22 異世界を見通す目
前話のあらすじ
武術道場関係者のバスピールさん(猫人♀)と出会い、何故かユーキのお目付役として付いてくることに。
宿に帰り銅貨を袋から出して確認していたら、ルニが意匠となっている武神の5高弟についてぽつぽつと話し始めて次第に機嫌が直って良かった。
一つ一つルニが解説してくれるので、僕としてもコレクションを愛でる満ち足りた時間だった。
ヘルムート付近に縁のある人物を特に念入りに話してくれた。
近くスィムダルド山を根城にしていたという[豪雷]ダングゥール様の話はなかなか面白かった。
やたらと雷が落ちて魔物が死んでいるので魔の山だと恐れられていたら全てダングゥール様の仕業だったらしい。
やがて力のある冒険者が訪れるようになったが、彼が強すぎてそのうちまた人が寄りつかなくなったのだという。
そのくせ、人が来なくて寂しくなって孤独をこじらせて死んでしまったという。
メダルを一枚取り出す度に武勇伝を教えてくれるので、まだ全部は確認していない。
【森崎さん】は先回りして数えてくれたのだが全部で銅貨652枚、銀貨63枚、金貨18枚を獲得していた。手持ちはついに1000枚を超えた。
何種類あるかは自分で確認したいので、言わないようにお願い済みだ。
翌日、朝食を宿の食堂で取りながら今日の予定を確認した。
僕は昨日の続きでコレクションを愛でる作業をしたかったのだが、二人が反対するのでどこかに出かける事になった。
月曜日からバスピールさんが合流することになりそうだから、今日は彼女が一番縁遠いと思われる場所に行くのが良いだろう。
ヘルムートに飛ばされてから確認した行きたいスポットは、葛西は買い物と討伐クエスト、ルニは道場、鍛冶屋に本屋、僕は骨董屋と魔法ギルドだった。
そのうち、討伐クエストと道場は終わった。葛西の言う買い物もなんとなく買い食いしながら3人で回ったのでとりあえず満足したようだ。
残りは鍛冶屋、本屋、骨董屋と魔法ギルドだ。骨董屋は当面は硬貨の入手手段を確保したので焦っていない。
骨董屋はあまり良い顔をされず、ルニの『【水魔法】についてもう少し理解を深めたいのですが』という発現が決め手となり魔法ギルドに行くことになった。
「魔法ギルドか~。うーん。ちょっと苦手なんだよな~」
「せっかくだから葛西も他に幾つか魔法を覚えればいいんじゃない?」
「そう簡単に言うけどね!魔法スキルの沢山ある先輩にはあの大変さは分からないで〜す!」
葛西はこの町の魔法ギルドに行ったことがあるらしいのだが、積極的に行きたがらなかった。何か嫌な思い出でもあるのだろうか?
手持ちの魔法スキルが【生活魔法】と固有スキルの【爆炎魔法】だから、前に来たときには空振りだったのかもしれない。
―――――――
魔法ギルドは武術道場の中央通りを挟んで北側に入った所にあり、すごく分かりやすい建物だった。
「天災神様に由来の魔法については、右側のカウンターで、創造神様に由来の魔法については左側のカウンターで承ります」
「天災神様の自然を愛する深いお心が分かれば右側のカウンターをご利用になりますよね?」
「創造神様の無から有を生み出すお心の奥深さが分かれば左側のカウンターをご利用になりますよね?」
「あらあら、自然の良さが分からない不細工は黙っていてくださるかしら?」
「いやですわ、無限の可能性が理解出来ない頭脳では魔法の神髄にたどり着けないのでは無くて?」
なにこれ?ちょっと、来たばっかりなのに凄い空気がわるいんですけど。
葛西を見ると肩をすくめていたので、いつもの事らしい。
「ええと、天災魔法も創造魔法もどちらも素晴らしいですよね」
「「ちっ」」
周囲から舌打ちの声が聞こえた。というかこの目の前のお姉さん方、僕に聞こえるように舌打ちしたんですけど……。怖すぎます。
よく見れば周りは女性ばかりだった。男性プレイヤーが好んで訪れそうなスポットだけど。
いや、この空気に耐えられる男子はそれほどいないかもしれない。
そういえば、ビガンの町にお二方が現れた時も取り巻きが凄かった。羨ましいという話をツネさんが言っていた。
「日和見なあなたは魔法スキルの素養があるのかしら?」
「初めて習うのであれば、そんなどっち付かずじゃ身につきませんわよ」
目の前に女性が二人門番のように左右からずいっと道を塞いできた。
カウンターに行く前に魔法スキルの素養を述べろということなのだろうか?
「僕の魔法スキルですか?えーとレベルは【水魔法】と【生活魔法】が4――」
「それじゃ創造神様の!」
「【風魔法】と【光魔法】が3、【土魔法】が2、【火魔法】【植物魔法】【念動魔法】が1で――」
「どっち付かずなのにレベルが高い……」
「【回復魔法】が5ですね」
「次元神様由来の魔法まで……」
「あはは!流石先輩だねぇ。愉快愉快!」
葛西が何故かケタケタ笑っている。僕としてはどれでもいいので、魔法スキルの基本を習いたいのだが……。
「そんなに言わなくていいのよ!磨きたいのは一体どれなの?!」
「じゃ、【風魔法」ですかね」
「私は【水魔法】ですね」
「私はこの際だから【火魔法】を覚えたいでーす!」
なぜかプリプリと不機嫌になった彼女達の案内で、僕は右のカウンターに通され、ルニと葛西は左のカウンターに通された。
通された先でカウンターのお姉さんが笑顔なのが逆に怖い。
「はい。いらっしゃいませ。お名前を伺っても?」
「あ、ユーキです」
カウンターのお姉さんは普通か?!良かった!またもう一度絡まれたら回れ右して帰るところだったよ。
お姉さんの名前は左胸に付いたプレートに『ガイドウィザード ソニア』と書いてあった。
「ご用件はなんでしょうか?」
それ普通は一番最初に聞かれる奴だと思うんですけど。なんで門番を超えてからようやく聞かれるのでしょうか?
しかしそれをこの人に言うのは違いそうだ。素直に今回の訪問の狙いを告げた。
「基本的な魔法の使い方を身につけたくて来ました。ご指導願えませんか?」
「えっ?聞こえてましたけどレベル5の魔法スキルもお持ちなんですよね?」
「はい。【生活魔法】と【回復魔法】は冒険者ギルドで高レベルの方に指導してもらったのですが、他は独学なんですよね。はは」
「その師事している高レベルの方に指導して頂くのが良いと思いますが……」
「あっ、師事している訳では無くて冒険者向け講座で1日習っただけですので」
「えぇ―――――――――と。そうですか。どうしましょう。そんな方に指導できるとなると……あっ!良いところに!ゾルラさ~ん!」
カウンターの女性が、遠くを歩いていた小ぶりの女性に声を掛けた。
いかにもな魔法の杖を持ち、魔法使いらしいローブを羽織った姿の女性はスカートの裾をはためかせながら、まっすぐこちらに歩いてきた。
「小鳥よ、囀りが告げるは、吉兆いかなるか?」
「あのね、ゾルラさん、この人スキルレベル高いのに魔法の基礎を習いたいんだって!」
「不可思議なこと極まれり。その身に絡まる見事な渦にて技を修めたる振る舞いはこれ如何に?」
「まぁそう言わずに、入口だけ指導してあげてくださいよ。先日プリムウィザードになったんですよね?」
「小鳥が告げるは真実。我が身その責を果たすは是非も無し」
「よかったー。ありがとうございます。ユーキさん良かったですね!」
「えっ?」
今ので会話成り立ってるの?というかこの人誰?
受付のソニア嬢の言ってることは分かったので、指導者としてこの人を頼れって事のようだが。
さっきから気になってたんだけど、この人ずっと目を閉じてるんだよね。身長はルニより一回り小さくて150cmぐらいかな?
中学生ぐらい?いや、女性は年齢が分からない上にこの世界はより分かりにくいから断定するのはやめておこう。
肌は浅黒く耳は横に長い。魔人族のようだ。魔法に親和性が高い種族でこのギルド内にも結構な割合の人がおそらく魔人族だ。
こうなると口から出るのは思わず疑問系にならざるを得ない。
「えっと、ゾルラさん?よろしくお願いします?」
「我この世に止める美しき現し身に止める名はゾルラルル。矮小なる頭脳が短く留め置くは自然の摂理」
「えっとね、本当の名前はゾルラルルさんだけど、短くして呼んでもいいよってさ」
「そうなんですか、ちょっとやりにくいんですけど、いつもこんな感じで?」
最大の疑問はこのしゃべり方だ。語尾にニャとか付けるものの激しい奴だと思うけれど、これ続くとなると辛いな~。
「あはは、そのうち慣れますよ。あー、あなた【インタープリター】は習得済みかしら?」
「あ、持ってます!」
「じゃあ大丈夫!ちょっとスキルを意識しながら話してみて!彼女は【魔力視】の使い手で魔力への理解が深いから指導役にはぴったりよ」
「矮小なる光は魔の一端に過ぎず、魔なる煌めき達が流るる様は我に全てを伝えるものなり」
「どう?分かった?彼女は『ちょっと目が見えないけど、【魔力視】があるから大丈夫』って言ったのよ」
「……努力します」
えー辛い。これは辛い。【インタープリター】をこんな所でも意識する必要あるのか。
あれ?そういえば、今ソニア嬢と話してるのだって【インタープリター】にお世話になってるんだったっけ。
「努力じゃなくて、魔法の使い手なら【インタープリター】を活用しなさい」
「はい」
「彼女は固有スキルの【詩吟の囀り】が魔法と相性抜群だし、と~っても可愛いんだけど、日常会話がねぇ」
「なんですかそれ」
「濫りな興味はその身滅ぼす!」
「あっ、すいません」
おお、分かった。会話が出来そうだ。
固有スキルのせいで、喋りが変になってしまうようだ。ソニア嬢の言葉によれば魔法の威力が上がるみたいだが、なんだか呪いのようなスキルだ。
今日は終日ここに入り浸る予定なので、終日レッスンコースを申し込んだ。
初心者用ではなくて、中級者用になるらしい。前金で半分。帰りに半分支払う形だった。
中級者向けだけあって、流石に高くて終日で10万ヤーンだ。5万ヤーンを『ピッ』と支払いカウンターを離れる。
「魔なる調律にはふさわしき場所あり。我が行方に従え」
「はい」
変な指導者だったが、指導が受けられると思うと不安よりも期待が大きい。僕はとってもワクワクしている。
―――――――
少し広めの音楽室のような個室に通されて、彼女の閉じた眼によるチェックを受けた。
魔法を使うには自身の纏う魔力を引き金にして周囲に漂う魔素を変化させて現象を引き起こすものらしい。
これまでに使っていた何となくの感覚で違っていないらしい。
それでも、感覚的に学んでいたことに理論がついてくるとその理解が深まり上達した気がする。
「でもこれって他のスキル、例えば【剣術】なんかと同じですよね」
「相違なし。魔なる法則、身に備えし力、祖たる意思より分かれたるのみなり」
「へ~。やっぱりスキルは発現させた人の影響は大きいんですねぇ」
「其が世界の理」
なんか、この【インタープリター】の翻訳結果が軽い気がするんだけど大丈夫だろうか。
受付のソニア嬢が言うように、段々と慣れてきた。スキルって凄い。
「ソニアさんって小さいのにいろんな事を知ってるんですねぇ」
「我を小鳥とは可笑しや!!魔に寄り添う世に弱き羽ばたきなれど、大月の巡り8つを過ぎ、愛を紡ぐに足る生なり!」
「すいません!!」
80歳はレディじゃないむしろお婆ちゃん……では無いのか。魔人種は平均でも500歳は生きると聞いたのでそれを人間寿命を80歳として換算すると13歳ぐらいになる。
むしろ子供?いや、彼女はレディでありたいようなので、レディだ。
そんな脱線も交えながら、基本的なことをいろいろ教えて貰った。
【風魔法】の魔言もいくつか教えて貰ったし、その時の魔素の流れや呼び寄せ方など、魔法の基本がありがたかった。
そうして理解を深めていたのだが、そのうちゾルラさんが不思議なことを言い始めた。
「其の方、不可思議な魔力の巡り。魔の力二重巡りたり因果の巡り如何なるや?」
「循環?えっと、この背中の短剣ですか?」
「険しき気配漂う魔の器魔なる巡り太けれど、其の巡り其の方の元収斂したり、我語るは異なるなり」
彼女は実は目が見えないらしいが早々に【魔力視】が発現して魔力で全てを見ているらしくなんとレベル8だ。
その力もあって、魔法使いとして早熟なのだという。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【魔力視】のレベルが3に上がりました』
早速だが収穫があった。当然のように彼女の振る舞いから大きく経験値を稼いだ。
彼女は光しか見えない肉眼よりもいろんな物が見えるらしいが、色が見えないので時々会話が噛み合わないのだそうだ。
会話が噛み合わないのはもう一つの理由の方が大きいと思うんだけど口に出してはいけなそうなので黙っている。
そんな彼女が指摘しているので確かに2つ循環しているに違いない。
「其の巡り、二重となる別の巡り側に別人の運命が如く。異なる魔の巡り生み落とすは母の如し。古より響きたる霊体成る貴き身傍らに侍るが如し」
「あっ!」
「気付きありや?貴き身の祝福受けたる魔の器其の身に備えたるや?」
「いえ、スキルですね。【森崎さん】出てきて貰えますか?」
『承知しました』
当たり前のようにそこに佇む彼女はゾルラさんと比べると大人の女性だ。
相変わらずぴしっとしたスーツが格好いい。
「其の方……。霊の如き姿……」
「ええ、スキルの説明によれば彼女は収納の精霊らしいですよ。そういえば独自に魔力を運用してくれているって言っていましたね」
「喋りたりと言うたれど……其の方霊体の現し身と言の葉漂いて至るや?」
「はい。念話みたいなものですかね。森崎さん、ゾルラさんとお話することは可能ですか?」
『可能ですが、少々魔力が必要になりますので、少しお借りしても良いですか?」
『ええ、大丈夫です』
儚く漂う魔法の存在だった彼女が、より強くそこにいるのが感じられるようになった。
「これで良かったですか?!」
「驚き極まれり!姿見に言の葉の響き!!我砕く驚き!!位階の高みの貴き身遇する幸運驚くばかり!お、御身の前出る喜び!!愚ゅ生の名ゾルラルル!」
「はい。初めまして、森崎と申します」
ゾルラさんは驚くと余計に小さい子みたいだった。目を輝かせて喋る姿がほほえましい。
ちょっと気になることを言っていたな。上位精霊?
「森崎さんは上位精霊なんですか?」
「私はユーキさんの意思で生まれたので良く分かりません。私の使命には関係無いことです」
確かに、彼女は職務を全うすることに強い意志を見せる女性の姿を写し取ったものだ。
精霊の格はなんであろうが、クロークを運用する上では関係のないことだ。
出てきた森崎さんにゾルラさんがかぶり付きで会話していたが森崎さんが顕現するには本当に沢山魔力を食うようで、2分程度で消えてしまった。
「我が意決まりたり!」
「急にどうしましたか?」
「愚生ゾルラルルユーキ様の列席に侍ることを許し給え!」
「えぇー」
「嫌やは問わず御身に慕う物なり!」
「いやいやいや、僕は男の子であなたはレディなんですから、そうそう簡単にお側に置けないでしょ?それは分かりますよね?」
「夜の営み肉欲の滾り心のままに望みたれば主の欲に添うが必定。ユーキ様に付き添いし魔素と運命の踊り腕を添え踊る好機我強く望まん!」
「無理無理。僕が無理です。あ、そうそう仲間と相談しないと無理っていうか、絶対無理です」
「震える子鹿の様よ。万事良し!機は満ちた、廻る踊り子達の元導き賜らんことを!」
どこかで見たような光景だ。この人親御さんは……っと80歳越えだったな。
この世界ではみんなグイグイくるけど、ゲームとしてそういうイベント多めになってるのか?
例のバスピールさんの事もある。こういうのどうやって断ったらいいんだろう。
ルニと葛西が断ってくれるとありがたいのだが。女難の相でも出ているのだろうか。
藤本だったら真っ向から『ご褒美です』と言い切れるのだろうか。
僕には無理だ。超特急で合流して欲しい。
次話「23 新たな拠点の守護者」は3/20(月)更新予定です。
予約投稿の設定をミスしており送れて更新となりました。
居るのか分かりませんが、いつもの時間に更新を楽しみにしていた方はすいません。
(03/13(月) 20:24 更新)
ゾルラさんの売りのはずのルビがうまく機能していなかったので、仕様を調べて書き直しました。