38 同門の絆
前話のあらすじ
藤本は勝負には勝ったがかなり面倒くさい男だった。
「おい藤本。いつまでもチャルベルグさんに迷惑掛けてないで帰るぞ」
「アッハイ。あと一つだけ」
「5分で切り上げないと置いて行くからな」
返事が無いのは了解の印だ。
コイツには駄目と言うのでは無く具体的な条件を提示する方が早い。
と思ったのだが、結局5分を過ぎても話していたので置いていくことにする。
「それじゃ、そろそろお暇します」
「そうか、じゃ俺も帰るぞ!」
バスピールさんも帰るらしい。むしろここがホームじゃないんですか?
「姉さん、そいつらが今週にも拠点を移すならそろそろお戻りですか?」
「ん、サパータ、お前は何を言ってるんだ?……っと、そうか皆までは通じてなかったか」
声を掛けたのは僕に絡んできた例の鳥人族の女性だ。
やけに絡むと思ったらバスピールさんが恋しかったのか。
「俺もこいつらと一緒にこの町を立つ。来週にはダッカの予定だ」
「姉さん!なんで!」
「みんな。今日は世話になった。何度もは言わねぇからよーく聞いて欲しい」
門弟の皆さんの気持ちの良い返事が返る。
別の武器を指導する指導者層のメンバーも大きく頷いている。
「ユーキ殿、アンタもちゃんと聞いてくれ」
「へ?僕も?あ、はい」
急にこっちに振るのはやめて欲しい。
それでもバスピールさんのつり上がった唇の端から見える鋭い牙に姿勢を正した。
「ピニェーラ師範と、ハザラル館長代理には伝えてあるが、暫くここを離れることになった。こちらのユーキ殿達と魔界遠征に同行するのがその目的だ」
「こんな奴にィ!?」
サパータさんの叫びを皮切りに回りがざわつき始めた。
「ちょっと待て。お前らがそう言ってくれるのは嬉しい。だが、俺はな、この男を認めている。この遠征は俺のためでもある」
あれ?そうだったの?認めてくれたような発言はこれまで無かったと思うんですけど。
「俺がかつて【剣術】を志し長剣を持て余していた頃、ルニート殿の兄上であるラッタイド殿との邂逅によって【短剣術】に道を変え、今の力を得たのは皆の知る通りだ」
回りがうんうんと頷いている。いや僕は初耳です。
そういえばルニのお兄さん話は何度か聞いたけど、名前は初めて聞いたぞ。
「その妹君のルニート殿がどこの馬の骨とも知れん男と一緒に武者修行の旅をするなど断じて許容できんと思ったのだ」
「そうだッ!姉さんもそんな男と一緒に行く必要などないッ!」
「そうだ!そうだッ!」
あの、バスピールさん?逆効果になってますけど。こんなに愛されてるなら、もう残った方が良いんじゃ無いですか?
「うるせえ!続きを聞けっ!それでハザラル殿の提案によりこの男を見極めるために一月程、宿を同じくし狩りにも同行したのだ」
「姉さんが同衾なんて……」
それ、違うと思います。部屋の階も違いますし、同衾はしてませんから。
野外でのキャンプでも布団は別!別ですから。そこ大事ですよね。
「何度も言いたくねえが、俺はこの男を、ユーキ殿のことを認めてると言ってるんだっ!」
「バ、バスピールさん!」
「際に暴れ猫の真得たり」
そんな風に彼女に思われてたとは、なんというかとても嬉しい。
むしろ何度も言って欲しい。
「ユーキっ、お前もいつまでも俺のこと余所余所しく呼んでくれるな。これからも回りの美女と一緒に同行するんだぞ。俺のこともバスで良い」
「えっ?バス姉さん?バスさん?」
「姉さんは無えだろ。"さん"も不要だ。ルニート殿を呼ぶように呼び捨てで良いぞ」
「えぇー?!うーん。バス。よろしくね?よろしくな?」
「ああ、ふつつか者だが、よろしく頼む」
ぱちりとウィンクを飛ばす彼女に回りは静まりかえった。
同時に僕に対する視線が一段と厳しくなる。肌に痛いほどだ。
言葉少ない彼女の発言は明らかに誤解を与えるものだった。
「そんなの認めねえ!お主っ!ユーキと言ったな!姉さんを連れてくとは許せねえっ!俺と立ち会え」
「ダッゾスやったれ!そんな奴に姉さんは渡せん!」
「そうだっ!姉さんの貞操は我らが守るぞ!」
みなさん絶対誤解してますけど。
ほら、バスピールさん……じゃなくてバス。うーん。慣れないな。
視線を彼女に向ける。
「そう言うことはありません。ほら、バス!何か言ってやってください」
「て、貞操……お前ら何を言ってるんだ!ば、馬鹿じゃねぇのか!」
「えっ?」
なんでその発言?!そこで頬を赤らめてるんですか!絶対逆効果なんですけど!
バスも生娘じゃないんだから、そんなことで動揺しないで欲しい。
あれ?そうですよね?
それに僕とあなたはそういう感じじゃないですよね?
というか、誰ともそういう感じじゃないんですけど!!!
「我が名はダァッゾス!ヘルムートが武術道場、【短剣術】師範代の末席に連なる者なり!姉さんの誇りを賭けて俺と立ち会え!」
僕を睨んでいた犬っぽい男性が名乗りを上げた。
行く先は門弟の皆さんに塞がれ、周囲をぐるりと人に囲まれている。
「ダ、ダッゾス。お前では相手にならん。っと、そうじゃねえ!これはむしゅ。武者修行だ。武者修行に行くんだぞ!」
「ならば尚のこと!此奴には姉さんが付いていくだけの武があるとは思えません!」
噛み噛みのバスピールさん……バスの発言は火に油を注ぐだけだった。
ちょっと!もう何してくれてるんですか。
「丁度良いではありませんか。ユーキ殿の武を見て頂く機会となりましょう」
「回り姫に全き同意」
「ルニート殿!ゾルラルル殿!ユーキ殿の【飛剣術】相手ではダッゾスと言えども無事では済まぬ」
「いつもの鍛錬のように本数を制限すれば良い勝負となるでしょう」
「どうかな~。本数制限ねぇ。10本もあったらヤバいよね」
「爆ぜる拳の言武表すに及ばず」
「うーむ。なれば。短剣3本、いや2本であればなんとか形になるかもしれん」
「【飛剣術】があればそれでも十分な武が示せるでしょう」
「ならば良し!ユーキ殿。さあ、十分に武を示されよ!」
「え?!」
なんで、4人とも勝手に決めてるの?
また僕に選択権は無い展開なのっ?!
ダッゾスさんと対峙して大丈夫かと問われると、多分大丈夫だと思う。
バスピールさんは短剣術レベル6だ。マル姉さんも確かレベル6だった。
レベル5から上級剣士扱いなので、師範代の末席だというダッゾスさんがレベル5な訳が無い。間違い無くレベル6だろう。
一方で、僕はレベル6までもう一歩だ。
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ユーキ(地球人・男)
スキル
・武器
【短剣術】5 [ 2899511/3000000 ]
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ほら、もう上がりそうでしょ?
【短剣術】はバスピールさん、じゃなかった、えーと、バスと一緒にトレーニングする時に鍛えている。
彼女は最近忙しそうだったたので遠慮したけど、多分あと小1時間ほど稽古すれば上がったと思う。
筋力や敏捷などの能力値はかなり伸びている。今なら重量級の力士も持ち上げられるはずだ。
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ユーキ(地球人・男)
能力値
体力 437 /437 (273+164) [ 1531 /2730 ]
魔力 300 /300 (200+100) [ 1975 /2000 ]
筋力 393 (262+131) [ 2072 /2620 ]
器用 269 (192+77) [ 745 /1920 ]
敏捷 350 (233+117) [ 581 /2330 ]
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一方でバスのステータスは、最後の討伐で【パーティ】を組んだ際に見せて貰った時の記憶が正しければこんな感じだった。
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バスピール(豹人・女)
能力値
体力 246 /246
魔力 134 /134
筋力 218
器用 177
敏捷 199
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能力値は僕に、スキルレベルはバスにアドバンテージがある。
ただ、スキルレベルや能力値は発揮できる素養であって、恒常的に発揮できるかはその人次第だ。
【短剣術】のトレーニングの時、僕と彼女の実力は拮抗している。
バスからは『おめぇはムラがあり過ぎんだよ。気合い入れろや』と良く言われている。
ダッゾスさんはバスより下位の使い手らしいので多分大丈夫だ。
まだ見ぬスキルや隠し技がなければだけど。
「ほう!お主もやる気とはありがたい。それが【飛剣術】とやらか。いざ尋常に!」
「はえ?!」
いや、僕がいつやる気を表しましたっけ?
あまりの展開に頭が追いつかず固まっていたが、視線を巡らすと短剣が2本宙に浮いていた。
腰の鞘から勝手に飛び出した2本の飛剣は、なるほどやる気十分だ。
ダッゾスさんは右手に順手に、左手に逆手にそれぞれ短剣を持ち、半身に構えている。
って、なにこれ?!やっぱり選択権は無いらしい。
次話「39 神威宿る刃」は5/22(月)の予定です。




