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11 魔境都市ヘルムート

前回のあらすじ

 スールさんに転移陣の利用を断られてギルドホールに戻ったらゲオリックさんが居て……。

魔境都市ヘルムート。その名は地獄を見た大地(ヘルムート)を語源とする。

この地にはかつて魔物と人類の大きな争いがあった。地獄の扉より這い出たように大量の魔物がその地に溢れ大地を覆っていた。人類存亡の危機とさえ言われる魔物の大軍。共に食い合う性質の魔物が集団となりその地に溢れた。その魔物の津波は、当時魔の領域に点々と切り開かれた多くの町を塗りつぶし、人の生存領域を大きく削った。

人類は種を越えて結集し何千何万もの力を結集し、魔物の、人の多くの血と涙が流れ、万の死体が積み上がり、大型魔獣の吐息(ブレス)で、勇者の放つ魔法で、無慈悲に焼き払われた。

溢れる魔物を討ってもその波は止まらず、背後に迫る大型の魔物を討って勢いが弱まり、さらに背後に迫る超大型の魔物を討ってようやく集結となった。

人類全ての嘆きを飲み込んだと言われる大地は、今だその爪痕を残す。

都市の隣には大地の裂け目(ヴァーデリス)の大河が寄り添って流れ、今もまだ魔の領域と人の領域を分かつ。

小高い丘があったというその大地はかつての戦いで削られ広く開けた土地となり、川の恵みを得て周囲は肥沃な大地となった。

その地に生まれた魔境都市ヘルムートは今も変わらず人類存続のための防衛の要である。


これは、宿屋の廊下にあった立派な壁画に足を止めたらそこに書かれていた内容だ。

宿で一息入れて、ようやくこの地について知る事が出来た。


―――――――


ゲオリックさんの声と共に暗闇に閉ざされ、次の瞬間には僕は別の場所に居た。


「ゲオリックさん!!」

「っと、オイ。突然飛び出すんじゃねえよ!」

「す、すいません」

「ったくフラフラ歩いてんじゃねえぞ!!お前みてえのはこの町の先やってけねえから気をつけな」


(たてがみ)のような燃え立つ髪の毛を蓄えた男性に怒鳴られてしまった。獅子人(ライオス)だった。

僕はロックバルトの冒険者ギルドのカウンターの前に居たが、見たことのない町の通路に立っていた。

そこにゲオリックさんの姿は見えない。

ちょっと待って欲しい、ゲオリックさんは何て言ってた?


『【転送】!ヘルムート!』


たしかにこう言った。転送?

彼は講習会に現れた時も黒い靄の中から突然出現していた。

そういった魔法についても相当な適正があるのだろう。その力で僕をヘルムートまで飛ばした?

そうだ!ルニは?!親御さん達から預かった大切な同行者だ。

あと、葛西は?!ロックバルトに置き去りでも良いけど後々面倒くさそうだ。


「ルニ!葛西!」

「はい」

「ミノリちゃんでしょ」


2人とも一緒に飛ばされたようだ。

声が聞こえた後方を振り返ると2人がこちらに歩いてきていた。


「先輩、これどうなってんの?」

「ここは、何処でしょうか?」

「分からない。僕たちの会話を聞いて【パーティ】ごと飛ばしてくれたみたいだけど……ゲオリックさんはヘルムートと言ってましたね」

「ゲオリック?さっきのお兄さんは何者なの?何か突発イベントなのかな?」

「彼の気配は只者ではありませんでした」

「ビガンの町で例の【スキル隠蔽】とかを教えてくれた講師の人なんだけど、詳しい人となりは僕も分からない」


ああ!そうだ!いろいろ家に置いて来ちゃった!しかも戻る手段が無い!

頭がクリアになって来たら新しい問題点が次々と見つかる。

旅に出る前に造幣ギルドに飾ってあるメダル類を回収するつもりだったのに!!

しかも調理用具はキッチンに、街中で着るような着替えの多くは部屋に置いてきてしまった。

最近再び愛用しているジャージや旅に必要な装備品は【森崎さん】に預かって貰っていたのは不幸中の幸いだ。


「ルニ……着替えは持ってる?」

「はい。2,3日程度はいつでも戦いに赴ける準備をしておりますので」

「はい!はいはーい!ミノリちゃんは大丈夫です!まだ荷物を置く前だったので」

「それじゃひとまずは大丈夫か。で、ここは本当に何処なんだろうか?」


回りを見回す。さっきは獅子人(ライオス)にぶつかりそうになって慌てたけど、それほど人混みが酷い訳では無かった。

ビガンの町ともロックバルトの町とも違う町並みだ。町の中は少し少し埃っぽかった。


「あー!あれはギャツバル武具店!こっちは魔具店アーチャント!確かにここはヘルムートだよ!」

「前に来てから数年経っていますが、あちらに見える山は、[豪雷]ダングゥール様が長く修行の地として逗留したと言われますスィムダルド山。間違い無いようです」

「そうなのか?!」


二人によれば、ここはヘルムートで間違い無いようだ。

ルニの情報が武神様の5高弟に由来してる様子なのはいつも通りの平常運転だった。


「そうだよ!さっきのお兄さん凄い!」

「凄いな……凄いんだけど……突然来ちゃって困ったな。」

「そうだねえ、まぁ藤本っちゃんと待ち合わせするならこの町だから良かったとも言えるけど。急すぎるね」

「急に来ちゃったけど、ルニは大丈夫?」

「私はユーキさんの同行を決めた身。ユーキさんの側であれば問題ありませぬ」

「ルニ子ちゃん強い……」

「エイギールさんにも町の人にも何も言ってないけどどうやって連絡取ればいいんだ?これ」

「先輩は昨日【メール】習得したじゃん!もう忘れたの?」

「え、あれってここから届くの?100kmしか届かないって書いてあったぞ」

「ここからビガン(はじまり)の町に連絡することは結構多いんだよ。実績ありありだよ」


となるとどうすればいいんだ?まずは……ええと。

ゲームの中の事とはいえ、これは突然過ぎて面食らう。

同じイベントに遭遇したら他の人はどうやって乗り越えているんだ?

町の中で良かった。いきなり魔の領域で魔物の群れのど真ん中だったら絶望しか無かった。

ゲオリックさんはあくまで好意で飛ばしてくれたように見えたけど説明が足りてないよ。


「これはまた突然すぎる強制イベントだけど、こんなこと普通にあるんだな」

「あるわけ無いじゃん。私も聞いたこと無いよ。こんなの先輩だけだと思う」

「いやいや、俺に巻き込まれたみたいな言い方やめろ」

「ユーキさんといると本当に鍛錬になります」

「いや、ルニまで、ちょっと、ねえ――」


うーん。ゲオリックさんに渡したスキル魔石がトリガーだから僕のせいで間違い無いか。

逃げ道の無い事実にがっくりとうなだれた。


「まずは宿を確保致しましょう」

「だね。ルニ子ちゃん。冒険者に人気の宿はこっちだよ」


女性が強すぎた。いくらなんでも落ち着き過ぎだろう。

どうやら二人はこの町は初めてじゃないようなので諦めて2人の後に続いた。


「確かこちらに、兄上が次回訪れる際には利用したいと仰っていた立派な旅館があったはずです」

「おお!いいねぇ高級宿。お世話になりま~す」

「おい!お前。魔道具ギルドで景気よく払ってただろ!」

「お前じゃなくてミノリちゃん!フルネームは個人が特定されるのでセキュリティの観点からやめて頂けますか?」


葛西は急に丁寧な物言いになったと思ったら常識で押してきた。

セキュリティとは……ぐぬぬ。

確かにこんな所で大声でフルネームを叫んでいたら個人が特定されかねない。


「う、ごめん。気をつけます。で、ミノリは手持ちが厳しいのか?」

「先輩のお宅にお世話になる予定だったから、この腕輪を承認するのに景気よく払っちゃってあんまり持ってない!」

「お前なぁ」

「先輩はあの【ワイバーン】倒してたし、冒険者レベルが4だから結構持ってるんでしょ?」

「水準がイマイチわからないが、多分そこそこ持ってる方だと思う」


くだらないやり取りをしながら、僕たちが歩きやすいように先導するルニに続いて進む。

彼女は町の地図が頭に入っているように確信を持った足取りでどんどん進んでいく。

ロックバルト山での迷子が一瞬脳裏をよぎったが、確かに宿屋のような建物の脇を通っていくので良さそうだ。


「あれ、こっちって……」

「ん?何だ?」

「いや、何でも無い。ちょっと来たこと無いエリアだったから」


葛西も来たこと無いエリアがあるんだな。さっきから歩いているけど、建物が途切れない。

ここまでに歩いてきた道のりだけでも、ビガンの町よりも広いことが分かる。

これだけ広ければ、いろんな施設がありそうだ。

メダルの取り扱いのある店や、スールさんから報酬として貰ったオリハルコンを加工出来る鍛冶屋もあるだろう。

未だ取り扱いが分かっていない魔法について教えて貰える場所もあるかもしれない。


「あら~?」

「なんだ、ミノリちゃん」

「ん~。やっぱりちゃん付けやめて欲しい。なんか先輩の愛が感じられない」

「注文が多いぞミノリン殿。それでどうしたんだ?」

「なんかさ、この通りの雰囲気。繁華街なんだけどさ……」


悪ノリして返した僕の返事を受け流すように葛西が何かを主張し始めた。

改めて回りを見回すと酒場のような店が増えていた。

少し黒っぽい服装の男性や化粧が厚めの女性が店の前で客引きをしている。


「繁華街だな」

「そう、それで向かってる先って……」

「お二人とも!着きました。兄上が言っていた宿はこちらです!」


話している間に着いたようだ。随分と歩いたな。

ルニが満面の笑みでその宿を指さしている。確かに高級宿だ。

立派な入り口の左右を服装を綺麗に整えた凄く強そうな男性が守りを固めている。

しかし、この周りの雰囲気。間違い無い。


「っと、ここはやめておきましょう」

「そ、そうだね!ルニ子ちゃん。ま、またの機会にしよっか!」

「いえ、ユーキさんには良い宿に泊まって頂きたいのです。兄上がこの宿は最高だぞと申しておったのです」


これは駄目だ、どうやって説得しようか。

この宿の前に居るだけでも少し精神力が削られる。


「お兄さんはその情報をルニに直接教えてくれたのかな?」

「いえ、夜中に兄上はダーズ師範と小声で相談されて居たのです。手持ちが心細い事を私に心配させたくなかったのでしょう」


それは違う、聞かせたくなかったのだ。

師匠も何やってんだよ。と思ったが、元山賊だったか。そういうのはオープンな方なんだろう。


「さあ!ユーキさん!3人でゆっくり致しましょう!」

「ぶっ!」

『おい、葛西、笑ってないでちゃんとフォローしてやれ!』

『……も、もう無理!ルニ子ちゃんって可愛い。あ、なんなら一緒でもいいですよ?!』


駄目だ。【ウィスパー】で根回ししようと思ったが、葛西が役に立たない。


「ユーキさん。何を躊躇(ためら)っているのでしょうか?確かに高級そうな装いではありますがお金なら私も蓄えがありますので大丈夫です」

「あ、あのね」

「さあ、行きましょう!」


グイグイと引っ張るルニと、肩を振るわせる葛西。これはまずい。

入り口の両サイドを守るガードマンは流石プロだ。風景のようにじっとしている。あ……肩が小さく揺れてる。

意を決してルニの腕を力強く握ると、大きく引き寄せ顔を近づける。

急に接近されて驚いている彼女の耳に僕は小さな声でささやいた。


「なっ!!」


それだけ口にするとルニは大人しく僕たちに従い、三人で仲良く繁華街、いや風俗街を引き返した。

ルニは顔を真っ赤にして、とても申し訳なさそうに、そしてとても恥ずかしそうにしていた。

彼女は視線を泳がせ、僕とも葛西とも目を合わせようとしない。

そりゃ、高級風俗店の前で『3人でゆっくり致しましょう!』はちょっと大胆すぎたよね。


結局、葛西が以前泊まったことがあるという冒険者に人気の宿に部屋を取った。

紹介されたラインナップの中では少し高級なお店を選んで一人当たり一泊20000ヤーンだ。

葛西が町中でも安全とは言い切れないと強く主張した結果、3人部屋をとった。

代金はまとめて僕が払っておいたが、例の黒いプレートは割り勘にも対応しているらしい。


部屋は3人部屋だったがベットルームは2つに分かれていて女性と僕は別部屋だ。

冒険者のパーティには恋人同士が含まれることもあるので分かれているらしい。

寝室が別なのはちょっと残念だったけれど、同時にだいぶ安心した。


「兄上は絶対許しません!!」

「まぁまぁルニ子ちゃん。お兄さんだって年頃なんだよ~」


こんなに怒るルニを見るのは珍しい。

食事を取りながら、時々思い出したように顔を赤らめてプンプンと怒る彼女はとても可愛らしかった。

何となく来てしまった新たな土地だけど、元気な彼女達を見て、なんとかやって行けそうな気がした。

次話「12 冒険者の宿と作戦会議」は12/13(火)の予定です。

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