているようだ。
弛緩の極みはなかなかに難しい。
―――――――
キャンプ地は森の端のに近く、動き始めてすぐに丘陵地帯へと抜けた。
硬い岩肌が目立つ土地で、所どこにに木立が生えている。
前回、山賊と遭遇した場所にあえて向かっているので今すぐにでも奴が現れてもおかしく無い。
「お師匠殿、ちいっと固くなってますぜ」
「一回倒された相手に会いに行くのは流石に緊張しますよ」
「ユーキよ。魔物も全然居ねえし、気楽にいこうぜ」
そうなのだ、今朝から全然魔物を見かけない。
足元を小さな昆虫程度が歩くのは見かけるが、【マップ】に表示されるような脅威となる魔物は全然居ないのだ。
そろそろ山賊と遭遇したキャンプ地点に着くのだが、あの時は遠くを魔物が徘徊しているのが見えた。
「流石にちょっと魔物が少なすぎじゃないですか?」
「うーん。まぁそう言うこともあんだろ。魔界だぜ?」
「お師匠殿。キャンプしたのはここで間違いねえんだな?」
サイモンさんが何故か少し緊張した様子でそう切り出した。
丘陵地帯の窪みに辿り着いたがキャンプの時の残りらしきものは何も無い。
前に来た時には青々とした丈の低い草が少し枯れた様子で地面を覆っている。
その様子がこの世界では一年以上経っていることを実感させた。
僕にとっては一昨日の出来事であり、まだ記憶に新しいだけに地形に見覚えがある。
「少し地形が変わっていますが、あの岩棚の形に見覚えがあります」
「てことは、襲われたのは必然かもしれん」
「なるほど。そうかもしれん。あれ見りゃなぁ」
サイモンさんは言いながら怠そうにある方向を指さした。
ここより高い岩盤が大きく飛び出したような場所に白い砦のような建物が見えていた。
前来た時もあんな物があっただろうか?
あれが見える場所にキャンプしたなんて間抜けも良いところだ。
全く記憶が無いが、バスも居るのにそれは無いだろう。
「前は無かったと思います」
「そうですかい。だが関係はあるでしょうな」
「間違いねえな」
ぼつんと建つ白い砦からはトゲのようなものが何本も突き出て不吉に輝いている。
山賊の住処に相応しいそこに向かって僕たちは歩を進めた。
外出予定のためちょっと早く投稿しました。
次話「白き城壁」は8/3(木)の予定です。
ツッコミ(感想)お待ちしてます!




