39 神威宿る刃
前話のあらすじ
バスピールの不用意な発言から、ユーキは短剣術師範代のダッゾスと一戦交えることになった。
「ユーキ殿、やる気はありがたいが、その魔剣はいかがなものか」
「うーん。やっぱりちょっと危ないですよね」
「ちょっと所では無い!【飛剣術】の原初の力が宿るとはお主が言ったことだ」
「そうなんですけど、勝手に出てきちゃったというか。引っ込めて……」
目の前に浮かぶスカッドを右手に掴んで鞘に収めてみたが、また元の位置に戻ってしまった。
スカッドから自分に敵を討たせろという意志を感じる。
「ちょっと無理そうです。ハハ」
「な~に、全く構わんぞ。我が魔剣『指喰らう双牙』の相手には丁度良い!」
「ダッゾス。もう止めはせぬが、ユーキ殿の魔剣はそういう次元では無いのだ」
「姉さんらしくもない!この男の腕が不安ならばそう言えば良いものを」
「あー!もう面倒くせえ!俺は忠告したからな!」
やり取りの間もダッゾスさんの視線が痛い。
自分で仕舞った短剣を自分で取り出している痛い人のように見えるだろう。
後ろの鳥人娘さんの視線はもっと痛い。
久しぶりの強制展開だけど、僕も流石に慣れてきた。
こういうのは前向きに挑んだ方が楽しい。
ゲームであれば、無理目であっても頑張れば越えられる難易度のはずだ。
それじゃ、防具を……と考えると飛竜の鎧が一式身を包んでいた。
ずっしりと重かった防具も筋力や敏捷が増えて、今ではその重さが丁度良かった。
『【森崎さん】ありがとうございます』
『礼には及びません』
準備は整ったが、ここで問題は【飛剣術】も込みで圧倒していいか、【短剣術】だけで良い勝負をするかだ。
選択を間違えると、この周囲を取り囲む皆さんと終わりなき模擬戦の火ぶたが切られそうだ。
囲みの真ん中で、既に臨戦態勢のダッゾスさんに向き合うと、2本の飛剣を手に収めた。
「この勝負、審判にゃアタシが相応しいだろうね」
「ピニェーラ師範!今日は不在だったのでは?」
「ちょっとカドマスの顔見てからかってくるだけの用事でね。さっき戻ったとこさ」
ふわりと現れたピニェーラさんの名前はバスから何度も聞いている。
【短剣術】の師範で、審判に相応しいどころか勿体ないぐらいの人物だ。
彼女は兎人で見た目は40台ぐらいだろうか?
美女と表現するにふさわしい少し目の吊り上がった妖艶な表情で柔らかい身のこなしの女性だ。
バスが酒の席で婆さん呼ばわりしていたから、中身の年齢は推して知るべしだ。
「そんなに近くちゃこいつらが存分にやりあえんだろう。ほれ、散った散った」
彼女が右手をひらひらさせると、僕等を取り囲む輪がさっと広がった。
それはとても訓練された動きだった。
遅れるように葛西はバスに、ゾルラさんはルニにそれぞれ手を引かれて移動していた。
「さて、勝負はアタシが判定してやるから互いに命取る勢いで行きな!いいね?」
「はい!」
ダッゾスさんは即答だったが、僕は返答に困った。
【再生】スキルや【回復魔法】の【再健】で部位欠損も治療できる世界だが、痛いものは痛い。
【回復魔法】がレベル5あれば【蘇生】で死亡直後の命も戻せると聞いているけど、命を絶つのは正直覚悟が居る。
あれだけ魔物の命を絶っておきながらとは思うけれど、ゲームだとしても人の命に関しては忌避感がある。
「なぁに。うちの道場じゃ師範以上ならば蘇生術の一つや二つ身につけてるもんさ。そこのチャルベルグの爺さんだってできるし、アタシだって当然できるさね」
「お前さんに爺さん呼ばわりされたくないわい。まぁ。お互い腕は鈍ってないようで良かったわな」
物騒な情報交換を聞くまでもなく、死んでも蘇生手段があることは十分分かっている。
模擬戦と言えども模造刀を使わず鍛錬するこの世界だ。
怪我してもリハビリ期間無く、怪我の前の状態に戻す手段がいくつもある。
それでも直後でないと蘇生は無理だし、よっぽど酷い損傷をした場合は蘇生が適わないケースもある。
ビガンの町の道場は千切れた腕を繋ぎ直して、模擬戦を再開するシーンを何度も見た。
さらに言うなら命を絶たれた門弟が蘇生する場面にも数度出くわした。
その都度、身体が竦むし精神が揺さぶられる思いだったが、門弟の皆さんは淡々と蘇生を手伝っていた。
彼らが言うには全力で打ち込めるのは道場
自分の目の届かないところで命が失われるよりはマシだが、未だにそれには慣れそうもない。
ただ、これがこの世界が発展している鍵の設定だろうと思う。
「分かりました。お相手お願いします」
「ようやく目に力が入りやがったな。」
ピニェーラさんの言葉にも驚いた様子無く、ダッゾスさんは臨戦態勢を維持している。
こうなれば、無為な殺人をしないで済むように圧倒するしかない。
出し惜しみ無しに行くしか無い。
「技は【短剣術】に限定しなくても問題無いですか?」
「あったり前だ。【瞬発】を使わない剣士がいるかっての」
「場は整ったようだね。それじゃあ始めな!」
合図と同時にダッゾスさんが体を低く走り込んできた。
この世界の模擬戦は実践に近く突然始まる。当然違いに礼をするなどの儀礼も無い。
ビガンの道場にご厄介になった最初は驚いたが、僕も慣れたものだ。
「蛇の突き疾の型!ツェェイッ!」
ダッゾスさんは勢いそのままに、力が右手の短剣に集まる気配がする。
彼の短剣は山刀と呼ばれる形状のもので、物騒な銘の割には素直な片刃の直剣だ。
首筋に向かって突き込まれる気配を、左前にして半身に構えた体勢から左手のパックで迎え撃つ。
「ェイ!……イッ?!」
弾いて剣筋を外側に逸らそうと思ったのだが、直前でその矛先が胸元へと変わった。
それでも、サイモンさんが何気なく振るうフェイントより緩急が少し足りない。
逸れたと言っても大きくは変わらない軌道をそのままパックで払うと衝撃があり金属がぶつかる音が聞こえた。
僕はそのまま右手を相手の心臓付近に突き出すべく――。
その時、払ったはずのダッゾスさんの右手の獲物が僕の胸を打った。
「そこまで!!」
負けた!どうして?
胸を刺されたはずだがそれほど痛く無い。
本当に大けがの時は痛く無いというのは本当なんだな。
「この勝負。ユーキ殿の勝利!」
あれ?どうして?!
魔剣に穿たれたと思われる胸当てに目を落とすと、ダッゾスさんの右手の獲物には刃が無かった。
更に言えば、その刃は宙に浮き彼の首筋に狙いを付けていた。
「気持ち良くやられたねぇ。あそこまで対応されちゃ、ダッゾス得意のオリジナル武技もまだまだだね。」
「……はい。左手の獲物まで急に言うことを聞かなくなっちまって、この通りです」
ダッゾスさんが後ろに下がりながら左手の獲物から手を離すと、それは浮いていた。
彼の魔剣はいつの間にか僕の【飛剣術】の支配下にあるようだ。
正確には僕の両手に収まる二振りの魔剣の支配下にだ。
「そいつは噂通り恐ろしい獲物だな。ダッゾスの魔剣をあっさり絶ち、支配下に置くか」
「人が持ってる武器は【飛剣術】じゃ操れないはずなんですけど」
「カカカ。その顔見りゃユーキ殿が狙ったことじゃあ無いようだね」
ピニェーラさんは門下生が負けたというのに口調がやけに嬉しそうだ。
「その魔剣の由来は聞いてるが大したもんだね。【飛剣術】の力を備えた魔剣なんだってね。魔剣は使い手を選ぶとは言うが、魔剣が魔剣を選ぶとはね」
僕の左手に収まる飛剣パックを凝視しながらそう言った。
「悪いが獲物をダッゾスに返してやってくれるか?」
「あ、はい」
「師範いいんす。魔剣は相手を選ぶって言うけど、こいつあっさり寝返りやがって。この際アンタにやるよ」
「え?良いんですか?これ高そうですよ」
「俺は綺麗に負けたからな。折れちまったがこの短剣を姉さんを守れるように一緒に連れて行ってやってくれ」
「……はい」
渋い顔のダッゾスさんが突き出した折れた剣の柄を受け取った。
彼なりの餞別として魔剣をくれるようだ。
「姉さんすいません。俺じゃ勝てませんでした」
「そうだな。お前の意気に感謝する」
僕には全く勝った実感は無い。
潔く負けを認めくるりと背を向けた彼にも敗者の陰りは無い。
この人達ははこういうところがいちいち格好いいと思う。
シナリオライターは許せそうにないけれど、世界観を作ったデザイナーには賞賛を送りたい。
「アタシはまだ認めてねえぞ!」
「はぁ。サパータか。こりゃきりが無いねえ。ユーキ殿一つ頼まれてくれんか?」
「はい?」
「お手間を取らせるが、あの[凶獣]殿を追い詰めたという剣の群れを披露してもらえんかね」
「えっ?」
なんでそんなことを知ってる前提なの?
技を磨くためもあったし【パーティ】での行動も多かったので、【飛剣術】の多用は控えている。
100本ある短剣はこの街に来てから披露していないので、バスも見たことが無いはずなのに。
ビガンの街の噂が伝わってるのであれば、今でも経験値が勝手に増え続けるスキルに由来するあの通り名も伝わっている可能性がある。
「そんな顔しなさんな[飛竜堕とし]殿。アタシだってそれなりの目と耳があるのさ。カドマスの奴の持ち物だがね」
「はぁ」
ビガンの町の情報だけで無く、ロックバルトで付いた通り名も把握しているようだ。
この町に来てからそろそろ一月が経つから何らかの情報収集手段がある設定なんだろう。
それがカドマスさんって人なのかな?
「師範殿!先ほどの攻防は魔剣の力であって、其奴の力ではありませぬ!立ち会い人をお願いします」
「違うね。魔剣も含めてユーキ殿のお力なのさ。なんせそいつはアーシュダーツ様の蛇剣ガンディサラムや、クルサード様の神鍬ビルデンピークと同じく神剣の類だからね」
ちなみにアーシュダーツ様のメダルは3つ持っている。
当然だが過去の5高弟で中性的な顔立ちの鼠人の武人だ。
得意の多節の蛇腹剣を使った【蛇剣術】を世に生み出した人物らしい。
クルサード様は言わずと知れたルニのお父さんの師匠筋の人物だ。
「なっ?このような覇気の足りぬ男が神剣持ちだと?!」
覇気が足りないとは良く言われる。
『渡君のやる気は分かりにくいからねぇ』とは田波部長の言だ。
同じカテゴリで扱われることが多い藤本のことをあれこれ言う資格は僕には無い。
「アタシが修めてもいいが、後でいろいろ言い出すだろうからね。さくっとお披露目してくれると助かるんだがねえ。ひとつ頼むよ便じ──」
「任せて下さい!」
広めて欲しくない通り名の気配に慌てて言葉を被せた。
あっぶな!この人分かってて言ってるよね。
さっきの立ち会いで丁度回りには人が居ない。
少し離れてピニェーラさんに詰め寄るサパータさんが居るだけだ。
「それじゃ」
『【森崎さん】お願いします』
『承りました』
飛剣パックと飛剣スカッドを左右に浮かべると、それぞれの周囲を2重の円形に取り巻くように短剣が現れた。
その全てがサパータさんへと切っ先を向けて、ゆっくりと円軌道上を旋回している。
「ほう!こいつは壮観だ!これに挑むとは、やっぱり[狂獣]殿は良い男だねぇ」
「こ、このような虚仮威し!」
「ほれ、バス!お前もその片鱗を何度も目にしたんだろう。教えてやりな!」
「はい」
バスが観客の囲みから出てきて言葉を続けた。
「サパータ。【飛剣術】はな、何気なく浮いてるこの一本一本。ただ飛んでる訳じゃねえ。
一つ一つが剣士の腕に握られているのと同じだ。ユーキ殿は100を越える腕を持った剣士なのだ。
さらにその腕はこの道場のどこにでも届く程だ。
お前の腕でもこのうち3本と相対するので手一杯だな」
「な、そ、そのような……」
やる気十分だったサパータさんの腰が引けたのが分かった。
「とまぁそういうことだ。サパータもようやく理解が追いついたようだね。ユーキ殿。お手数おかけした。ここは勘弁してやってくれ」
「ええ。手間と言うほどのことではないですから」
その実は【森崎さん】による短剣の出し入れが手間の大半だ。ご苦労様です。
そう思っている間にも短剣の群れは収納されていった。
2本の飛剣も落ち着きを取り戻したのか腰の鞘に戻ってきた。
ダッゾスさんから譲渡された魔剣だけが剣先を垂らして所在なさげに浮いていた。
「ユーキ殿。改めてバスの同行を許可頂きたい」
「……はい。お預かりします」
ピニェーラさんが急に居住まいを正すと頭を垂れた。
急に丁寧な対応をするのはズルい。
厄介事の気配しかないが、バスの宣言の後の師匠からのだめ押しで避けられそうに無い。
僕も礼を失しないように頭を垂れる。
「うぉおお!あれなら俺は文句ねえ!姉さんを連れてってやってくれ-!」
「こいつはすげぇもんを見た!」
「神の刃のお付きか!姉さんの目利きに間違いねえ!」
武の道に進む人達はとてもさっぱりした気持ちの良い性格の人達だ。
この道場でもそれに違いは無いらしい。
送り出してくれる気になったらしいが、ある意味酷い手の平返しだった。
「いや、これ姉さん玉の輿コースじゃん?!」
「アタ、アタシを連れてってよ!姉さんより尽くすタイプだよ?!」
槍を持ったふわふわした尻尾の女性がとんでもないことを言い出した。
あ、可愛い系の子だ。狐の獣人かな?
「あぁ?!おっ、俺がいつそんなこと言ったッ?!」
「ちょっと今の発言は看過できませんッ!」
バスとルニが何故か揃ってその子を威圧するとその子はうつむいた。
可愛い子だったがご縁は無かったようだ。可愛かったけど。うん。
「じょ、冗談だよ。姉さん。ほら、貰われていくなら、そんな顔してないで、ニコニコしてた方がいいよ」
「そうだ!ユーキ殿!姉さんを貰ってってくれ!」
「そこまでにしておき!ユーキ殿が困ってるだろう」
変な空気になりかけたけれど、ピニェーラさんの一言でみんなは静まってくれた。
「なんなら本当に貰ってくれても全然いいんだが、バスの奴を連れてってもらえなくなっちゃ困るからね」
ピニェーラさんまで変なことを言う。
バスが否定してくれればと思って目を向けると、彼女はにやりと笑った。
最初と違って喜んで送り出してくれる雰囲気はありがたいが、僕はモヤモヤした気分で帰路についた。
ちなみに藤本はまだまだチャルベルグさんと話し足りない様子だったので心の中で謝りながら置いていくことにした。
次話「40 大地の裂け目」は5/26(金)の予定です。




