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ex4 ヘルムートの一族

前話のあらすじ

 ユーキがオリハルコン塊を加工してもらった時のエルフ彫金師から見た話。


女は激戦の地で魔を祓い闇を退けた勇者だった。

とめどなく雪崩れ込む魔物の群れに人々がこの世の終わりを思った時、希望を捨てなかった勇者だ。

激戦の中にあって懐に忍ばせ続けた手紙を見つめる。

無骨だが頑丈そうな手紙の皮筒は色が茶色に焼けていた。


「この地からの最後の手紙となるでしょう。

敵の群れは大きく、山頂に用意したこの拠点も今日中に飲み込まれます。

昨日、遠くから迫る竜亀種である超級魔物の存在を確認しました。

鷹の目を持つヴィリーの話ではそれが最後尾であるようです。

あと3日以内にはそちらに最後尾が届くと思います。

それを耐えきれば我らの勝利となるでしょう。

各地が激戦の最中ではありますが、援軍は届いていますか?


この手紙を書き終えたら我々もここを立ちますが、恐らく包囲を抜けられないでしょう。

あなたを困らせることと知りつつこれを書き留める卑怯な私をお許し下さい。


私がこの任務についたのはコーザ様に生き延びて欲しかったからです。

消して無茶はしないでください。あなただけは生き延びて下さい。

初めてあなたにお会いした時から、私の心にはあなたという太陽が輝き、毎日が夢のようでした。

この手紙があなたの助けとなることを祈ります。


愛する我が太陽コーザ様へ

一の従者バリスタンより」


使役されたライジングホークによって届けられたその手紙は今なお彼女の手元にあった。

開かなくても一字一句を覚えてしまった。

最前線にあっても彼の書いた文字はとても美しく目を閉じればそれが浮かぶ。

口少ないバリス。愛しているなんて一言も言われたことが無かったのに。


───────


魔境都市ヘルムートの始祖コーザ・ヘルムートの伝記は悲恋の物語だった。

多くの命を散らした戦場にあって、彼の帰りを待ち受けるコーザ嬢は必死に戦った。

仲間を鼓舞し、時に前線に切り込み。山のような魔物を討ったという。

帰らぬ男を捜し回り、戻らぬことを承知で彼が戻る場所をと防衛の拠点を興した。

多くの示唆を含むその伝記はこの地に住む者だけでなく、魔の領域と戦う者達の経典(バイブル)だ。


彼女は拠点を興したことが大きく評価されこの地の貴族に任ぜられ、この地の呼び名である地獄を見た大地(ヘルムート)を家名とした。

生涯独り身を貫いた彼女は晩年に太守の座を己の側近であり、弟の息子でもあるヴァルガーン・ヘルムートへ委譲し、ひっそりと過ごしたという。

コーザは既に世を去ったと言われているが生死は明らかにされていない。


魔の領域に向かう者達にとって、ヘルムートは偉大な都市の名前であり一族の名前でもある。

ヴァルガーンは私兵を整えその手腕で城砦都市ダッカを開いた。

やがてダッカに長男カドマスを、ヘルムートに長女ミルザリアを据えると自身は後進の育成に尽力した。

今も尚、武術道場の道場主としてこの地を守る若い力の育成に努めている。


───────


「おお!ハザラル兄上!息災であられるか?」

「応とも。パイヤも息災か?」

「はい。それより、今回も兄上が来たと言うことは、父上はまだお戻りにならないのですか?!」

「父上は未だ討伐の任より戻らん。お役目ゆえ仕方無いことだ」

「な・に・が!お役目ですか!大叔母様と旅行を楽しんでおるだけでしょう!」

「ハハハ。父上は長きに渡りこの地に尽力されたのだ。少し羽目を外すぐらい多めに見ろ」


ここはヘルムート北東に鎮座する領主の館だ。

小さな城ほどあるその館は街ではヘルムート城と呼ばれた。

その会議室に普段は武術道場で寝泊まりするヘルムートが5男ハザラルが姿を見せていた。

それを迎えたのはヘルムートが9男パイヤだった。

本日はヘルムートを修める領主主催の定例会議なのだ。


「お前達。ここは我が家の食堂では無いのだ。弁えよ」

「あっ、姉上!……コホン……太守殿。大変失礼しました」

「ハハハ。ミルザリヤ殿。良いでは無いですか。兄弟の絆が堅牢なのは大変に好ましい」

「これはナトラート殿。お恥ずかしいところをお見せしました」


円卓を囲んで席を埋めるのはそうそうたる顔ぶれだった。

冒険者ギルド長[竜の髭]ナトラート、

魔法ギルド長[青炎の柱]バリステイロン、

魔道具ギルド長[奇跡の箱]ゲニモグ、

港湾ギルド長[鋼糸繰り]ダム、

武術道場主代行[氷の奇剣]ハザラル、

ヘルムート騎士団長[華麗なる刃]パイヤ、

それに領主である[穿つ双拳]ミルザリア、

各方面の要はいずれ劣らぬ猛者ばかりだ。


ここは魔境都市。

魔の領域に隣り合わせの都市をまとめるには武の力こそが重要なのだ。

鍛冶、裁縫、皮革、錬金、食事、宿泊ギルドも組織を構えていたが魔道具ギルド長ゲニモグがその全てを代表している。

ここに集まっているのはいずれもガーヴァーンが鍛え抜いた者達だった。

彼は留意され道場主として席はあったが、実質引退を決め込んでおり会議にはもっぱらハザラルが出席していた。

事実、彼不在であってもヘルムート一族の元に魔境都市はまとまっていた。


「それでは今月のヘルムート守護会議を始める!」


ミルザリアの小気味良いかけ声と共に会議は始まった。

街の治安、冒険者の実力者の動向など、街の状況がそれぞれの視点で共有された。

冒険者ギルド長ナトラートからは困ったような、それでも嬉しそうな笑顔と共にこうあった。


「例のパーティが狩りすぎてしもうての、ありがたいことじゃが初心者講習(ブートキャンプ)の獲物が枯渇しておる」

「先月も話題となりましたが、確かに我が騎士団の定期巡回からも同様の報告が上がっております」


騎士団長パイヤからもそれを裏付ける報告が続く。


「余りに数を減らせば魔境の魔物共を招くことになりますぞ」

「その心配には及びませぬ。既に魔石買い取り停止などの手は打たれております」

「実際大地の裂け目(ヴァーデリス)は何時も通りだぁー。問題ねぇぞ」


魔道具ギルド長ゲニモグの懸念は冒険者ギルド長ナトラートと港湾ギルド長ダムの二人が即座に打ち消した。


「[ゴミ収集家(ガベージコレクター)]はその名に似合わず相当の実力のようじゃな」

「あれにはウチの元気なのも混ざってんだ、バリス爺さんその名は止してくれや」

「そう言えば。ハザラル坊ちゃんは顔見知りでしたな」

「バリス殿。坊ちゃんは辞めてくれ。確かに道場で見た顔もある[旋回姫(せんかいき)]は言わずもがなだが、[爆炎の闘士]も大した腕だ。ただ、首魁の[悪食]はバスの奴の情報も要領を得ないし相変わらず良く分からん。[凶獣]殿が認めたと言うが見た目はひょろっとした男だ。[暗夜の歌い手]も良く分からんが、そっちはバリス殿が詳しかろう」

「ゾルラか。あれも分かりにくい娘であるが、相当な実力者だの」


魔法ギルド長バリステイロとハザラルの会話が[ゴミ収集家(ガベージコレクター)]の構成員の話題に及ぶ。

当然その程度の情報は皆持っていたが、身内の情報となればその価値も高いため誰もが聞き入ろうとしていたが、ミルザリアから静止がかかる。


「バリス殿もハザラルも本題から逸れておる」

「これはこれは、失礼した」

「お二人のその情報は後ほど書面で回してくれ」

「はっは。承知しましたぞ」

「御意」


長き時を生きる森人族(エルフ)魔人族(デーモン)の二人を放っておくといつまでも続く。

とは言え、ミルザリアも会議の進行を意識しただけで、十分に興味はあったらしい。


「異界神様の取り組みがこれほどの変化を呼ぶとは膝元たる冒険者ギルドを束ねつつも我も全く予期せぬ事。我もまだ未熟ということよな」

「それを言えば我らも同じ事よ」

初心者講習(ブートキャンプ)も変革の時かもしれませぬな」

「その[ゴミ収集家(ガベージコレクター)]だが、今頃は大地の裂け目(ヴァーデリス)を渡る頃だ。変えるにはまだ早いぜ」

「ほーう。そいつは初めて聞いたな」

「おっと、領主殿の視線がキツいんでこれもまた書類でな」


ナトラートが竜人族(ドラグーン)特有の力を秘めた瞳を閉じ捻り出した懸念は、ハザラルが即座に否定した。

姉から視線を逸らすハザラルの情報を踏まえれば初心者講習(ブートキャンプ)の魔物もそのうち戻るだろう。

なぜなら[ゴミ収集家(ガベージコレクター)]のように儲けの薄い魔物を集中的に狩る冒険者は多く無い。

それに魔物は子を成すこともあるが、その大半は魔物渦と呼ばれる渦から勝手に生まれてくるのだ。


「変革と言えば私からも提案があります」

「なんじゃ騎士団長殿」

「我らは父上に鍛えられた身故、考えが武に偏りすぎるきらいがあります」

「パイヤ。何が言いたい」


突然切り出したパイヤの発言をハザラルが眼光鋭く問い詰めた。

筋脳であることが図星だったのかお兄ちゃんはちょっと怒った様子だ。


「この守護会議に生産系ギルドの要人を加えるべきかと」

「はー。パイヤの坊主も言うようになったな。俺の手腕が足りねえって事かよ」

「ゲニモグ殿そうではありませぬ。大叔母様がこの地を守られた時より多くの時が流れ、一時期より市井の武具の質が落ちていると思うのです」

「ぐっ、そいつを言われちゃあ痛えな」


反射的に反論した魔具ギルド長ゲニモグにも心当たりがあるようだ。

小人族(ホビット)特有の小さなからだを更に小さく縮めた。

ここに集う者達にも少しばかりの心当たりはあった。

自分自身は領主お抱えの職人達に伝手があったが、配下の者の武具の手配についてはそうは行かず、遠くから取り寄せる場面が増えていたのだ。

火急の課題ではないと思っていたが、確かにこれが続けば由々しき自体に繋がる。


「これは然り。パイヤ坊ちゃんも立派になられましたな」

「そういや船の職人も若いの者の腕が少ぉーし落ちたと言う取ったわな」

「パイヤちゃんも騎士団長ってことなのね」


皆はガーヴァーンの門弟であると同時にパイヤの良き先輩達だった。

つまりパイヤに甘かった。


「くっくっく!」

「ダハハハ。こりゃ騎士団長にやられたな」


ミルザリヤとハザラルは急に笑い出す。


「でもあれだろ?お前の趣味の充実も狙ってんだろ?」

「そ、そのようなこと」

「ダハハ。図星だな。まぁ良い。我らヘルムートの一族は広き視点を持たんとな」

「ククク。そうだな。パイヤの提案は一考の余地ありだな」

「相応しき者といえば──」


笑いを交えつつも真剣な議論は続く。

彼らはこの地ヘルムートの守り手。コーザの意志を継ぐ者達なのだから。


次話「ex5 庭の子守」は6/01(木)の予定です。


(2019/04/02)修正

誤字報告ありがとうございました

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