ex6 ノゾミの希望
前話のあらすじ
コシュギーヌス(コスギ)によるユーキ達パーティメンバーの回想
彼女は頑張れば何でも出来る子だった。
親の期待を受ければ勉強を頑張り。
先生の期待を受けて学級委員を何期も務めた。
テレビを見ていた祖母が元気で良いねえと言うので何となく入ったテニス部でも県大会まで勝ち上がった。
そして先輩の期待を受けて部長をそつなく過ごした。
顔が見えるところに進んでくれたら安心するという祖母の言葉に地元の道を選んだ。
地元の大学に入り、やがて地元仙台の杜の都ホテルに就職した。
彼女の名は森崎希実。周囲に才女として認められる女性だ。
いつでも相手の期待に応えようとする彼女にはホテルの仕事は天職のようだった。
やがてコンシェルジュとしてスキルを磨きサブチーフに抜擢されたのも無理からぬことだ。
ホテルのスタッフとして多くの接点を持った。
レストランの経営者、シェフ、パティシエ、ソムリエに多くの美食家達
貸衣装屋、カメラマン、神父に神主と式を挙げる者達。
国内外からの旅行者、ホテルでのイベントを仕掛ける者達。
売れない芸人に、一流のビジネスマン。ワンマン社長達。
自身の欲求を動機として無茶なイベントを楽しみ、無理を通し喜び合っていた。
彼女も仕事を通して一緒に作り上げる楽しみに触れるようになっていた。
───────
森崎が勇輝達と一緒に仕事をしたのはその頃だ。
それは関東を中心に商業展示イベントを得意とするイベント運営企業の仕切りでそれは準備の真っ最中だった。
必要とされる電子機器が多く電源容量は足りたが通信インフラが足りないなどの問題を乗り越えながら準備は進んでいた。
ARスポーツというあまり見たことがない種類のイベントにホテルの従業員達も興味が尽きなかった。
少数精鋭らしく会場設営の現場配置を見直したり、機材の追加発注を掛けたり、機材を設定したり、動作確認をしたりと誰もが勤勉に働いていた。
その中でもある人物が特に精力的に動き回るのが目についた。
全てのメンバーから何かを聞かれては先頭に立って動いていた。
イベント運営企業のチーフなのかと聞けば、クライアントの営業の一人だと言う。
その彼、渡さんは営業らしいのだが開発スタッフと思われるメンバーから相談を受け淡々と指示を出していた。
イベント運営企業はビデオ中継のための環境構築はお手の物らしいが、今回は一筋縄ではいかないらしい。
ARスポーツというその競技では双方向の通信が必要ということで技術寄りの課題が多く見つかった。
その企業はフットワーク軽く対応し足りない機材が次々と運び込まれる所までは良かったが課題に突き当たった。
機材管理の担当者が不在なのだ。
小さな企業では良くあることではあるが、イベント規模に対して明らかにメンバーが少なかった。
機材が積み上がって混沌とし始めた頃には森崎はこの集団から目が離せなくなっていた。
彼らの助けになりたいと遠くから眺めることをやめ、意を決して飛び込んでいった。
柱の陰で泣いていたイベントチーフの女性を見つけ、助力を申し出た。
勤勉な彼女はクローク業務を担当していた頃、興が乗って物流管理から遡り生産現場の仕組みまで学んだことがある。
周囲にはやり過ぎだと笑われたが、今回それが生きた。
トヨタの看板方式と言われる手法の中のいくつかをこの場に借りて滞った資材は流れ出した。
それはとてもやりがいのある仕事だった。
現場のメンバーと同じく、クライアントの男性の時折見せる熱意に感化されて準備は進んだ。
やがて資材の山は解消されソフト面の調整が始まったが、その彼が面白くて仕事の合間に会場に足を運んだ。
イベントには多くの来場者が訪れ大成功だった。ホテルの評判にも貢献したという。
例の渡さんはイベント当日は司会の綺麗な女性と一緒にステージに立ってその変わった機材を操作していた。
複雑な動作が臨場感を持って行われる盤上とイベント参加者の熱気が支配する空間だった。
周囲の熱気と裏腹にやる気が感じられ無い彼の表情が何故か心に残った。
───────
そのイベントは短い間隔で新製品が出る度に毎回ホテルで行われるようになった。
森崎はいつの間にかそのイベントが開催される日を心待ちにするようになっていた。
一方でホテルにも転機が訪れていた。
ホテル業とは別の所で、ホテルの運営会社の経営が失敗しホテルは事業譲渡されることになった。
創業家の縁故者が興した事業を継承したがどうにもならなくなってしまったらしい。
新たな経営母体は海外企業だったこともあり、海外からの旅行者とイベントに重点を置いた結果、要求品質がじわりと下がった。
新しい経営母体から派遣された社長はコストに見合ったサービスを強く掲げた。
従来のイベント運営はコストに見合わないということで大きく見直された。
おかげさまで新たに多くのお客様は現れたが、イベントの性質が大きく変わっていった。
同僚の中に転職するものが現れ始めた。その多くは同業他社の門を叩いた。
森崎はこれまで周囲の期待に応えることこそが生きがいと生きてきた。
お得意様の笑顔を見ると嬉しくなるし、調子が悪そうであれば世話を焼いた。
この仕事が好きになっていた。
そんな最中、ついに例のイベントを失注したと聞いた。
同僚に恵まれ、馴染みのお客様もいて愛する職場だったが心がそのイベントに向いていた。
彼女にとって不思議なことにこれだけは自分から関わりたいものになっていた。
お客様の望みを叶えることに使命感を持つ彼女だが、これだけは自分の希望だった。
T&B社の求人は無かったがイベントに何度か来ていた営業部長だという女性に手紙を送った。
そのイベントに関わる仕事がしたいと熱い思いを綴った。
3日後にはその女性から連絡が来て、熱に浮かされるように地元を離れた。
───────
回りに惜しまれつつもあっという間の出来事でT&B社に入社した。
営業部長の女性とは今ではすっかり仲良くなり週に1度はお酒を飲みに行く仲だ。
その女性、田波百合は未だにその手紙のことを持ち出してくる。
二人で話したい事があると言われて会社帰りに近くのホテルのバーに来ていた。
「あれって、イベントに参加したいっていうより勇輝君に宛てたラブレターだったよね」
「もう。その話は百合の胸にしまっといてよ」
創業家だからってこれは人事情報の悪用じゃないかと彼女は思う。
それでも言われたことに心当たりがあるのか、希実は顔を赤くしていた。
まだ最初の一杯であり、酔いが回るには早かった。
「希実の仕事も少し落ち着いてきたかな?」
「結構予定通りには行かないのよね。そこはご存じじゃないですか?営業部長殿」
「存じておりますが、調達部の優秀な副部長殿にかかればそれも予想通り。でしょ?」
「さあね。それでも出荷を止めて貰っているからチームにも余裕が出来たわ。
私も余裕が出来て、今年は地元のお祭りにも参加出来たわ。あとは営業部長殿が予測を外してなければ大丈夫ね」
T&B社の商品は新興の領域のため生産量の見極めが難しい。
勇輝が開発に携わったという商品群は今や引く手数多で品薄だが決して安く無い。
「お、言ってくれるわね。私も確認したけど、斉藤君が『花丸です』って言ってたから絶対大丈夫よ」
「あー斉藤君かぁ。なるほど。それなら安心ね」
斉藤は営業の2大エースの一人だ。
少し喋り方が変わっているのが玉に瑕だが商機への嗅覚が凄いと評判だ。
態度も真摯で、面白いし見た目も格好いいと女性陣の人気も高い。
森崎はその実力は認めていたが、勇輝を風俗に連れて行こうとするので少し苦手にしていた。
「百合とこうやって話をするのも楽しいんだけど、本題は何かしら?」
「あ、そうそう。実から情報のあった勇輝君のやってるっていうゲームなんだけど」
「あっ、あれ!部署の男の子が機械が売り切れで手に入らないって嘆いてるのを聞いたわ」
「そうそう、まずは本体が品薄なのよね」
彼女はT&B社の商品を入れるための手提げ袋を足下から持ち上げてちらりと見せつけてた。
ショーパブなどで導入されるシーンも増えたのでどこに出しても恥ずかしくは無いデザインだが少し大きい。
「百合がいち早く手に入れたからって自慢しようって魂胆ね」
「違うわよ。これは希実の分よ」
「ええ。すごい!どうやったのこれ?」
「ウチの親会社がプロトタイプの作成で協力してたらしくてね。その伝手で譲って貰ったのよ」
「凄いね。持つべきは美人の友人と人脈ね」
「ははは。ありがとう。希実もホテル時代の人脈から手に入れられないこと無いんじゃ無い?」
「そうかもしれない。でも迷ってたからありがたいわ」
お客様の欲しい物を手に入れるために別のお客様を頼りにすることはしてきた。
それでも、自分の欲しい物を手に入れる為に大切にしてきた以前のお客様を頼るのは気が引ける。
「それからコレね!じゃん」
百合は鞄からDVDケースより一回り小さいパッケージを二つ取り出した。
その表面には緑色の月に角が生えた美女が祈りを捧げるイラストが描かれていた。
デザインされたフォントで『スキルクリエイターズワールド』と書かれている。
「凄いね。もの凄い品薄なんでしょ?」
「そうなのよ。本体よりこっちの方が大変だったわ。これを手に入れるためにいくつかの貸しを作ることになったんだから。感謝しなさいよ」
「えっ、これ譲って貰って良いの?」
「そのために呼んだんだから」
「これ全部で幾らかしら?」
「良いわよ水くさい。その代わり今日と次のお代は希実持ちね」
「感謝するわ。ありがとう百合」
こうやって対等に付き合ってくれる友人が得られたことも転職して良かった事の一つだ。
「譲ってくれた人の話だと、こっちの1分がゲーム中の1日なんだって。時間がずれるとゲームの中で合うのは大変らしいよ」
「なんだかややこしいわね」
「実の情報だとヘルムートって所に向かってるらしいわ」
「同じ開発の藤本君と合流するって話だったわね」
「まぁ、ゲームの中で出会えなくても共通の話題で話が出来るんだからちょっとやってみなよ」
「百合もやるなら一緒が良いな」
「今日は駄目ね。この後、さっそくその貸しを返すためにお食事よ」
「私が先にやってても良いの?」
「そうして頂戴。親友には頑張って欲しいしね」
「ライバルには負けないわよ?」
「望む所だわ。希実は奥手だからね」
「あら?百合には言われたく無いわ」
彼女達は彼の事情を共有した結果、ユーキの職場の若手である柴田以外は一歩が踏み出せていないのも事実だ。
その柴田も現在の所、勇輝から見て面倒見は良いけど口五月蠅いお母さんみたいな奴という認識なのだが。
二人でひとしきり笑い合うと希実はバーを後にした。
百合はこの後、同じバーで待ち合わせらしい。
「……ありがとう」
ぽつりと零した言葉は人混みにかき消えて誰にも届かない。
手に持つゲーム機のしっかりとした重さが希実には心地よかった。
通勤電車に揺られながら、彼の待つ地に思いをはせた。
次話「ex7 戯れる獣達」は6/3(土)の予定です。
ちょっと悩んだのですが、1話追加して閑話は6話にします。
ex8として登場人物の振り返りをして4章分は終わりです。




