表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/226

33 魔の領域に挑む理由

前話のあらすじ

 ヘルムートに来る切っ掛けを作った藤本が復活し再開した。

「お前らダッカに行きたいんだって?なんでまたそんな所に?」

「だって、ユーキ先輩!魔の領域とかロマンじゃないすか!ドラゴンいるらしいですよ。ドラゴン!」

「まぁカズヤがそう言うので乗せられた訳ですが、一番の理由はこの辺りの敵じゃレベル上がりにくくなったからです」

「ワタル先輩は葛西先輩に格好いいところ見せるにはレベル上げなきゃ!って超言ってましたもんね」

「カズヤっ!」


これは駄目だな。ずいぶん緩い理由だ。そんな理由ではNPCのみんなを連れては参加出来ない。

復活(リスポーン)できるプレイヤーと違ってNPCは本当に命がけだというのはプレイヤーの中では有名な話だ。

最近冒険者ギルドで依頼をこなす中で、同行したプレイヤーに何度も聞いた。


「オイ!お前ら、そんなくだらねえ理由で魔の領域まで行くつもりだったのか」

「はっ、ハイ。すいません!」


僕が突っ込みを入れる前に速攻でバスピールさんから駄目出しが出た。

最近じゃ魔物の討伐戦でファーストヒットを殆ど持っていくだけのことはあります。短剣飛ばして先に一撃入れると、目に見えて凹むので積極的に競っては居ないけど、手を抜きすぎても怒り出すから困る。っと脱線した。

対する藤本はビクビクしすぎだ。後輩の池田より萎縮してどうする。


「あれっ、あの」

「なんだお前、えーとワタ……ワタヤだったか」

「ワタルです!あと、そっちがカズヤです」


あれ?藤本は萎縮しているようで、意外と普通だな。

いい加減なバスピールさんにきっちりと言い返していて、少し見直したぞ。


「あの、オレのSCWのパッケージに書いてあったんですよ。『人の領域を浸食する魔の領域に挑み世界を広げろ!世界を救うのは君だ!』って」

「ユーキよ。コイツが何言ってんのか分かるか?」

「分かりますけど……SCWっていうのは何て言うか、僕たちがこの世界に入るための装置ですよ。って言って分かりますかね?」

「良く分かんねえけど、地球人(アースリング)が来るためってことは異界神様に関するものだな」

「それで合ってます。藤も……じゃなくて、ワタルはパッケージ版なのか」

「え?ユーキ先輩もしかしてあの激戦のダウンロード版をゲットしたんですか?」

「激戦だった記憶は無いけれど、ダウンロード版だよ」

「凄え!流石、運命を引き寄せる男っすね!」

「ダウンロード版は数量限定の上に数も少なかったらしくて、どのネットショップでも瞬殺だったんですよ」

「パッケージ版にしてもネット販売無しで、何故か地方の家電量販店グループしか取り扱いが無いっていう難儀な売り方だったんですよ」

「これサーバーの負荷重そうだもん。数売る気無いんですよね。うちの地方オフィスがある仙台で販売があって良かったッス。前の日から並んで寒かったなぁ」


殆どの人はVRギア入手で(つまづ)き、その後でソフト入手で(つまづ)くらしい。

藤本が言うには僕が入手出来たのは偶然誰かが予約をキャンセルしたおかげだそうだ。

パッケージに書いてあったという情報しかないけれど、『魔の領域を攻略する』というのがグランドクエストの一つとのことだった。

僕が知っているグランドクエストはログインしたときに【コンソール】で告げられた『スキルを生み出せ』ってのだったけど、いろいろあるようだ。


「何言ってるか半分も分からんかったが、要は異界神様から魔の領域に挑めって言われてんだな」

「そうです。でっ、でも、この町の近くじゃレベルが上がりにくくなったのも本当でして。女の子を守れるナイトのような存在になりたいんです!」

「おっいいねえ。私たちに襲い掛かる障害達を討ち滅ぼしてくれたまえ!」

「実ちゃん……がっ頑張るよ!!」


お前は面倒を藤本に押しつけてるだけだろ。

障害って、魔物じゃなくて面倒事のことを言っていると思う。

だから藤本は目を輝かせて嬉しそうにするな。葛西の思う壺だぞ。

それはそうと、葛西は『実ちゃん』は良いのか?

僕が葛西って呼ぶとミノリンに訂正するくせに。


「心がけだきゃあ立派だが、ダッカまでは魔の領域でも準備区間みてえなもんだ。そこまでの道中でやられちまうなんて実力不足にも程があるぞ」

「あ、あの山賊は明らかに強すぎでした。僕らだって青い星もらって渡航してるんですから、だいたいの魔物の強さぐらい調べてますよ!」

「それ!その山賊。そもそも、山賊なんて本当にいるのか?」

「そのような所に山賊が居れば、町の話題になっているはずですが……」

「冒険者ギルドじゃ、誰もそんな話してなかったぞ」


冒険者ギルドの窓口のお姉さん方と顔なじみになってきたし、時々他のパーティと協力することも増えたので周辺事情も入ってくる。

最近じゃ、お前らダッカにはいつ行くのか、いつ行くのか何度も聞かれて、そのせいでに、行ったことも無いのにダッカ周辺の魔物に詳しくなった。

それとなく藤本達が襲われたという山賊について訪ねてみたのだが、心当たりのある人は誰も居なかった。


「いや本当に居るんですって!」

「前もそうやって信じて貰えなかったんで、逃げ帰ったメンバーと再チャレンジしたんですけどまた現れて、2回目は逃げ切れずにただ倒されました」

「山賊かどうかは分からないですけど、理不尽に襲って来て、めっちゃ強いひげ面の親父でした」

「そうそう強すぎっていうか殆ど何されたか分からなかったです。初心者講習会(ブートキャンプ)でお世話になった冒険者レベル7の教官が居るんですけど、少なくともその人よりも強いと思います」


二人は始まりの町ビガンから港町ピクレオンに、船旅で海の町サーイールに渡り、草原を北上して湖の町アットワースを経て魔境都市ヘルムートに来たという。

冒険者マニュアルの導く経路の通りに狩り場を転戦して、敵の強さも丁度良く少しづつ強くなるようにデザインされているという。

順調に歩を進めて、いよいよ魔の領域だという所で、足止めを食らったという。


「山賊相手に。8人で負けちゃったんだろ?僕が参加したぐらいで何とかなるのか?」

「いやいや、先輩が参加すると全然違うでしょ」

「お前が参加したら、ダッカ行くぐらい楽勝に決まってんだろ。まぁ一応魔の領域だから予想外の事も起きるか」


そこが超重要ですよね。

ルーファスさんから聞いた話では魔の領域は普通じゃ無い。

『自分の頭がおかしくなったのか?』と思うような事態に遭遇することもあるという。

皆の言うダッカなら大丈夫というのは経験則であって、絶対じゃ無い。


「藤本っちゃん達だけで挑んでまたやられちゃったら……この町でずっと待つのかは辛いかも」

「実ちゃん!!」


いや、なんで藤本は毎回感動した風なの?

葛西はこの町に飽きてきたから出たいって言ってると思う。

ヘルムートは、かなり大きな町だが冒険者の拠点だ。

娯楽と言えば飲食店や風俗関連施設が中心だった。

そもそも現在も娯楽の最中ではあるのだけれど。


みんなで冒険をして、酒場でそれを肴にバカ話をする日々はなかなか楽しかったが最近の生活リズムは安定している。

ゾルラさんは長い修行生活の延長で、教える対象に僕らが加わったぐらいだ。

ルニもバスピールさんも修行大好きだから間違い無く大丈夫だ。

だけど葛西は飽きっぽいからな。


「うーん。具体的にはどれぐらいの強さなんだか分からんな。教官が冒険者レベル7っつったか?そいつの名前は?」

「はいっ!ダルダイさんですっ!」


なぜか感極まっている藤本を放置して、バスピールさんと池田で話が進む。


「ほー。[宿無し]ダルダイか。そいつは確かに実力者だな。それよりその山賊はどう強いってんだ?」

「ダルダイさんの動きは目で追えるギリギリで、体が付いて来ない感じなんですが、周囲のサポートがあれば死なない程度には対応出来る感じなんです」

「ほう、そりゃダルダイの旦那が三味線弾いてんだな。今なら分からんが、前に見た時にゃ目で追えんぐらいの体捌きだったぞ」

「え?そうなんですか、でっ、でもその山賊は強さが全然違うんス」

「そりゃどういうことだ」

「そいつ繰り出す前に宣言してから攻撃するんスよ」

「えっ?なにそれ」


ダルダイさんの不幸そうな通り名が非常に興味を惹いたけど、その件は後でバスピールさんに聞こう。

今は山賊の方だ。その山賊はなんというか、親切そうな敵だな。


「例えば『ほれ、右手の武器を貰うぞ』って言いながら手刀で槍を真っ二つにしたり、『右足がお留守だ』って言いながら右足を折りに来たりするんです」

「そんな見え見えなのに、避けられねえのか?ダルダイよりも早えのかそいつは」

「いえ、目で追えるぐらいに凄くゆっくりなんだと思います。ですけど、なんでか避けにくいっていうか、避けられないタイミングで来るっていうか」

「機が読まれてんのか。そいつは上等だな」

「その妙にゆっくりだけど避けられない打撃が恐ろしい威力で、あっという間に全身ボコボコにされて、あっという間にやられました」

「そいつは災難だったな」

「わ、分かってくれますか!ホントにもう超災難ですよ。身動き出来ない僕たちの脇で、『勉強代だ、飯貰うぞ』って食料品の入った魔法袋は全部奪われました」

「食料品?」

「ええ、さっきこっちに来て分かったんですけど、食料と一緒に入ってた旅の道具類は奪われましたけど、食料品が入ってない荷物と装備品は奪われませんでした」

「なんだそりゃ。随分優しいな」

「いやいや、優しく無いですって!『おめえら死んでも大丈夫なんだろ?そいつは良かったな』って言いながら手刀で首を刎ねられて強制【ログアウト】っスよ!その前に腕や脚を潰されるし、ゆっくり迫ってくる手刀が首にゴリって当たる所まで聞こえてたし、超苦しかったし、本当に死ぬってこういうことなんだなっていう痛さですよ。全然良く無いし!もう2度と経験したくないですから!」

「あれは痛かった。本当に死んだかと思いましたよ」


藤本が珍しくエキサイトしている。

それにしてもその敵は凄く嫌だな。自分の首が刎ねられる経験とかしたくないなー。

二人とも思い出してしまったのか青い顔をしている。

このゲームは回復が容易だけど、斬られると本当に痛い。

そう考えるとそれを軽減してくれる体力は本当に重要だ。


「そりゃ、地球人(アースリング)で良かったな。それで、山賊は何人ぐらいの規模なんだ?」

「えっと、見たのはその一人だけです」

「はぁ?一人だけじゃ、山賊か分からねえだろ。お前らの連れ合いに誰か恨み買ってるやつが居るんじゃねえのか?」

「うーん。そう言われると……」

「そっ、そいつ出会う度に『俺様はここを根城にしてる山賊だ!おめえら運が無かったな』って言いながら襲ってくるんですよ」

「なんだそりゃ。ますます怪しいな」

「そう言われますと……はい」


それは山賊なんだろうか?山で襲ってくる奴だからやっぱり山賊なのか?

人数が凄く少ないのであれば、冒険者ギルドで発見報告が無いのも納得も出来る。


「しっかし、聞く限りそいつはやべえな。地球人(アースリング)はお前らみたいにやり直し出来るみてえだが、俺達はそうはいかねえんだが……」

「うーん。また出るんですかね?そうなると僕とこいつらだけで行きますよ」

「|主の側に侍るが従者の定め《私は付いてくわよ》、|我が眼にて憂いを祓わん《私の目で見張っとくわ》」

「私もユーキさんに同行します!」

「私だって当然先輩に付いていくよ!心配じゃん!」

「実ちゃん!!」


葛西が良いこといった風だが、違うぞ藤本よ。

ゾルラさんまで行くとなると宿が心配ということだろう。

元々葛西はプレイヤーだから頭数に入ってたんだけど、今更言わない方がいいか。

それにしても、藤本が少し可愛そうになってきた。合流して良かったのかな。


「あの!できればバスピールさんと同じく残って欲しいんですけど?」

「おいおい、オレだって別に行かねえなんて言ってねえだろ。冒険者の守り神たる異界神様の御意思なら参加しねえ訳には行かねえだろ」

「やった!姉さん話が分かるね!これでリア充に勝つる」


池田は何と戦って何に勝つつもりなのか。

それにしても……結局全員が行くのか。

プレイヤーのみんなは復活(リスポーン)出来るけれど、NPCの皆さんは命を失う可能性がある。

結構重要と思われるクエストを冒険者ギルドに出している人物があっさり世を去る世界だ。

この町の周辺を遠出しなかったのはメダル集めの側面が強いのは当然だけど、安全マージンを確保する行為でもあったのだ。

歓迎出来ないけれど、こういうのもシナリオの一部なのだとしたら避けられないのか。

相変わらずシナリオライター人の断りにくい展開からの攻勢がエグい。

もうちょっと穏やかなストーリー展開をお願いしたい。


「但し!その山賊とやらに出会ったら撤退だ。いいな」

「当然ですよ。ルニもゾルラさんもその山賊に遭遇したらすぐに逃げて下さいね」

「ユーキさんがそう仰るのであれば、従います」

主の命に否やは無い(分かったわ)


こうして後輩2人を加えて7人。

大地の裂け目(ヴァーデリス)を越える事になった。

コスギさんはこの屋敷の植物の世話があるので居残りだ。

この屋敷の実質の支配人は彼だから当然だよね。

池田と藤本は奪われた旅支度を再び整えるため、出発は一週間後となった。


ゾルラさんの家にはお弟子さん用の部屋が一杯ある。

いつの間にか住み始めたバスピールさんの部屋を確保しても、まだまだ空いていたのだが、女性陣の反対で二人は出発時に合流することとなった。

みんな同じフロアだからちょっと嫌だと言われたらそれ以上押せない。

僕は一人だけ1階の客間を使わせて貰ってるから離れてるので許容範囲なのだろう。

あれ?コスギさんは2階の角部屋だけど……彼は女子枠なのか?


「なんてことだ!美人の女性NPCとのふれ合いのチャンスが!先輩がへたれだって分かってても悔しい!」


へたれとか言わないで欲しい。諦めてるけど気にはしている。

相手の命と天秤にかけるようなことじゃないからね。

でもルニが諦めるなって言ってくれたことも覚えている。


「カズヤ。同行してくれることが分かっただけでも大収穫だろ。実ちゃんの元気な顔も見られたしな」

「えー。そう言うなら葛西だけでも持っていってよ!」

「ちょっと先輩酷くない?それに葛西じゃなくてミノリンだからね!」

「そうだぞ!それにだけでも(・・・・)とは何だ。ミノリンだけ(・・)では無く、俺達と一緒なのも嫌だってのか?!」

「いや?えーと。すいません」


その後謝るということはどういう心根かとバスピールさんに問い詰められた。

いや、だって、バスピールさんもいつも僕のこと邪険にしてくるじゃないですか。

あまり一緒に居たくないのかと思ってた。と言うとまた炎上しそうなのでお口チャックです。

葛西まで一緒になって攻めて来たが、反論するとバスピールさんまで再燃しそうなので我慢だ。

ルニやゾルラさんも笑うばかりで助けてくれず、池田と藤本は早々に姿を消していた。


まったく。山賊と会った時もそのぐらいの勢いで逃げとけよ!

次話「染み渡る力」は5/5(金)の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アクセス研究所
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ