16 収納する力にもいろいろある
前回のあらすじ
熊が出てきたが倒せた。戦利品が大きすぎて困った
日が落ちつつあるが僕はまだ狩り場にいた。
このゲームは夕焼けが綺麗だ。ちょっと現実から目を背けている僕がいる。
熊の毛皮を持って移動してみたがすぐに断念してしまった。
魔石も結構な重さだったし、毛皮は意外な重さで大きさ的に持ち運びも厳しかった。
導入クエストの報酬だという【インベントリ】があれば何とかなるんだろうか?
【インベントリ】というとアレだな、社会人になってから深夜に見ていたアニメを思い出すな。
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ちなみに、主人公の趣味が古銭収集というので興味が出て見始めたがその設定はほとんど死んでいた。
主人公の必殺技がARデバイスのヒントになりそうだったので見続けていたら、いつの間にかハマっていた。
後で聞いたら池田もハマっていたらしい。もっとも彼はほとんどのアニメをチェックしているらしいが。
そのアニメはなんか流行した小説のスピンオフ作品らしかった。
主人公は邪神に間違えて与えられた特殊能力で戦うという設定で、いくつか特殊能力を持っていた。
そのうちのひとつが【インベントリ】というちょっと多めのアイテムを持ち運ぶための特殊能力だった。
主人公はちょっとドジな性格で、定番の失敗をやらかすという設定だ。
ある日は【インベントリ】に仕舞って忘れてしまった料理が発酵して酷いことになっていた。
また、別の日には預かっていた書類がインベントリの中で濡れたタオル一緒になっていて文面が読めなくなっていた。
そしてあるときには無くなったと大騒ぎしてみんなで探した結果、見つからなかった重要なアイテムが彼の【インベントリ】から出てきた。
そんなものを見ていたせいで、【インベントリ】という名前は運用でやらかすイメージしかない。
実際に入る大きさや量はどんな感じなんだろうか?
ゲームのようなインタフェースでリスト管理されている風では無いだろう。
ヤマトさんが使っていたのを横で見た感じでは、ドラえもんの四次元ポケットのように手を突っ込んで思い描いたものを取り出す感じだった。
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収納するだけなら、ARスポーツの会場としてよく使っていた宮城県は仙台市の仙台杜の都ホテルのクロークが最強だと思う。
よく発表会場などにも使わせていただいたホテルだ。
発表会の会場設営作業に必要な資材をイベント前に一旦ホテルに預かってもらうことが多かったが、クロークの森崎さんが優秀だった。
初めて我が社の仕切りでARスポーツの大会が行われることになった。
設営を営業部で切り盛りしたが、我々は素人部隊だったため、ホテルのイベント担当の花見さんの力を借りて必要な物を想定して挑んだ。
花見さんは経歴の長いイベント畑のプロだったが、ARスポーツという新しい文化が分かっていなかったため、後から後から必要な物が見つかった。
我々はその領域ではプロだったため、ホテルの開場に次々と資材を運び込んだ。
そこまでは順調だったと思う。そこからが大変だった。
花見さんが詳しくない資材の振り分けに困っていた。
彼女は混沌とした資材の山に現れた。イベント担当の花見さんが泣きついたのだ。
イベント会場でのクロークもお願いする予定ではあったため出番を前倒ししてもらったのだ。
彼女は収納管理というか物流のプロだった。混沌としていた物の流れがあっという間に整えられた。
イベント会場の設営というのは短い日程にいろんな事を詰め込んでいるため、結構想定していないことがいろいろ起きる。
彼女はその難問をホテルマンらしい毅然とした態度でにっこりと笑いながら解決していった。
イベントは大成功だった。
我が社は気を良くして別のイベントを仕掛けた。失敗を学んだ我々はプロのイベント運用会社にイベントを委託した。
ARスポーツの大会をやったことがあるという触れ込みで任せたのだが、そのイベントは散々だった。
ARスポーツはやっぱり新しい文化だったため、理解が不十分だったようで、資材管理が滞った。
イベント自体は試合規模を小さくして乗り切ったが、プレイヤーの多くから不評を買った。
以降、我々のイベントは仙台杜の都ホテルが鉄板となった。
田波部長の誕生日サプライズの演出や手配について相談した時も森崎さんはにっこり笑って解決策を提示してくれた。
我々がそろそろ海外でのイベントを視野に入れた頃、仙台杜の都ホテルのある噂を聞いた。
ホテルの経営が傾き別の経営母体に事業譲渡されることになったらしい。
その翌週、彼女は我々の職場に居た。
田波部長が物流管理部門の担当として森崎さんをスカウトしてきたのだ。
クロークの担当さんって凄い。というかクロークってそんな仕事だったっけ?
ともかく彼女はクロークのエースから弊社の物流担当部門のエースになった。
年上の落ち着いた女性っていいよね。これは池田の弁だ。僕もまったく同意だ。
同僚になったら男子勢が彼女を狙っていて逆に話しかけにくくなったのが不思議だ。
田波部長からはお前もたまには森崎さんを誘って食事に行け!と度々言われたが、恐れ多くてちょっと無理だった。
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と、なんだっけ、【インベントリ】があったら良いなってことだった。
収納するだけじゃなくて、管理まで含めたらクロークの森崎さん最強!って思い出だ。
レベル上昇とともに管理機能が向上する【クローク】なんてスキルが生えたらいいよね。
「ユーキはスキル【森崎さん】を習得しました」
は?森崎さんだって?!待て、待って、スキルっていいました?
意味が分からない。意味が分からない。二度言わずにはいられない。
このゲームは僕の回想をどうやって読んでるの?超怖い。
待て、落ち着こう。
過去の反省から分からないスキルを習得したら、まずは【ステータス】を確認したい。
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【森崎さん】
収納の精霊森崎さんに物品管理を委ねることが出来る。レベルに応じて運用規模が増加する。
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森崎さんは精霊だった?!!
レベルに応じて収納の容量が増えるんじゃ無くて、運用規模が増加するらしい。
確認したら余計に混乱したような気がする。
と、そこに不意に声が聞こえた。
『ユーキさんよろしいですか?荷物はこちらで預かっておきました』
そこには森崎さんが立っていた。いつものように隙無く決まったスーツ姿だった。
熊の毛皮と迷い人の背負い袋はどこかに収納してくれたようだ。
「あっはい。ありがとうございます。あの、えーと森崎さん?」
『はい。森崎です。ご用命の際にはいつでもお呼び下さい。
なお、私の姿はユーキさんにしか見えないようですのでご承知下さい』
あ、なんかクローク時代の森崎さんだ。
同僚になってからは勇輝君と呼ばれるようになったし、もうすこし物腰が柔らかだった気がする。
「よろしくお願いします」
『はい、よろしくお願いします。それではまたのご利用をお待ちしています』
そして、すっと彼女は消えた。
嬉しいような、隠していたラブレターを母親に見つけられたような気持ちになった。
どーすんのこれ?
僕は、同僚がβテストをやっていませんように!とを天に祈った。
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