19 相応しい一撃
前話のあらすじ
【ブッシュボア】を狩ったら、オズワルド硬貨がドロップした
残る2頭はリンザさんの罠で体力が奪われていたせいか、あっさり片付いた。
3サイクル目で少し慣れてきたこともあり、流れるように【漆黒】を貼り付けた先頭の一体をルニが一撃で葬った。
突進に合わせて宙に体を投げた彼女の【大切断】で首を一狩りだった。
何気なく放った一撃だったが、結構凄いことをしている。それが分かるようになったのは成長だろう。
【大切断】は本来横凪の一撃だ。それが斜めに入るように体勢を傾けていたのだが、空中を踏みしめているように見えた。
彼女の【歩行術】は空気を掴み始めたのだと思う。
続く一体にも慌てず【漆黒】を貼り付けた。
【漆黒】はLv1の魔言だが、対象が敵なので消費魔力は5だ。そこに【魔力操作】の4割カットが効いて、魔力3で放つことが出来る。
視界を奪われた【ブッシュボア】は突進が単調で良い的だ。
ルニを真似て、戦鎚の先についた刃を槍として【槍術】の武技を放つ。
その太刀筋もルニに倣ってすれ違い様に首筋を分かつものだ。
「魔の力借りて刃に秘めたる力を示せ!命を絶つ!【四の閃】!」
バイヤードさん直伝の【三の閃】は斜め上からの袈裟斬りで【四の閃】は斜め下からの逆袈裟斬りだ。
時に心臓を通って切り裂くことからどちらも命を絶つ一閃とされている。
鬼人族の大ざっぱさから、左右どちらから入っても【三の閃】と【四の閃】だ。
左右で相当に体の使い方が違うが、体術に武器を添えるのではなく、武器に体を添えることからどちらも一緒らしい。
考えるよりも先に体を動かせという教えに沿って、すれ違い様に刃を跳ね上げた。
イメージは現実となり、刃が通り抜け、首を落とした。
【ブッシュボア】はそのまま血を吹きながら数歩歩いてドサっと倒れた。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【筋力強化】のレベルが3に上がりました』
「ちょっと先輩!何で倒しちゃってんの?!」
葛西が何か言っているが、その前に【解体】だ。
やはり、ドロップアイテムにオズワルド銅貨があった。あ、あれは金貨か?!
「メダル!メダルの群れだよ!」
「え?」
葛西にはこの感動が伝わっていないらしい。
なんとももどかしい。メダルのドロップに気がついてないのか?
必ずメダルをドロップするこの敵はメダルの群れに等しいってのに!
「【ブッシュボア】はオズワルド銅貨を落とすんだよ!」
「おう、そうだな。こいつは草と一緒に食った物が胃に溜まったものだ。小遣い稼ぎになるから忘れずに回収しとけよ」
教官がいつの間にか木立から降りてきてそう続けた。
当たり前のようにそう言うってことはこれは常識らしい。【冒険者マニュアル】にそんな記述あったかな?
「今の戦いはリンザが良い仕事をしたな!」
「あら、ありがとうございます。ちょっと狙いがうまく行っただけですわ」
「いや、縄の罠だけであれだけ出来る奴はそうはいねえ。大事に技を磨けよ」
いつの間にか戻ってきていたリンザさんも合流し、流れるように戦闘の振り返りが始まった。
教官が指したルニが倒した個体を見ると、後ろ足に縄が絡まっていた。
今の戦いで僕たちは目の前の敵に対峙していたが、リンザさんは群れに対峙していたのだ。
「一通り戦った訳だが、お前らの感触はどうだ?」
「ちょっと私達の出番が少なかったよねぇ」
「そうだな。今の戦いではミノリンとダイキの仕事があまり残っとらんかったな。それにしても【四の閃】をここで見ることになるとはな……ユーキのその武器、素材は何だ?」
「これですか?鎚の部分は【ワイバーン】の爪で、刃の部分と柄の部分はミスリル入りのアミール銅ですね」
「ほう。ミスリル入りか。魔法金属ってのは流石だな。とは言え、そいつの特性がまだまだ生かしきれてねえな。折角の重量武器だから、今度は打撃だけで行ってみろ」
「はい!」
「よし!次の群れには3つの隊に分けて行ってみるか。次はガムールとリンザも合流しろ」
既にガムールさんが次の群れを確保していた。群れは同じく6頭で、うち一頭が子供だった。
葛西とダイキさんに丁度良い遠隔攻撃手段が無いため、僕とガムールさん、ルニと葛西、リンザさんとダイキさんの3組に分かれて敵に当たる。
教官の合図と共に草陰から飛び出て、三方向からそれぞれが攻撃を仕掛けるのだ。
作戦を立てながらも僕はドロップしたオズワルド銅貨が気になって仕方が無かった。
あれは、何年ものなのか、モチーフは誰か、早く確認したいし、沢山集めたい。
まずは集めることだ。目の前の敵を倒せばメダルがざくざく溜まるはず。
よし!分かりやすい。【ブッシュボア】最高じゃないか!ようやく敵に集中できる気がしてきた。
「よし行け!」
「【投水】!」
「【投水】!」
教官のかけ声に合わせて三方から攻撃が飛ぶ。
思ったより火の勢いが出ていたらしく毛皮の価値が下がるというので、釣り出す魔法は【水魔法】に変えた。ルニも同じく【水魔法】で、リンザさんは矢を放っていた。
2体引きつけるために2体に対して交互に【投水】を放つ。水球が勢いよく飛んで行き、着弾した。少しよろめいているように見えたが有効打にはほど遠い感じだ。
水球が着弾すると、すぐに顔を上げ、土埃を上げてこちらに走り出した。
『こちらに来ます。丁度2頭です』
『承知した』
途中の草陰に罠を張っているガムールさんに【ウィスパー】で合図を送る。
合図が無くても既に敵を捕捉している気もするけれど、念のためだ。
競り合うようにこちらに向かっている二頭だったが草むら辺りを通ると一頭が転び、一頭だけが抜けてきた。
どうやってるのか分からないけれど、あの兄弟の罠は本当に凄いと思う。
魔力は十分あるので慌てず【漆黒】を貼り付けて、僅かの間こちらに迫るのを待ち受ける。
教官は【槍術】で一発で仕留められるなら、【鎚術】でも一発で仕留められるはずと言いたいようだった。
さっきの【強打撃】では良いところに入ったが、そうじゃなくても押しつぶせる一撃が欲しい。
【鎚術】スキルはレベルだけは上がったが、道場で研鑽を続けた【槍術】と違って急場仕込みで馴染みが浅い。
と言っても武術としては馴染みは浅いが、メダル作りで相当な時間、鎚を振るったのだ。ドワーフ仕込みの【鎚術】のスキルレベルがメキメキ上がったのはその辺りの仕込みが生きているはず。
そう考えれば、【鎚術】もきちんと血肉として身についているのかもしれない。
脳裏にスールさんの立ち姿を思い出す。
地面に根を深く張った大樹の切り株のような、重たい鎚をものともしない安定した立ち姿だ。
そうだ、重さを味方にするのだ。武器を振り回すのではなく、武器の一部となって最大の打撃を打ち込むのだ。
そう考えれば、先ほど放った【四の閃】と何も違わない。
目の前に迫る敵にスールさん直伝の武技を打ち込む。
脳裏に浮かぶスールさんの振り下ろす打撃の勢いを思い出せ!
「その身に宿す武威は山をも穿つ!今その魂を解き放つ!【穿山】!」
英雄ヴォルドン様がこの世に残した武技は武器そのものの持つ魂の力つまり魔力と、武芸者自身の魔力を共に重さに変えて打ち落とす。
本来は魔力の一部を武具の補強に充てるものだが、髭人の多くは全てを重さに変えてしまうため、武器が負けるケースが多く、その使い手は多く無かった。
スールさんが大切にしている魂振るいはヴォルドン様が弟子に与えた物で、多くの魔力を重さに変えてもそれに負けない強度を持っていた。
ヴォルドン様はその技で実際に山を割ったそうだ。このリアルなVRの世界でそのシーンを見てみたかったな。
ヴォルドン様からスールさんまで受け継がれた技を借りて、敵を穿つ。
ドーンという音が響き渡り、あっさりと決着が付いた。
むしろ酷い事になってしまった。
山を割るのに比べれば【ブッシュボア】程度を割るのは児戯に等しいのだろう。
とはいえ、脳天に打ち込んだ打撃が敵を貫き抜けて、地面を抉り凹ませるのはやり過ぎだ。
僕の体は戦鎚と一体になり、まっすぐ地面に打ち下ろされていた。体全体を武器にするという武技なのだろう。右膝が当たっているブッシュボアの顔面も大きく陥没していた。
もう一頭の様子を伺うと罠から抜けたのか立ち上がりこちらを向いていたが、立ち止まっている。
5メートル程度の距離詰める間もキョロキョロしているままだった。
「いきます!【穿山】!」
マーカーを見る限り少し離れているので大丈夫だと思うが、周囲にいるガムールさんに断るために一声掛けて武技を放つ。
詠唱付きは威力が大きすぎたので、今度は省略した。僕だって少しは反省するのである。
頭部が地面に縫い付けられるのは同じだが、地面は軽くヒビが入った程度で済んだ。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【体力強化】のレベルが3に上がりました』
しかし、ちょっと酷いな。スールさんの一撃よりも威力が出ているように見えるのは気のせいだろうか?
素材が駄目になっていないか?大事なメダルについては胃の中らしいから、頭が潰れたぐらいなら大丈夫だろう。
他の素材はまあいい。獲物はまだまだ居るはずだ。数を倒せばいろいろ足りるだろう。
よし!だんだん調子が出てきたぞ!
「あっはは!調子が出てきました!さー!次もどんどん行きましょうか!」
あれ?おかしい。ガムールさんの返事が無い。マーカーを頼りにガムールさんの方を向くと彼はぽかんと口を開けて立っていた。
ふと後方から声がかかる。
「おい、ユーキよ。確かに打撃で戦ってみろって言ったが……こいつはやり過ぎだ。ガムールの仕事が無くなっちまったな」
教官が渋い顔でこちらを見ていた。
ふと周りを見回すと、ルニが一頭片付け、残りは3頭になっていた。
「おい!ルニート!お前ももういい。一旦こっちに戻れ。ガムールはルニートと変わってミノリンをサポートしろ」
「っはい!」
「はい!」
教官の声に我に返ったガムールさんが即座に走り出していった。
ルニは戦斧を一振りして血糊を飛ばし、こちらに向かうようだ。残心がいちいち格好いい。
「ユーキよ。俺が勧めといてなんなんだが、おめえはその武技をそこらで使うのはやめとけ。貴重な素材が取れなくなっちまう。その威力は河の向こう側の魔物と戦う時に取っとけ」
「あっ、はい」
「もうちっと、相手を潰さねえ武技はねえのか?さっきの横凪の一撃だとちっと力が足りねえか。浸透系の武技なら打撃だけ通すことも出来るはずだ」
「ええと、無いですね」
髭人直伝の武技は男らしくドーンと直接的に攻撃するものだった。
言われてみれば浸透系の技があっても良いように思う。
「今回は討伐依頼ではあるが、素材も狙えるクエストだ。素材も期待出来ねえような魔物ならさっきので十分だが、目的を考えろ。今回のような依頼では、まずは手足、首なんかを局所的に潰すことを覚えろ」
「……はい」
怒られてしまった。確かに僕だけならメダルだけ取れればよかったけれど、今回はチームでのクエストだ。みんなの利になることを考えなければいけなかった。
そうこうしているうちに、順当に残りが倒されて、狩りは終わった。
リンザさんが戦う所を初めて見たが、敵の目をナイフで抉って最後は膝関節まで突き込んでいた。
なるほど、それなら素材も無事な訳だが……なんだろう。その姿を見て金玉がキュッとなった。
次話「20 河を渡る資格」は2/27(月)更新予定です。




