10 ヘルムート再び
前話のあらすじ
悶々とした不安を持て余し出社したユーキは用事を終えても悶々としていたら田波部長に帰らされた。
サッカーでも野球でも一流選手というのはオフでも普段通りの振る舞いで結果を出す。
大会だろうが、悪天候だろうが状況に左右されず普段通りの考え方とやり方を持ってあたるのが一流だと聞いたことがある。
だから、逸る気持ちを抑えるべく深呼吸している僕には違う戦い方がある。
今できることを精一杯やる。ただそれだけだ。
『身体損傷のペナルティにより現在はログインできません。修復予定の18:00以降にログインしてください』
メッセージが微妙に変わり確実にログインできることが示されている。
ちなみに葛西と藤本がログイン可能となるのは明日以降となるようなので僕一人の予定だ。
帰宅中にSNSでやりとりした二人はとても悔しそうにしていた。
間もなくその午後6時になる。
僕はもう一度深呼吸した。
会社を出て電車の中でもログイン後の行動予定を考え抜いた。
うっかり最寄り駅を乗り過ごす程には考えた。
確認してみなければ分からないこともあるけど、やることは整理されている。
あと1分。あと30秒。あと10秒!
アンネ様のアイコンに触れていると周囲が暗転した。
再び明るくなり、僕は塀に囲まれた広場のような場所に立っている。
「よし!」
離れた場所では武器を打ち合う冒険者達の姿が見える。
ここはヘルムートの冒険者ギルド。その鍛錬場に立っていた。
藤本に聞いていたのと全く同じ。ここまで想定通りだ。
【コンソール】にはメッセージが出ていた。
『メンテナンス情報:
地球と大地の次元の繋がりが深まりました』
こんなのはじめて見る。
なんのこっちゃ分からないが、後で誰かに聞けばいいだろう。
「【ウィスパー】!」
駄目元でトライした【ウィスパー】はルニに繋がらなかった。
ギュッと掌を握ると革で作られたグローブからギュッと音がした。
その根元には小手が肘までを覆っている。
重たい鱗で身体をがっちり覆うのは【ワイバーン】の鱗鎧だ。
胸元を見ると大きめの鱗が三枚ついていた所がぽっかりと穴になっていた。
装いを改めたいが、まずやるべき事はそれじゃない。
小走りで練武場の脇にある作業用の机に向かう。
「【メール】!」
椅子に座りながらスキルの使用を告げると、便せん一枚とペンが机の上に現れた。
ルニの生存が確認出来るスキルがあったのだ。
【ウィスパー】ではヘルムートの両端で会話出来ないし、【パーティチャット】は【パーティ】前提でそもそも有効範囲が狭い。
でも【メール】ならロックバルトに居るエイギールさんに送った実績がある。
相手が送信範囲内に生存していれば送れるはずだ。
慌てる心を宥めながら間違いのないようにペンを走らせる。
宛先欄にルニートと書き込み、伝えたいことを簡潔に書いていく。
内容はログインを待つ間に何度も検討した。
始めに、ルニを一人残してしまった事への謝罪。
続いて、たった今復活し、ヘルムートに戻ったこと。
これから再びダッカを目指しルニを救出に向かうこと。
便せんを大きく余らせているが、これで十分だ。
少しでも遠くに届きますようにと願いを込めてペンを持つ手に魔力を込める。
そのまま署名欄を埋めると、便せんとペンが光を放ちながら消えた。
「よおおっし!!」
少し大きな声が出て周りの冒険者の視線を集めてしまった。
ひげ面の似合う熊っぽい獣人のびっくりした目と目があったがにこりとすると向こうが顔を背けた。
人の目なんてどうでも良いぐらい僕は今嬉しかった。
【メール】は宛先が無効な場合、光を放たずその場に残るという。
つまり、ルニは生きている!!!
「よし!」
目の端から涙がこぼれ落ちそうになるのをぐっとこらえる。
緊張を切らしてしまうのはまだまだ早い。
生きていることは分かったが、無事であるかどうか分からない。
出来る事をやるべきだ。
急ぎの確認を追えたが、すぐにもやるべきことは2つ。
まずは現状把握、そして遠征準備に取りかかりたい。
現状把握としてまずやることは3人の動向と、彼女達の持つ情報入手、そして自分の状況把握だ。
3人とは退却に成功していると思われるバスとラルの2人に加えて先にログインした筈の池田のことだ。
それから、遭遇戦で上がっていたスキルレベルも確認しておきたい。
【森崎さん】に収納された物が現状どうなっているかも重要だ。
遠征準備としては、同行人の選定と装備類の準備が必要だ。
自分の力は痛感したので、冒険者ギルドなどを頼って高レベルの冒険者に同行を依頼したい。
その規模に似合った準備も必要になるし、前回失った装備も補填したい。
特に山賊に破壊された防具と短剣の修理または交換は時間が掛かりそうなので早めに着手したい。
「【ウィスパー】!」
撤退時のリーダーを担って貰ったバスに繋ぐとあっさりと繋がった。
彼女はここヘルムートに戻っているらしい。
『すいません!ユーキです。今良いですか?』
『っと、ユーキ……ユーキ殿か!!急いで道場に来てくれ!』
『分かりました。その前にラルに連絡入れても良いですか?』
『あいつは今は居ねえ。カズヤも道場だ。とっとと来てくれ!』
『わかりました』
池田が道場に居るのは可能性として予想の範囲だったけれど、ラルが居ないのはどういうことだ?
彼女も撤退でなにか問題が起きたか?
こういうとき急ぎ過ぎても駄目なのは社会人生活で学んだことだ。
早歩きで、鍛錬場を出た。
『ユーキさん、お待ち下さい』
『お召し物を交換致します』
『あ、お願いします』
【森崎さん】はこんな時でも有能だ。
一瞬で服装が差し替えられ、道場に向かうのに相応しい道着へと変わった。
皮の胸当てが着いた道着とブーツの某SF風な装いは違和感は無く、むしろ懐かしい。
中央通りに出て西に進み、南に折れて武術道場に向かう。
今回2度目になるが、ヘルムートの町並みにもだいぶ詳しくなったものだ。
夜8時に落とされて夜6時に戻ったからこちらでは4年近くになる。
厳密には3年8ヶ月ぶりになるが町並みに違和感は無い。
『【ステータス】!』
ヘルムートを出た日を起点の差分を確認だ。
渡し船で見たカレンダーの日付、ゲルハルト歴6386年4月21日を起点に表示する。
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ユーキ(地球人・男)
能力値
体力 439 /439 (274+165) [ 1531 /2730 ] +1 Up
魔力 302 /302 (201+101) [ 1975 /2000 ] +1 Up
筋力 395 (263+132) [ 2072 /2620 ] +1 Up
器用 290 (193+87) [ 917 /1920 ] +1 Up
敏捷 375 (234+141) [ 1528 /2330 ] +1 Up
スキル
・身体
【器用強化】5 [ 111351 /1500000 ] +1 Up
【敏捷強化】6 [ 330042 /6000000 ] +1 Up
【受け流し】5 [ 770713 /1500000 ] +1 Up
【回避】6 [ 522753 /6000000 ] +1 Up
【再生】7 [ 10809757 /30000000 ] +1 Up
【並列思考】4 [ 52182 /1200000 ] +1 Up
・武器
【飛剣術】11 [ 1085050505 /12000000000 ] +1 Up
・加工
【解錠】2 [ 4003 /30000 ] +1 Up
・異世界
【AFK】9 [ 321149742 /450000000 ] +2 Up
所持金
101,088,655¥ - 1,000,000¥
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スキルレベルの上昇は殆どが山賊と対峙しているときに上がったものだが、なんだろうこれ?
【飛剣術】が上がってるのは何だろう?山賊と戦った時に上がった記憶は無い。
それはいいとして、【AFK】が2つも上がり9になっていた。
前は1時間に10000に【成長加速】の1割増しで11000ずつ上がっていたが、ログイン前に計算したのより多い気がする。
まあいい、これは戦闘に関係するものでは無いので、細かい確認は後回しだ。
『ユーキさん、装備類についても確認していただきたいことがあります』
『道場に着いたので後でお願いします』
『承りました』
【森崎さん】からの申し出は申し訳無いが一旦断った。
冒険者ギルドと道場の距離は意外に近い。
確認しているうちに門の前に着いた。
門衛は知らない人物だった。
「その道着、ビガンの剣士と見える。如何なる用件でお越しか?」
「はい、【短剣術】師範代のバスピールさんにご用がありまして……」
そこに奥から声がかかる。
「ユーキ殿!よくぞ戻られた!さあ入ってくれ!」
両耳がピンと伸び、眼光鋭い細身の女性がこちらに向かって歩いてきていた。
以前と変わらないその姿に胸が熱くなる。
「バス!!」
彼女の表情には陰りは無い。
無事にヘルムートに戻っていたようだ。
バンバンと無遠慮に背中を叩かれるのも何故か嬉しかった。
「壮健……じゃねえな。ハハハ。なんだよ!そのしみったれた顔はよう」
「ルニが……」
「あー分かってる。話は中に入ってからだ!」
思わず涙が一筋こぼれた。
彼女があまりに背中を強く叩くからだ。そう仕方がない。
次話「11 5人の決断」は7/13(木)の予定です。
こういう展開なので早くアップしたいので、頑張って書いています。




