36 無為に輝く男
前話のあらすじ
【金玉飛ばし】を披露するはめになった。オリハルコン球との親和性がヤバかった。
「おおー。やたらと広いしすごい活気ですね。どの人もやけに強そうに見えます……」
「噂の道場に入れるなんて最高っす。これは他のプレイヤーに自慢できる!」
「今の時間指導を受けてんのは初級者だぞ。こいつら大丈夫なのか」
「まぁまぁ。バス姉さん。それをこれから見るんでしょ」
沈黙の支配する演舞場の空気を気にせず舞い上がって話す二人に釣られて、バスピールさんの口調が戻っていた。
一緒に城砦都市ダッカまで行くのは良いが、その前に実力を見せろと言われて彼ら二人は道場まで呼び出されたのだ。
【浸透衝】を教えて貰ったのはそのついでで、これからが本日の本番なのだ。
「言われるままにやってきましたけど、先輩どうすれば良いんですか?」
「とりあえず一番得意な武器とその扱いを見るんでしたよね?バスピールさん」
「お、おう。そうだな獲物と腕前を見せて貰うぞ」
「了解でっす。俺は槍で距離取って戦う感じですね。【イクイップ】ッ!」
「池田……じゃなくて、カズヤは槍か」
「そっス」
池田が取り出したのは槍だ。大地の裂け目を超えただけあって、魔素を纏う魔法金属の槍だった。
「えっと【イクイップ】僕はこれです」
「ワタルも槍……じゃないのか。なんだそれ銃か?」
「はい。小銃です。この世界仕様の奴ですけど」
藤本が取り出した銃は、子供がデザインしたようなシンプルな形状だった。余計な装飾が無くてまっすぐに近い。
「さあ!準備は良いですよ!どなたかと模擬戦すればよろしいでしょうか?」
「バスピールさん、よろしくお願いします」
「おう、そっちの……カズヤか。おめえ【槍術】レベルは幾つだ?3か4か?」
「ご指名のカズヤでございます!【槍術】レベル4です!カズ君と呼ばれたい23歳独身です。」
「レベル4か。地球人の中じゃやる方だが……【槍術】か。レベル4っつーと。ギムサック殿、誰か丁度良い者はおりますか?」
「トトリーの奴がレベル4だったはずだ。おい!トトリーは居るか!」
「はい!こちらに控えております!」
トトリーさんは真人のようだ、ルニより背が低いか。巻き癖のついた長髪が似合う可愛らしい女性だった。
但し、槍を持つその居姿はいかにも強そうだ。池田よりずっと強いのではないだろうか?
「トトリー。地球人で大した使い手ってのはそうは居ねえ。お前の経験にしてやれ」
「はい!お相手いたします!」
「トトリーさんの経験に!フォー!お相手お願いします!」
池田の言葉使いがおかしい。変な調子なのは良くあることだが、女性相手でさらに舞い上がっている。
どこで身につけてきたのかホスト芸人のような振る舞いをする池田のこれを、社内ではキラキラモードと呼ぶ。
女子から残念なイケメン代表と言われているのが、可哀想だが否定出来ない。
―――――――
意外かもしれないが、キラキラモードの池田は有能だ。
コネと実力の広報業界を積極性とハプニング力と変な調子で切り崩していく。
お笑い番組も、情報番組も、真面目な情報雑誌も野生の勘でキーマンを見つけ、独自のコミュニケーション力で近くに行くのだ。
目利きと相手に合わせる力が凄いとベテラン勢が褒めているのを何度も何度も聞いた。
僕は笑いを取る力が凄いと思う。当人は至って真剣なのだが、相手がその雰囲気に耐えられずその門を開くのだ。
イベント会場で、割と何時ものように遅刻して現れる池田を見て、苦い顔をしていたゲストが怒るのではなく、顔を綻ばせるシーンを何度も見かけた。
池田は随分と社内外に顔を売ったが、まだ入社して2年だ。
広報だけあって若さと知名度からの同業者を問わずにエンターテイメント業界からのリクルートが絶えないという。
我が社の販売実績は地力に優れた斉藤などの営業勢の努力もあって、着実に製品の販売数は増えつつあったが、あくまでレジャー目的の趣味人が買う程度だった。
ARスポーツ協会の押す旧式のARデバイスのシェアが大きくなかなか切り崩せない。
奴が入社したのはそんな頃だ。
斉藤と良く分からないクラブのイベントに通い始めて掴んだコネらしきものを頼りに持ち前のキャラクターでどんどんエンターテイメント業界に飛び込んで行った。
そうやって居る内に協賛でのイベントを増やし、市場からの賛同を得てシェアをひっくり返した。
『池田君はあんなだけど、あの子、結構偉いのよ』
という前置きと共に、田波部長から飲み会で奴の入社の経緯を聞いた。
僕がなんだか良く分からないイベントに強制参加させられて帰ってくると身に覚えの無い販売実績が付くようになったのはその頃からだ。
池田はそもそも田波部長が面白そうだから入れたという特異な入社経緯を持っていた。
アメリカでバックパッカーをやってた所に出張中の部長と遭遇したことが切っ掛けだという。
『なんか面白そうっすね!混ぜてください!』
と、その場で意気投合して入社したらしい。あれ?半年はバイトだったんだったか?
とにかく、ルールを気にしない奴は人との距離感が不思議な奴で、惑わされているうちに懐に入り込んでる。
詐欺師こそが適職じゃないかな?と言ってたのは誰だったか。
―――――――
「はい!その薙ぎ!頂きましたッ!」
「くっ、このっ」
何度も言うけれどこの変なモードの池田は有能だ。それは喋りに限った話ではない。
トトリーさんの攻めの型に受け、合わせて、徐々に適合して、今は対の演武のようになっている。
「こいつは想像以上だな・・・・・・本当にレベル4か?」
「池田ちゃんはあれで嘘は言わないからね~。本当だと思うよ」
葛西が言うように池田は表裏が少ない。素人考えでは交渉事の多い広報に向かなそうだが、そうでも無いらしい。
「そこまで!」
結局勝負は付かなかった。トトリーさんの攻めを池田が凌ぎ切ったのだ。
「っは。ご氏名ありがとうございましたぁ!」
「クソっ!何たる侮辱ッ!手を抜きやがって!」
トトリーさんが可愛らしいと言ったのは誰だったか。艶々と嬉しそうな池田とは対称にトトリーさんは憤怒の表情だ。
実際には攻め手も繰り出していたし、凌ぎ切ったのだと思うが、表情だけを傍から見れば、池田が手を抜いているように見えたかも知れない。
池田も嬉しそうではあるが、大きく息は乱れ、玉のような汗を流している。
池田は手を抜くという事をしない。その努力が見えにくいが一生懸命なのだ。
「トトリーさん。また鍛錬に付き合っていただけますか?」
汗をかいたせいか、一段落したせいか。変な言葉使いと態度は消えて、普通のイケメン風になった。
「うるっせえ!今話しかけんなッ!」
繰り出された槍の石突きは綺麗に池田の下あごにヒットし、ぐらりと倒れた。
先ほどよりも緩やかなその攻撃は凌がれる前提に繰り出されたように見えたが、残念ながら、キラキラモードを終えた池田にそれは無理だった。
「ああー!」
繰り出したトトリーさんのほうが慌てている。
「カズヤ殿?カズ君さん?あ~~。ごめんなさい」
そうこうしているうちに池田は膝枕の状態に抱えられているが、意識は無いようだ。
恋が芽生えるのはきっとこういう時なんだと思う。
池田の周りにはこういうことがよく起きる。
ちなみにキラキラモードを脱した直後の池田は別の意味で残念なイケメンだ。
何時もの余計な気負いは無くなり、普通に振る舞いが格好いい。
だが徹底的に運が無い。今回も多分トトリーさんとご縁は繋がらないと思う。
周りに幸を与えて本人から幸が逃げる可哀想な男だ。
そんな訳で、池田は愛すべき後輩の地位を確固たるものとしているのだ。
次話「37 問いを重ねる男」は5/15(月)の予定です。




