表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
179/226

11 5人の決断

前話のあらすじ

 ログインすると予想通りヘルムートだった。

 【メール】でルニートの生存を確認したユーキは武術道場に向かいバスピールと再会した。

「そう泣くなって!まずは良く戻られた!」

「いや、違うって。これはバスがバンバン叩くからだって」

「アハハハ!そうかそうか!」


相変わらず遠慮が無い彼女の振る舞いが今は嬉しかった。

彼女について行くと、隠すような話は無いからと練武場脇のベンチに案内された。

門弟の男性が水を出してくれたのだが、僕の前には勢いよく叩きつけられて、少し水がかかった。

お盆を持ったその人物は僕の方をにらみつけてから去って行った。


「あー。すまん。アレらにも説明したんだが、直接戦いを見て無い分どうにも要領を得なくてな」

「いえ、大丈夫です。それよりすぐにでも出たいのですが」

「まぁそう()くな。ユーキ殿は前回の失敗の原因を何と考える?」

「実力不足です」

「お主にそれを言われると辛い。それ事実なのだろうが、お主の攻めも一部は通じたと聞く。思い返してみるにだな、準備が不足していたのだ」

「そうですけど……」

「それに実力不足ならそのまま行っても同じだろう」

「そこは考えがありますが……そうですね」


ルニの生存も確認できた今、彼女の言うことは正しい。

そうだ、ルニのことまだ伝えてない──。


「先輩!入れたんですね!」

「おっ、池田。元気だったか?」

「はい!それにしても早かったですね。元々6時間ずれだったから1年ぐらい猶予があると思ってたんですけど」

「ん?1年経ってないのか?」

「はい。3ヶ月ぐらいですかね。先輩もお昼過ぎぐらいにはログイン出来たんですか?」

「いや、入れたのは午後の6時過ぎだぞ……バス、今って何年の何日かな?」

「なんだ急に。えっとな……次元歴6587年の10月1日だな」

「ええ?!!」


バスの見た方に掛かっていた日めくりカレンダーの表記にもそうあった。

おかしい、計算が合わない。【AFK】の経験値も逆に多すぎて計算が合わないと思ったけれど。

大地の裂け目(ヴァーデリス)を渡ったのは、間違い無くゲルハルト歴6386年4月21日だった。

現実ならいろんなお客様の年度初めイベントに駆り出されて忙しい頃だと思ったのを覚えている。


「なんだ、ユーキ殿。どうした?」

「それじゃ、僕等が落ちてから1年と5ヶ月しか経ってないことになりますけど……」

「うん?我等が別れてから季節が一巡(ひとめぐ)りと少しでだいたいそんなもんだぞ、それがどうした?」

「先輩、どういうことですか?」

「向こうの1分がこっちの1日じゃなくなってる。ログイン直後の次元の繋がりが深まったってアナウンスはそういうことか」

「あーあれ。そう言うことっすか」


昨晩から昼間でメンテナンスが行われていたけれど、そのメンテナンスを境に流れる時間が変わったらしい。

プレイヤーが増えてサーバーの負荷が増えたので処理速度を落としたのだろうか?

その結果、予定よりゲーム内の時間が進まないうちにログインできたようだ。

少しでも早く救出に向かいたい僕にはありがたい話だった。


「なんか知らんが落ち着いたようだな」

「すいません、取り乱しました」


僕が落ち着いたので3人の持つ情報を交換した。

バスの持つ情報も詳しくは池田がやられるところまでのものだった。

あの後、ルニと別れたバス達はそのまま河湾の小屋で数日待ったのだが戻らなかったらしい。

山賊にルニが遭遇した話はSNSに発信したものの又聞きだったそうだ。

池田達が去ってからの話に、時折掌を握りしめながら真剣に聞いている。


「そのようなことがあったのか」

「ええ、先ほど【メール】が送れたので生存は確認出来ましたが」

「そうか。それは良かった」

「ラルは今どこに?」

「ラル殿は魔法で出来る事もあるだろうと、いち早く決断されて、ルニート殿を探しに向かわれた。

半年ほど前に凄腕の護衛を雇い河を渡ったのだが、未だに便りが無い」

「そんな……」

「大丈夫だ。一ヶ月ほど前に港に残したお二方の頭髪より無事を確認している。

そして、ユーキ殿の情報から今なお健在と分かった所だ」


あの箱に収めた頭髪は感傷的なものだと思ってたけれど、実用的なものだったらしい。

壺ごと検査に掛けて、健康が損なわれた人物がいればそれが分かるとのことだった。


「先輩ッ!」

「なんだ、急に?」


さっきから言葉少なかった池田が急に声を上げた。


「僕は力不足です。今すぐには同行できません」

「……そうか」

「先輩が来るまで1年で仕上げるつもりで頑張ってたんですけど、3ヶ月じゃまだどうにもなってません」

「ユーキ殿、カズヤは相当に腕を磨いたのだ」

「例の山賊が簡単に扱っていた原初の祝福もコントロール出来てませんけどね」

「原初の祝福、我等(われら)が道場に伝わる『四極(しきょく)の至り』までをも物にし始めたところだ」

「そうですか、分かりました」

「元々、僕と藤本先輩のイベントだったのに申し訳ありません」

「お前のせいじゃないよ。あの山賊が悪いし、こんなイベント仕込んだシナリオライターが悪いよ」


池田が見たこと無いぐらいに凹んでいる。

いつでも元気な男が台無しだ。


「あー、その、なんだ。カズヤ殿の話を聞いて薄々感じていたのだが、先ほどのユーキ殿の話を聞き確信に至った」

「えっと、なんでしょうか?」


バスまで何か神妙な調子で言い出した。


「すまんが俺も同行は出来ん。痛恨の極みだが、その山賊とやらが相手では俺も足手まといとなろう」

「そんな……」

「同行の助けとなりそうなのは、我が師かチャルベルグ殿、ハザラル殿ぐらいだが、チャルベルグ殿はお年だ。足が悪く魔境は厳しかろう。ハザラル殿はこの地を空けるわけには行くまい」

「それじゃ、バスの師匠っていうと、ピニェーラさんなら?」

「それが、我が師は不在でな、間の悪いことに南境(なんきょう)に赴いておるのだ」


ルニとバスが魔の領域から戻らないことは明らかなのだ。

ここで行かないという選択は無い。


「それでも!僕は行きます」

「うむ。志だけならば、我等も同じだが、これでは結局、足止めしただけだな。すまん」

「いえ、ルニがまだ戻ってないことも、ラルの動向も分かったし、なにより二人の顔も見られて嬉しかったです。」

「そう言って貰えると助かる」


本当にどうしようか?

バスも池田も申し訳なさそうにしている。

冒険者ギルドにダッカ行きの護衛依頼が出てないかな?

ラルのように依頼を出せば受けて貰える人がいるのだろうか?

この道場と冒険者ギルドの他に伝手というと、コスギさんぐらいしか思いつかなかった。

ラルを巻き込んだ上に彼まで巻き込むのは躊躇われる。


「よう!お師匠殿!楽しそうな相談しちゃってんな!魔境の魔物肉は旨いかねぇ」

「なっ!」

「あなたは!!」

「えっ、誰すか?この道場の人ですか?」


沈黙を破るように、バスも良く知る人物が現れた。

池田に面識の無いその人物は、この状況に相応しいとも言えるし、さらに面倒になる可能性をも秘めた人物だ。


「お師匠殿、連れてったウチのお嬢に捨てられちまったか?」

「お師匠って、どう考えても師範のあなたがお師匠じゃないですか!」

「いんや、師範はしっかりホルドーに渡してきたからよ!で、お嬢とはうまくやってんのかい?」

「お嬢さん、ルニートさんは魔の領域で山賊にあって……」

「おい、ちょちょちょっ!冗談だ冗談!連絡も来てるし一切承知してっからな!それ以上説明はいらねえぞ!」


両手を前に突き出しながら僕の話を遮ると、慌ててそう言った。

猫耳がピコピコするのがなんだか彼らしい。


「まったく、お師匠殿は硬い。相変わらず弛緩が足りんなぁ」

「そんな雰囲気じゃないっていうか……」

「おいおい。しみったれてんなぁ。そんな硬い剣は折れて当然だ。いっちょ稽古付けて差し上げましょうか?」


へらへらしながらも眼光鋭い(さま)は相変わらず健在だった。

それでも、この人を見ているとなんだか心が落ち着くから不思議だ。

縁側で寝ているからこその効能だと思っていたけれど本人に備わった性質らしい。


「で、一体この方は誰ですか?なーんかお会いしたことがあるような無いような」

「おっと、カズヤは知らんか、ビガンの道場の【短剣術】師範であるサイモン殿だ」

「バス姉ちゃんよ。師範はホルドーに押しつ……伝授して引退の身だ。おりゃー今【飛剣術】の見習いなんだわ」

「す、すげえ!有名人じゃないすか!お会いできて光栄です」

「おう。よろしくな!」


池田も名前は知っていたようで目を輝かせている。

一方でバスは困った顔をしていた。

彼女の口からサイモンさんの話を聞いたのは一回や二回じゃない。

その人物から師範をやめたと言われても困惑するのも当然だろう。


「なんか凄ぇ面白そうな山賊が出たんだろ?お嬢もいい修行してんなぁ」

「修行って……今現在も遭難してると思うんですけど」


思わず反論したが、修行というサイモンさんの主張はなぜかしっくりと来た。


「修行ってなぁ、楽しく無くちゃいかんよな。俺もせっかく【飛剣術】修めるなら手狭な道場じゃなくて魔境ぐらいが丁度いい」

「丁度良いって……魔物がうろつく恐ろしい所ですよ」

「てことで魔境にゃ俺も一緒に行かせてもらうから!」

「え?!一緒に!」

「おう!そういうことだ。お師匠殿よろしくな!」

「サイモンさん!ありがとうございます!」


僕に対する呼び名は改めて欲しいが得難い実力者だ。

サイモンさんは斥候職としても相当な腕を持つことは広く知られている。

突然現れてびっくりしていたがこんなに心強い同行者は居ない。

こうして僕は強力な仲間をゲットした。


「んで、サイモンさんはやめてくれな!とりあえず呼び捨てで頼むわ」

「努力します。それじゃ僕の事もユーキで」

「うーん。ま、いいか!お互い呼びたいように呼べば。俺はお師匠って呼ぶぜ!」

「いや、いやいや。師匠って言われましても教えられることなんか無いですよ」

「んなこたねえ。【飛剣術】はお師匠殿に稽古付けて貰ったもんだし、聞きてえこともまぁまぁ一杯あるぜ」

「聞きたいことですか、ちなみにそれって何ですか?」

「まぁ、それは道中でボチボチとな……」


サイモンさんは話したく無いのかな?

それとも話すと長くなっちゃうのかな?


『ルニートが【メール】を開封しました』


「あっ!!!」

「ユーキ殿、如何した?」

「今、ルニが【メール】開封したって通知が来ました」

「そりゃー良かった。やはり無事なのだな」

「安心しました」

「そいつは良い知らせだ。丁度旨そうな賄いの匂いがするんで、とりあえず飯にしましょうぜ!」


サイモンさんは相変わらずのマイペースだった。

ここヘルムートの道場でも凄い人望で、彼の一声でさっさとご飯となり宴会となった。

道場の皆さんに肴と酒を貢がれてご満悦のサイモンさんは子供のような振る舞いで微笑ましい。

ホルドーさんに役目を譲ったという彼は少し身軽で、そして変わらない芯の強さを持って居た。

ずいぶんタイミング良く現れたが、わざわざ僕たちに力を貸すために来てくれたのだろうか?

彼にそれを聞いても、絶対に答えてくれないだろう。


「お師匠殿も()ってますかい?」

「ええ、食べてますよ」


ルニを助けないうちはと思って居たけれど、無事は確認されている。

僕はさっきログインしたところで、お腹減ってなかったけど、僕も折れない剣になるために、少しだけサイモンさんに習って寄り道だ。

それでも、トトリーさんと並んで食事を取る池田の表情はちょっと緩みすぎじゃないかな。


115人ではなくて、5人なのであしからず。

ゾルラルル、カズヤ(池田)、バスピール、ユーキ、サイモンで5人です。


次話「12 再起する物、失われた物」は7/16(日)の予定です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アクセス研究所
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ