24 光る獲物を求めて
前話のあらすじ
ゾルラさん宅を案内された。弟子のコスギさんは魔人で好青年(100歳超)
僕は元来わがままな性格だ。やりたいことをやりたいようにやるのが信条だ。
その時々に僕のことを支えてくれる人が現れて、それが実現出来ている。
いつも周囲のみんなには感謝している。
感謝しているからこそ軋轢は少なくなるように少しは配慮してきた。
「ルニートの姉御をこんなあばら屋に住まわせるとは、ユーキお前何考えてんだぁ?!」
「小さき獣曇る眼佇む庵の格は写らぬ、山野の寝床恋しきは山野に戻るが幸福」
「チッ。だから何だその言い方はよ。何を言っているのか分かねえぞ真っ黒娘!」
「我が師に対してなんという物言い!改めて下さい!」
「なんだぁ小間使い、やろうってのか?上等だぁ」
なのにこの状態は何だ?そろそろどうにかしなくては。
宿がどうとか、本当にどうでも良い。
この世界の時間の進みが現実の何倍だとしても時間は有限だ。
無限とも思えるコレクションの収集と分類に時間を使いたいのだ。
───────
大河に沿ったこの町の朝は霧とともに訪れる。
朝霧を吹き飛ばすようにその嵐はやってきた。
まだ白い霧の漂う早朝、彼女の大声が響き渡った。
「頼もーう!!ルニート殿ォ!!ルニート殿はこちらにおいでか?!」
閑静な住宅街には似つかわしく無い武士がやってきた。
討ち入りと言われても違和感の無い遠慮の無い訪問だった。
大音量で目が覚めてしまった僕はベットから起きると汗を【洗浄】で飛ばし、顔と身体をさっぱりさせて出窓から入り口のアーチを伺う。
そこには予想通りバスピールさんが居て、コスギさんと対峙していた。
彼女はプロの登山家もびっくりの大きな荷物を背負っている。
「お主がこの館の主人か?!」
「おい!ルニート殿はおいでなのか?」
「関係無い!ルニート殿の元へ通せ!」
バスピールさんの声だけが良く聞こえる。
彼女は細身に似合わず声が大きい。
声の調子から予想するに、コスギさんを困らせているに違いない。
ルニはこの時間は朝練しているはずだから、多分裏手にある魔法の練習場にいると思う。
練習に没頭している時の彼女は自分の身に危険が無ければ気がつかない時もあるんだよなぁ。
この騒動で出てこないということは、多分そういうことだ。
コスギさんにあまり迷惑を掛けてもまずいので、急いで廊下に出た。
丁度上着を羽織りながら階段を降りてきた葛西に出くわした。
この町の朝はまだまだ寒いので【寒冷耐性】の無い葛西は上着が欠かせない。
「バスピーちゃんは朝から元気だねぇ」
「コスギさんに迷惑だからさっさと行くぞ」
「はいは~い」
建物の中なので走らず、あくまでも歩きで玄関の方に急ぐ。
【歩行術】のおかげでスピードが出ているが、あくまでも安全な移動を心がける。
建物を抜けると、押し問答している二人の声が聞こえてきた。
「だから、そう言っているだろうが!早く通せ」
「ですから、事前に伺ってはいますが、主人に伝えてきますので、少しこちらでお待ち下さい」
「私は昨日もその前も待って、ようやく許された月曜となったのだ。ルニート殿と顔を合わせねば安心できぬ」
「バスピールさん、ちょっと落ち着いて下さい」
「ユーキ!てめえはルニートの姉御をどこへやった?!」
「え?!」
あれ、武士どこにいったの?言葉づかい悪すぎじゃないですか。
道場で、道場主代理の人……ハラザル?……ハザラル。
そうハザラルさんが、荒っぽいのが素だと言ってたけどルニの前だけ猫を被っていたようだ。
「どこへと言われても、彼女は日課の朝練で裏庭だと思いますよ。ミノリンはちょっと呼んできてくれ」
「ルニ子ちゃん集中してるだろうし、この声は届いてないだろうねぇ。行ってきまーす」
葛西は話しながら立ち上がるとぴゃーっと走って行った。
「待て、私が直接伺う。なぜお前らの仲介を得なければならんのだ」
「いやいや、ここ、余所のお宅ですし、最低限迷惑を掛けないのは普通でしょ?」
「お前らの息の掛かった拠点だ。信用ならん」
えぇ。何この人。
ハザラルさんは感じ悪いな~と思ってたけど彼女も同類か。
あんまり入り口で押し問答を続けるのも外聞が悪いだろう。
「朝囀るは小鳥か怪鳥か?」
「なんだぁこのちびは」
ゾルラさんが出てきてくれたのだが、いきなりバスピールさんが絡みだして、一触即発の雰囲気だ。
居候のような身としては非常に辛い。
「先生に失礼です!訪問のマナーも弁えられないのであればお帰り下さい」
「己が意志を通すは他と寄り添うは定石。囀り止め風の音聞け」
「おいチビ。ふざけてねえでさっさとルニート殿の元へ通せ!」
これはだめだ。彼女は頭に血が登りすぎている。
少し頭を冷やして貰おうか。
「はいはい。【湧水】」
「あばっ、冷てっ、おばっ、お前何しやがる!」
「はいはい。【水洗浄】」
ザブッとバケツ一杯分ぐらいの水が落ちてきて、すぐにその姿を消した。
びしょ濡れのままの方が頭が冷えて良さそうだけど、風邪引いたらまた文句言われそうだからね。
こんな初歩の攻撃を無条件に食らうほど頭に血が上っていて武人として大丈夫なのか心配になってしまう。
「それじゃ、文字通り頭も冷えたでしょうから、ちゃんと話せる場所に移動しましょうか?応接使っても良いですか」
「主の命に否や無し」
「ちっ、ルニート殿が来るなら従ってやるよ」
「すぐ来ますから、入り口で騒ぐのはやめましょうよ」
そして移動中に冒頭のやりとりである。
自己紹介も出来ないうちから、もうお腹いっぱいだ。
早く葛西がルニを連れてきてくれるといいのだが……。
「バスピール殿!これは何事か?!」
「おお!ルニート殿。ご無事であったか?!」
「無事とは?!かように騒ぎ立てるとはゾルラ殿のご迷惑をいかにお考えか?!」
やっとルニが現れた。
ルニはちょっと怒っていて、強い武士モードだ。
対してバスピールさんの勢いも少し落ち着いたような気もするが……。
うーん。
この問答を最後までやるのかな?
どこまで行ったら終わりなのかな?
これ我慢はしなくちゃいけないのかな?
時間の無駄じゃ無いのかな?
バスピールさんはルニと問答をしているが、まったく話を聞く余地が無い。
あー。分かった。
この人は唯々邪魔をする人だ。
良く分からないのに途中で入ってきて商談をぐちゃぐちゃにしていくあの銀行マンと一緒だ。
僕は元来わがままなのだ。
これ以上の無駄はもう付き合わなくてもいいんじゃないかな?
そう思うと何か自然とスイッチが入った。
「おい!」
思わず野太い声が出た。
こういう時の自分の声にはちょっと驚く。
「なっ、なんだ、ユーキ。ルニートの姉御と話を済ませるから──」
「バスピールさんは少し落ち着きなよ」
うるさいな。
そう思ったら、飛剣スカッドがバスピールさんの喉元の真っ正面に浮かんでいた。
数センチ動けば刺さる場所だ。
ある程度勝手に動いてくれていると思ってたけど、その動きにちょっとびっくりした。
冷静を装いつつ話を続ける。
「見極めと言っていましたが、その前に隙だらけじゃないですか?」
「ちょっと先輩、さすがにそれはちょっとやり過ぎっていうか──」
「お前もちょっと黙れ」
言いかけた『ちょっとやり過ぎ』という主張には同意するけど、葛西も少し口をつぐんだ方がいい。
お前が無責任に喋ると事態が変な方に転がる。
というかお前がホイホイ受け入れるからこうなるんだよな?
じっと葛西を睨むと、いつの間にか短剣が1本葛西の正面に浮いていた。
大きさと色から、背中の鞘に収まる飛剣パックではなく、収納されていた短剣100本のうちの1本であることが分かる。
【森崎さん】まで何してんですか?
これ以上は僕もちょっと怖いので、お口チャックでお願いします。
「僕は今、せっかく切っ掛けを得たオズワルド硬貨を集めたいんです。
今日は昼から【ブッシュボア】狩りに行きます。一人でも行きます。
邪魔をするなら他でやってください。
バスピールさんの都合は知らないので、付いて来たいのならその辺りのごちゃごちゃは午前中に済ませて下さい」
1度声を止めて周囲を見渡す。
【魔力視】には僕と飛剣を結ぶ透明な魔力の線がうねっている姿がよく見える。
いつもよりも太い線に見えるのはスキルレベルが上がったせいだろうか。
「分かりましたか?」
うねる魔力線の向こうに葛西を見るとコクコクと頷いている。
バスピールさんは、ああ、動けないか。
飛剣を引いて隙間を空けると小刻みに頷きを返した。
バスピールさんの目が僕を睨んでいる。
僕だってちょっとやり過ぎだなと思っている。
他の3人に目を向けるとコスギさんはゾルラさんの前を庇いながら固まっていた。
そのゾルラさんとルニはしたり顔でうんうんと深く頷いている。
ちょっと嬉しそうなのは何故だ。
飛剣スカッドを腰の鞘に戻すと、もう一本の短剣も収納されて静寂が訪れた。
勝手に飛び出した剣が、意図通り戻ってくれたことに安心した。
よし、これでやりたいことが出来る。
そう考えれば、バスピールさんの騒ぎぐらい怒るほどの事でも無い。
そう思うと少し余裕が出たのか、自然に笑みがこぼれた。
「ヒェッ」
変な声が聞こえたが、悲鳴が出るタイミングがおかしい。
そして何か刺激臭がした。トイレの匂いだ。
【AFK】を得てからこの世界で暫く嗅いだことの無いアンモニアの匂いだ。
バスピールさんの周囲に水が広がっていた。
荒事が得意そうなのに何故だ?
そういうところがハザラル氏が言っていた乙女ということなのだろうか?
【水魔法】で始末を付けるルニの姿を見ながら、乙女のなんたるかは僕には理解出来そうもないなと思った。
次話「25 パーティの始まり」は4/3(月)予定です。
年度末進行で、投稿が遅れてすいません。
ストックが少し溜まってきたので、4月以降は週2回更新(月/金)にします。




