35 黄金球の試し
前話のあらすじ
ユーキ達が武術道場に来訪。ユーキは【鎚術】の武技【浸透衝】を習得した。
「次はこっちの頼みを聞いて貰う番だな。その……あれを見せて貰う約束だったぞ」
「ええ、分かってますよ。【金玉飛ばし】ですよね。ええ。約束ですから。先日手に入れたコレも使ってみるには良い機会ですしね」
バスピールさんの要請を受けて、【森崎さん】に取り出してもらったのはピンポン球サイズの金色の球。
スールさんに貰ったオリハルコン鉱を球状に加工したものだ。
オリハルコンは短剣か、合金にして剣に仕立てて貰おうと思っていたのだが、オリハルコン鉱が扱える鍛冶屋が予想以上に見つからなかった。
結局ゾルラさんの馴染みの魔道具店に紹介してもらった鍛冶屋でもなんとか丸めるのが精一杯だったのだ。
オリハルコン鉱は凄く重い。手にするとその重量に驚く。ピンポン球サイズなのにその重さは1kg以上だ。
机の上にスールさんが置いたときの音で重いと判断してはいたものの、想像以上だ。
小さな米袋が1kgなのであの重さが掌に収まっていると考えるとその重さが分かるだろう。
貰った時はそのまま【森崎さん】に収納してもらったので分からなかったが、おそらく金より重たい。
重たく、そして周囲の魔素を寄せ、魔法への感応が高いという特性を持つこの金属球と、先日硬貨を閲覧するのには向かないことが判明した【金玉飛ばし】が組み合わさってどう動くのか?
楽しみでもあったが、魔物の討伐では特に必要性を感じ無かったし、街中で使ってみるにはちょっと物騒だった。
葛西に知られた以上【金玉飛ばし】を隠すのはもう無理だと思う。
そうなれば使って見るかという気にもなる。
今日この広い演舞場で使う機会を得たのは幸いと言うべきだろう。
「バスピールさん。あそこの標的を狙えば良いんですよね?」
「問題無い。あの標的は威力を吸収するために木製だが、スィムダルド山から切り出したダムズ材を切り出した相当に堅牢なものだ」
設置された木製の標的があり、その後ろには人の身長ほどの高さの土壁があった。
大学の弓道場で見たものと見た目は一緒だが、きっとあの土壁もファンタジーな作りに違いない。
「結構な勢いで飛ぶので射線上に出ないでくださいね」
「分かっておる。冒険者をしておれば遠くを狙う武器ぐらい幾度も見ているからな。金属球を飛ばすのであれば銃と同じであろう」
言葉遣いだけはいつもと違って冷静だが……。
興味が抑えられないのか、ジリジリと前に来る彼女を視線で牽制してから的に向き直る。
ずしりと重いオリハルコン球を持った右手を前に軽く出して、落とさないように掌を開いた。
先ほどひび割れたマギオン鉱も硬いという話だったが、ダムズ材というのはどの程度の硬さなのか。
オリハルコンは現代の炉では溶かすことが出来ないという超硬度の金属で、熟練の職人でも球体に加工するのがやっとだったのだ。
これをあの木の的に打ち込むのか、なーんとなく不味いことになりそうだ。
まっすぐ水平に的を抜けて、さらに壁の向こうを抜けて、道行く人に怪我させたり……一瞬、人の頭を柘榴にした想像をしてしまった。
駄目だ。やめておこう。
『やっぱり、パチンコ大の鋼鉄球を出して貰えますか?』
『承りました』
不安になった僕は、オリハルコン球を左手に移して、ビガンの町で最初に買った鋼鉄球を取り出した。
今となっては鍛冶屋で入手した鉄のインゴットから幾らでも作り出せるのだが、最初の鉄球を何となくそのまま持っている。
「なんだ行かんのか?もういいぞ」
「それじゃ行きますよ~。【金玉飛ばし】」
しびれを切らしたバスピールさんに押されるように鉄球を放った。
掛け声と同時に飛び出した鉄球はコンと良い音を鳴らして木製の的を打ち抜いた。
【視力強化】で鍛えた視力には丸い穴が見える。
そして、後ろの土壁を見れば食い込んで止まっている鉄球が見えた。
「ほう!砲身も無しに結構な強さだな。ところで、その左手に持った方が使わないのか?」
「え、オリハルコンですか?こっちはちょっと止めておこうかと・・・・・・」
バスピールさんは余計な事を見ているな。本当に不味そうな予感がするんですけど。
だって、硬いとか言ってたダムズ材は鋼鉄でもあっさり穴が空きましたよ?
「手加減されたのでは、そのスキルの真価が見えぬではないか、皆も興味津々のようだぞ?」
「え?」
ふと気がつくと、バスピールさんが事前に協力を仰いでいた周りに居た門弟の皆さんだけで無く、練武場で練習をしていた他の皆さんも手を休めてこちらをチラチラ見ていた。
「興味は分かりましたが、その土壁だけじゃ凄い不安なんですけど・・・・・・」
「ほう?我が道場の施設じゃ不安と言うか。その的の裏を良く見るがいい」
的の裏の土壁に近づいて裏側を確認すると、そこには先ほど戦鎚で叩いたのと同じ、マギオン鉱が備えてあった。
先ほど標的にしたマギオン鉱と同規模の大岩がもう一塊、先ほどの大岩と同じ時に設置されたものだそうだ。
ガーヴァーンさんが前に岩を砕いたと言っていたのは例の[遠当て]こと、歩く鳥人ライザーク様なのだそうだ。
土壁が意味を成さず、対策としてどこからともなく持ってきてくれたらしい。
マギオン鉱は確かに硬い。
先ほど打ち込んだ隣の大岩の黒い岩肌には、ひび割れは既に見えない。
だけど、硬さよりも回復力に特徴があるように見える。
ん~。全然不安が拭いきれない。
「マギオン鉱は確かに硬いですが、なんとなく不安です。もうちょっと硬そうなもの無いですかね?」
「ライザーク様の矢をも受け止めた大岩を抜くつもりか!大口を叩くのはやってからにしろ!」
バスピールさんの隣に控えた鳥人族の女性が唾を飛ばしながらそう言った。
ライザーク様を例えに出されると大丈夫そうな気がする。そうだな。胸を借りる気持ちで行こう。
「そうですか分かりました。ライザーク様の胸を借りて、これを貫けるように挑ませて貰います」
「いや、別に貫く必要は……」
「おう!やってみろや!」
バスピールさんに被せるように鳥人族の女性が檄を飛ばしている。
僕は大きく深呼吸してから、再設置されたダムズ材の標的に狙いを付けた。
「いつでもいいぞ!」
「行きます。【金玉飛ばし】ッッ!」
───ヒュゴォンッツ!!
標的に穴が空いたと思ったら、掌が軽くなったことが分かり、遅れて音が聞こえ、その後風が吹いてきた。
ちょっと地面も揺れた気がする。
びっくりした。ふわーびっくりした!
やっばい!やり過ぎた。
ライザーク様だって手加減してたに決まってるじゃないですか!!
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【金玉飛ばし】のレベルが2に上がりました』
レベルが上がった。さっきの【鎚術】に引き続いてで嬉しいが喜んでもいられない。
狙ったあたりを見ると土壁に穴が空いていた。
近づいて穴を覗き込むが暗くて見えず、少し焦げたような臭いがする。
「ちょっと撃った球を回収してきます」
壁に近づいて穴の中を照らした。
光源は【光魔法】の【閃光】は眩しすぎるので【生活魔法】の【発光】だ。
ゾルラさんによれば、僕は魔法の繊細な調整が下手らしい。
光源をどんどんと穴の奥に移動させていくが、その穴はマギオン鉱石を貫通していた。
裏手に回るとさらにその先の地面の中まで続いていた。
結局【金属察知】と【魔力視】を駆使して見つけたオリハルコン球は道場外壁の土台を凹ませて止まっていた。
外壁の手前には地面との境目に2cm程度の隙間が出来ており、オリハルコン球がキラリと見えた。
衝突により外壁がちょっとだけ後退してしまったようだ。
【土魔法】を使って掘り起こした球は【洗浄】で汚れを飛ばすと表面に傷一つ無かった。
裏手でオリハルコン球を回収して戻る途中、標的裏のマギオン鉱石に目をやると、さっき戦鎚でやったよりも大きなひび割れが見えた。
土壁裏から戻るとルニとゾルラさんは目を輝かせ、葛西はぽかんと口を開けていた。
【金玉飛ばし】って名称で爆笑してたからこの威力は驚くよな。
「流石ユーキさんです。あれほどの武威の技をさらにもう一つお持ちとは」
「魔流の様天行く如く。我が眼力未だ足りず」
肝心のバスピールさんは腕を組み難しい顔をしてこちらを見ていた。
鍛錬している人もいるのにちょっと大きい音出ちゃいましたもんね。
あ、それとも穴空けたのが不味かったとか。
いや、きっとマギオン鉱の特性で修復は始まっているはずだ。
それとも塀を歪ませた事に気付いているのだろうか。
塀の方も自動修復されると思いたい。
歩いて近づき、渋い顔をしているバスピールさんに声を掛けた。
「あっという間に飛んでっちゃいましたけど【金玉飛ばし】どうでした?見えました?」
「お、おう。見えたとは言い難いが……穴が空いたな」
「ですよね。軌道は見えにくいし、飛んでいきっぱなしだし、スキルで手元に戻す方も出来そうなんですけど、それもなんか怖いんでちょっと使いにくいんですよね」
「そ、そうか。威力は十分に見えるがな」
「まぁ威力はそうですね」
最初に使ったのが鋼鉄球で良かった。オリハルコン球が別格なのかも知れないけれど、魔法金属とスキルの親和性が良すぎたようだ。
その前にアミールとかミスリルとか弱そうな方から順に試していけば良かった。
「ユーキ殿、技の披露に感謝する」
「ははは。こちらこそ武技ありがとうございました。それにしても、バスピールさんは道場来たら急に言葉使いが硬いですよね。もう一回ぐらい飛ばすぐらい平気ですよ。さっきので加減も少し分かりましたし、レベルも上がったみたいなんで、今度は適当な所でブレーキが効く気がします」
「い、いや。もう結構だ。あれが受けられそうなのはこの道場じゃ不在の頭首様ぐらいだからな」
「結構な勢いで行きましたけど、外壁の土台の所を少し凹ましたぐらいで止まってたから、加減すれば大丈夫だと思いますけど」
「ちょっと待て。土台だと?!ダッゾス!サパータ!ちょっと来い!」
バスピールさんが先ほど僕を煽っていた鳥人族の女性と数人の門弟を引き連れてマギオン鉱石の裏側にすっ飛んで言ってしまった。
その慌てように葛西が落ち着きを取り戻し、苦笑いしている。
手が空いてしまったのでルニの協力を得て適当な門弟の方を捕まえて聞き出したのだが、外壁の土台は道場の土地が砦として運用されていた古い時代に職人さん組んだ堅牢なものなのだそうだ。
オリハルコン球が止まっていたことからその硬さが理解出来たが、マギオン鉱よりずっと硬く、あの土台が修理出来る人は魔具神様やその門弟の方ぐらいしか思いつかないという。
いざとなったら神様という手があるのか。
シナリオ都合かもしれないけど、簡単に技術伝承が途絶えないという世界設定は素晴らしい。
この世界は電子化がされていないのに、技術的に進んで見えるのも当たり前のことだった。
「あの土台、凹んでしまいましたけど、戻りますかね?」
「無理だな」
「それじゃ……ちょっと不味かったですかね」
「いや、問題無い。我らの準備の問題だ」
暫くして戻ってきたバスピールさんに恐る恐る弁償の可能性を訪ねたがセーフだった。
でもその表情は硬く、怒っているのか本当に何とも思っていないのか窺い知ることは出来なかった。
このスキルは使いこなすことが出来れば心強いが、飛ばした後の制御に不安がある。
貴重な金属を飛ばして無くさないように暫くは鋼鉄球を使って練習した方がいいだろう。
せっかくレベルが上がったのでもう少し試射したいが、この空気の中続けるのは無理だ。
あと6つあるオリハルコン球を使った群制御の練習などもってのほかだった。
「失礼します!今日はよろしくお願いします!」
「よろしくお願いしま~ス。あれ?」
沈黙が支配する演舞場に間の悪い二人組がやってきた。
次話「36 無為に輝く男」は5/12(金)の予定です。
 




