13 ヘルムート式冒険者入門
前回のあらすじ
宿にて3人で今後の身の振り方を考えた。
冒険者ギルドは都市を横切る街路の中心付近、所謂一等地のど真ん中にドーンと構えていた。
いつものギルドカードの意匠に加えて冒険者ギルドと書かれた分かりやすい看板はこの町でも健在だった。
開けっ放しの入口をくぐるとカウンターが見えた。
中の広さもビガンの町と同じぐらいだ。正面にカウンターがあり、右端が買い取りコーナーだ。今も恐ろしい大きさの鱗のような皮のようなものを取り出している冒険者がいる。
右側の壁面の先はトイレであることも、左側の壁面に依頼の依頼の掲示板があるのも同様だった。
異界神様は日本に通じている設定だから、コンビニのように統一規格があるのかもしれない。
───────
ヘルムートに到着して2日目。
ルニが懇意にする道場に行く案もあったが、葛西の手持ちが寂しいという理由からクエストを受けようという話になった。
足りないなら貸してやるぞと言ったのだが、奢りは良いけれど、借金は作りたく無いらしい。
飲みに連れて行くときに何度も聞かされた台詞だ。こんな所でも聞く羽目になるとは思わなかった。
葛西だけが稼ぎに行っても良いのだが、新天地の土地勘が無いのでクエストを受けるのは賛成だ。
街歩きとは違ったクエストから得られる地元の情報に趣向品の取引情報も含まれるかも知れない。
そんな風に考えて、冒険者ギルドでクエストに参加することまでは同意したんだが……。
「ヘルムート式冒険者入門講習をやろう!!」
「なんだそれ?」
朝になって葛西からは聞いたことが無い言葉が出てきた。
困惑するルニの様子も一切気にせず、葛西がいつもの調子で話を進める。
「魔の領域に行くのに必要なんだよ!」
冒険者入門講習と言うだけあって、準備から後片付けまでを泊まり込みで学ぶキャンプらしい。
討伐品をその料金に充てるので、基本参加費無料という破格の待遇のクエストだった。
但し、入門という言葉が似つかわしくない難易度のクエストだという。
泊まり込みするような数日分の着替えが無いだろうと突っ込むと、【生活魔法】の【洗浄】で十分だと言う。
そういえば葛西もプレイヤーだから例のジャージの支援で【生活魔法】使えるようになってるんだった。
ルニはご存じの通りロックバルトで【生活魔法】を習得したので大丈夫という視線を送ってきた。
少し得意げな表情に見えたのは気のせいだろうか?
ヘルムートの西側の大河を渡って魔の領域に行くためにはこのクエストをクリアする必要があるらしい。
とりあえずクエストで日銭を稼ぐのが目的だっただろ!という台詞はそれを聞いてぐっと飲み込んだ。
再ログイン期間待ちの藤本は魔の領域で野党に襲われたという話だった。
いつかは通過しておく必要があるなら、それに挑んでもいいだろう。
───────
冒険者ギルドに着いた訳だが、そのクエストはどこに依頼票がでているんだろうか?
よし探すか!とギルドの入口をくぐって掲示板のある左手に向かおうとしたら、止められた。
「先輩、そこ入らない。冒険者入門講習は受ける場所違うよ」
「ん?そうなのか?」
「ゴメン言ってなかったっけ?こっちこっち」
戸惑いながらも言われるままに葛西の後を追う。
冒険者ギルドの建物脇にあった広めの通路を抜けて建物の裏手に出た。
広く開いた土地には冒険者らしき人が武器を打ち合わせたり、剣を振り下ろす動きを確認したりしている。
見慣れた冒険者ギルドの鍛錬場に建物を通らずに来たようだ。
「冒険者入門講習の受け付けはこの入り口のパネルね」
「へ~。こんな所で受けるクエストもあるのか」
簡単な柵に囲まれた鍛錬場の入り口に石柱が突き出ており、ギルド内にあったような依頼票と黒いプレートが張り付いていた。
葛西の様子を真似して冒険者カードを出してピッと翳す。
『ブッシュボア討伐ラリー!
ヘルムート定番の討伐クエストを通じて冒険者生活をスタートさせよう!』
依頼票を読むと軽いノリで討伐クエストが説明されていた。ヘルムート周辺に多く生息するイノシシの討伐クエストだ。
ギルド内の掲示板と同じく魔法による表示になっていて、軽いノリの文章とは対照的な厳つい猪の魔物がホログラムで浮いていた。
ドロップアイテムの肉、牙、毛皮も買い取って貰えるが、報酬としてはそれほど高額では無いらしい。
しかしながら、この町の先を目指す冒険者は一度これを受けるのが暗黙の了解だという。
これに合格すると貰える簡単な資格が無いと川を渡る船に乗船を断られる。
「お前らは冒険者入門講習希望者だな!」
「はい!」
葛西が向かった先には頭上に『初心者歓迎』と掲げられた簡単なカウンターがあり、そこには筋肉質な人物が待ち構えていた。
軍人と言われても驚かないが、ラフなシャツを着ているので冒険者か、教員の類だろう。
男女の二人組がその場に腰を下ろしていた。
「9時になったら始めるぞ。それまでは準備をしておけ!」
「はい」
まだ時間があったので、【森崎さん】に野外用の椅子を出して貰って3人で座って待つことにした。
事前に葛西から聞いて準備は大丈夫なはずだ。ここから数日宿泊も含めて同行しながらクエストが進められる。
現代日本人には少しハードではあるけれど、スキルと魔法の力があれば平気なのはロックバルト山で経験済みだ。
通常はクエストを受けた後、必要な準備は冒険者が行うが、このクエストに限ってはその辺りもケアされるという。
「今回は6人か。これだけ居りゃあ十分だな。よし始めるぞ!」
先に来ていた2人に僕たち3名、それに9時直前になってもう一人男性が来て6人となった。
教員のかけ声で、みんなが立ち上がる。
「俺は今回の指導員に指名された冒険者だ。名前はグリベルガ、冒険者のレベルは5だ。
主な活動地域はヘルムートからダッカをつなぐ経路の周辺だな。得意な武器は槍だ」
レベル3で一人前と言われる【冒険者カード】のレベルが5ということは相当な冒険者だ。レベル4で熟練者、レベル5は達人クラスとなる。
彼の立派な体格と頭に付いた角が特徴的で、その風体には見覚えがある。僕に【槍術】を教えてくれたバイヤードさんと同じく鬼人のようだ。
「それじゃ、お前らも自己紹介しろ。名前と冒険者レベル、あとは好きに紹介しろ。
俺から見て右側……そう、お前がスタートで順番に隣にいる奴が紹介して行け」
自己紹介か。他に何を言えば良いんだろうか?
「名前はガムール。冒険者レベルは3だ。獲物はナイフだ。よろしく頼む」
「私はリンザ。冒険者レベルは4ね。ガムールとは姉弟で私の方が姉よ。
依頼では二人とも斥候の役割を受けることが多いけれど、打撃での接近戦が得意ね。短剣も苦手じゃ無いわ。
私たちは狼人族だから、他の人より鼻が良いの。煙草は遠慮して貰えると助かるわね」
最初に来ていた2人組は夫婦か恋人同士だと思っていたが、姉弟だったようだ。
二人とも立ち姿に隙が無く、いかにも出来る冒険者という雰囲気が滲み出ている。
「ミノリンです。冒険者レベルは3。昨日ヘルムートに来たところです。接近戦が得意です。よろしく~~!」
「私はルニート。冒険者レベルは4だ。こちらのミノリン殿とユーキ殿と3人での参加させていただく。
獲物は主に剣を使うが、今回は斧を使わせ頂こうと思っている。よろしく頼む」
あ、ルニが武士っぽい。初対面の人だと緊張してあの口調になるのかもしれない。
自分語りが長い人は居ないようで、とんとんと順番が回って、次は僕だ。
「ユーキです。冒険者レベルは同じく4です。得意な獲物は剣かな?ちょっと魔法も使えます。
今回は敵が硬いようなのでハンマーで挑もうかなと考えています。よろしくお願いします」
次々とスキルを得た結果、何が得意なのか説明しにくい状況になっている。
一番レベルが高いのはやっぱり【飛剣術】で、次が【剣術】だけど、【飛剣術】は【短剣術】で使っていることが多い。
あとは【風魔法】が便利で使いやすいけど、最近はあまり使っていない。
「俺の名はダイキ。冒険者レベルは4だ。得意な獲物は槍だ。
十分に経験は積んであるが、まさかこんな所で足止めされると思わなかった。
さっさと魔の領域に行きたいんで、足を引っ張らないように頼む」
うっわー。すごい自信過剰な人が来た。見た感じプレイヤーで間違い無いと思う。
プレイヤーでは冒険者レベルが4の人は殆ど居ないって話だったから自信があるのも分かるけれど…。
黒目黒髪のいかにも日本人っぽい見た目で、髪の毛がワックスで整えてある。寝癖が整ったような形だ。
さっきから女性陣への視線が熱い。彼の視野には僕とガムールさんは入っていないようだ。
面倒くさい人と一緒になっちゃったな。
「お互いの装備類はこれから確認していくからまずはそんなもんか。
ヘルムート式冒険者入門講習は通常の依頼と違って冒険者の心得を覚えるクエストだ。
これは先々代のヘルムートの太守である、ヴァルガーン・ヘルムート様が遅々として進まない魔の領域の奪還のための施策として打ち出したものだ」
「へぇ」
アメリカ市場での販売がなかなか軌道に乗らずに苦労していた頃を思い出す話だ。
新天地ではその地域への理解が無いと苦労するものだ。
こんなクエスト一つ取っても、世界設定をした人が凝り性なのはよく分かる。
「【冒険者カード】のレベルは冒険者ギルドへの貢献で上がって、確かに実力を示すものだが、魔の領域を攻略するためにはそれだけじゃ足りねえ。
このクエストは魔の領域で生存していくための基本的な力を身につけて貰おうっていう太守様の愛情だな。
今回のクエストの結果で合否判定を行い。合格したものには……っと、こいつが見えるか?」
教官は【冒険者カード】を取り出すとその一部を指さした。
良く見ると淡い黄色のカードの右上には★マークが3つついていた。
★マークはそれぞれ緑、紫、青となっている。
こういう細かい物を見るときにも【視力強化】は便利だ。
「ヘルムート式冒険者入門講習の合格で貰えるのはこの緑の星だ。
ヴァーデリスの河の色が付いた星の印があればこの河を渡して貰えるって寸法だ。
ヴァルガーン様の他にも同じようなことを考えた人がいて、各地の資格を得ると星が増えるのはご存じの通りだ。
最近じゃこいつを集めるのがステータスだからって、各地を回っとる奴も居るな」
なにそれ!面白い。三つ★マークが付いてるから三つ星冒険者って感じなんだろうか?
毒々しい紫の★マークと、濃い青の★マークは何の許可なんだろう。
「それじゃ中身に入っていくぞ。冒険者入門講習が準備・討伐・事後処理の3部で構成されとるのは、この都市で冒険者やるつもりの奴はみーんな知っとる話だ。
お前らもこんな説明されても困るだろうが、こっちも仕事なんで一通り説明していくぞ!」
ええ、知ってましたよ!
本当は昨日初めて聞いて、葛西に呆れられた所なんですけどね。
葛西もその枠組をざっくり説明しただけで、詳細については明日行けば分かりますの一点張りだったので内容は良く分かっていない。
今もニコニコしながらこっちを見ているが、あれは説明をこの人に投げた顔だ。
「このクエストの間は俺が教官でお前らはどんな立場や経験があろうが、ここではひよっ子の冒険者だ。分かったら大きく返事をしろ!」
「「「「はい!」」」」
「おい!そこの男、ダイキだったな。なんで返事しなかった?」
「え、お、俺ですか?いや、急に言われたので……」
「9時から始めると前もって伝えたはずだ。冒険者としての心構えが足りねえな。次はきちんとしろ!」
「はい!」
教官怖っ、ちゃんと返事しておいて良かった。
教官は割と体育会系のノリというか、軍隊式というか、マッチョなノリで進めるようだ。
ダイキさんは自己紹介では強気の発言だったけれど、強面の教官には強く出ない、出れないのかな?
「早速だが、準備から初めて行くぞ、これが終わらんうちは出発出来ないと思え!
準備はクエストの達成に必要な知識と装備を確認する作業だ!分かったか?!」
「「「「「「はい!」」」」」」
今度はばっちり返事が合った。
次話「14 冒険者としての準備」は12/15(木)の予定です。




