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21 道場の乙女

前話のあらすじ

 大量の硬貨をゲット。あと、河を渡る資格を得てギルドカードに緑の★が付いた。

防壁の上から見渡す大地の裂け目(ヴァーデリス)の大河はすごいものだった。

ギルドカードに加わった星印と同じく深い緑色の河川は遠くまで続き対岸が霞んで見えた。

一件東京湾のような海の入り口にも見えるが、潮の香りはしていない。そもそもこの世界の海がしょっぱいかどうかも分からないのだが。

河川港に停泊している船もかなり大きな物だ。過剰に近代化しているこの世界だが、帆が貼っているのを見て何故か安心した。


「相変わらずすごいね!」

「確かに凄い!対岸の船がミニチュアみたいだな」

「この河に我々は守られているのですね」


クエストでの野外泊の後だったが、頑強な冒険者のステータスは休みを必要としていなかったため、ここまでやってきた。

渡河の資格を得たのはいいけれど、そもそもここに来てからその河を見ていないということでぶらりとここまでやってきたのだ。

葛西も懐が暖かくなったら落ち着いたらしく、ちょっと見に行くか?とうっかり口にしたら二人が大賛成で即行くことになってしまった。

とりあえず宿に帰ろうと言われたら大喜びで宿に戻って大量ゲットしたメダルを確認するところだったのだが。


葛西のために仕立て直した防具の加工費は教官の見立てでは250万ヤーンを越えるものだったが、手持ちのオズワルド硬貨で返してもらった。

ダイキさんよりも使ったアミールは少なかったが、アミール銅で小さな部品を作ってつなぎ合わせ、胴着の自由度を邪魔しないようにした加工が絶対に高く付くと断言だされた。

この町に着いた後、金欠だと言っていたが、オズワルド硬貨は僕に渡そうと思って貯めていたらしく、評価額はむしろ100万程多すぎた。

『残りは先輩にあげるよ!』と言っていたのだが、教官の忠告に従って、お金関係はちゃんとするためキッチリ払っておいた。

冷静に考えればコイツに借りを作るとか恐ろしい話だ。


「うむ。大地の裂け目(ヴァーデリス)は今日も逞しい!」


なんか、声が大きい人がいるな。目を合わせないようにしておこう。


「アーッハッハッハッハ!!」


うわ~。今度は笑い出したよ。観光地でテンションが上がったにしても日本人ならやらない行動にどん引きだ。

声の主は道着を来た女性で、胸の高さほどの塀の上に立ち、両手を腰に当てて高笑いをしていた。

ここは防壁の上で、その高さは4階建て校舎の屋上ほどもあるんだけど、怖くないのかな?

同じようにチラチラとその女性の方を見る葛西と目が合ってしまった。


「これは!バスピール殿!」

「あっ、にゃ、え?え?ルニート殿ォ?」


うわー。この人ルニの知り合いらしい。ここで躊躇せずに話しかけるあたりがルニは凄い。僕なら知り合いじゃない振りをしてしまうと思う。

僕らの他にも周囲に人がいたのに気にせず高笑いをしていた彼女だが、こちらを向いて慌てているあたり、知り合い相手だとちょっと恥ずかしかったらしい。


「ととと、にゃわっ」

「大丈夫ですか?」


そのまま、体勢を崩して僕の上に倒れてきたので、思わず抱きかかえるように受け止める羽目になった。

おっさんかと思うような振る舞いだったが、受け止めてみると身長はルニより高いが、とても華奢な女性だった。

倒れたのが塀の内側で本当に良かった。


「それにしても、こちらに来られたなら道場に来ていただければ案内しましたのに!」

「私も冒険者として少し鍛錬をしていましたので挨拶に伺うのが遅れて申し訳無い」


暫くなにやらブツブツと小声で言い訳をしていた彼女だが、落ち着きを取り戻すと何事も無かったかのようにルニとの会話を再開した。

バスピールさんは、葛西が行きたいと言っていたこの町の武術道場の実力者らしい。

元々行こうと思っていた場所でもあったため、ルニと連れだってそのまま武術道場を訪問することになった。

クエストで教官じゃなくて、グリーさんに言われた浸透系の武技(アーツ)は【冒険者マニュアル】には無かったので、教えて貰えたらいいな。


────────


道場は事前に聞いていた通り、河に近く、東西に続く中央の通りより南に入った場所にあった。

ビガンの町の道場とは違い、周囲を植栽が取り囲み、少し奥に進んだその先に門を構えていた。

葛西から狭き門だと聞いていたので、こぢんまりした場所を想像していたのだが、その敷地はむしろ広大だ。練武場も次元神様の好意で拡張されたルニの実家よりもさらに広かった。


門を潜ると武人達がそれぞれ鍛錬を積んでいる。そういえば、今日は土曜日だったな。

バスピールさんと肩を並べて我が家のように進むルニの後を、おっかなびっくり歩いて練武場の脇を抜けてそのまま奥の建物に入った。

時折ルニが僕たちの方を振り向いて頷きをくれなかったら、門の前で足が止まるところだった。

隅々まで掃除されている年季の入った木製の建物に入ると、門弟と思わしき人々が大きな声で挨拶をしてくる。


「バスピール師範代!お疲れ様です!」

「うむ!!ハザラル殿はおいでか?」

「はい!暫しお待ち下さい」

「そうか!助かる」


扉の前に控えた男性が何事か囁いてから扉を引いた。

中に入ると応接スペースの付いた執務室のような部屋で、デスクワーク中の男性が座っていた。


「バスピールか。ここに来るとは珍しい。如何した?……これは!ルニート殿!息災か?!」

「ご無沙汰しておりますハザラル殿。この通り元気にやっております」


男性はルニをその目に認めると立ち上がり、バスピールさんそっちのけで、話しかけて来た。

それほど大きな体格では無いが、十分に鍛えられた武人の気配がした。少し浅黒く耳が尖っているので魔人族(デーモン)のようだ。

ルニは交流事業で来たことがあると言っていたが、お互いに笑顔でずいぶんと親しい様子だ。


「んっ、ゴホン!」

「おっと、これは失礼した。こちらにお座り下さい」


バスピールさんが非常にわざとらしい咳をすると、ようやく僕たちの存在を認めたようで、慌てて応接席への着席を勧められた。


「ようこそいらっしゃいました。私は当道場の道場主の代行をしておりますハザラルと申します。我が道場主は討伐依頼と称して各地で羽根を伸ばしておりますのでな。ハハハハハハ。」


一直線に通された相手が道場の責任者の方だった。そんな心構えをしていなかったので思わず体に緊張が走る。

それにしてもずいぶんと道場主さんに恨みがありそうな口調だな。


「ルニート殿、お連れの方のご紹介をして頂けますか?」

「こちらはユーキさんで、こちらがミノリン殿、今、お二人と行動を共にしております」

「ミノリンです~」

「ユーキです。お邪魔しています」

「ルニート殿が少人数で行動するのは珍しい。あのルーファス殿がよく許可を下さったな?ふむ。何か理由があるのでしたら差し支えなければ教えて頂けますか?」

「私は修行の身ゆえ、今はユーキさんの連れ合い……従者として、各地を旅しております」


ちょっと!バスピールさんとハザラルさんの瞳に剣呑な輝きが混ざったんですけど!

ルニのオマケとして最低限向けられていた視線が、急に品定めするような、非難するような強さをもったものに変わった。

そうですよね。道場のお嬢さんに対して、素性も分からないひょろっとした男ですからね。

これは初めて同行で訪問したお客様から良く受ける視線で慣れている。ちょっと厳しい気もするけれど。


「従者、従者ですか。ルニート殿は何か呪いのようなもので縛られているわけでは無いのですよね?」

「何を言い出されるか!そのような侮辱を受ける謂われはありませんぞ!」

「っと、これは失礼致した」

「我が父上よりユーキ殿に師事せよとの言を受けております」

「なんと、ルーファス殿が……」


急にルニの怒気が膨らんで相手も戸惑っているようだ。僕もちょっと怖い。

この人達はルニの事は良く知っているようだから、これが一般的な反応なんだろうな。

彼女は僕に対する評価がやけに高い。そのまま自分の評価が周囲に通用すると思ってる節があるけれど、なかなか分かって貰えないんだよな。

その辺りを踏まえて紹介して欲しかった。


「確かに見た目よりは無駄の無いガッシリとした体つきでしたが……そんな、まさかルニート殿が……」

「ガッシリ?ハハハ!出会って早速、乙女な出会いとは難儀なものだな。いや機会に恵まれているのか」

「ハザラル殿!その件をこのような場で口にするとは!!!」

「すまん、ちと口が滑った。許せ」


バスピールさんが乙女?高笑いしてたし、乙女とはちょっと違うタイプの女性に見えるけど、部屋が少女趣味とかそういうことだろうか?


「それにしても、ユーキ殿と申されたか、私もルニート殿とは懇意にしております故、老婆心から失礼を承知で言わせていただきますが、私の武芸者としての勘が鈍ったのか、確かにそれなりの技量は窺えますが、ちぐはぐな印象を受けますな。ルニート殿ほどの武芸者が師事する相手に相応しいように見えぬが……」

「父上の目が曇ったと仰るか?」

「いえ、うむ……どうでしょうな、武芸者としての我が信条に通じるものですな。ユーキ殿の技量について少し見極めさせて頂きたい」

「ハザラル殿が相手するとなれば、問題にもなりますぞ」

「いえ、ハハハ、そこでじっと睨んでおるバスピールがその役に相応しいでしょう」


ルニとハザラルさんが最初の和やかな雰囲気とは打って変わり一触即発の緊張感で対峙し始めた。

あの僕の意見は……ええ、聞いてませんよね。


「ユーキさん!こうなればやむを得ません!ええ!もちろん【飛剣術】もありでお相手して差しあげましょう!」

「えええ~」


ルニは僕の方を振り向くと、ぐっと両腕を掴んで語気も強くそう言い放った。

あれれ?ルニートさん、ちょっと!いつもの落ち着いた感じはどこに?

いてて、握る手が力入りすぎだし、顔が近い近い!


彼女に見えない位置から葛西がニヤニヤと楽しそうに見ているのがちょっと気に障るけれど、ルーファスさんやルニに恥をかかせる訳にはいかない。

はぁ~やるしかないのかね。


「バスピール、行けるか?」

「いや……うーむ。しかし、ルニート殿の表情を見れば、その言を信じない訳にはいきませぬ」

「左様か、それでは代わりにエベンスを呼ぶか。いや、待て……バスピールはしばらくルニート殿と行動を共にし、真偽の程を見極めよ」

「えー、ここはバンバーンと戦うところじゃないの?」

「ミノリン殿……このような名目での諍いは他のもめ事を呼びます。その意味で、ハザラル殿の提案は理解できるところですが……」

「私はそれで構いませぬ。ルニート殿が許すのであれば同行を認めていただきたい」


武士達の会話が明後日の方向に向かい始めた。なに?なんかこの人付いてきちゃうの?

ルニは一緒に行動して長く慣れたし、葛西は言わずもがなだけど、この人はなんか気を使うよなぁ。


「まいっか。そんな展開もありかもね。あれ?ルニ子ちゃんと先輩はなんか渋い顔だねえ、先輩は女子が増えていいじゃん!あ、ルニ子ちゃんは先輩が独り占めできる時間が減るのが残念なのかな?」

「ミっ、ミノリン殿!そのようなこと!私はユーキ殿の判断に従うまで」

「だってさ、バスピーちゃんとルニ子ちゃんはOKで、そっちのハザラルさんもそれが良いんだってさ。先輩はどうすんの?」


なんか、これNOと言えない感じだよね。NOと言ったら代わりに一戦させられてその後も揉めそうなさっきの状態に後戻りだもんな~。


「あの、我々は冒険者として安定しない生活になりますので、女性が軽い気持ちで付いてこられても困ります」

「なんつった?!おい!俺の事を舐めてんのか?!」

「ハハハ、いや、失礼しました。バスピールは道場では門下生の手間行儀正しいですが、本来はそんな性分でね。うちの道場主の悪い所を真似て普段は冒険者として修行を積んでますから問題ありませんな」


なんかバスピールさんの尻尾を踏んでしまったようだ。

別人のような啖呵を切ってきた姿にますます不安だが、逃げ道を塞がれてしまった。

なんかずっと睨んでいて怖い怖い!


「はぁ~~~。良く分からないけど分かりました。見極め?に見合うと良いんですが、恥ずかしくないように頑張ります」

「ハハハ、我々もルニート殿のことは大切なのでね。よろしくお願いします」

「ルニート殿。と皆様方よろしくお願いする」

「バスピーちゃん、よろしくね」


大切なら喧嘩しないで欲しいよもう。

こうして強制的に【パーティ】に一人加入することになった。


「バスピール殿にお会いしたので顔を見せに来ただけですから、今日はそろそろ失礼します!」

「ルニート殿、それでは私も同行致します」

「いいえ!身の回りの準備もあるでしょうから準備出来てから合流してください」

「いえ、私はすぐにでも――」

「我々の宿はボンドヘルですので、週末は準備充てて、身の回りを整えてからいらしてください!」


バスピールさんはルニのけんもほろろなその態度にこの世の終わりのような顔をしていた。

ちょっとだけ溜飲が下がったがそれを察知したのか睨まれた。

怒気を隠しきれないルニが早々に辞去を申し出たので、道場はほとんど見学することが出来なかった。

一応、練武場の一角で戦鎚をつかっているチームがいるのを確認したので、そのうちまた来たいが、いつ来られるかはルニ次第だ。


宿に帰ってからもルニが言葉少く機嫌が悪い。

その分葛西が僕に絡んでくるのでとても困る。

藤本!早く合流してくれ!


次話「22 異世界を見通す目」は3/13(月)予定です。


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