17 遭遇ブッシュボア
前回のあらすじ
みんなで美味しく晩ご飯食べた
ロックバルト山を登る前に準備した毛布に包まって寝たが、背の高い草に埋まっていると寝心地は悪く無かった。
平地だけれど、星空は落ちてきそうなほど近くに感じた。
生活圏に近い所でこんなに星空が広がっているのはゲームだと分かっていてもぐっとくる物があった。
夜は順番を決めて時間を重なるようにして2人づつ警戒に立った。
「これは凄いね」
「はい。とても綺麗ですね」
宵っ張りのプレイヤーが夜を担当して、僕は夜が明ける前を担当してルニと朝焼けを見た。
草原の端から立ち上るこの世界の太陽はとても綺麗だった。
ガムールさんにバトンタッチして少しだけ睡眠を取った。
開発時代に宵っ張りまで仕事し、営業になってからはイベントの設営やお客様との対応で完全な変則時間帯に慣れたので寝起きは結構得意だ。
このゲームにログインしてからずっと規則的な生活を送っていて少し不安だったが、すっと寝て、すっと起きる事が出来た。
少し高くなった太陽を見ながら各自ごそごそと準備を始める。
朝食は各自が確保することとなっていたので、ビガンの町で大量に確保しておいたままになっていたサンドイッチをおっかなびっくり食べた。
【森崎さん】の仕事に失敗は無い。保存はファンタジーなレベルで完璧でした。
パンはふんわりと柔らかく、挟み込まれた謎の肉はとてもジューシーで、挟み込まれたレタスのような野菜もまだまだシャッキリしていた。
「おーし!さあ行くぞ!」
「「「「「「はい!」」」」」」
教官が声を掛けるときには既に全員が準備を終え動ける状態になっていた。
みんなの行動がきっちり合うと、とても気持ちが良い。
この集団、仕事しても結構凄いのでは無いかと思ったがゲームの中だったことを思い出した。
昨日の行程を繰り返すように僕が【マップ】で行き先を調べて【パーティチャット】で指示を出す。
覚えたばかりの【パーティチャット】が早速役に立っている。
ヘッドセットの煩わしさも無しに、大声を上げることも無く、散開した【パーティ】のメンバーに情報伝達できるのは恐ろしく便利だ。
と、よく考えれば現在ヘッドギアしたままなんだっけ。
久しぶりに買ったゲームデバイスで寝たままで使えるようにと後頭部を圧迫しないようにと無駄な配慮が素晴らしい一品だ。
変なところで自分で水を差してしまった。
「敵影!!敵は【ブッシュボア】!数は2!」
「ようやく討伐クエストらしくなってきたな。そいつは群れからはぐれた個体だろうな。
ちょっと早えが丁度いい。発見したガムールとミノリン、ダイキでやってみろ。
ルニートは後方警戒、ユーキはルートから離れないように全体をコントロールしろ。
リンザは哨戒を継続……は俺から連絡を入れる。分かったか!」
「「「「「はい!」」」」」
ガムールさんが戻ってきて魔物発見の報告を入れると空気が変わった。
【ブッシュボア】は猪の魔物だ。雑食なので草木も動物も食べる。
この辺りは草の魔物の群生地がありそれを食料とする小型の魔物を狙ってブッシュボアが群れを作っている。
休憩の合間に【冒険者マニュアル】で確認して少し知識が付いてきた。
ちなみに魔の領域から遠い国では、普通に魔物ではない動物も生息しているようだ。
魔の領域に近くなると同じ名前の魔物になるらしい。魔物の方が明らかにサイズが大きく、近づけば襲ってくるのでその差は一目瞭然とのこと。
もちろん【解析】または【ステータス】でも確認できる。
進行する速度を少し落として気配を消しながら歩を進める。
この世界では身体能力も高いので、このレベルの冒険者となれば、スキルが無くても気をつけるだけで気配は結構押さえられるものだ。
逆にスキルのレベルばかり高い僕は、ルニの動きを参考にしながら進んだ。
こんな時に【並列思考】スキルがあって本当に良かったと思う。
思考は眼に強く結びついているのか、ちょっと意識しないと視線が相当挙動不審になるみたいなので、それだけがデメリットだ。
昨晩考え事をしていた時に葛西に気持ち悪いと言われて意外と心にダメージがあったので本当に気をつけたい。
おっと!木立の影になっている場所まで来たら教官が右手を軽く挙げて静止した。
木立の先には【ブッシュボア】が居た。足下にある大きな緑の塊を食べているようだ。
近づいて見ると、ずいぶん大きさがおかしい。おかしいと言うか異常に大きかった。
遠巻きに見ていた時に周囲の木立との対比で少し違和感があったのだが、この距離まで来れば流石に気がつく。
猪ではあるが、そのサイズは大型の熊ぐらいはある。
足も首も異常に太いし、何より顔がデカい。頭部のサイズもおかしかった。
大きすぎる頭部に対して、口の端から生えた牙が慎ましやかに見えるが、近づけば十分に大きいものだろう。
足下の大きな緑の塊は草の魔物のようだ。それもまた大きいが、既に動きは無く2体の【ブッシュボア】の食料になっていた。
今年の夏の初めにお客さんと一緒に行った牧場で見た牧草のロールよりも腹に溜まりそうだ。
現実の猪との対比でちょっと戸惑ったが、【グリフォン】や【ワイバーン】はさらに大きかったので今更か。
先ほど指示されたガムールさんとダイキさん、葛西の3人が【ブッシュボア】の背面に周り、今にも攻撃を仕掛けようとしていた。
僕も、最初に教官に指導されたように、みんなが離れすぎていないかどうかを【マップ】で確認する。
【マップ】上にはまだ【エネミーサイン】の示す▼マーカーは表示されていない。
【エネミーサイン】により発見された敵意を元に【ターゲット】がマーカーを出してくれるのだが、明確な害意が無い時はマーカーが青色で少し見落としやすいので、見えた時には遅いという事にもなりかねない。
油断しないように周囲に意識を飛ばす。
葛西が駆け出すと残り2人が追従した。
【ブッシュボア】は体当たりするための衝突するが全面は守りが硬いが背中側はそれほどでも無い。
皮が硬質化している部分は少なく、場所を選べば通常の金属製の武器でも十分に刃が通る。
バンッ!、バンッ!!!
葛西が突っ込むとメキっという音がして【ブッシュボア】はお尻から地面に倒れた。
おそらく【爆炎魔法】による加速を行い、一瞬で敵に迫り、さらに【爆炎魔法】で後ろ足を折ったのだろう。
折った?あの太い足を?【爆炎魔法】って結構凄くない?
もう一体が顔を上げて葛西の方を向いた。
葛西は倒れた【ブッシュボア】が障害になってその動きに気付いた様子は無い。
更に悪いことに倒れたと思って居た【ブッシュボア】が起き上がりぐるりと振り向いた。
後ろ足がよろよろとしているのでダメージは残っているようだ。
「ブルォオオオオオオ」
無傷な方の個体が前足をかいている。あれは【冒険者マニュアル】にあった突進の前兆だ。
今にも動きだそうとした所に横合いから影が飛び込んで来た。
【マップ】上にはずっと見えていたがガムールさんによる攻撃だ。
「ブォッツ!!」
【ブッシュボア】に衝突したと思ったら翻って距離を取った。
硬くて刃が通らなかったのだろうか?
「チェエエエイ!!」
「ブォォーッ」
今度はダイキさんだ、葛西と対峙した【ブッシュボア】の後ろ足へと突き込んだ。
起き上がってフラフラしていた個体は再び尻から倒れた。じたばたとしているが、今度こそ起き上がれそうにない。
ドンッ!
今度は葛西が正面から殴りに行った。駆け引きも何もないが、上半身が持ち上がったあたり、かなり強力な攻撃だったようだ。
あいつあんな勢いで行って腕は大丈夫なのかな?
持ち上がった分勢いが削がれたようだが、そのまま前のめりに倒れて、全身がビクビクと痙攣している。
ダイキさんが飛び上がり上から槍を突き降ろすとそのままピタリと動かなくなった。
そういえば、もう一匹は?そう思ったら、もう一匹は倒れてピクピクしていた。
ガムールさんが1人で仕留めたようだ。倒すところを見逃した!
みんな凄い!全然楽勝じゃないか。
そう思ったが、教官の評価はあまり良くなかった。
哨戒のリンザさんを除いて、全員を集めると教官の指導が入った。
「思ってたよりも上出来だ。しかし、2匹を相手にお前らちょっと油断しすぎだろう。
ミノリンは魔物の攻撃を正直に受け過ぎだ。正面から行くにしても、もう少し相手の虚を突く工夫をしろ。
ダイキはもう少し相手の意識を引きつけることを身につけろ。折角丈夫になった装備が勿体ねえ。
ガムールはまあまあ良くやったが、お前が一人で倒す必要は無いのに無理をしてやられすぎだ。もう少し避けることに意識を持て」
「「「はい!」」」
教官に言われてみんなを見ると、葛西は左腕から血を流していて、ガムールさんは全身が薄汚れてかなり擦り傷を負っていた。
見ていない間に【ブッシュボア】に転がされたらしい。
ダイキさんは無事なようだが、消極的と判断されていた。
「まあいい。そのための冒険者入門講習だ。それじゃ解体だ。その前にユーキ。こいつら回復してやってくれ」
「あっ、はい……【治癒】!」
ガムールさんと葛西の傷を治している間に残ったメンバーで早速解体に取りかかる。
「これから量を狩るから、細かい部位までまじめに解体してもしょうがねえ。【解体】スキルで一気に行け」
「「「はい!」」」
僕たちは教官の大きな収納袋に肉や牙を詰めてひとごこちついた。
次話「18 狩りの報酬」は今月中に掲載します
何話か書き進めたのですが話の谷感があって筆が進んでません。今月中には再開します。
その作業中に【エネミーサイン】と【ターゲット】の記述に間違いがったので、
幾つかの話を修正したのですが何故か最新話が修正した話で上書きされてしまい後書きが飛びました。