14 【飛剣術】の神髄
前話のあらすじ
飛剣スカッドと血食いの剣が新たな1本の魔剣となり、手持ちの短剣2本が新たに魔剣となった。
サイモンさんは早食いという訳じゃ無いけれど、結構な大食いだ。
美味しそうに真ん中に置かれた大皿から焼き魚を取って食べてを黙々と繰り返す。
周囲を囲む門弟の方々の顔も、最初は釣られて嬉しそうだったけれど、それが段々と訝しげなものに変わり、不安で一杯になった頃、終了が告げられた。
「ごちそうさん!はぁー。朝からガッチリ食っちまった」
「食べましたねぇ。どこにそんなに入るんだか」
ゲームだというのは分かっていても、この手触り感のある世界の中でこの人の食事シーンは逆に違和感が凄かった。
僕は普通に餅のような焼き固めた穀物と魚とスープの一式を頂いたらお腹いっぱいだった。
食後に良い香りのお茶を飲んでいるとサイモンさんから相談が持ちかけられた。
「お師匠殿、【飛剣術】で悩んでる事を相談する前に、確認させて貰っても良いですかい?」
「お師匠殿ってのやっぱり慣れないんですけど、サイモンさん」
「道場だけにそこだけはきちっとしてくださいや。っと、確認させて貰うのはダメですかい?」
「それは大丈夫ですけど」
「そりゃ良かった。本当は敬語もやめて欲しいぐらいなんすけどね。ってこの話はやめましょうか」
「そうですね」
「動きもあった方が分かりやすいな。おいダッゾス!練武場をちっと借りるぞ」
「は、はい!どうぞ!!」
食事中、サイモンさんい良いように使われていたダッゾスさんに許可を取るとあっさりOKの返事が返った。
剣術道場の師範として交流があるので、師範代になりたてのダッゾスさんは他道場とはいえ元師範のサイモンさんに頭が上がらないようだ。
「おっおい![怠惰]殿が食後すぐに席を立ったぞ!」
「嘘だろ?」
「うわっホントだ!」
「便所じゃねえのか?」
「ビガンじゃ【AFK】ってスキルがあるから便所行く奴は少ないらしいぞ」
「あの客人も一緒に練武場に出たぞ」
「驚いたな。あのユーキ殿ってのはどういう奴なんだ?」
サイモンさんに続いて道場に出る僕に周囲の声がよく聞こえた。
本人に聞こえるぐらいの音量だ。
みんな驚き過ぎじゃ無いだろうか。
サイモンさんだって武人なんだ、食後にすぐ練武場に出ることだって……ビガンじゃ見たこと無いな。
サイモンさんは練武上脇にある練習用の武器棚から長柄の刃物を手に取った。
矛とかグレイブとか呼ばれる、先端に両刃の刃物が付いた刺突よりも切ることに向いてそうな武器だ。
「これから確認すんのはお師匠殿にゃ当たり前のことだが付き合ってくださいや」
「はい。どうぞどうぞ」
「それじゃ、その当たり前ってのを再確認しますぜ」
「はい」
矛の石突きを下に突き立て杖のように持ったまま、構えずに続けた。
「【飛剣術】って奴は飛び地のスキルで、足し算の技だ」
ん?サイモンさんが何を言ってるんだ?
意図が良く分からなくてサイモンさんをじっと見つめる。
「【短剣術】や【曲剣術】は【剣術】の影響を受ける。重なる部分がちいっとだけな」
それは分かる。
【剣術】を納めると【短剣術】や【曲剣術】への理解も進むし、逆もある。
ルニが【曲剣術】を一人で修行できるのも、【剣術】スキルの導きがあってのことだ。
「だが【飛剣術】自体には【剣術】の要素が全く無え。俺は【槍術】なんて持ってねえが槍だって自在だ」
ああ、確かに。刃さえ付いていれば、スキルが無い武器でも扱えるのは事実だ。
扱っているうちにスキルが生まれてくるからあまり意識していなかったが、確かにそうだ。
「例えばこいつはどう見ても【槍術】で扱うもんだ。【棒術】でもあれば補助にはなるが……」
サイモンさんが手に持った矛を空中に放るとピタリと止まった。
そのまま放り上げた手をまっすぐ伸ばして練武上脇の木偶人形を指す。
それを合図に矛はくるりと向きを変え、勢いよく飛び出して人形に刺さった。
「【飛剣術】にゃあ力がある。速度も大したもんだし、武器だけで相手を押し留める重さもある」
当たり前だと思ってたけど、そう言われれば確かにそうだ。
相手の体重が乗る武器と宙に浮く武器が拮抗するということは重さに相当する力もある。
「お師匠殿が言う、魔力の腕で剣を振るって意味がようやく分かって来た所だが、体躯による制限もない」
サイモンさんは、いつも寝転がりながら扱っていたので自分の体勢に関わらず繰り出せるという事を言っているのでは無いはずだ。
魔力の腕という便利な概念で腕のリーチも関節の制限も関係無いことを言っているのだろう。
それはまあそう生まれたので普通にそうだ。
「それで、こっからが本題なんだが……」
木偶人形に刺さっていた矛を【飛剣術】で飛ばして武器棚に戻す。
目をサイモンさんに戻すとどこからともなく一本の短剣を取り出した。
「あれ?それって【インベントリ】ですか?」
「おう。さらに今のは【イクイップ】って奴だぜ」
「プレイヤー以外はなかなか覚えられないって話でしたけど、流石ですね」
新しい物を貪欲に取り込む姿勢はこの世界の人には珍しく無いが、彼はその先を行く。
【飛剣術】も【見取り稽古】も一番に覚えていた。
「馬鹿言っちゃいけねえ。これだってお師匠殿のおかげだ」
「どういうことですか?」
「【インベントリ】も何度か講習に行ったんだがさっぱりで、諦めてたんだぜ。それが、【飛剣術】に続いて【見取り稽古】を指導されてみれば、なるほど地球のスキルはこういうもんかと思ってな」
「はぁ」
「さらに町の広場で【AFK】を覚えてみれば、何か腑に落ちた訳よ。その足で講習会に寄ったらあっさり身について拍子抜けにも程があるわな」
「えーと【AFK】は置いといて、道場で指導したスキルの影響だっていうのなら僕も誇らしいです」
「そういうことよ」
不穏な言葉が混ざったので、ニヤニヤしている意味はあまり追求しないことにしよう。
サイモンさんは短剣を器用に指でくるりくるりと回し始めた。
「それで本題の話をして良いかい?」
「ええ」
「ちょっと見ててくれ。この岩が丁度良さそうだな」
自然体でスタスタとマギオン鉱の塊の前に歩いて行き、足を止める。
キンっと鋭い音が鳴った。
「これが今の俺の【短剣術】による全力の刺突だ」
くるりと振り返るとそこには短剣が綺麗に突き立っていた。
溜めも無くとても自然に突き刺したが全力とはそういうものかも知れない。
「おお!流石[怠惰]殿!マギオン鉱にあっさりと刺突が通ったぞ!」
「ユーキ殿を真似て挑んだが、跳ね返されてた馬鹿が居たな」
「あ、あれぐらい俺でもできるわ」
「おめえの得物は槍で、先っぽだけだったじゃねえか」
回りの反応からすると単なる刺突でマギオン鉱に突き刺さるのは相当な事らしい。
「んで、【飛剣術】で飛ばした短剣に――」
いつの間にか手に持っていた短剣を軽く投げて宙に浮かべる
「【短剣術】の力を載せるとこうだ!」
ビキリとひび割れる音がマギオン鉱から放たれた。
先ほど刺さった短剣の右隣にもう一本短剣が刺さっており、根元から放射状にひび割れが走っている。
「お、おい!今の短剣だよな?」
「[怠惰]殿の膂力でも出来る事なのか?!」
外野がざわざわと騒がしいがサイモンさんは気にせず続けた。
「このマギオン鉱もこの通りよ。逆に【短剣術】に――」
また一本手元に短剣が生まれていて胸の前に構えていたが、ふっと掻き消える。
バキャっと音がして、マギオン鉱に刺さる短剣は3本になっている。
「【飛剣術】を足してもこの通りだな」
一旦離れて見せてくれたが、後から刺した2本からは同様のひび割れが走っていた。
サイモンさんは3本の短剣を順番に抜いて【インベントリ】に収納した。
再生能力に長けたマギオン鉱だけあって、そのひび割れもゆっくりと閉じ始めている。
「【飛剣術】自体に力があるのに【短剣術】の技が乗って、腕の数も増えるんだ。こりゃあ足し算以外の何でもねえ」
「はい」
なるほど。
なんとなく相性が良いと思って居たけど言われてみるとたしかにそんな感じだ。
武技が乗るだけでなく、スキルの力も乗ると言われて違和感は無い。
「俺ぁ【短剣術】がレベル8で、【飛剣術】がレベル3だからな。合わせてレベル11だぜ」
「あれ?【短剣術】上がってないですか?」
「おう。【飛剣術】のおかげで新しいことが試せるようになったらあっさり上がってな」
「おめでとうございます」
「おう。ありがとよ。そしたらまた新しい悩みにぶつかってお師匠殿を求めたってぇ訳だ」
「悩みですか?」
「ハハハ。せっかちだなお師匠殿は。そっちはまぁ道中な!話を戻すぜ」
「あーそうでした。はい」
サイモンさんは結局何を確認したかったんだっけ?
「ここまでが俺の中での【飛剣術】の理解なんだが、合ってるかい?」
「ええ、合ってます」
むしろよく考えてなかった僕より分かっていると思いますという言葉は飲み込んだ。
彼が聞きたいのはそれではないのだ。
折角同行してくれる彼に失望されたくない。
僕の中の当たり前を二つばかり披露することにしよう。
「あとは【魔力】を上乗せすると魔力の腕がちょっと力持ちになりますね」
【森崎さんは】先行してマクバリーの短剣を一本浮かべてくれた。
「まず普通に【短剣術】を乗せて放つとこうです」
ガーンという少し大きめの音がして深く刺さった。
少し陥没したが、ひび割れはサイモンさんの方が大きいぐらいだ。
「さらに【魔力】を上乗せすると――」
既に出てきていた短剣を【飛剣術】と【短剣術】で繰りさらに【魔力】による上乗せをする。
既にひび割れが消え始めているマギオン鉱に突き立てるとさっきより低い音がした。
柄まで刺さった短剣を中心に太めのひび割れが走っているので威力が大きいことが分かる。
「こうなります」
サイモンさんを見れば頷いている。言いたいことは通じているようだ。
「そして、もう一個分かってるのは【短剣術】を載せなくても、【筋力】の祝福を載せると――」
マクバリーの短剣がもう一本出てきて浮いている。
今度は【飛剣術】の魔力の腕を通じて【筋力】の祝福を短剣に這わせて一突き。
バーンと破裂音がして、マギオン鉱が砕けて破片が飛び散り、短剣は奥の方に入り込んでしまった。
「っと、こんな感じで威力が出ますね」
振り返ってサイモンさんにそう告げる。
サイモンさんは少し驚いたような顔をしているので何かヒントがあったかもしれない。
でも――
練武場にさっきまで溢れていた会話や武器を打ち合う音が聞こえずシーンとしていた。
「ちょ~~~っと、うるさかったですかね。ごめんなさい」
道場の皆さんに申し訳なくて、付き添いで来てくれていたダッゾスさんに謝っておいた。
「……ハハハ」
ダッゾスさんが笑いながらサイモンさんに振り返った。
「アハハハハ!!」
「ダハハハ!」
サイモンさんも呼応するように笑い始めると、お互いの肩を激しく叩きはじめて何かウケている。
また、なんかやってしまったようだ。
二人が嬉しそうなので気にするのはやめよう。
次話「15 弛緩の強み」は7/27(木)の予定です。




